31 伝説の充電
私はどうやって屋敷に帰ってきたのか分からないくらい、打ちのめされていた。
ハルさんは皇太子で・・ラインハルト様は図書館の司書ではなく・・図書館の司書さんはリッカルドの王女の恋人で・・・あれ?私の好きな人・・いや、好きだった人は・・いないの? どこにいった?
頭の中が、ぐっちゃぐっちゃで整理が出来ません。
積み上げてきた記憶と思い出が、雪崩のように崩れてます。
こんな時は冷静に状況整理をしなければ・・・!!
まず、第一にハルさんは司書ではなく、ラインハルト皇太子殿下だったということ。
それと、ベレニーチェ様の想い人ということ。
私は浮気相手だったかも知れないということ・・・・。
ズーンと私にだけ、重力が重くかかりました。
先ほどの晩餐会の間の事は断片的にしか思い出せない。
ショック過ぎて・・・。
その中でも、最後にベレニーチェ様が再び私に告げられた言葉が、更に私の回りの空気を重くした。
『私が12歳の時に、私たちは引き裂かれましたが、あの人は私の事を忘れないと言ってくれたの。だから・・・私に返して!!』
ベレニーチェ様は、私の手を取って懇願するように頭を下げた。
『嫌です!!』と言いたかった。でも言えなかった。
皇太子のラインハルト様ならいくらでも返してあげられる。
でも、ハルさんは連れていかないで。
実はハルさんと皇太子様は別人だった・・という都合の良い話を頭の中の物語を広げていた。
『そうして、ルーナとハルさんは幸せに図書館で暮らしましたとさ・・』
無理矢理ハッピーエンドに作った物語を、何度も脳内で再生させる。
でも、これが本当ではない事は知っている・・でも認めたくないし、私に優しい物語に浸って居たかったのです。
ため息が再び漏れる。
丁度ため息と重なってノックが響いた。
「皇太子殿下が、急遽アルルーナ様にお会いしたいと・・・その・・既に・・」
歯切れの悪い侍女の言葉の続きを待っていると、ずっと待っていた声が聞こえた。
「ごめん。どうしても話がしたくて急に来てしまった。どうか、俺の話を聞いてくれないか?」
扉の向こうにいつもの声!! ハルさんだ。
「・・・。」
返事を出来ずにいると、「お願いだ。顔を見せて欲しい」とあの愛しいハルさんの声がする。
断れる訳がない。
だって今も声だけで胸がドキドキして、お顔が見られると思うと体が熱くなるんですもの。
「・・・どうぞお入り下さい」
扉を開けて入ってきたのは、髪の毛が紺色で、黄金の瞳。
さっきの脳内の物語の司書のハルさんではない。
その皇太子の方のハルさんは余裕がない様子で、椅子に座る前に立ったまま話出した。
「俺は君を騙すつもりはなかった。初めに会った時はお忍びで街に行く『ハル』の格好だったけど、俺はきっとあの時からルーナに一目ぼれをしていた。会う度にどんどん好きになる気持ちをおさえられず、本気で侍女のルーナと結婚できる方法を探っていたよ。皇太子だとルーナにばれたら、きっと侍女の君は俺の前から姿を消すだろう。そう思うと怖くて伝えられなかった。」
ああ、私も殿下と一緒だった。
ハルさんに公爵令嬢だと知られて、引かれたらどうしようとずっと怖かったもの。
「でしたら、私が告白した時に何故伝えて下さらなかったのですか?」
疚しいことがあるからですか?
とは聞けない。
「『嫌われるのが怖かった』と君が言ったからだ。」
「え?」
どういうことですか?
