クリぼっちとクリぼっちが出会ったら、最高の夜になった
少し早いですけど、クリスマスものです。こんなイブを過ごせたらなぁと思いながら書きました(笑)
12月24日。
仕事が終わり、会社をあとにすると、街中はクリスマス一色に染まっていた。
夜であることを忘れさせるくらい、鮮やかに輝くイルミネーション。あちこちから流れてくるクリスマスソング。
人々は年に一度の今宵を、家族や恋人といった大切な人と過ごしている。
残業大好きな同僚たちも、今日に限って「予定がある」と言って定時で退社した。
いつもより気合を入れてオシャレをしている女性社員を見れば、何の用事なのかは聞くまでもないだろう。
そんな聖なる夜だというのに、俺・橘京平は一人寂しく帰路を歩いていた。
最寄駅から自宅まで、大通りを使えば5分とかからない。しかし今夜は敢えて、倍の時間を要する裏道を歩く。
だって大通りにはカップルが大量発生していて、虚しくなるんだもの。
道中、俺はコンビニに立ち寄った。
晩飯作るのも億劫だし、テキトーに何か買って帰るとするか。
弁当やカップ麺でも良いけれど、折角のクリスマスだ。クリスマスに相応しい料理を食べるとしよう。
俺はローストチキンとホールケーキを、買い物カゴの中に入れた。
会計をしていると、店員さんから「ご家族と召し上がるんですか?」と聞かれたので、「はい」と答える。
嘘だ。一人暮らし且つ彼女なしの俺に、クリスマス一緒に過ごす相手なんていない。
ローストチキンもホールケーキも、見栄を張る為だけに買ったようなものだ。
自宅に到着した。
俺は玄関ドアの前に立ち、ズボンのポケットから鍵を取り出す。
両手が塞がっていては鍵を取り出せないので、無駄にデカいコンビニの袋とビジネスバッグを無理矢理片手で持ち直して。
……本来なら、こんなに大きなチキンやケーキを買う必要なんてないのにな。そう思うと、無性に悲しくなってきた。
部屋の中に入ろうとすると、丁度時を同じくしてお隣さんも帰って来た。
越して来た時に、一度挨拶をしたな。確か名前は……三越遥さんだったか? 初恋の人と同じ名前だったので、覚えている(因みにその初恋の人は、20歳の時にデキ婚している。なので数年経って偶然再会みたいなラブコメ展開はあり得ない)。
お隣さんの手元を見ると、どうやら彼女も俺と同じようにローストチキンとホールケーキを買ってきたようで。
「多分、彼氏と一緒に食べるんだろうなぁ。良いなぁ」と、俺は無意識のうちに羨望の眼差しを向けてしまっていた。
そんな俺の視線に気付いたのだろう。
三越さんが、「どうかしましたか?」と俺に声をかけてくる。
「いや、別にこれといった用事はないのですが……彼氏さんでも来るのかなーって」
俺は一体何を言っているんだろうか? そんなこと、俺には関係ないじゃないか。
「だから何ですか?」と冷たくあしらわれるのを覚悟していたのだが、三越さんの反応は思っていたのとは違うものだった。
「それはですね、えーと、その……」
三越さんは、明らかに動揺している。
別に彼氏が来るんなら、迷わず「そうです」と言えば良いじゃないか。来るのが友達だとしても、然り。
それなのに、彼女のこの慌てよう。俺は直感的に、気付いてしまった。
三越さんも、俺と同じなのではないだろうか?
ローストチキンもホールケーキも、周囲を欺く為のフェイク。実際には誰と過ごすわけでも、誰に抱かれるわけでもなく聖夜を過ごすのではないだろうか?
証拠なんて、何一つない。ただ同類だからこそ、通ずる部分があった。
そんなの無意味だとわかっていながらも、俺はつい彼女を指差して、確認してしまう。
「もしかして……クリぼっち?」
「そうですけど……あなたも?」
こうして寂しいクリスマスイブを過ごそうとしている二人の男女が、意図せず邂逅したのだった。
◇
現在、俺の部屋のテーブルには、ローストチキンとホールケーキが二つずつ置かれている。
偶然にもそれぞれの自宅の前で出会った二人のクリぼっちは、互いの傷を舐め合うべく軽いパーティーをしようということになったのだ。
クリぼっちとクリぼっちが合わされば、二人になる。二人ならば、クリぼっちじゃなくなる。小学生でもわかる論理である。
ほぼ初対面の女性の部屋にお邪魔するわけにはいかないので、消去法で俺の部屋がパーティー会場になったわけだけど……大丈夫かな? 変な臭いがしたりとか、汚いと思われたりしていないかな?
