47 シーソーゲーム(1)
夜会当日。
色々な噂が飛び交う中での、いざ出陣。
背筋を正していかないといけないんだけど・・・既に腰が引けてる。
だって、今日会場にいる人達は全て敵と言っても過言ではない。
これで、気が重くならない人なんていないわ。
でも、今日の会場にはハル様が待ってくれている。それだけを心の支えに行きます。
今回、濃い紺色の生地に金色の小花を刺繍した落ち着いた色合いになっています。
でもデザインは大胆で、胸元が見えるのでは? と少々心許ない感じのドレスだ。
髪は後れ毛を意識したアップで、うなじを際立たせて見たとパウラが自信ありげにふふふふと笑う。そして最後、屋敷を出る直前にパウラが火打ち石で、カッカッと火花を飛ばす。
「御武運を!!」
パウラさん、あなた本当は江戸時代とか知ってるんじゃないの?
気になったがそこは永遠に聞かない。だって怖いから・・どこかの○○藩の○○ですって、有名な武士って可能性があるんだもの。
今回の夜会には、両親の招待状も届いていたのですが・・・。
お母様は「この程度で負けて帰ってくるのなら、皇后になる資格無し!!」と言って会場にも来て下さらない。
お父様は私を守るために、出席を考えてくれていたのですが、お母様に手綱を握られているお父様も欠席となりました。
エスコートはエディーお兄様が買って出て下さった。
本当に安心です。
私が安堵の微笑みをお兄様に向けると、「パウラはやりすぎだ! 一人で守れるだろうか」と意味不明の言葉を吐露し、頭を抱えている。
でも、憂鬱気に眉を寄せているお兄様の方こそ、その悩ましげな様子で、会場中の女性がふらふらになるのではないかしら? と心配になった。
馬車の車内で、今日の注意をエディーお兄様から散々復唱させられて、着く前から頭がいっぱいになってしまう。
「いいかい、私や殿下以外の人からお菓子や飲み物をもらっても、口にしてはいけないよ」
・・・それって、ちっちゃいお子さまに言う台詞ですわよね・・?
お兄様って、私をいくつだと思っているのかしら?
「・・勿論、食べませんわ」
「ああ、それから、知らない人に失くしたものを一緒に探して欲しいと言われても、絶対に行ってはいけないよ」
・・・それは年少の小学生に言う台詞・・・。
「・・ついて行きません」
「それから、殿下に違う部屋に誘われたら、すぐに私を呼ぶんだよ。私も一緒に付いて行くからね」
「え? ハル様もダメなのですか?」
なぜに?
「そうだ、皇太子殿下でもダメだ。ルーナの今日の姿をみたら、どんな草食動物でも、野獣に変わる。だから、ダメだよ」
「野獣・・・。」
そこは狼ではないのですか?
そんなにも怖そうなものに変身するなら、エディーお兄様の近くにいるのが一番の安全対策のようです。
コクリと頷くとエディーお兄様も安心したようでした。
今日の夜会の会場は、宮殿で一番大きな会場です。
パルテノン神殿のように、白い柱が並んだ建物が建っている。その柱を抜けると巨大な赤い扉が大勢の招待客を飲み込んでいた。
人が多くて気後れした私は、二、三歩下がって、足を止めてしまう。
それに気が付いたお兄様は、入り口に行かず、そこを通りすぎて、建物の横に広がっている大きな池に連れて来て下さった。
入り口のざわめきは聞こえるものの、ここはさざめく水面を風が走り、静かになるとお月さまがゆらゆらと池に映る幻想的な場所です。
「わあ、宮殿にこのような場所があるなんて、全く知りませんでしたわ」
「私も知らなかったんだが、宰相のテーゼ様が、もしアルルが緊張で辛そうなら、ここに立ち寄ってから会場に入るといいと教えて下さったのだよ」
まあ、テーゼ様が? ハル様はテーゼ様の事を悪く言いますが、私にはとても優しい良いおじさまです。
その時、池の畔に沢山の白い渡り蝶が下りてくる。
ふわりふわりと・・・
まるで牡丹雪のように舞い降りる。
「この時期の渡り蝶は珍しいね」この世界の渡り蝶は夜目が利く。夜目の利かない鳥を出し抜いて、優雅に月夜に飛び回る。
その移動距離は3000km。
小さな羽は青く透き通る程に弱々しいのに、なんと強いのでしょう。
美しい蝶のお陰で私の心はすっかり落ち着いた。
私がその蝶に見入っていると、エディーお兄様が声を掛けた。
「さあ、行こう」
厳かな雰囲気の白い柱を通ると深紅の扉が現れた。
その開かれた扉を一歩入ると夜目になれた瞳には眩しい世界。
吹き抜けの天井から、クリスタルのペンダントライトが他方向に虹色の光を反射している。
大勢の招待客は建物に入ると、左右にあるクロークに向かい、女性の羽織っていたシフォンストールや、バックチュールボレロを預けている。
クロークもその長さ20m。
横一列に並んだ使用人が貴族の名前を確認し、次々に荷物を受けとり捌けていく。
ホワイエだけでも、1000㎡以上はあるのではないかしら?
