58 ハル様、婚約破棄を望む?(4)
レオナルド殿下と試合をしてから、またハル様と会えていません。
オルドー国の農作物の事を調べたり、土壌改良の件も考えないとだし・・。
皇太子妃のお勉強、刺繍・・。
しないといけない事は山ほどあります。
ですが、全く手に付かない。
ハル様に会いたいと連絡しても、『都合が悪い』と侍従からの返事を聞かされるばかり。お手紙を書いても、『待っていて欲しい』の一言だけの返事。
きっと、皇太子殿下の変化にも気付けない婚約者なんて、不要になったのだわ。
もしや!!
これは、ゲームでよくある学校の卒業式に断罪されるパターン?
そして、ハル様が壇上から見下ろして悪役令嬢に「婚約破棄だ!!」と叫ぶの・・。
あ・・でも私・・・
学校に行ってないわ。
それに、悪役らしいことしてない。
「でも・・・本当に婚約破棄されちゃうのかも・・・。」
「お嬢様は婚約破棄なんてされませんよ」
パウラが残念な生き物を見る目でこちらを見ている。
「だって・・もう私と会うのも嫌がっていらっしゃるんですもの・・・」
自分で言うと、尚更心に刺さるものがあった。
「男心をまるで分かっていないのですねぇ。お嬢様は」
真っ赤唇をプルンとさせて、ジュスターさんが口を尖らせる。
「男性ではないので分かりません」
これだけ苦しんでいるのに、私が悪いみたいな言い方をされると、ついムッとした。
「大好きな女の子前で粋がって剣の勝負を挑んだ挙げ句、あっさりと負けちゃったのよ。しかも自分よりイケメンのライバルに。もう、プライドなんてズッタズタの粉々よね」
ジュスターさんが持っていた紙をバラバラに破く。
はらはらと落ちた紙は、ハル様のプライドなのでしょうか。
そう思ったら、床に落ちた紙が大切な物のように感じ、紙を拾い集めたくなった。
「お嬢様、掃除は私がします!! どうぞそのままにしておいて下さい。もうジュスターさん、ごみを作らないで下さい!」
ギャーギャーと喚く二人の言葉を遠くに聞きながら考えていた。
そうか・・・。
ハル様の心が傷付いている今、私がその回りをうろうろするのは、逆効果なのね。
「でも、このまま会わずにいたら自然消滅で・・私たちの婚約もいつのまにか立ち消えてしまうのでは? そうなったら・・・どうしましょう」
両手を胸の前でギュッと祈るように握りしめる。
「では、アルルーナ。ラインハルト皇太子殿下の様子をこっそりと見に行ってはどうだい?」
マイヤー公爵であるお父様が開きっぱなしのドアから入って来た。
「婿と言うのは憎らしくもある。だが、ああも憔悴しているのを見ると気にかかる。それに婿の元気がないのが原因で可愛い娘が気に病むなんて、それはそれで面白くない」
お父様の呟きが聞こえたが、男心も分からないけど、舅心もそれなりに難しいようです。
兎に角、お父様の勧めもあってこっそりとハル様の様子を見に行きます。
屋敷でうだうだと悩んでいても、落ち込むばかりですもの。
宮殿に行くとばったり、テーゼ様に会いました。
テーゼ様は私を見つけると、手招きして何も言わず、騎士団の練習場に連れて来てくださった。
そこには泥と汗まみれのハル様が、剣術の練習をしているところでした。
「夜遅くまで政務に当たり、昼間の時間を作ってはこうして剣の腕を磨いているのですよ。何せ我が皇太子様の猪突猛進は今に始まった事ではないですが、ここに至っては一心不乱と言ったところでしょうね」
ふぉふぉふぉと笑いテーゼ様はウィンクをすると去っていった。
訓練場のハル様は何度打たれても、立ち上がって何人もの騎士相手に向かっていく。
ああ、いつだって私の大好きなハル様は真面目でこつこつ努力する方なんです。
ハル様の練習をこっそりと見守っていると、隣にレオナルド殿下が来た。
「頑張りは認めるけど・・どんなに足掻いても無理なのにね」
レオナルド殿下が長い睫を伏せながら遠くのハル様を見ている。
そうね、この前の試合を見ると、レオナルド殿下の腕前は相当なものだと素人でも分かりました。
オルドー国の鍛練の凄さが表れた試合だったと思います。
短期間でハル様が頑張っても、レオナルド殿下のレベルに届かないのかも知れない。
でも、それを足掻いているとは思って欲しくありません。
「ハル様は見た目からハイスペックで、つい簡単になんでもこなしている様に見えがちです。でも、とっても努力家なんです。毎回、どんなに打ちのめされても諦めない・・・。彼のそんな姿を見る度に私も前向きになれるのです。……信じられないかも知れませんが少し前までの私は、人が怖くて人とまともに喋れなかったの。でも、怖さを振り払えたのは、ひたむきなハル様を追い掛けようと思ったからです。私は一生懸命に努力するハル様を支えられる人間でいたい。ハル様が歩みを止めないのなら、私もずっと後ろから付いて行きます」
何度も立ち上がるハル様から目を離さずに、レオナルド殿下に話す。
「ふーん。じゃあ、彼が歩みを止めたら?」
レオナルド殿下の問いに迷うことなく答えた。
「勿論、前から引っ張るだけですわ」
私の答えに『ほおぅ』と感嘆の声を漏らす。
そして、暫くレオナルド殿下は腕を組んだまま、じっとこちらを見ている。
少し短いため息をつく。
「ああ、告白する前に振られちゃったな……。そうだ、明日再びラインハルト皇太子殿下と剣術の試合をするんだ。見においでよ。それと・・こんなに盛大に惚気を聞かされたんだから、ちょこっとだけ意地悪をしていい?」
「意地悪? え? 私に?
