振り返りの期間
貧血治療が始まり動機も少しずつではあるが改善した頃、やっと引っ越しを決めてからアイソトープをやるまでの期間について振り返る期間を持つことができた。
正直、バタバタしすぎて1日1日を生きるのが精一杯であった。
掃除もあまりできないし、ご飯のしたくは、娘に甘えて、お願いすることも多かったが、体調が少し良くなると、それも少なくなっていった。
仕事をしていなかったので、時間は充分にあったので、ここでやっと振り返る時間を持つことが出きるようになった。
ここで、そこ記憶も忘れないように記録として残しておこうと思う。
病院受診して、過ぎに引っ越しを決めたこと。
あの時、引っ越ししたいって旦那に話す時緊張したなぁと。
家族がある身で、こんなわがまま言って大丈夫なんだろうかと。
確かに受診する前は、頻脈で呼吸が苦しくていつ死んでもおかしくないのかなとか色々考えてはいたけれど。
旦那なりに、色々気を遣ってくれたんだなと。
普通、旦那から言わないのに
「病院いってどうだったの?」
「治療出来るって言われたよ。しかも2~3年前には出来たらしい。」
「で、どうしたいと思ってるの?」
「そりゃ、苦しいしもう限界だから、早く治療したいと思ってるよ。」
「また、あっちにいって?」
「そうなんだけど、毎回飛行機使って行ってたら、金額がものすごいことになるよね」
「で、最後はどうしたいと思ってるの?」
「あっちに引っ越して、治療受けたい。でもさ、娘の学校もあるし、そこは悩んでる。置いていけないし。」
「そうだね、行くなら2人で引っ越した方がいい。」
と、そんな話になり、あっさりと私と娘の引っ越しが決まった。
反対もされず、なんかスムーズに決まったような?
娘にも確認したら
「お父さんと二人は厳しい。」
とのことで、この時点で転校のことを考えなくてはならなくなった。
しかし田舎の転校は大変。
まず、私の病気で娘をつれて転校したいことを伝えると拒否されました。
旦那の仕事の都合での転校は認めるけれど、私の病気治療の転校は認められないというのが学校側の意見だった。
転校するには教育委員会が、了承しないと出来ないと。
また、この時9月で受験シーズンにもなっていたので時期的にも悪かったのかもしれない。
もちろん、教育委員会まで電話してどういうことなのか詳しく聞いてみた。
すると、まったく違う答えが帰ってきた。
①理由はどうあれ、親の都合でこの場所にいられないなら転校はすぐにでも出来ること
②転校するのは、校長の意見次第。拒否するのはあり得ない
この教育委員会の返答を聞いて、また学校に連絡して。
そしたら、担任、進学担当の先生と面談しましょうと言う話になり、学校側の都合上9月末になり当日は娘も含め4人で面談をすることとなった。
あの光景は、ずっと忘れないた思う。
そして、娘の心を傷つけた出来事になってしまった。
数年前この時のことを話したら、「悔しくて、泣きたかった。でも、泣いちゃダメだと思って我慢したんだ。」と言っていた。
話は戻るが、面談の日。
予定どおり担任、進学担当の先生、娘と私で話し合いをした。
「転校の件ですね?」
「はい」
「お父さんの転勤なら分かるんですけど、お母さんの病気で転校するのはちょっと。」
「病気で苦しんで、そちらで治療することになったんですが。」
「認められないんですよね、お父さんの都合ではないし。まして、お母さんの都合ですもんね。」
ここでまず、この学校に娘を通わせていたことに後悔をした。
「教育委員会に、その事で聞きましたけど私の都合でも転校出来るって言ってましたよ。」
更に、
「転校手続きは、教育委員会の了解で出来る訳じゃなく、校長が了解すれば出来るって聞きましたけど。」
と伝えたら先生は2人で顔を見合わせてしぶしぶと言った感じで転校へ向けての話し合いになった。
そこで言われたこと
向こうへいっても、受け入れ先の学校が認めてくれるか分からないこと→この時期だし、受け入れてくれないだろうと繰り返し繰り返し言われた。
受験しても失敗するでしょう→関東はレベルが高いから。また、絶対に留年すると何回も言われた。
娘を見ると、頭を下げて一言も言葉を発しない状況。先生たちは、何を見ていたんだろう。
この時、娘は心で泣いていたと思う。
時間をかけても、同じ意見だったので
「留年となってもいいので、転校手続きを進めてください。」
といって、この話し合いを終えたと思う。
転校する時期も、また連絡いれますといって帰宅した。




