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30  女の敵


私は誘拐犯から逃げる為に、窓を体当たりで割って、裸足で逃げるという、貴族のご令嬢にはよほど思い付かないやり方で逃げ出した。


屋敷に帰り着いた時には、お父様もお母様も大騒ぎだったのですが、まずは治療が優先で昨日は疲れきってそのまま眠ってしまいました。


幸いガラスの破片は体には刺さっておらず、細かい擦り傷だらけ。


厄介だったのは、足の裏です。

木の枝を踏んで傷ついた所から、化膿して部屋で大人しくせざるを得ない状況になってます。


普段から部屋に閉じ籠るのが大好きで、その点は全く平気だったのですが・・。

じっとしていると嫌な事ばかり頭をよぎるんです。

それで、つい痛む足で、本を取りに行こうとしているところを見つかって、現在、こんこんとエディーお兄様にお説教を頂いております。


だってね・・・

ハルさんに会えないのが、辛くて辛くて・・・。


この私が誰かを思って、こんなに苦しくなるなんて・・・。


二次元では大好きなキャラもいましたが、恋するとこんな風になるなんて思いもしなかった。


ため息ばかりついてしまう。


究極のインドア派の私ですが、誰かを想い閉じ籠っていると、幸せな気分も薄れてきます。


そればかりか、ハルさんに司書友達の可愛い女の子ができたらどうしようとか、ハルさんの家に誰か女の子が遊びに来ていたらとか悪い想像ばかり考えて・・・はっきり言って辛い。


でも不思議。

そんな鬱々とした気持ちも、ハルさんの手紙やお花一輪であっという間に吹き飛ぶんです。


(たまに、皇太子殿下からも花を頂きますが・・・

反対に気が重くなります。)


早くハルさんに会いたいな。


そして暫くするとまた同じ心配が沸き起こり・・・またまた鬱々するの繰り返しが始まるんです。




過保護な両親とお兄様のお陰で、私の足は日に日に良くなった。


丁度全快した時に、皇帝陛下から急ぎの書状が早馬で届けられた。


「一体何事が起こったのだ?」

お父様は悪い知らせなのかと、顔を顰めて手紙の封を切ったが、手紙を読み進めるうちに、困ったようなお顔に変化していく。


読み終わったお父様は、私の顔を見てはため息をつく。


どうなさったのかしら?

それほど悪い手紙のないようではなかったようですが?


「アルル、お前に友好国のベレニーチェ・ラ・リッカルダ王女の話相手として宮中晩餐会に参加をして欲しいと手紙がきたのだ。何故だかわからないが、王女殿下がお前を指名したらしいのだ。どうだい? 行ってくれるか?」


お父様の眉の深さで、これが断れない依頼だとわかります。

だって、皇帝陛下のお願いを無下に出来ませんもの。


初めてお会いする方と、私が和やかにお話出来るのでしょうか?


王女様の話相手にお選び頂いた事は光栄なのですが、明らかに人選ミスですわ・・・。


王女様のお年を聞けば25歳。

大人の女性とお話して、意気投合出来るような気が全くしません。


王女様が玄武岩とか好きな方なら、とっても盛り上がれるのに・・・。


そもそも、話相手に何故私が選ばれたのでしょうか?

この帝国には、妙齢のウィットに富んだ会話が出来る方が沢山いらっしゃいます。


私なんかがしゃしゃり出ても、面白い話題など何一つ御提供できるはずもないのに・・・。

ですが『喜んでお受けします』と返事して宮殿からの馬車に乗った。



あーでもない。こーでもない。と王女様が好きそうな話題を考えている間に、宮殿に着いていた。


宮殿に着くと、今さらながらに重大な事に気が付いた。


私の迂闊な一言で、友好国だった国から敵対する国へ変わる事だってあるのだ。


こんな時に、初めてのお茶会での失敗が鮮明に思い出された。


ああ、いけない。

こんな時に自信喪失なんて・・・。

洒落にならないわ。


どこか、一人になって落ち着ける場所を探し出す。

こんなところに、誰も入ってこないような丁度言い部屋があった。


あまり使われていない部屋なのだろう。

ほこりっぽいし、椅子が座席部分を合わせて積み上げられている。


ここなら、誰もこない。

私は一人深呼吸と掌に『人』と言う文字を書いて飲み込んだ。


人の目を見てお話出来るかしら。

人が怖いと感じたらすぐに目を逸らしてしまう癖がでないかしら・・・。


手が震えだした時に、ハルさんが背中から抱き締めてくれたことを思い出した。


その感触をなぞるように自分を抱き締めた。

「うん、大丈夫。私にはハルさんが付いてくれている」


漸く気持ちが落ち着いた時に、誰も来ないと思っていた部屋のドアが勢い良く開いた。


一瞬、ハルさんだ!!

と喜んだのも束の間・・。


え? 誰?


髪の毛は赤くない。紺色?

瞳も赤くない。何故、瞳は黄金なの?


「・・・・。」


頭の中が『謎・謎・謎・どうして?・何? 何? 誰?』


パニックだった。


そうだ!ハルさんは、もしかしたら今日は宮殿の仮装パーティーに来ていたのかも。


「ハルさん・・その髪・・その格好は?」


お願い仮装パーティーって言って!!

でも、私が願うより前に廊下で『殿下! ラインハルト殿下、どこにいらっしゃいますか!!』

と探す侍女の声が耳に入る。


「あなたは・・・皇太子殿下なのですね」


そうなのだ。

ああ、開拓の村の視察に皇太子殿下がいるはずだったのに、いなかったと勝手に思い込んでいたが、いたのだ。


ずっと皇太子殿下はいたのだ。


だから近衛騎士団が来ていたのよ。

気が付かない方がおかしいのよね。


「『司書のハルさん』は初めからどこにもいなかった・・。」


騙されていた? ずっと?

