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09 ラインハルト・シュヴァルツ皇太子殿下と『ハルさん』(1)


(ラインハルト視点です)


13歳の時に皇帝陛下である父に、マイヤー公爵の屋敷で開かれるお茶会に出席するように言われた。


貴族のお嬢様が集まるお茶会は、うんざりする出来事が往々にしてよく起こる。

俺は面倒臭い騒ぎが大嫌いで、その手のお茶会には参加しないようにしていたのに、滅多に出てこないマイヤー公爵令嬢が主催者だと聞いた陛下は、嫌がる俺を無理にそのお茶会に放り込んだ。


侍女長や執事に急かされたが、ゆっくり時間を掛けて準備した。


早く出掛けても良いことなんて、何一つ無いだろう。


なるべく出席時間を短くするために、会場であるマイヤー公爵家には随分遅れて出掛けた。


俺が会場入りすると、沢山のご令嬢が黄色い声をあげる。

すり寄って来る女子。


ああ、やっぱり気持ちが悪い。

すぐに俺の腕や背中を触ってくる。


そんな時に会場の奥で、号泣して走り去る女の子を見た。

そういえば、今日のこの会場には意地悪で有名な、ウルリーケ・シリングス、別の名を『令嬢帰し』が出席していた筈だ。


しかし、泣いて走り去っていくのは、そのウルリーケ嬢なのだ。


この会場にはウルリーケを上回る、恐ろしく意地が悪くて傲慢な女がいるのか。


近くにいた女の子に話を聞いた。

すると、この屋敷の令嬢つまり、マイヤー公爵令嬢のアルルーナが泣かしたと言うのだ。

しかも、あの高慢なウルリーケの更に上を行く傲慢ぶりだったらしい。

常にマウントを取って泣かしたというのだ。


俺はぞっとした。

そんな女が俺の一番の婚約者候補だと父が言っていたからだ。


人格者のマイヤー公爵と優しく気高いマイヤー公爵夫人。


その娘がそんな傲慢で質の悪い令嬢に育っていたなんて・・・。

娘を『表に出さない』のではなく、極めて悪質な性格だったから、出せなかったのだろう。


性根の腐った令嬢の顔だけ見て帰ろうと、マイヤー夫人にアルルーナ令嬢に会いたいと言ったが、令嬢は『逃げた』と言う。


信じられない。

人を泣かしておいて、立場が悪くなると逃げるとは・・・


そんな女と婚約したくない。

俺は陛下に進言するために、アルルーナ嬢の情報を、お茶会の参加者の令嬢から聞き集めた。


その結果、使用するドレスや靴、アクセサリーなど、一流品ばかり。

金を湯水のように使っているらしい。使用人にも態度が悪いと聞いた。


ウルリーケを泣かした後も高笑いをしていたと言うのだ。


ぞっとする。

関らないように、早めにこのお茶会から退散しよう。


俺はさっさと宮殿に帰った。



それから三年間、すっかりアルルーナ令嬢の事は忘れていたが、ひょんな事から思い出す。

それは帝国図書館でのことだ。


属州のいくつかの村が、魔物に破壊された。この人達が安心してすめる土地を探していた。


仕事の溜まっている俺は、帝国図書館長のカミル・アイヒホルンに、土地を探してもらう事にした。


つまりはカミルに丸投げしたのだが・・・。

カミルに頼んでから数日経った。


仕事が早いカミルのことだ、仕事も順調に進んでいるだろう。


俺はカミルに任せた、開拓する候補地選びの進捗状況を確認するために、帝国図書館に出向いた。


カミルに会いに館長室に行ったが、いない。

どこに行ったんだ?

