51 気合いの視察(2)
出発してまず初めの州を行く前に、友好国であるリッカルダ王国に立ち寄った。
勿論、会いたい人がいるからです。
「お嬢様、ようこそ。我がファンゴール領へ」
久しぶりに会ったカルロは、小さい幼子のように軽々と私を抱き上げて、頭上高く持ち上げた。
「カルロー!! 元気そうで嬉しい!!」
激甘カルロに、抱きつく私。
カルロの側近達が、大慌てで二人のハグを止める。
「カルロ様は伯爵で、しかもリッカルダの王女の王配として決定している身です。そして、アルルーナ様は帝国の皇太子殿下の婚約者です。どうかどうか・・離れて下さい」
その隣でクスクス笑うベレニーチェ王女が、「好きにさせてあげて頂戴。二人はそんな仲ではないから。えーと兄妹? いや違う・・親子?」
どれも違うわ。
カルロは、カルロだもの。
カルロは生まれ変わった領地を隅々まで紹介してくれた。
以前に訪れた時と比べて、人々の顔は先々の楽しみがある余裕の顔付きになっている。
乳牛も増えて、チーズなどの乳製品はリッカルダでは流通が始まっていると聞く。
「お嬢様が教えてくださった、牛乳を入れる搾乳缶を銀製品に変えました。すると品質が長持ちしてリッカルダ国内で売れるようになりましたよ。沢山の郷土料理をご用意しましたが、乳製品も味わって下さいね」
銀山の銀も産出量が増えてきている。もう、この領地は誰もが羨む領地に変貌した。
荒れていた領主のお城も立派に建て直されていた。
「お嬢様、せっかく来て頂いたのです。部屋でゆっくりしてください」
おもてなしをしたいカルロは、私を部屋に案内したいようです。
しかし、私はここに来たならば、絶対に作りたい料理があったの。
ふふふ。
それはチーズフォンデュ。
そのために良いワインを持っていきたのよ。
ワインは、飲みません。
始めての舞踏会でぶっ倒れたのを忘れた訳じゃありませんから・・。
ですから、ワインは料理に使います。
夜のディナーで、料理長に頼んで出してもらいました。
カルロもベレニーチェ様も大喜びで食べて下さいました。
「うん、お嬢様。これは美味しいです。この料理が流行れば我が領地のチーズはもっと売れますね」
カルロがパン、ニンジン、ウィンナー、ポテトにつけてどんどん口に運ぶ。
それに負けじとベレニーチェ様も、チーズをベットリつけてふーふーと冷まして食べる。
「アルルーナ様、これは本当に美味しいですわ」
「ほら、ベレーもこっちを食べてごらん」
カルロがベレニーチェ様にチーズをたっぷり付けたポテトを差し出す。
それをふーふーと冷まして、猫舌のベレニーチェ様は、カルロが持った串からそのまま食べる。
お兄ちゃんと彼女のイチャイチャを見せつけられたが、今回は平気だった。むしろカルロの幸せそうなこの瞬間を見れた喜びで胸が熱くなりました。
良かった。
カルロが笑ってて。
幸せな気分のまま、私は次の日にテダマラ州に向かった。
テダマラ州では前テダマラ国王のガストーネ・ラ・トルレ・テダマラ総督にお会いした。
40歳の総督は奥様と一緒に、私を歓待してくれた。私はこのテダマラ州で大理石を初めとする変成岩を集めまくった。
そして、あのお気に入りの鞄に採取した日付と取れた場所を書いて保管した。
変成岩を眺めて、大切に鞄にしまう私の行動。
それと、石好きがここから変な風に湾曲されて伝えられていくなんて思わずに、この時は無邪気に集めた石達を抱擁していたのだった。
それが分かったのが、次のシエネリア州で発覚しました。
シエネリア州はテダマラ州の北に位置し、その北部は夏は短く、冬の寒さは極寒らしい。
もしかして、水に濡らしたタオルをぐるぐる回すとカキーンと凍るくらいなのだろうか?
シエネリア州の総督のルイアルバ・テリー様は72歳。でもまだまだ元気なおじい様です。
普段はシエネリア州の南部にお住まいをされているのだけれど、冬は北部の住民が気になって何度も立ち寄られるそうなのです。
その度に寒さに震える住民を救える術はないものかと、悩んでいらっしゃると言うのだ。
任せて下さい。この地方は調べあげてますわ。
早速ルイアルバ様と北部の地方に視察に来ました。
やはりです!!