誰にするんですか?」
私が返事に困っている間に、「じゃ、明日ね」と目を細めてそう言うと、レオナルド殿下は去っていってしまった。
あれ?
その前に……
告白って言いました?
私はレオナルド殿下の去って行く後ろ姿を、驚きの表情のまま見ていた。
きっと口が開けっぱなしで、間抜け面だったでしょう。
彼のジョークだったかも知れないのに、真に受けてしまいましたわ。
冗談デスヨネ?
私は再び訓練所の広場を見る。
言葉にしたことで更に、ハル様への気持ちが強くなった。
明日、ハル様は私が見に来ることは、望まないでしょう。
でも、一心に剣を振っている彼を知った上で、明日の試合を見ないなんて、出来ません。
どんな彼も見ないといけない。
これから結婚して一緒になるのならば……。
◇□ ◇□ ◇□
眠れぬ夜を過ごし、朝の気分は最悪です。
ハル様が心配で、食事も喉を通らない。
「お嬢様、スープだけでもお腹にいれて下さい」
パウラが心配そうに、スープを目の前に置く。
私がこれほど案じているのだから、ハル様の現在の気持ちを考えると言葉に出来ない。
結局スープはほんの少し飲んだだけで、胃がきりきりと痛み出したので残してしまった。
そして、胃痛が治まらないまま宮殿の騎士団訓練所に来てしまった。
ハル様にばれないように、隠れて見ている。
訓練所の真ん中に二人が姿を現した。
レオナルド殿下の顔は変わらないが、ハル様の顔は精悍な顔立ちになっている。
「始め!!」
合図と共に、二人が間合いとる。そして、以前のようにハル様が先に仕掛けた。
そして、同じようにレオナルド殿下が止める。
だが、ここでハル様がスピードを上げて切り込む。堪らずレオナルド殿下がいなす。
こんな打ち合いが続いた。
今日の試合は両者の実力が拮抗しているように見える。
どちらも引かず試合は続いた。
長引く打ち合いに、私が出きることは、どちらも怪我などないよう祈るだけでしょう。
今二人の一眼二足三胆四力は同じ。
故に中々決着がつかない。
しかし、僅かな差でその終わりは来る。
突きを仕掛けたハル様とレオナルド殿下の迎え突きの両方が決まった。
二人とも倒れている。
動かない二人に、私の心臓は氷の杭を打たれたように、冷たく苦しくなった。
始めにレオナルド殿下が動いて、地面に座る。
でも、ハル様は動かない。
レオナルド殿下も心配してハル様の元に四つん這いで近付いていく。
でも、私は動けない。
そばに行くことも出来ない。声も出ない。
ハル様・・お願い動いて・・。
その祈りが通じた!!
ハル様が頭を動かし見えるはずのない私の方を見ている。
そして、恥ずかしそうに微笑むとぐっと上体を起こした。
私の体が動く。
このときにはもう走り出していた。
そして、上体を起こして足を投げ出して座っているハル様に抱きついていた。
「ルーナ、ごめんね。心配させちゃったな」
私は首を横に振る。
謝らなくていい。
「それに、勝てなかったな。カッコ悪いよね」
再度首を振る。
カッコ悪くない。
「格好良かったです。私の旦那様になる方は、やはり最高です」
「ははは、ルーナがこんなに人がいる前で言うなんて、俺の方が恥ずかしいよ」
土の着いた顔でも、ハル様は素敵だった。
清々しい顔で笑うハル様は、やはりこの世で一番尊いです。
◇□ ◇□◇
二人の様子を見ていたレオナルド殿下の隣に、パウラが近寄る。
「お疲れさまでした。レオナルド王子殿下」
不意に声をかけられたレオナルドは、跳ねるように顔を上げる。
「ああ、本当に疲れたよ」
パウラがレオナルド王子の端正な顔を真顔で見る。
「勝ち逃げ出来たのに、もう一度胸を貸すなんて、顔も心も綺麗なんていい男ですね」
パウラのぶっきらぼうな言い方なのに、慰めてくれているのが分かり、レオナルド殿下が「ははは」と可笑しそうに笑う。
「本当にね。実際にいい男だと思うよ……」
レオナルド殿下のナルシスト発言に、パウラは笑わない。
「ええ、このように良い方なら、ご紹介したいお嬢様は沢山いますよ。性格良し顔良しです。でも我がお嬢様ほどではないですが……」
パウラが手帳をペラペラとめくって、他国の姫君の情報も教える。
「凄い情報網だね。この失恋から立ち直ったらその手帳を見せてよ」
レオナルド殿下がにやりと笑う。
パウラは顔を変えずに、「手帳の貸し出しはお高いですよ」と胸元に手帳を隠した。
この二人が王家を説得し、結婚するのはこの3年後。
誰が予想したでしょうか。
その時、ジュスターさんが『チーム、ピンクスネークは解散ね』と涙を流したとか流さなかったとか……。
次話、最終話です。
三点リーダーを使用すると、文章を保存する時に文字化けして保存出来なくて、『・・・』大きな点々文字を使っています。
投稿する時に『……』に戻さず、すみません。
(;>_<;)