うろうろ探していると、カミルとどこかの貴族の侍女との会話が聞こえて来た。


カミルはこの仕事に不満タラタラ文句を言っている。


そうか、そんなに嫌だったのか。

これから、もっと沢山の仕事を押し付けよう。


俺がニヤリと笑うとその冷気をカミルは感じ取ったみたいだ。

俺がいるのが分かったのなら、すぐに戻るだろうと思ったが、カミルはなおも、侍女と喋っている。


侍女の話で分かったが、彼女はルーナといい、あのマイヤー公爵の屋敷で働いているようだ。


可哀想に・・・あの傲慢な令嬢のアルルーナがいるんじゃ、この子も大変だろう。



カミルは俺がいるのに、更に俺の悪口を追加している。

クソォ、開き直ったな。


俺の事を『恐ろしくわがままで、寝ずに働けという鬼畜だ』と言っている。

本人を前に(正確には後ろだが・・)よく言うな。


侍女はカミルの話を真に受けて、

「では、カミル様は寝ずに働いていらっしゃるのですか? それは体に悪いです。誰かがきたらすぐに、起こして差し上げます」

と、一生懸命にカミルの体を気遣っている。


あの侍女、よく見たら侍女にしておくには勿体無い程、可愛い顔をしている。


しかも、通りすがりのおっさん役人を助けようとするなんて、かなり優しい・・・そして危なっかしい。


カミルは、俺がいるのを分かっているのに仕事に戻るのを拒んでいるようだ。

俺が指図した仕事の内容を侍女のルーナに話をして、更にテーブルに地図を広げ出した。


地図を見たルーナの目が、素早く地図の隅々まで見ている。

その目の動きは、俺たちが見ていない物を、彼女は地図上で見てる気がした。


それはカミルも察知したようだ。


そして、村を開拓する場所に、カミルはわざと不適当な場所を指した。


ルーナはとたんに失望の色を瞳に浮かべた。

そして迷った挙げ句、開拓するのに適切な場所を言い当てた。


しかも理由もしっかり説明をした。

なのに、彼女は申し訳無さそうな顔をしている。


「ごめんなさい。でしゃばった真似をしました」


慌てて立ち上がって頭を下げるルーナ。


ルーナはカミルが適切な場所をさしたなら、何も言わず控えていたに違いない。

だが、カミルの示した場所は、そうではない。


彼女は前に出るタイプではなく、奥ゆかしい女の子のようだ。

きっとカミルに訴えるのも、勇気を振り絞ったに違いない。


しかし、後に沢山の村人が水害被害に苦しむと分かって、黙っていられなかったのだろう。


村人の生活を考え、必死の思いで訴えたルーナが、悲しげに謝る姿は見たくなかった。


俺は堪えられなくなって、紺色の髪の毛と金色の瞳を魔法で赤色に変えて、ルーナの前に出ていった。



「謝らなくていいよ」

俺が出ていくと、カミルが『でん(か)・・』と言いかける。


俺は慌てて睨みを聞かせて、カミルの口を閉じさせた。


「こんにちは、俺はカミル様の下で働いている『ハル』と言います。途中から話を聞いていて興味を持ったんですが、ルーナさんはどうしてここに村を作るのは良くないと思ったの?」


ラインハルトの名前から『ハル』と名乗った。

俺が街に出るときに使う名前だ。


ルーナの前に出たのは、もう一つ理由がある。

侍女の彼女がどうしてそこまで詳しく知っているか興味もあった。

もしかしたら、適当に言ったなんて事も考えられるからだ。


だが、彼女の答えはしっかりとした知識に基づくものだった。

更に俺や、図書館長であるカミルさえ知らない事を語る。


「あ、あの、この場所は河川が合流しています。さ、さらに、ここは川幅が急に狭くなっています。こんな場所では河川が氾濫しやすいんです。きっとこの辺りの土地を調べれば珪藻がでると思います・・・」、


「けいそうって?」


初めて聞く言葉でだったので、カミルを見ると、カミルも両肩をあげてお手上げポーズをしている。


「も、藻の事です。水が貯まったところにはこれが必ず増えるので水害の多い場所では、よく見つかると聞いたことがあります」


この可愛らしい侍女さんは、奥が深い。

彼女の知識は、貴族の令嬢だって及びも付かない。

それに何と言っても・・・

・・・可愛い・・・


俺はルーナを召し抱えようと思い付いた。

宮殿の俺の自室にルーナがいるところを想像する。


うん、良いアイデアだ!!


早速ルーナを取り込もう。

俺はルーナのすぐ横に座る。


俺の顔を間近で見た女の子は、誰でも浮き足だつ。

俺がふんわり笑顔を向ければ、女の子は俺のいいなりだ。


俺の下心が漏れないように、とびきりの微笑みをルーナに向けた。


「君のご主人様はマイヤー公爵家なんだね。どう?働き先を変える気はない?」


意味が分からないルーナが首を傾ける。


クッ

俺が落ちてどうする。


「なんと、無防備な子だね。例えば宮殿とかどう?」


俺は更にルーナに近付いた。


だが、ここまでだった。

公爵令息のエディック・マイヤーがスルッと目の前で抜き取り、彼女をかっさらった。


「ルーナは大事な我が公爵家の侍女です。どなたにも譲れませんよ」


エディック・マイヤーは俺を牽制し、見せつけるように抱き抱えて図書館を後にした。


「なんだ! あの男の態度は!! しかもあの接し方は! 侍女に向ける態度じゃないだろう!」

俺はカミルに八つ当たりの文句が止まらない。


「はあ、それは殿下も同じですよ。殿下のあの態度は、侍女に向ける態度ではなかったですよね」

カミルがニヤニヤと笑っている。


「そ・・そうだな・・」

俺はさっきまでルーナが座っていたソファーを、なぜか他の奴に座らせたくないと思っていた。


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