女性を部屋に上げた経験なんてないので、正直不安で頭がいっぱいだった。
「橘さん、でしたよね? お酒、飲めますか?」
「飲めるどころか、結構好きな方です」
「それは良かった。……シャンパン買ってきたんですけど、一緒にどうですか?」
「是非!」
グラスを二つ用意して、取り皿も二枚用意して。こんなクリスマスイブは、初めてだ。
チキンもケーキも明らかに二人で食べるような量じゃないけれど、不思議と今は虚無感に苛まれなかった。
はじめは警戒して飲酒をセーブしていた三越さんも、世のカップルへの妬み僻みが募る度に酒が進んでいく。
シャンパンと買い置きしてあったビールを飲み干す頃には、すっかり出来上がっていた。
「どいつもこいつもクリスマスデートだなんだで浮かれやがって。今日も私、後輩に「イブにひとりぼっちって、悲しくないんですか?」と聞かれましたよ。悲しくないわけあるか! こっちだって、好きで一人でいるわけじゃないっつーの!」
「そうだそうだ! 俺だって去年のイブに上司に、「橘くん、ちょっと残業して貰っても良いかな? 予定ないでしょ?」って言われましたよ。予定ないとか、決め付けんなよ! まぁ、ないんだけどさ!」
クリスマスとは、恐ろしいものである。
予定のある者にとっては最高の日である分だけ、予定のない者の虚しさが一層増大するのだ。
これが12月23日だったら、そんな虚しさこれっぽっちも感じないのに。
「橘さんが、最後に誰かとクリスマスイブを過ごしたのはいつでしたか?」
「そうだなぁ……。多分、高三の時が最後だと思います。両親と一緒に過ごしましたね」
「成る程。一家団欒ですか」
「いいえ。妹は彼氏と過ごすと言って、不参加でした。……俺は彼女いないのに」
「おぉ……」
朝帰りした妹のドヤ顔を、俺は生涯忘れないことだろう。
「三越さんは?」
「私は大学の頃付き合っていた彼氏と過ごしたのが最後ですね。夜景の綺麗なレストランで食事をして、プレゼントに高価なネックレスを貰って……その翌日浮気が発覚しました」
「……」
サンタさんも、とんだ贈り物を寄越してきたものだ。
「クリスマスに良い思い出とか、何一つないですね。毎年「早く終われ!」って思ってます」
「同感です。でもクリスマスが終わると、すぐにお正月が来るじゃないですか。初詣もカップルが多発していて、なかなか地獄ですよ?」
「そう思って、私最近初詣行ってません」
「それは名案かもしれませんね」
酔いと嫉妬のせいで、思考回路がおかしくなりつつあった。
結局二人では、ローストチキンとホールケーキを食べ切ることが出来なかった。
仕方ない。これは冷蔵庫にしまっておいて、明日の朝食及びおやつに回すとしよう。
食事が終わったのでそろそろお開きかのように思えたが、三越さんに帰る気配はなかった。
「ん〜っ!」と伸びをしたかと思うと、その場でゴロンと寝転がる。
「三越さん。寝るなら自分の部屋にして下さいよ」
「えー! もう家に帰る気力すら残っていませーん!」
「気力って……歩いて10秒とかからないでしょうに」
なにせお隣さんなのだから。
しかし完全に酔っ払っている三越さんに、正論など通用しなかった。
「女が「帰りたくない」って言ってるんですよー。恥をかかせるのは、どうかと思います!」
「……わかりましたよ。ただその場の雰囲気に流されると絶対後悔すると思うんで、そういう行為はなしで! 取り敢えず、映画観ましょう。ねっ?」
俺たちはソファーに二人並んで座り、映画鑑賞を始める。
物語が中盤に差し掛かった頃だろうか? 三越さんは俺の肩に頭を預けて、スースーと寝息を立て始めた。
俺は頭を動かずに、横目で彼女を見る。
……三越さん、結構まつ毛長いんだな。鼻筋は整っているし、唇は艶かしいし。
今更だけど、かなりの美人なんじゃないだろうか?
