働くということ
春になり、娘の高校も決まって落ち着いたころ、家の回りの散歩を始めた。
その頃の住まいは坂道があちこちにあって、息切れしながら良く歩いていた。
少しずつ、なくなっていた筋力もつけなきゃなぁとは、思っていたから。
...というのも、たまに足元がふらついて家のなかで転ぶこともあって、さすがにこのままにしておけないと思った。
という経過があり、まずは歩くことからと病院でも言われたので散歩から。
「平面からね。」と言われていたが、家の玄関を開けたら、階段。
そのあとは坂道。
平面じゃないところに住んでいたので、坂道を上がったり、下ったりの散歩だった。
なので、ぐるっとひとまわりすると、結構な運動となった。
散歩をしてもあまり息切れしなくなった頃に、仕事を始めようと言う気持ちにもなっていった。
動ける=仕事できる
というのが、自分の中では当たり前だったから。
家にいても貯蓄はなくなるので、この問題もあったのは確かだった。
まずは、身体慣らしのためにパートという働き方を選択した。
最初は、家に帰るとクタクタで足が棒のようになってしまい大変だった。
家事する前に、しばらく休んでから動くという形をとっていた。
それも日が経つにつれて、それも少しずつ無くなっていった。
3ヶ月くらいでやっと身体が慣れて、仕事終えて帰ってからの家事が出来るようになったと思う。
半年経った頃には、本格的に仕事をしようと思い少しずつ時間も増やしていった。
そして、1年後にはフルタイムで働くことが出来るようになっていった。
身体のだるさはあったが、「まぁ、いつものこと」と思い、仕事中はいつも元気に振る舞っていたと思う。
よく、「元気だね」と言われていたから。
そんな日々を過ごしているなか、冬になりインフルエンザの季節。
仕事中に、いつも冬は濡れマスクをしているのだが、数分間同僚と会話したときにたまたまマスクをしていないと言うことがあった。
相手はマスクをしない人だったので、特には気にしていなかったが、その後その人がインフルエンザに感染。この同僚は、仕事を休むことになった。
ちょっと不安もあったが、その後は自分もマスクをして気を付けていたので大丈夫かなと思っていた矢先。
喉が痛くなり『風邪引いたかなぁ』と思っていた。
土日の休みは、身体の関節が痛くなり『インフルエンザになったかも』という予感があった。
休み明けに、すぐに職場に連絡。
電話をして、すぐに病院受診したいことを伝えると
「人がいないから、休みはあげられないから出てきて」
といわれ、38℃以上の熱を出しながら仕事に。
クラクラしていたが、仕事中はそれも隠しながら仕事。
他の人に移さないように、もちろんマスクは絶対外さないようにして。
仕事終了後、すぐに通院している病院受診。
インフルエンザ陽性と言われ、薬も処方された。
もちろん病院では、仕事を休むように指導されその旨も伝えたが、結局休みは貰えなかった。
38℃以上の熱が4日続いた。
もちろん、帰宅後は全然動けない。
ご飯を食べる気力もない。
この時は、同僚のインフルエンザ感染は休みをあげれて、どうして自分は休みを貰えないのか不信感しかなかった。
仕事するのは大変だなあとつくづく思った出来事となった。




