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29 ルーナ逃げないで(3)


(ラインハルト視点)


俺は今、紺色の髪に金色の瞳の皇太子の姿でルーナと向き合っている。


まだ、打ち明ける準備もしていないのに

何故こうなった?





◇□ ◇□ ◇□


俺はルーナと両想いになれた喜びで、無機質な廊下でさえ、花畑のようなフローラルな香りがしてくる。


今度会えたら・・・念願の両想い・・・。想像するだけでうきうきしてしまう。


ホクホク顔の俺に、テーゼが後ろから忍び寄り、「良いこと有ったのですか?」とねっとりとした声で聞いてくる。


ああ、さっきまでの香りは吹き飛んだ。

なぜか湿気た匂いに変わる。


「ああ。今は良い感じだよ」

詳しく言う必要はない。


「それは何よりです。つまり殿下もアルルーナ嬢に正体を明かされたのですよね?」


やはりこの男は妙に鼻が利く。

俺がまだルーナに言っていないと確信して質問をしているのだ。


「ああ・・・それは・・まだだ」

誤魔化して見たが、無理だった。


「早く言って下さい。そしてさっさと婚約しちゃって下さい!!」


テーゼもたまには良いことを言うな。

「婚約か・・良いな。それに結婚。子供はやっぱり3人は欲しいかな」

そう、それで俺が『ルーナ』と呼ぶと『何ですか? 旦那様』って呼ぶルーナ・・・。いや、『ハル』って呼ばれたいかな?


俺の夢想をジト目で見ているテーゼ。

「その前に!! 早く自分の身分を言って下さいー!」


テーゼに二度も釘を刺されてしまった。


わかってるよ。

言わなきゃいけないのはわかってる。

でも、皇太子(オレ)は嫌われてるからな。せめて『いい人かも』レベルにまで引き上げてから打ち明けたい。


それに、皇太子と結婚となるとルーナは必然的に皇太子妃になる。

他の女はそれを狙ってギラギラしてるが、ルーナはそういうのは避けたいって感じがひしひしと伝わるんだ。


あの、ルーナに強く好かれない限り、結婚を承諾してくれるなんて、夢のまた夢だ。


俺が黙って考え込んでいると、テーゼが悪い顔をしている。


「殿下は、真面目に考えすぎるのですよ。そんなに好きなら逃がさないようにすれば良いのですよ」


「それが難しいのだ。テーゼには策はあるのか?」


きっとテーゼの口から出る策なんて、卑怯な手口に決まっている。

大切なルーナを罠にかけるような真似はしたくない。


それなのに、そのテーゼが考える策を聞きたくて仕方ないのだ。


「ふふふ、殿下はマイヤー公爵令嬢の好きなものをご用意できる地位と権力をお持ちじゃないですか。それを使うのですよ」


「ルーナの好きな物?」


ルーナが目を輝かせて見ている物・・

「地学の本だ!」


「ええ、その貴重な大陸全土の地学の本が、シュバルツ皇帝陛下の宮殿にあるのですよ。これを見せると言えば彼女も・・・」


「そんな簡単なことで上手く行くとは思えないが、まずはそれを皇太子が用意したと言って、ルーナが喜んでいるときに俺が正体を現す・・・って筋書きはどうだ?」


「はい、良いと思います」

テーゼの薄い笑顔の裏には、どうでもいいから早くマイヤー公爵令嬢に告白して婚約しろ!と言うのが本音だった。


そんなテーゼの本音を知らず、俺は一人で盛り上がっていた。


「よし、まずは『皇太子は怖くない。いい人』作戦でルーナの気持ちをほぐしてから、言うぞ!」


ここまで考えていた作戦が、全部ぶっとぶ事になるなんて思いもしないで・・・




俺は友好国である、リッカルダの使節団が来訪するに当たって、もてなしのプランを任されていた。


これは、皇后(ははうえ)の仕事だろうと文句を言いに行ったがが、「自分でするのが嫌ならさっさと自分の妃を見つけなさい」と逆に母上に追い返されてしまった。


皇后は自分の仕事を分担してくれる嫁が欲しいらしい。

俺のルーナをこき使うつもりか?


まだ、婚約すらしていないが・・・。


そういうわけで、概ね計画通りに事が運んでいた。


だが、実際に使節団が到着したら、大物がその中にいたのだ。


それはリッカルダ王国の第一王女のベレニーチェ・ラ・リッカルダ。彼女が使節団に紛れていっしょに来訪していた。

リッカルダ王国は二人の王女しかいない。

しかも一人はまだ3歳という幼い王女だ。

つまりベレニーチェ王女が王位継承権第一位の人物なのだ。


なんてこった。

そんな重要人物が急に来訪とは?

それならそうと何故連絡を寄越さない。

リッカルダの文官は職務怠慢だぞ!