気付いてしまうと、途端に心臓の鼓動が速くなる。女性慣れしていないから、尚更だ。
このままではいけない。イブの魔法にかかってしまう。
危険だと判断した俺は、三越さんを起こそうとした。
「三越さん、起きて下さい」
「ん〜っ。嫌」
……何だよ、この生き物。可愛すぎるだろ。
三越さんに起きる様子はなく、全体重が俺にかけられている以上、動くことも出来ない。
どうしたものかと悩んでいる内に、段々と俺も眠くなってきて。いつの間にか、夢の世界へ旅立っていた。
◇
気付くと俺は、自宅の前にいた。
右手にはコンビニのレジ袋が握られていて、袋の中にはローストチキンとホールケーキが入っている。……既視感と共に、改めての虚無感も覚えた。
鍵を取り出そうとコンビニの袋を持ち替えるが、その必要はなかった。何もしていないのに、玄関ドアが勝手に開いたのだ。
「おかえりなさい、橘さん」
中からは、部屋着の三越さんが出てきた。
「チキンとケーキ、買ってきてくれたんですね。ありがとうございます。それ以外の料理は、私が腕を振るって作りましたから」
その言葉通り、テーブルの上には美味しそうな料理の数々が並べられていた。
部屋のデシダル時計を見ると、日にちは12月24日になっている。どうやら今夜はクリスマスイブで、これからクリスマスパーティーが催されるみたいだ。
「シャンパンで良いですよね?」
「良いですけど、三越さんは飲み過ぎないで下さいよ。隣とはいえ、帰れなくなりますから」
「別に飲み過ぎたって、良いんじゃないですか。……今夜は帰るつもりありませんし」
まだアルコールを一滴も入れていないのに、心なしか三越さんの顔が赤かった。
食事をしながら、三越さんは言う。
「私にとってクリスマスは、嫌な思い出を連想させるものでした。だから、来て欲しくない日或いはとっとと過ぎ去って欲しい日であって。……初めてです。「幸せ」だって思える、そんなクリスマスイブは」
それは俺も同じだった。
一人じゃ食べ切れないローストチキンとホールケーキも、彼女と二人でなら食べられる。
もう周囲に見栄を張る必要はない。寧ろ「俺は幸せなんだ」と、胸を張って良いくらいだ。
「橘さん……」
俺と三越さんの視線が交わる。
トロンとした瞳は、ゆっくり閉じていく。それと並行して、彼女は俺に顔を近付けていった。
三越さんの唇が、今まさに俺のそれに触れようかという瞬間――俺は目を覚ました。
「えーと……これはどういう状況?」
外は明るい。つまり今は朝だ。
そして隣には、俺の肩に頭を預けて眠っている三越さんの姿があった。
……何だ。夢だったのか。
理解すると共に、俺はがっかりする。あの夢が現実であって欲しかったと、そう思ったのだ。
やがて三越さんも起きる。
彼女は俺の顔を見るなり、顔を真っ赤にした。
「おっ、おはようございます」
「おはようございます。……心配しなくても、何もありませんでしたよ」
俺が伝えると、三越さんは胸を撫で下ろす。しかし依然として、顔が赤いままだった。
「それは何よりなんですけどね。実は、ちょっと恥ずかしい夢を見てしまって」
「恥ずかしい夢? どんな夢だったんです?」
「その、来年のクリスマスイブの夢なんですが……今年みたいに橘さんと一緒に過ごしていたんです」
「それって……」
俺の見た夢と、全く同じだ。
「奇遇ですね。俺もです」
「えっ、そうなんですか? ……因みに夢の中での私は、幸せそうでしたか?」
「はい。「幸せだと思えるイブは初めてだ」と言っていました。……そっちの夢の中の俺は?」
「二人きりのクリスマスパーティーを、楽しんでいました」
それはなんとも、嬉しいことだ。
「メリークリスマス」
そう伝えると、三越さんも「メリークリスマス」と返す。
叶うならば、来年も彼女に同じセリフを言いたいものだ。