ここで、ショーも出きるわよね。
あまりの大きさによそ見をしていると、エディーお兄様に手を繋がれてしまった。
「ほら、私の腕をちゃんと持っててね。じゃないとすぐに迷子になってしまうよ」
そうですよね、この広さにこの人数。迷子になったら絶対に見つけてもらえないわ。
『ピンポンパンポーン・・迷子のお知らせを致します。紺色の服を着た女の子がサービスカウンターでお連れ様をお待ちしています。お心辺りの客様は1階サービスカウンターまでお越しくださいませ』
うん、これは恥ずかしい・・。
エディーお兄様を掴む手に力が入った。
しっかり掴まれたお兄様は、それでいいとばかりに、私に甘い微笑みをくれる。
それを直視したどこかの令嬢が倒れた。
そうよね、お兄様の微笑みをこんなに間近で見ている私って、イケメン耐性がかなりアップしているわ。
私・・・成長したなぁ。
ちょっと感慨に耽っちゃった。
さらに進むと、黄金に輝く扉幾つかある扉のうち、一番正面の大きな扉をくぐった。
息を飲む大空間。
ホワイエより明るさをトーンダウンした暖色系のライト。
その天井は優に8mはあるのではないでしょうか・・・。
そこから数千以上のペンダントライトが光り、その真ん中には満開の垂れ桜のようなシャンデリアが枝を伸ばすように輝いている。
「上ばかり見ていると、転ぶよ」
私の呆けている顔をクスクス笑いながら、注意するお兄様。
入り口から60m先に、一段高くなった壇上がある。
本番、名前を呼ばれ入場すると一直線に皇帝陛下にご挨拶に向かう。
その間が私の一番目の試練だ。
きっと、よくない噂を聞き付けた貴族達が、陛下の御前に着くまでに追い返そうと仕掛けて来るだろう。
陛下のところにゴールできれば第二の試練だ。
ハル様とのダンス。
転けたら・・・。
終わる・・・。
それと最終試練は各国の代表や、貴族のチェック。
これで合格ならば、ハル様との婚約者として憂いなく後日の良き日に婚約発表である。
でもこの時、あまりにも美しい設えにそんな事は吹き飛んで、お伽話にでも入ったかのような豪華な世界に浸っていた。
「さあ、一度会場を見たから私達の控え室に行こう」
「え・・? ここにいないのですか?」
私はもっとあの豪華な会場を見回して堪能したかった。
「私達は名前を呼ばれてから入場するのだけれど、いきなりあの会場に入ったら・・・アルルがさっきのようになっちゃうでしょ?」
ああ、まるで都会に初めて出てきたお上りさんのように、口をポカーンと開けて・・・あれだけ費やした所作のお勉強が無駄になるところでしたわ。
「うう、お兄様!! いつも私の事を考えて行動してくださって、本当に感謝しております」
こんなにも私を理解して下さる人はいないわ。
人をすり抜けて、廊下に出ると再び白く明るい世界。
その廊下の隅に真っ青な顔をした女性がしゃがんでいる。
「大丈夫ですか?」
私は迷わず声を掛けた。
そう、この私が怯まず声を掛けることが出来たのです。
「わた・・し・・今日・・ここに来て会場を見たら・・・緊張してしまって・・・怖くなって・・」
消え入りそうな声の女性は、顔だけでなく、指先までも真っ白になっている。
私は彼女の手を取り、両手で包むと暖めるように擦る。
「ねえ、そこのあなた」
ちょうど通りかかった宮殿の侍女を呼ぶ。
「彼女にホットミルクを持ってきて欲しいの」
「すぐにお持ちします」と侍女は一礼をすると足早に、調理場に向かった。
私は女性を椅子に座らせると、自分もそのとなりに座った。
「私、アルルーナ・マイヤーと申します。ここで落ち着かれるまで、気を楽にしてホットミルクを待ちましょうね」
微笑むと、彼女は暫く私の顔から目を放さず、じっと見つめる。
はあぁあ・・とため息を漏らした。
それから、はっとして自分の名前を告げた。
「私はアイマーロ伯爵の娘、モニカと申します。マイヤー公爵のご令嬢とは知らず、ご無礼をお許し下さい。今日は・・婚約者と一緒に出席する初めての夜会で・・・緊張してしまって・・」
まあ、そうだったのね。
それじゃあ、そのお相手は彼女さんを放ったらかしてどこにいるのかしら?
心細そうな彼女にそんなことは聞けない。
「私も今日初めてこの会場を目にしたの。天井が高くて、広さと人の多さに驚いて、口がしまりませんでしたわ。それに初めての夜会に私もドキドキです」
「まあ、アルルーナ様でも?」
お互いにクスリと笑う。
そこに侍女が温かいミルクを運んで来てくれた。
「お忙しいところ、ありがとう」
私がお礼を言うと侍女は、侍女も目を瞪って私を数秒見る。
「・・女神?・・・いえ! それが私どもの仕事なのでお気になさらず、またご用があればお申し付けください」
とそのまま謎の単語を残し、侍女は下がった。
モニカが両手でカップを包むように持ってミルクを飲んでいると、頬に赤みが差してきた。
そこにモニカの婚約者が走って戻ってきた。
どうやら、彼は気分の悪くなった彼女にクスリを探しに行っていたらしい。
すっかり落ち着いた彼女は、何度も私にお礼をいて会場に入っていった。
みんな初めてなら、同じように緊張し動揺するんですね。
当たり前ですが、これがわからなかった。
自分以外の他の方は、堂々としているように見えて、もっと焦っておどおどしていた。
エディーお兄様が、そっと私の頭を撫でる。
「どんどん、アルルが成長して私は少し寂しくもあるよ」
成長?
私自身は、全く感じないのですが・・・。




