32 カルロの物語(1)
(カルロ視点)
久しぶりに、懐かしい名前を聞いて、胸のうちに仕舞っていた故郷の事を思い出したよ。
俺は貧乏伯爵家の次男として、少々窮屈な暮らしていた。
父は野心家で、いつも金の話ばかりしていたような気がする。
5歳年上の兄は、俺を嫌っていて遊んだ記憶がない。
いつも年下の俺を小馬鹿にするようなことを言っては、からかってきた。だから、俺も仲良くしたいなんて全く思わなかったね。
まあ、父も兄に期待を掛けていて、随分と勉強をさせていたから、遊ぶ時間なんて無かったのかもな。
だが、俺が8歳の時に魔法の力を発現させてから、家族の構図が微妙に狂い出す。
魔法の力を持ったことで父が兄より俺を優遇しだしたからだ。
あの時は、父が掌を返したように俺ばかりを褒めるんから、うんざりしたもんだ。
俺は兄と父の不穏な空気を感じ取り、10歳の時に騎士の試験を受けた。
そして、一回で合格した後はさっさと家を出た。
これで伯爵家を継ぐつもりはないと、更に家を継ぐのは兄だと、父に宣言したつもりだったんだよね。
これで、兄にも俺が敵対するつもりはないと分かってくれただろうと高を括っていた。
宿舎に入って数ヵ月で俺は、リッカルダ王国の第3近衛騎士団長のガレアッツォ・シンビネ侯爵の小姓として仕える事になる。
俺の働きに目を留めたガレアッツォが、引き抜いたのだ。
この出世でさらに父と兄が思惑を交差させていたなんて、全く気が付かずに、俺は新しい環境にワクワクしていたのさ。
俺の実力を純粋に評価してくれる環境と上司に巡り会えたのだから・・。
あの古くさいしきたりや、雁字搦めの人間関係から解き放たれて、自由を謳歌していたのだ。
この頃にリッカルダ王国の王女のベレニーチェに会う。
この頃はまだ7歳の王女はかわいいだけの、お姫様だった。
実際の彼女は、我が儘で可愛いが手の掛かる妹的存在だったかな?
勿論、恋愛なんて全く考えられなかった。
だが、ベレニーチェの方は俺に一目惚れをしたと、本人が後に言っていた・・・。
そのせいか、俺が王城内で走り回って仕事をしていると、一緒についてきた。
先輩からは王女に馴れ馴れしくするなと叱られていたが、ベレニーチェが距離を取ることをしないのだ。
先輩と王女の間の板挟み状態は続き、しんどかったな。
先輩からは怒られ、ベレニーチェを避けると泣かれて困る。
その無限ループにヘとへとになっていた。
そうこうしているうちに・・・二年後に俺はすぐに従騎士に昇格した。
面白いくらいにとんとん拍子で出世する。
俺はこの出世が兄の焦りをさらに煽っていたとは気が付いていない。
水を得た魚のように、俺は第3近衛騎士団長ガレアッツォ・シンビネ侯爵のもとで、めきめきと剣術の技術を身に付け上達する。
ガレアッツォ団長も俺の才能に期待をかけてくれていて、他の者達よりも長く訓練を見てくれていた。
そして、従騎士になったことでベレニーチェの傍にいる事が増えてきたが、俺の方は彼女に格段の思いもなく過ごしていた。
だが、大人に囲まれ一人寂しげに
している王女は相変わらず俺を見かけると傍に来た。突き放すことも出来ず話し相手になっていた。
その時に話したことは、他愛もない事ばかりで食事の事や、侍女の誰かの声が大きいだの。そんなことだったんじゃないかな?
従騎士は武器運びや、武器の手入れなどが主な仕事だが、時に戦闘にも参加するために模擬試合を度々行っていた。
更に2年が過ぎた頃、俺の剣術は魔法の力を合わせると、大人にも負けることがなかった。
その腕前を認められて、18歳から任命される騎士の称号を14歳で賜った。
俺は有頂天だった。
周りが見えていなかった。
ベレニーチェの事も、安易に考えていた。
この頃のベレニーチェは、11歳で近隣の第5王子との縁談が持ち上がっていた。だが、ベレニーチェを甘やかす国王陛下が無理強いをせずに、彼女が縦に首をふるのを気長に待っている。
しかし、じぶんで言うのもなんだが・・・ベレニーチェが恋い焦がれて見ていたのは俺だった。
しかも第3近衛騎士団の団員になっていた俺とベレニーチェは更に顔を合わせていた。
その頃になると我が儘だと思われているベレニーチェは、結婚が嫌で必死に我が儘を演じている可愛い女の子だと気付いていた。
二人っきりでいる時のベレニーチェは、とても素直だったな。
しかも料理長が頭を抱えていた偏食も、実際には好き嫌いはなく、なんでも良く食べていた。
幼いベレニーチェが「我が儘=偏食」と思い込んで編み出した技なのだ。そのせいでベレニーチェは大好きな魚料理が減った事を後悔していた程だった。
そんなにも他国に我が儘だと思わせたい理由が俺だと知った時は、本当に心臓を射貫かれたとおもう程の衝撃を受けた。
それから、急にベレニーチェがくっついて来ると俺は彼女を女だと意識し始めてしまったんだ。
リボンの付いたドレスを俺に見せに来るベレニーチェ。
他の女の子の護衛に付いた時に見せた膨れっ面。
どんどん俺の中のベレニーチェが、第一王女ではなくなって気になる女の子に変わっていった。
だが、何とか身分を忘れずに常に自分を律していた。
だがしかし、当のベレニーチェが、日に日にあからさまに俺に愛情を態度で示す。そして、とうとう俺はベレニーチェから警護の任務を解かれて暫くの間、騎士団担当の血統官になった。これは系統図管理で文官の仕事だ。
せっかく騎士として出世を爆進していたのに・・・なんて事だ!!
