36 呪いの石(3)
山に着くと、女性はズボンに着替えて、道なき道をひたすら登る。
陰キャの私ですが、山は好きなのです。本格的な登山ではなくハイキング的なのですが・・・。
陽キャの集まるおしゃれな街の服屋に行くくらいなら、人に会わない山道の方が楽ですし・・・。
ベレニーチェ様も汗を拭きつつ、懸命に登って来られます。
彼女の方が私よりも、この山に掛ける想いは強い筈。王女様なのに、慣れない山道を弱音も吐かず頑張っている。
カルロは、私の護衛をしつつベレニーチェ様が気掛かりなのでしょう。何度も後ろを振り返っています。
ベレニーチェ様の呼吸が浅く激しくなっている。
「・・・少し休憩しましょう」
私がそう言うと、カルロがホッとしていた。
やっぱりベレニーチェ様の事、気になって仕方ないのね。
兄が女性を連れて家に来た時って、こんな感じなのかしら?
寂寥感? 焼きもち?
「先程は私を気遣い、休憩を取って頂きありがとうございます」
ベレニーチェ様がお礼をわざわざ言いに来てくれた。
ああ、良いお姉さん。
兄の結婚相手には申し分ない・・。
申し分ないのに、悔しくて寂しい。
世の中の小姑ってこんな気持ちなのね・・・きっと。
気持ちは悶々としたまま、再び歩き始めた。
雨が少ない地域なのに、この山は青々とした大木で鬱蒼としています。その生い茂る木々の中、むき出しの岩が立ちはだかった。
その岩の回りに落ちている石を拾う。
「ああ、それが呪いの石ですよ」
カルロが私の持っている石を指す。
石を見ると無数の黒く細い線がウニョウニョと入っている。
これは!!
この細くて黒い線は!!
やはり銀だ!!!
やった!!
大当たりだ!!
これでカルロは!!!
でも・・・そうなったらカルロは・・
いやいや、私ったら・・ここまで来て何を考えているの?
そうよ!!・・・伯爵とはいえ国を動かせる権力を持ち、この国では誰にも後ろ指を指される事なく、ベレニーチェ王女と結婚が出来るのよ!!
それに、銀を使って更にこの領地を発展させれば磐石だわ。
そして!!カルロは!!
・・・・・ううぅ・・
・・・そしたら大好きなお兄さんが私から離れて結婚しちゃう・・・。
うぉーん・・・さみしいよ・・。
銀が見つかって嬉しいのに、悲しいよぉー・・・。
ポロポロと涙が溢れて止まらないよ・・。どうしよう。
全然喜んであげられない。
カルロが勘違いして、私を昔みたいに優しく抱っこする。
「いいんですよ。ここに何もなくても気にしないで下さい。泣かないで下さい」
いつもカルロは優しい。
きっと何もなかったのだと勘違いしているのだわ。
言いたくないのに・・・
「ううう、優しくしないで・・ここに銀がある事を言いたくなくなっちゃう・・・。」
「え? それは真か?」
ベレニーチェ王女の反応が怖いくらいに早いです。
言っちゃった。
驚いているカルロの首に腕を回して、そっとカルロに話す。
「カルロ、ここには大量の銀があります。これでベレニーチェ王女様と結婚できるわ・・・。お・・おめでとおお・・」
言えた・・言えたわ。
「・・・お嬢様・・ありがとうございます。これで俺の領地の民も守ってやれます」
カルロが私を抱く腕に力を入れた。でもそれは、小さい頃から変わらない・・薄いグラスを扱うように丁寧な力加減なのです。
山を下り、パウラが草原に敷物を広げて、お茶を入れてくれた。
そこに、ベレニーチェ王女様とカルロ、ハル様とエディーお兄様と私が車座に座った。
こんなに開けた場所なので、誰かに聞かれる心配はありません。
王宮に戻るより、安心してお話が出来そうなので、ここで重要な事を詰めてしまいましょう。
「ここの山には年間4000kgの銀の産出が見込めると思います・・・。詳しく調べて見ないとはっきり言えませんが・・。しかし、この領地はまだリッカルダ王国が預かりとはいえ、所有している状況です・・よね?」
私が視線を向けると、ベレニーチェは強く頷く。
「そうです。しかし、この領地は日に日に経営は悪化している。もはや王家でも面倒を見切れないと、領民が逃げ出すのを放置している・・・」
ベレニーチェ王女様が、申し訳無さそうな顔でカルロを見る。
カルロは何も言わない。でも、固く噛み締めているのが、頬の筋肉の動きで分かる。
「それならば、継ぐべき伯爵家の人間に戻しても、誰も抗議の声をあげる者はいないでしょう」
ハル様が、ニヤリと嗤う。
きっと赤字のお荷物領地をカルロが継ぐ事に、異議を唱える者はいないでしょう。
「そうなのです。だから、この銀の件はカルロが引き継ぐまで、絶対に口外してはダメなんです」
私は珍しく熱く語ってしまった。
これから、カルロに襲いかかる危険を思い、握り拳を両手で握る。
「それと、カルロを守る為の騎士を・・それも信用のある人を確保してから、銀の発見の公表をしてほしい!!」
カルロに何かあったらと思うと、心配で仕方ない。世の中悪い貴族は山ほどいます。
暗殺者が送り込まれたりしたら・・・考えるだけでも、カルロを連れて帰りたくなります。