そう思うと心臓を握られたように痛みだした。

皇太子殿下なんかと一緒の部屋にいたくない!!

私はあの人の前で絶対に泣きたくなくて、両手で思い切り扉を開けて出ていった。


私が一緒にいたかったのは『ハルさん』なのに・・。もう、どこにもいない。


認めたくないけれど、あの冷ややかな態度で私を嘲笑っていたのだ。


貴族の男性がお遊びで、侍女に手を出して捨てる話はよく聞くわ。


でも、ハルさんは私が公爵の娘だと知った後も、お花やお手紙を送ってくれていたわ。


自分を励ますようにハルさんを擁護する。


でも、公爵の娘と知って無下に出来なくなってお花をくれていたのかも・・・。

だって、お見舞いにも来てくれなかったじゃない。


ハルさんを弁護する自分は、すぐにハルさんの悪事を追求する検事に言い負かされた。


とぼとぼと廊下を歩いていると、私を探していたパウラに捕まってしまう。


「お嬢様、私から離れないで下さい。王宮といっても警備体制は信用なりませんよ」


なんだか、ホッとした。

誰かに手を引いて歩いてもらっていると、道を間違えないでいられる。

「クスっ。パウラは本当に過保護だわ」


パウラに心配をかけないようにしたいのに、パウラは眉をひそめて私を見た。

「アルルーナお嬢様、何か変ですね・・どうかされ・・」


パウラが何か言う前に、皇后様が通り掛かった。


ラファエラ・シュバルツ皇后様。

背が高く、背筋も伸びているので威圧感で及び腰になる。

侯爵令嬢の時代から、ファッションリーダーで陽キャの代表のような人である。


「あなたがアルルーナ・マイヤー公爵令嬢なのね。お会いしたかったわ。今日はごめんなさいね。突然呼び出して申し訳なく思っているわ。あら、もうこんな時間、大変だわ。アルルーナ、急いで会場へ参りましょう」


皇后様はさっき見た皇太子殿下と同じ紺色の髪を靡かせて、颯爽と歩く。


歩き方もハルさんに似ているわ。


「アルルーナの趣味は図書館で本を読むことだそうね。どんな本を読むのが好きなのかしら?」


ラファエラ皇后様は、私が王宮に馴染むように質問をして下さった。

相手の事を優しく聞いてくれる話し方もハルさんにそっくり。


「あの、大地の成り立ちに興味があり、そのような本を読んでいます」


想像と違った本だったのか、ラファエラ皇后様は少し驚いた表情を見せた。


ハルさんも驚いた時に、目をぱちくりと開くの・・・。


「あら、難しい本を読むのね。若い女性は恋愛本を読むと聞いていたけれど、違うのね。でも、大地の事なんて考えた事がなかったから興味深いわ」


皇后様は、ふんふんと頷いて納得している。


皇后様とお話して、私はハルさんで一杯になった心を、切り替えようと必死になっていた。


そこに、真っ赤なドレスに身を包んだリッカルダ国の王女殿下である、ベレニーチェ・ラ・リッカルダが登場した。


彼女も背が高い上に、25歳という大人の女性の威圧を感じる。


しかも、鋭い視線が突き刺さる。

挨拶をしようと顔をあげると、殺気漂う視線を送られた。

私ベレニーチェ王女に嫌われるような事をしたかしら?・・・・理由が分からず戸惑う。

何故に?


「わ私はマイヤー公爵・・」

「知っています。あなたがアルルーナ・マイヤー嬢なのね」


ふえ・・。

怖いのですが。

今日初めてお会いするベレニーチェ王女殿下に、何故か敵意を向けられています。


会食が始まる前から、既に何か失敗をしてしまったのでしょうか・・・?


私が何かしたのか聞く前に、晩餐会の会場の扉が開かれ、皇后様とベレニーチェ王女殿下が入って行かれます。


遅れをとってはいけないと、必死で付いていき席に着きました。


ここでもう一つの辛い現実を思い出しました。

斜めの座席にハルさん・・ではなく、皇太子殿下がいらっしゃいます。


今はお顔を見たくなかった・・。

ああ、この席はなんて居たたまれない席なのでしょうか。


食事の味なんて、全くわかりません。

100回噛んだガムの方が、まだ美味しいかも・・。



ため息を何度も飲み込んでいたら、ベレニーチェ王女殿下が急に私の方を向いて一言仰った。


「彼の金色の瞳に映っていいのは私だけです。私に返して下さい」


「なっ!!!」


跳ね返るようにベレニーチェ王女を見ると、気の強そうに見えた彼女の瞳が虚勢を張っている目だとわかった。

だって、とても苦しげに揺れていたから。


すぐに確かめるために皇太子殿下を見ると、(まさ)しく金色の瞳だった。

そんな!!

私とベレニーチェ王女を天秤に掛けていたって事ですよね。


悪い男の所業の一つである、『二股』をしていたのですか?


ひどいわ・・・胸が苦しい。

ハルさん・・・!!

ベレニーチェ王女様の言ってる事は真実なの?


ハルさんは私以外に、隣国の年上の王女にも、言い寄っていたのね!!

ホイホイ靡いて騙される私を見て、可笑しかったことでしょうね・・・。



会場では、一瞥した皇太子殿下のお顔を、二度と見ることはなかった。


ああ、本当にハルさんはいなくなった。

私の、私だけのハルさんは・・。



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