有名な温泉地にも負けない、いえ、それ以上の熱々温泉があちらこちらからと涌き出ています。
この熱湯の温泉が垂れ流しなんて、もったいない・・・。
ふふふ。
こんな事もあろうかと、ジャガイモとサトウキビを発酵させてエタノールを作り、そこから不凍液に似た液体を作っておきました。
これと温泉を使ってチューブ式の熱交換器で床暖房を作れば、暖かい冬が越せるはず。
ついでに、熱交換の際に出た冷めたお湯と源泉を足して、家庭に温泉を引いて源泉掛け流しのお風呂を作る。
魔法の力と村人総出の作業で、試行錯誤を繰り返し、一軒完成した時には既に半月ほど経っていました。
でも、この成功で他の家でも床暖房を作れるでしょう。
床暖房を普及させて、寒さに震える住民が減るなら、良い滞在でした。
私の視察日程は一つの州に二日の予定でした。
現在既に大幅に遅れているので、完成を見届けたからには次に行かなくてはなりません。
私が明日出発すると伝えると、ルイアルバ様と村人が完成披露会とお別れ会を開いてくれました。
「アルルーナ様に教えて頂いた通りに工事を進め、必ず全ての家に床暖房を設置します」
と頼もしい言葉を頂き、シエネリア州とはお別れです。
まだ、冬になっていないので不凍液代用液が凍らない事を祈るばかりです。
出発間際、ルイアルバ様が私に仰々しい箱を私に手渡した。
「あの、これはなんですか?」
「アルルーナ様は石がお好きだと聞いていたので、手配していたのですが、大変遅くなってしまって・・・是非お納め下さい」
石と聞いて私は大喜びした。このシエネリア州では、あまりにも忙しくて石拾いが出来なかったのです。
ワクワクしながら蓋を開けると・・・そこには真っ赤に光るルビーが・・・。
石ではなく、これは宝石というものではありませんか?
それにこれは大きすぎません?
何カラットですか?
大きな屋敷が買えませんか?
「あの、私が集めている石とは違うのですが・・・」
ここは正直にお話した方がいい。
「ええ? やはりダイヤモンドの方が良かったのか・・・?」
おじいさま総督はがっかりと肩を落とす。
「いえいえ、違います。私の欲しい石というのは・・・」
道端に落ちていた石を拾いルイアルバさんに見せる。
「このように、何の変哲もない石を集めています。でも、この石は・・・ああっっ!!! 凄いですわ!!思わず拾った石だけど、これは片麻岩・・・。なぜここに? ああこれはプレートの境界の地下深いところで高い圧力にさらされて変形したもの・・。しかもですね!!!」
これからがいいところだったのに、パウラが私の口を塞ぐ。
「お分かりいただけたかと思いますが、アルルーナ様の好きな石は、、本当にそこらへんに転がっている石の事なんですよ」
「パウラったら、聞き捨てならないわ。片麻岩はそこかしこに転がってはいませんのよ!! ・・・コホン。とはいえ、本当に私は宝石には興味がありませんの。ですからルビーはこの地の為にお役立て下さい」
私が丁重にルビーを返すと、ルイアルバ様は申し訳無さそうにルビーを手元に引き取ってくれました。
「ですが、我が州のためにあれほどの知識をお授けくださった方に、何もお礼をしない訳には・・・」
「で、でしたら、是非この片麻岩を下さい!!」
ルイアルバ様の両手を持ってお願いをする。
「え? このような石ッころで良いのでしたら・・どうぞ・・?」
ルイアルバ様が困惑顔で顔を斜めに疑問文で頷いた。
「この石が岩サイズなら、日本庭園に合いそうだわ・・・温泉旅館に日本庭園最高です・・・」
想像するだけで旅行に行った気分です。
蕩ける笑顔の私を見て、私がルビーよりも本当に石が良かったのだと、ようやくルイアルバ様と人々が納得してくれた。
「あなたのような方が皇太子妃になってくれるなら、私達のような属州の民も生活が向上することでしょう」
「あの、もう属州ではなく『シエネリア州』ですよ。これからは帝国の王都の民と隔たりのない同じ民です。私に出来る事があるのなら、全力でお手伝いをするので、是非仰って下さいね」
私は馬車に乗り、シエネリア州の皆さんが見えなくなるまで手を振って別れを惜しんだ。
さあ、これからは少し視察のペースを早めて二日に一つの州を見て回ろう。
そう心に決めたのに、先のシエネリア州の隣の州に現在10日間も滞在をしてしまった。
土砂崩れを起こした山を見にいき、その原因である木材の伐採を指摘して、植林を指導していたら時間が経過していたのです。
といった具合に行く先々で、問題が発生し、調査、原因解明、その後の補修をしていたら、とんでもなく長い期間、滞在を余儀なくさせられていた。
そして、最後にはお決まりの、総督さん達が「どうぞ、こちらをお納め下さい」と宝石を差し出すプレイが始まる。
そして、私は宝石には興味がなく、好きなのは『石ッころ』だと説明する。
この流れで、漸く次の州に向かうのであった。
あと3州というところで、既に85日を費やしていた。
今日からバトック州です。
このバトック州はとても小さな州で、王都の偉い方が視察に訪れても通過だけでといった具合らしい。
それなら、私も滞在日数は一日でしょうか?
なんて油断していたら思わぬところに落とし穴があるのです。
それはバトック州を跨いだ道から顕著に現れた。
急に馬車がガタガタと揺れ、度々車酔いで吐き気に襲われた。
村に着いて人々を見ると、その生気のない顔に愕然とし目を瞪る。
どの人も顔色は悪く、肌はガサガサで手足は細く、そのせいで関節が太く見える。
村の惨状に、掛ける言葉がなかった。
町に入ると、少しは住民の顔に笑顔はあるが、それでも他の州に比べて痩せている。
そんな中、私を出迎えた総督は目にも眩しいキラキラの飾りを嫌味ったらしく着け、デップリしたお腹を揺らし出迎えた。
ここでの滞在が一番長くなりそうです。私の直感がそう言っていた。




