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52 気合いの視察(3)


正直申しますと、バトック州は何の下準備も勉強もせずに来てしまったのです。

珍しい鉱石もなく、土地は半島の付け根の小さな州。その土地は恐ろしく平坦だったのでつい、興味も沸かずに資料を放置したのです。

しかも、5年前の資料の『優れた総督の元で、問題のない属州』と書かれた一文を読んで安心しきってました。


それがこんな事になっていたなんて、間違いなく私のミスです。

屋敷に放置してきた資料を思い出す。

あれ?? 確か・・資料の総督とここの州の総督は別人なのではと疑問が生じた。


オーツ・ニーバー、がここの総督の名前。確かにてっぷりお腹の彼はそう名乗っていた。

年齢は43歳。

顔の似顔絵も見たし間違いはなさそう。

あの資料には誠実で、民第一の良心的政治を行っていると書かれていた筈・・です。


あの資料が書かれたのが5年前。

人はそんなに変わるものなのかしら?


しかも、挨拶にあのてっぷりオーツは、手の甲にねっとりとしたキスをしたかと思うと私の指を最後に舐めたのだ。


ぞぞぞぞーと背筋に大量発生した虫酸が一斉に走る。


招かれて入った総督の屋敷は、町中の女性が集められたのかと間違うほど、綺麗なメイドさんが一杯だった。


「あの、奥さまとご子息にもご挨拶をしたいのですが、よろしいですか?」

私がお願いをしたが、オーツさんは眉根を寄せて、拒む。

「ああ、妻は・・・体調を崩していてね。それから・・息子の方も具合が悪くて寝ている」


「・・・そうですか。では日を改めてのお見舞いは出来ますか?」

ここで粘る。


「ああ、二人とも体の調子が思わしくないのでご容赦下さい」


せめて、奥様か、27歳のご子息から何かヒントになるようなものを聞けないかと思ったが、取り合ってもらえなかった。


うーん・・。

それならば、町の人に聞くしかない。

「ご病気の方がいるならば、私達が騒がしくして病状が悪化してはいけませんので、私達は宿を探してますね」


オーツがものを言う前に、後退りでオーツの屋敷を出た。

ううう、舌舐りしながら私を見るオーツの屋敷で眠るなんて、考えただけでも鳥肌ものです。


私だけでも飽き足らず、私の後ろでジュスターさんと控えていたパウラにも邪な目を向けていた。


もう、気持ちが悪すぎて途中から呼び捨てになってます。


町に出て宿屋を探しました。オーツの屋敷からなるべく遠くの宿屋を発見し、そこに決める。

「お嬢様、この町の貧困は異常ですね」

「そうよね、私もそう思うわ」


パウラとジュスターさんが珍しく真顔です。


「きっと帝国で決められた以上の税制があり、女性もあのオーツの餌食になっている可能性があります。何とか尻尾を掴みたい」


いずれハル様が統治する帝国において、このような悪しき州が存在するなど、絶対に見過ごせません。


まずは情報収集です。

最初に宿屋の女将さんに話を伺った。

女将さんの話によりますと・・

このバトック州は小さな王国で、大国の顔色を窺いながら暮らしていた。シュヴァルツが大きくなり始めた先代皇帝の時に、一番に属州となり保護を求めた。

そして、帝国から総督が任命されてきたのです。

今回のオーツも民の暮らしに寄り添い、信頼できる方だった。

だが病気の後、人が変わったようになったというのだ。それが5年前の話である。


「清廉潔白な人が、金に女に権力に溺れるってどれだけ人が変わればそうなったの?」

もう別人格じゃない。

二重人格とか?


あまりの変貌に恐ろしくなった。


ここで、宿屋の女将が沈んだ私達を元気にしようと話を変える。


「明日、この町で女神の水祭りがあるので是非参加してください」


あら・・人が一杯で私・・大丈夫かしら?