俺はむしゃくしゃして日々を送っていた。
15歳になったある日、珍しく兄が俺の宿舎に訪ねてきた。
何でもベレニーチェ王女に献上する品物を届けに来たと言う。
俺は領地の小麦が不作だと聞いていたので、我が家にそんな余裕はあったのか?と首を傾げた。
20歳になっていた兄は、未だに父から家の仕事を任せてもらえないと愚痴っていたが、思い出したように懐から手紙を出す。
そして、近くに人が居ない事を確かめて俺に耳打ちした。
「さっきベレニーチェ様がお前と二人っきりで会いたいから、ここに来て欲しいと手紙を預かったんだ。確かに渡したからな」
兄が帰ってから手紙を見る。
確かにベレニーチェの文字だった。
文字の最後をピッと上に跳ねる文字。何度注意されても跳ねる文字に、「字までお転婆だな」と言ったら、その後2日間も口を聞いてくれなかった事を思い出した。
そのお転婆な文字は、『隣国の第5王子と婚約が決まりそうだから、最後に一度だけ会いたい』と切実に訴えていた。
この時、俺は本当に甘ちゃんだった。
兄が俺をこの国から追い出すために、ベレニーチェまで使って仕掛けた罠なんてまったく気が付きもしなかったのだから。
手紙に書かれていた時刻に、指定された場所である、城内の角にある庭園管理の作業小屋に入った。
月明かりがあるとはいえ、小屋の中は暗くて中が見えない。
「ベレニーチェ王女・・どこですか?」
小屋の奥から、衣擦れの音と共にいつものドレスとは違った町の娘が着るようなワンピースを身に着けたベレニーチェが現れた。
「来てくれたのね。貴方のお兄様が私の気持ちを察して、ここに連れて来るって仰ってくれたの。嬉しいわ」
ベレニーチェが感極まって、俺の胸に飛び込んだ。
「そこまでだ!!!」
急に大声が聞こえ、粗末な小屋が昼間のように明かりで照らされた。
そして、大勢の人間が呆然とする俺を取り押さえた。
背中を蹴られ、訳も分からず乱暴に縄で縛られる。
「やめて!! カルロを放して!!」
泣き叫ぶベレニーチェの声に被せて奴の声がした。
「ね、言った通りでしょ?」
兄が騎士達に揉み手をしながら、下卑た嗤いで俺を見下ろしている。
「おまえ!!!」
俺は口に猿轡を噛まされ言葉を封じられた。
「奴は今夜ベレニーチェ様と夜逃げを考えていたんです。ほら、ベレニーチェ様もすっかり町娘の格好に変身されて・・・カルロと逃避行されるつもりだったのでしょうね」
俺は『違う!!』と怒鳴りたかった。だが、声は出ない。
俺の変わりにベレニーチェが異を唱え叫んだ。
「違います!! この格好はここに来るまでに見つからないようにと、この人が簡素な服でと言ったから・・・」
ベレニーチェが俺の兄を指指したが、兄の声の方がそれを上回った。
「ああ、ベレニーチェ様は逃げるために金貨もご用意されていたのですね」
「違う!違う!」と首を振って否定するが、所詮12歳の女の子だ。20歳の兄に騙されて俺もろとも罠に落ちてしまった。
王女の失態を隠すべく、俺の騎士団での存在は掻き消され、命さえも風前の灯火だった。
だが、ベレニーチェが自身に刃物を突き付けて俺の助命を懇願した事と、第3近衛騎士団長ガレアッツォ・シンビネ侯爵の嘆願があって、俺はムチ打ちの刑の後、魔物が出る森に捨てられた。
あの後、俺が動かずにそこで倒れたままでいたら、俺はこうしてアルルーナお嬢様に仕えていない。




