35 呪いの石(2)
私は興奮のあまり、すっかり眠気がどこかに行っていた。
ベッドの上であれやこれやと想像する。
カルロが好きな人と結婚出きるかも知れない。
しかも、他国のお姫様。
幼い頃からの恋心が叶うなんて・・素敵だわ~
そうなったら、カルロは喜ぶよね。
そうなったら・・・。
あれ?
私ってはしゃいでたけど、そうなったらカルロは遠くに行っちゃうんだった・・・。
カルロがベレニーチェ様に取られないように考えていたのに、すっかり方向転換してしまってたわ。
私の考えが合ってて、カルロがお金持ちになったら・・・
カルロが遠くに行っちゃう。
カルロが遠くに行くのは嫌だわ。
でも、カルロが好きな人と一緒になれないのも嫌!!
カルロが悲しむのは絶対に嫌!!!
私はベッドに座り込む。
「どっちも嫌!!カルロが傍にいてベレニーチェ様と結婚できたらいいのに!!」
夜遅くに叫んでしまった。
「お嬢様って、やはり何も考えないで動いてたのですね」
パウラがベッドの傍にきた。
パウラもカルロが遠くに行くと聞いて、平静ではなかった筈なのに、急に達観したように落ち着いているのが悔しい。
一緒にジタバタして欲しかったのに・・・。
「パウラもずっと一緒にいたのに、カルロが遠くに行っても平気なの? もう吹っ切れたの?」
「私は・・カルロがいたから、お嬢様の守りは万全だと思っていたのです。居なくなると警護に穴が生じるのではと不安になっただけですわ。でも、カルロがいなくなれば、その分補強すれば良いだけの事です」
うん。やはりパウラの天の邪鬼は芯が通っているわ。
本音は違う癖に絶対に語らない。
「そうよね、パウラみたいに、私もカルロが幸せになってくれる方を選ばないとね・・」
「そんな事は一言も言ってません!!」
パウラの突っ込みを無視して、私は漸く決心した。
それならば、やる事は一つです。
「パウラ、私リッカルダ王国に行きたいの。手筈を整えて欲しい」
「分かりました。では、おやすみなさいませ、お嬢様」
あら?すんなり許してくれた。
私がリッカルダ王国に行くのは読まれていたみたいね。
パウラが明かりを消して、静かにドアを閉めた。
五日後、ベレニーチェ王女様は自国にお帰りになった。
勝手な外出で大騒ぎになり、警護の人数を3倍に増やされた王女様は、王宮から抜け出せずカルロにも会えずにそのまま帰路についた。
私はと言うと、ベレニーチェ王女が我が屋敷に突撃訪問された次の日に、お父様に頼み込んでリッカルダ王国のファンゴール領地に行くための出国の書類を書いてもらっていた。
カルロの事を憂慮していたお父様は、あっさり署名をしてくれたのだ。
そればかりか、学業に忙しいエディーお兄様もついてきてくれると言う。
友好国でもあるリッカルダの往来は盛んだったので、一ヶ月後に私達は比較的簡単な書類と審査で出国が出来た。
リッカルダ王国はシュバルツ帝国の東に中立国家があり、その国のさらに東に位置する国である。
間の中立国を避けるために、船旅で一週間・・・。
帝都に近い港から船に乗った為に、ゆっくり船旅を楽しんでいました。
私以外は楽しんでいます・・・。
私以外はね・・・。
船酔いはしてません。
ですが、私は船が苦手です。
なぜなら、ホテルとは違い多くの乗客はレストランで食事をするからです。一応、頼めば客室にも運んでくれます。
しかし、部屋に運んでもらうメニューの少ないこと・・・。
豪華な食事を、公爵家の威光を使って運ばせる事は出来ますが、それは前世を知る私には無理でした。
レストランには沢山の人が、優雅に食事をされています。
そして、船旅を楽しむ人達は全員陽キャなのです。
皆さんフレンドリーに声を掛けて下さいますが・・辛い・・。
こんな時にエディーお兄様がいて本当に助かっています。
社交的なお兄様は、スマートに対処できるのです。
その陽キャの能力が羨ましい。
声を掛けられる度にひきつる私の表情筋・・・。
それが・・・本当に辛い。
それに、気をつけないといけないこともあります。
ディナー時、給仕に『お好きな曲はありますか?』等と尋ねられて、差し出されたメモ用紙にうっかり曲名を書いてしまったら、大変な目に遭ったのです。
ピアノ演奏の際に、そのピアニストに手招きで呼ばれて、罰ゲームのように直立不動で自分が書いてしまった曲の演奏が終わるまで、ずっとピアノの横に立たされる羽目になったのです。
これは一体何の罰?
ディナーを食べに来ただけなのに・・・。
でも、次の日に白髪混じりのご婦人が、昨晩の私と同じようにピアニストに呼ばれたのですが、そのご婦人はグランドピアノに手を掛けてリラックスした様子でリズムを取りながら楽しんでいらしたのです。
しかも、時々ピアニストと笑顔でアイコンタクトをとって・・・。
そして、演奏が終わると婦人は優雅に拍手をして、更に観客にもピアニストへの労いの拍手を求める。
一連の動作は演劇のように、スマートに行われた。
船旅恐るべし・・・。
船旅初心者は恥をかいただけでした。
そう言えば、私以外にもう一人この船旅を楽しんでいない人がいましたわ。
不安な船旅に、どんよりする私よりも険しい顔をした人が隣にいます。
カルロです。
「アルルーナお嬢様、本当にファンゴール家の領地には何もありませんよ。広大な土地があるわけでもなく、痩せた土地だけなんです」
このフレーズを、カルロは毎日繰り返しています。
私も、確かめないうちにカルロに言うのは憚られるので言ってませんが、カルロの領地の山には銀が眠っているはずです。
もしその山で銀が採掘出来たなら、大きさは分かりませんが年間4000kgはいくのではと踏んでます。
そうなったらカルロは、かなりの力を有する貴族の仲間入り確定。
否、国家予算にも口を挟める力を持てる筈です。
この事を弱気になっているカルロに言いたい!!