前世の夏祭りも参加できなかったのですが・・・。

でも、ヨーヨー釣りとかお面とかりんご飴・・・買いたかったの。


でもぼっちの夏祭りなんて行く勇気がなくて・・・。


「お嬢様、とても行きたいのでしょう?」

パウラに言われてはっとする。

「なぜ、分かったの?」


「きっと100人いれば100人ともお嬢様の表情に気がつきますよ。なにやら憧れているようで惚けてましたよ」


あらやだ・・。

そんなに、祭りを夢見てたのね、私って・・。


「コホン、お祭りの視察もお仕事ですわ。それに折角の教えて下さったのですもの。行きましょう」


上手く気持ちを隠したつもりだったのですが、パウラとジュスターにはバレバレで、お腹を抱えて笑われてしまった。

素直に『行きたい』って言えば良かったわ。


オーツも気になりますが、明日の女神の水祭りの後で、調査を開始しましょう。



お祭りが待ち遠しくて、遠足の日の夜のように興奮して眠れませんでした。


一人じゃないお祭り。楽しみが大きすぎるって、これもまた楽しいー。




◇□ ◇□◇



「パウラ、こっちを見て。飴がペガサスの形よ!! こんなの食べられないわ!! 見て見て見て! こっちには狐のお面よ!! ねえねえ、早くこっちに来て!!」


「何が視察ですか・・・。めっちゃはしゃいでますやん」

パウラったら、冷めた顔でさっき買った飴の可愛いウサギの耳を、躊躇なくバリバリと食べている。


「もう、折角のお祭りなんだから、楽しみましょうよ」

パウラの手を引っ張って、町の中心に連れていく。護衛のジュスターさんも始めてのお祭りに、少し浮かれているようだ。


町の中心に水瓶を持つ女神の像があり、その像は人々に水を配る様な姿勢で立っている。そして、女神の持つその水瓶からは、絶え間なく山から引かれた清水が流れていた。


その昔、井戸が枯れたこの町に美しい女神が舞い降りて、人々に水を分け与えたという伝説がある。

この町では、この女神の像とここから流れる水を大切にしていた。


町の中心にあるため、喉が乾いた人たちと憩いの広場になっている。


その日の正午、お昼の鐘の音と共に祭りに訪れた人々が家のグラスを持ってきて、女神様の水瓶から出る水を注ぎ飲むという風習がある。


私も宿の女将さんに聞いて、グラスを借りてきた。


正午の鐘がなった。人々は女神像の前に並んで次々に水を注いで行く。

私も借りてきたグラスに注いだ。


パウラもジュスターさんも、その他の騎士の皆さんも、順番に注いでいく。

あちらこちらで、集まった仲間が水を注ぎ終われば乾杯して飲み干している。


私も、パウラや騎士さん達と乾杯して一気に飲み干した。

冷たい水が気持ち良かった。


さぁ、祭りの後半です。

私の中でも最重要祭りポイントの一つである、あの食べ物をゲットしたい。

それは綿菓子です。


あのふわっふわなお菓子を持ち歩き、食べ歩きたいのです。


「パウラ、あの・・食べたいものがあるの・・」


「はい、存じております。綿菓子ですよね」

「え・・?」

なぜ?と言う前にパウラがにんまりと笑い種明かし。


「だって、お嬢様ったら綿菓子を持った子供が通り過ぎる度に、(よだれ)を垂らしてましたよ」


「た・・垂らしてません!!」

確かに、羨ましそうに見ていましたが・・・。


全くパウラったら・・と思った時目の前を風船が飛んでいく。

前を歩いていた女の子が、手を放してしまったみたい。


するとその女の子が踞ってしまう。あれ?ご機嫌斜めになっちゃったのかしら?


でも、様子が変だわ。

「おかあさん・・・からだがおもいよ・・」

苦しげに泣き出してしまった。


これはいけないわ。熱を出したのかしら?

駆け寄って見るが熱はない。

その子のお母様も困惑している。

「どうしたのかしら? さっきまであんなに走り回っていたのに」

女性は我が子を抱き上げようとしたが、立てなかった。


どういう訳か、今度はその女性も

子供の横で踞ってしまったのだ。


「どうしたのですか?」

女性は苦しげに子供と同じ症状を訴える。


「なぜか分かりませんが、・・体が・・重くて・・・それに力が入らない・・」


パウラとジュスターを呼んで、彼女らを運んでもらおうと振り返った。


そこに見たのは、パウラとジュスター・・・いや・・騎士達も・・

それに、町中の人が倒れている。


みんなを助けないと!!


でも、駄目だった。

足に力が入らず、そのまま石畳の地面に倒れてしまった。


回りはほんのさっきと同じ場所とは思えない程の光景が広がっている。

楽しげな笑い声は人々の呻き声に変わった。

これだけ、沢山の人が同じ症状に襲われるなんて考えられるのは、女神様の水瓶の水だけだわ。


しかし、冷静に考えられたのもここまでだった。徐々に倦怠感が強くて、頭も回らなくなる。


「うほほほ。皆が私にひれ伏しているぞ。なんて気持ちの良い眺めだ」


この惨状を見て喜んでいる不謹慎な人は誰?

高笑いのする方に重い首を回し、顔を向ける。


バトック州の総督、オーツ・ニーバーだ。

きっとこれもあの男が仕組んだに違いない。

大勢の民を巻き込んで、何がしたかったの?



でも、その目的はすぐにわかった。

「私の可愛いあの人はどこにいるかな? さあ、私があなたをずっと屋敷に閉じ込めて愛でてあげるからねー ほおら、出ておいでー・・もう帝都には帰さないよ・・」


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