「また、銀の盗人に備えて兵士もお願いします。兵士にはお金に困っている者を雇うとすぐ賄賂をもらって悪党と結託しちゃうので、これも信頼できる人たちがいいです」
「ああ、それなら・・」
とエディーお兄様がカルロの顔を見ながら話す。
「リッカルダの第三近衛騎士団の団長を以前に務めていたガレアッツォ・シンビネと言う人物が良いと思うな」
カルロはガレアッツォ元団長の名前が、エディーお兄様の口から出た事が不思議そうだった。
「私は義父のマイヤー公爵から、ある話を聞いています。昔、カルロをリッカルダ王国から逃がすために、ガレアッツォ騎士団長が友人であるマイヤー公爵へ連絡をしてきたそうです。それで、カルロを迎えに行ったと聞いてます」
カルロが昔の記憶を辿ってその当時を思い出そうとしている。
「・・しかし、公爵は俺と会った時、明らかに俺以外の人物を探していたようだったけど・・?」
「ガレアッツォ様は手紙にカルロの事を書けなかったから、どうやら義父は、ガレアッツォが自分の情婦を一時的に避難させたいのだと、勘違いしたらしいよ」
カルロは、初めて会ったマイヤー公爵がキョロキョロしていた事を思い出した。美しい女性を探していたのに転がっていたのはボロボロの俺だったとは・・・とフッと笑いを洩らす。
私にはカルロがどうして笑みを浮かべたのか、分からないけれどとても懐かしげに口許が緩んだので、辛い過去ではないと思うと、ほっとした。
今こうして、カルロが生きて祖国に戻って来られたのは、ガレアッツォ元騎士団長様とお父様のお陰なのだと思うと感慨深い。
そして、今も二人の交流は続いている筈だわ。
そんな人情に厚い人がいるなら、カルロがここにいても大丈夫・・よね?
安心した私は、カルロに銀で使える知識を伝えた。
まず、せっかく絞った牛乳を長持ちさせるためには銀メッキの入れ物にいれると良いと言うこと。
冷蔵庫がない今、「銀は微生物を抑制する作用があり、保存剤として銀を使います。これで、酪農が成り立つでしょう。」
「その他には・・現在も人気の銀の宝飾用の他に、銀食器もあります。それと、殺菌性と除菌、防臭効果もあります。それに・・・」
「ストップ!!」
私の話しの途中でハル様が、いつの間にか後ろにいて私の口を塞ぎながら自分の膝に抱き上げた。
「モゴモゴ(なぜ、とめるのですか?)」
私の抗議の声が理解出来たようで、ハル様が横に首を振る。
「あのね、ルーナの知識をそんなに惜しげもなく出さないでくれ」
「モゴモゴ(だから、なぜに?)」
ハル様の返事を聞く前に、カルロが私とハル様の前に立っている。
ええ? 瞬間移動?
そして、カルロが「分かりました」と言いながら、ぺりっと私の口からハル様の手を剥がしてくれた。
「銀の事、ここからは俺が考えて行動する番です。だから、ラインハルト皇太子殿下はアルルーナお嬢様を解放してあげて下さい」
カルロから、ヒヤリとしたものが流れ出たわ。
でも、背中のハル様からも、冷たい何かが出て周りの空気も凍ったように感じます。
「今の行為は不敬ではないのかな?」
ハル様が、私の口から退けられた手を、ヒラヒラさせる。
「俺はまだ、アルルーナお嬢様の護衛なんでね。あまりにも目に余るようならその脅威から守りますよ。例え皇太子様であろうとね」
敷物の上で二人が仁王立ちになっている。
あわわわ・・・。
二人とも・・どうしたの?
「おお落ちついて・・急にどうしたの?・・・二人とも・・すわって・・」
この戦いにエディーお兄様が魔法で木の枝を伸ばして、二人の体に絡ませて宙に浮かせた。
「おい、エディック!!下ろせ!」
「エディック様!おろして下さい!」
二人が足をバタつかせるが、エディーお兄様は、腕組したまま二人を見上げている。
「カルロの気持ちは分かるよ。2歳からずっと守ってきたアルルをぽっと出の殿下に奪われる。その気持ちは娘を奪われる父親のようだろう。・・・しかも、目の前でアルルが恥ずかしがっているのも構わずイチャイチャと!!! 私も馬車の中では暴れそうになったぞ。しかし!! 相手は皇太子殿下だ。これ以上は不敬になってしまう。堪えて、少しだけ敬ってくれ」
もう抵抗を止めているハル様がぼやく。
「おい、これは不敬にはならないのか? マイヤー公爵家はこれで敬った態度なのか?」
ハル様の声を無視して、お兄様とカルロは二人で頷きあっていた。
「オーイ。俺を無視するな」
再びお兄様にハル様は、声を掛ける。
「はい、殿下。聞こえてますよ。何度も言いますが、カルロにとって、アルルは娘のように可愛がっていた存在です。ですからアルルへの接触を減らして下さいね。分かっていただけない場合、我が義父に皇太子殿下のアルルに行った無体な行いを、ご報告させて頂く事になりますよ」
「うぐっ・・・。分かった。接触は最小限に留めるようにしようと思う・・」
「ご理解頂き、ありがとうございます」
エディーお兄様が、私には見せた事のない黒い笑顔で、二人の体に巻き付いていた枝をスルスルと操り二人の足の裏は地面に着けた。
パウラが一人「どいつもこいつも、ホントに面倒臭い奴ばっかりだ!!」
と毒突いてます。