「『嫌われるのが怖かった』と君が言ったから、もしかして俺は好かれているのかと・・・だから、自分の話よりルーナの気持ちをもっと知りたくて忘れていた。そして・・目の前の愛しい人が近くにいて、我を忘れていたんだ」
ハルさん・・いえ、ラインハルト皇太子殿下が一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
焦った様子が、端正なお顔をさらに艶めいて見せる。
「お願いだ!! 黙っていた事を許して欲しい。君が侍女だからとか公爵家の令嬢だから好きになったんじゃない。俺はルーナだから好きになったんだ」
今まで見た赤い瞳のハルさんじゃないけれど、真剣な眼差しは彼のものだ。
皇太子殿下が私に手を伸ばした瞬間に、一歩下がってしまった。
だって、彼の金色の瞳がベレニーチェ様の言葉を思い出させたんだもの。
「なぜ?」
皇太子殿下の伸ばされた手は、悲しげに下に下りて行く。
「ラインハルト皇太子殿下は、私以外にも・・・その・・ベレニーチェ様にも好きだと仰ったのですよね?・・・ショックでした」
「・・ベレニーチェ? 何の事だ」
ラインハルト様が眉間に皺を寄せて、全くわからないのか考え込んでいる。
「だって・・ベレニーチェ王女様が『彼の金色の瞳に映っていいのは私だけです』って仰っていたわ。それに、ベレニーチェ様が12歳の時に、引き裂かれたラインハルト皇太子殿下は、ベレニーチェ様の事を忘れないって言ったのでしょ?」
ここまで説明したのに、まだ首を捻っている。
ベレニーチェ様のような大人の女性をあれだけ骨抜きにしておいて、知らん顔をするのですか?
憤っている私に皇太子殿下が一言。
「ベレニーチェ王女が12歳の時なら、俺は5歳だが・・・。そもそも5歳の時にリッカルダとは国交がなくまだ行き来していないな」
「ふえ?・・・ー!!」
私って大バカだわ。
そうよね、引き算くらいちゃんとしなさい!!
顔が真っ赤になってくるのがわかる。恥ずかしさで手汗もびっしょり・・。
「ごめんなさい・・・。」
謝るだけで精一杯です。
「ルーナ・・。」
呼ばれて顔をあげると、色っぽい顔をしたラインハルト皇太子殿下がすぐ目の前にいるではないですか!
逃げる間もなく、腰に手を回される。
「ああ、俺はうぬぼれても良いのかな? ルーナは・・嫉妬してくれた?」
掠れた声が、色っぽいです。
はい、嫉妬してました。
それに、女の敵だと認定してました。
これは言えない。
『ケダモノ』って心で叫んだことも内緒です。
黙っているとさらに熱っぽい瞳が、近くにいます。
ラインハルト皇太子殿下の手が、私の唇をなぞる。
殿下の手が熱い。
私は、次に殿下の唇が下りて来るのを待っている。
でも、どうしても言いたい。
どうして良い感じの時に我慢出来ないのかしら?
「・・・あの、金色の瞳がラインハルト皇太子殿下でないのでしたら、ベレニーチェ王女殿下は、誰の事を言っていたのでしょうか? どうして私に・・・」
私に近付いてきていたラインハルト皇太子殿下の体が、ピタリと止まった。
ああ。やってしまった。
良い雰囲気をぶち壊してしまったのは分かるのですが・・・。
気になったら止まらない。自分自身でも、それを聞くのは今じゃないと分かっているんですよ。
でも、すぐにやはり後悔した。
私の頭のすぐ上で、長ーーいため息が聞こえたからだ。
「その、ベレニーチェ王女様の想い人は間違いなく、カルロの事ですよ」
私は突然の声にビクッと体が跳ねた。
殿下の長いため息が終わると同時に聞こえた声の主は、パウラだった。
あれ?
パウラったらいつの間にそこにいたのかしら?
もしかして、初めからそこに居た?