逸る気持ちを抑えて、まずは確かめてからです……。
何度も自分に言い聞かせてます。
漸く着いたリッカルダ王国。
港町は、白い建物が眩しく光っています。
全ての屋根は緑色に塗られている。
異国情緒溢れるとはこの事を言うのですね。
海風を想いきり吸い込むと、魚を焼いている香りが・・・。
サンマ?
かぼすを掛けると美味しいよね。
クンクンしていると、エディーお兄様に耳元で「前を見てね」と言われ現実世界に戻ると、リッカルダ王女自ら、お出迎え下さっていた。
ヒュッと焼きサンマの香りを鼻から勢い良く吸い込んでしまう。
「長の船旅、お疲れの事でしょう。ここからは我がリッカルダの馬車で王都にご案内致します」
ベレニーチェ王女様のドレスが
驚くほど気合い入っています。
少し胸元を開けて、夜会服のような煌びやかな真っ赤なマーメイドドレス。
きっと、カルロに見てもらう為に肌も磨きあげてきたんだなぁと感心して見てしまった。
カルロに感想を聞きたいのか、横目でベレニーチェ王女が盗み見ているが、カルロったらまるで彫刻のように表情を崩さない。
二人の間でやきもきする私。
透かさずエディーお兄様が「お心遣い、誠に感謝致します」とお礼を言ったので、私も慌ててカーテシーをするも、この国は両手を合わせてお辞儀だった。
このお辞儀の仕方、馴染みがあるわ。
乗り込んだ馬車は、見た目は小さいが中は広かった。車内を広くする魔法を使った馬車だった。
しかし、広すぎる。
30㎡はあるかしら。
きっとこの馬車は王族がこの中で眠れるようにベッドを設置していたのだけれど、大きなソファーに置き換えたのね。
それは、ベレニーチェ王女がカルロも一緒に馬車に乗れるようにと、考えての事だった。
都合良くソファー・テーブルも2セット用意しているわ。
あちらのソファーに、ベレニーチェ様とカルロを座らせて二人っきりにしてあげましょう。
こちらは私とお兄様とパウラで座りましょう。
と思ったのにベレニーチェ王女とカルロが座っている席に、エディーお兄様が座りに行く。
ええ?と驚いているとパウラまでもが、そっち側に?
みんな、そこは空気を読んでベレニーチェ王女とカルロを二人っきりにしないとダメじゃない・・。
「みんなに気を遣わせてしまったかな?」
私の頭の上から声がして、私の横にストンとラインハルト皇太子殿下が腰を下ろした。
「な・・なぜ? ここに?」
「あー・・疲れた。長期の休みをもらうために陛下の仕事とドSの宰相がこれでもかっていうくらいに仕事を持ってくるんだよ・・・。酷いと思わない?」
慰めてと言わんばかりに、目尻と眉を下げて首を傾げるラインハルト皇太子殿下。
あざとい女子もKO負けしちゃうほどの可愛さ。
よしよしと慰めてしまいそうになります。
「・・・いえいえ、そうではなく・・私の質問には、全くお答えになっていませんが・・・。」
我に返った私は、ジト目であざとい皇子にもう一度質問をする。
「分かったよ。言うよ。俺が間に合うようにルーナは豪華客船でゆっくり船旅を楽しんでもらってたのさ。その間に、俺は大急ぎで商業船で来たという訳だ」
なんと・・! 私が船旅で陽キャの人達に翻弄されていたのは、ハル様のせいだったのか!!
自ずと非難の目でハル様を見てしまう。
再び可愛く小首を傾ける、ハル様。
「あれ? きちゃダメだった?」
「うぐっ・・」
キュンと悶絶。
更にラインハルト皇太子殿下が、人目も憚らずに、私の肩を抱き寄せて鼻と鼻が当たりそうな近さに寄せてくるのは、止めて頂きたい。
「ラインハルト皇太子殿下、もうちょっと離れて下さい・・」
ラインハルト皇太子殿下の片方の眉がピクッと上がり、急に不機嫌になる。
「まだ、呼んでくれないの?」
「何の事でしょう・・ああ・・」そうだわ。
『ハル』と呼ぶように言われていたのだった。
で?今?
ガタンと隣のソファーから音がする。
パウラに押さえられているエディーお兄様とカルロの姿が・・・。
ほら・・向こうのソファーには、人がいるんですよ?
でも、じっと金色の瞳が暗示を掛けるように『さあ、呼んで』と促してくる。
「・・・ハル・・さま」
「・・・まあ、今日はそれで許してあげよう」
一応満足して、微笑んでくれた。
「・・・殿下、そろそろ到着なので、私の義妹を解放してあげて下さい」
低ーいお兄様の声。
エディーお兄様、恐ろしい程尖らせた木の枝を消して下さいね。カルロもナイフを隠して頂戴。不敬罪で二人とも投獄されますよ。
でも、エディーお兄様のナイスアシストで、限界に近かった私はソファーに普通に座れた。
それにしても・・・えっとハル様とこれから呼ぶのね。呼べるかしら・・。
その、ハル様から解放された私は、やっとファンゴール家の旧領地を窓から見ることが出来た。
広がる草原に家畜の牛。長閑ですわ。でも、どの家も粗末なあばら屋で、生活は貧窮しているのが見てとれる。
この領地は、一刻も早く手を打たないと領民が逃げ出してしまう。
「呪いの石がある山に急ぎましょう」