キョドっている私を察して、その心中での質問も、パウラが答えてくれた。
「ラインハルト皇太子殿下がお部屋に入られた時から、私はここに控えて居りましたが・・・」
そうよね。パウラはいつもそばにいてくれているもの。
パウラの前でまた、キスをするところだったわ。
気持ちを落ち着けて、先ほどパウラが言ってたことを脳内で再生する。
そしてカルロの顔を思い出すと・・・。
はい、確かに!!
カルロの瞳は金色でしたわ。
しかし、また新たな疑問が沸き起こる。
「カルロの瞳は確かに金色ですわ。でも、パウラ・・・カルロとベレニーチェ王女様との接点なんてこれっぽっちもないわよ」
私は大袈裟に親指と人指し指を1ミリ離してパウラに見せた。
「それがあるのですよ」
フフンと自慢げにパウラが腰に手を当てる。
その先を知りたくて、身を乗り出した。
私の食いつきにパウラは、満足そうに皇太子殿下をちらりと見て、話出す。
「カルロは実は・・リッカルダの国の伯爵の息子だったのですよ。確か・・カルロ・ファンゴールという名前だったと記憶しています。カルロの事だから、手当たり次第に女性を口説いて、その中にうっかり王女様も入っていたのではないでしょうか? そして国を追われたのでしょう」
うんうんと自分の説に酔いしれるパウラの頭は、どこからともなく現れたカルロにペシッと叩かれた。
「勝手に物語を作るな!!」
目を細めて睨む瞳はカルロの瞳は金色だ。
「え? 違うのですか?」
私のイメージでもカルロならばと、納得しかけてましたわ。
ごめんなさい。
勝手に女性にナンパなイメージを作っていて・・。
「では、リッカルダの国の伯爵の息子というのは・・・?」
おずおずと尋ねると、カルロは仕方ないなと言うように肩を聳えさせて「それは本当です」と答えてくれた。
続いて、「俺はリッカルダには帰れません。ここで生涯お嬢様の護衛をしますよ」
と言い残しまた消えた。
「ああ、良かったぁ。カルロがどこかにも行かなくて・・」
心からの安堵の息を吐いた。
カルロは小さい時から側にいてくれる頼れるお兄さん的存在だった。いや、それ以上の信頼関係です。
今、離れるなんて寂しすぎます。
「ねえ!!」
急に低いラインハルト皇太子殿下の声がして驚く。
「はい!・・・なんでしょうか? ラインハルト皇太子殿下?」
「・・・前はハルさんだったのに・・また始めからやり直しなのか?」
皇太子殿下が何やらぶつぶつと仰っています。
「あのさ!!俺の事を許してくれたのならまた『ハル』と呼んで欲しい」
距離を詰められて、両手を握られた。
パウラがすぐ横にいるときにこの話題は恥ずかしい!!
しかも『ハルさん』呼びは不敬に当たると思うので避けたいです。
「あの。その・・急には・・・今度ラインハルト皇太子殿下の事をどうお呼びするか考えませんか?」
私の必死の形相に、皇太子殿下も諦めてくれた。
「仕方ない。では今度までにハルと呼べるようにしておいてね。ルーナ」
こくこくと頷いているのに、皇太子殿下は手を離してくれそうにない。
ずっと立ち通しで足が疲れてふらついた。
すかさず皇太子殿下が私を抱き上げ、そのままソファーに私を膝にのせて座った。
ここれは!!
今は恥ずかしーーです・・
「あの、私一人で・・」
「ダメだよ。ずいぶんルーナに触れていなかったんだ。ルーナを摂取させてもらうよ」
私を摂取とは・・・もしかしてリア充の方々が触れ合う言い訳に良く使われる・・・あの伝説の『充電』と言うやつでしょうか?
恥ずかしさに、皇太子殿下のお顔を見れませんが、お膝が熱く感じたのはしっかりと心に刻みました。
誤字脱字報告ありがとうございました。
上へ下への大騒ぎと書きましたが、
『上を下への大騒ぎ』でした(汗)
覚え間違いの誤字でした・・・気を付けます。
(´ω`)