そのせいで、大臣と役人を迎えに行った我が帝国側の人間の驚きは、想像を絶するものだった。


だが、流石は長く外交官を務めている者達だけあって、笑顔の乱れはない。


こちらとしては、外交官や大臣と言っても所詮は役員だ。

だがベレニーチェは違う。


我が儘だろうが、その存在は友好国の王族だ。

王族の接待仕様に全て変更になる。


せっかく用意した全ての変更を余儀なくされ、不機嫌になりそうな気持ちを、ルーナの笑顔を想像し切り抜けた。


用意していた宿泊施設とは別に貴賓室の用意を指示する。


ああ、頭痛がする。

歓迎行事も見直しが必要だ。

最たるものが食事である。

王女の偏食は、シュバルツ帝国まで聞こえるほどに有名なのだ。

料理の変更は一番の問題だ。


今ごろ連絡を受けた調理場が、上を下への大騒ぎだろう。


彼女の自由すぎる行動は、ベレニーチェ王女の自国でも有名だ。


25歳の王女が、未だに嫁にも行かず、気ままに過ごしているのは大変珍しい。


この王女はリッカルダの見た目は十分に美しい。

豊かなブルネットの髪の毛。瞳は海のように青い。また、スタイルが抜群に良いのだ。


第一王女ならいずれ高位の男性や、隣国の第三王子辺りを王配として迎え入れ、リッカルダ王国の女王として君臨するだろう。


これならば望む男は多く、引く手数多だろうと思うのだが、彼女の性格に難がありすぎて求婚を申し込まれるのはごく僅かなのだ。


25歳にもなって、国王に内緒でお忍びで遊びに来る辺りを考えると、未だに結婚に至らないのも頷ける。


それに振り回される我がシュバルツ帝国の職員が可哀想だ。

俺も含めて・・・。


この我が儘王女の迷惑に、シュバルツ側の人々も眉をひそめていたが、友好国の王女に失礼な真似もできない。


我慢して表面上は穏やかに接していた。

しかし、ここに来てベレニーチェ王女が話し相手にアルルーナ・マイヤー侯爵令嬢を名指ししたのだ。


そしてシュバルツ皇帝陛下が王女に失礼があってはならないと、その希望を聞いて、ルーナを王宮に呼んだというのだ。


それを知ったのは、晩餐会直前の30分前。


つまり、今だ・・・。


宮中晩餐会の食事会場である小さめの会場である『ブルージュ殿』の準備が遅れ気味だ。


リッカルダ王国の大臣などは、遅れている理由が自国にあるだけに、恐縮して「申し訳ない」を連発している。


俺はその遅れている間に、ルーナと顔を合わさずにこの窮地を乗り切れる方法を考えていた。


まさに脳みそがねじ切れんばかりに・・・

ここにいてはダメだ。

ルーナが挨拶のため、俺の執務室に来るかも!

もう既にこの宮殿のどこかで、ルーナは用意しているのだ。


俺はルーナが通ると思われる廊下を避けて、じっと隠れて静かに考えられる場所を探した。


廊下を移動中も考えた。

王女の相手は母とルーナで決まっている。そして、向かい合った席に陛下と外務大臣。その隣には俺。おれの隣はテーゼが座る。


つまり同じテーブルで、ルーナの斜め前に俺がいる事になるのだ。


万事休す。


ずっと下を向いているわけにはいかない。

そうなると、ばれるのは時間の問題。

否、座席に着く時に終わってしまう。


そうだ、テーブの下に隠れているってのは?


俺はバカなのか? 一国の皇太子がそんな真似ができるか!!


うーん・・絶望的だ。


考え事を市ながらも、普段使われていない部屋を見つけた。


ここで、ルーナに会わないで済む方法を見つけよう。

又は、会ってしまった時の対処方法を絞りだすのだ!


そう思い飛び込んだ部屋に、いた!!

ルーナがいた・・・・。



「・・・・。」「・・・・。」


見つめ合ったまま、言葉が見つからない。

ルーナも固まっている。


「ハルさん・・その髪・・・その格好は・・・?」


紺色の髪の毛に、金色の瞳。

もう、隠しようがない。


「こ・・・これは・・」

言い訳をと考える間も無く、部屋の外で、俺を探す声が響く。


「殿下!!ラインハルト殿下!どこにいらしゃいますか?」


侍女達が廊下でバタバタと俺を探し回っている声はルーナにも届いた。


悲しげに唇を噛み締めるルーナ。

その唇が震えながら開けられた。

「・・・あなたは皇太子殿下なのですね・・」

絞り出すルーナの声に、俺の全身は針を刺されたような痛みを感じた。


「ちが・・違わないが・・・これにはわけがあるんだ!!」


俺が近付くとルーナは首を振って後ずさりをする。

拒否の姿勢をとるルーナが、そのまま消えてしまいそうで、俺は慌ててルーナの腕を掴んだ。


「『司書のハルさん』は、初めからどこにもいなかった・・・」

悲痛な声でルーナが俺の手を振り払って、部屋から出て行く。


ゆっくり閉まるドアを、バカみたいにながめているしかなかった。


追うことも出来ず、俺は最悪の暴露の仕方をしてしまったことに後悔をしていた。


ルーナの去り際の、翳るアメジストの瞳が焼き付いて離れない。





晩餐会の間は息をするのも苦しかった。

斜め前のルーナは、ずっと体ごと王女に向けて座っている。


こちらには一切見向きもしない。


外務大臣の話に相槌を打ちながら、俺の頭はルーナがこちらを見て、微笑んでくれないだろうかとそればかり願っていた。


一瞬、ルーナがこちらを見る。


だが、その目には深い嫌悪感とやりきれない思いを湛え、複雑な表情を浮かべていた。


槁木死灰(こうぼくしかい)・・俺は息すらしていないのではないか?


ここで諦めるなんてダメだ。

身分の差で苦しんでいた頃が、懐かしい。


今の状況はそれより悪いかも知れない。

「諦めないぞ」


俺の呟きを聞いて、隣のテーゼがヒソヒソと話し掛ける。


「殿下、またピンチですか?・・いやー、同情を禁じ得ませんね」


同情している割には、嬉しそうじゃないか。

そうだ、この男は人の傷口に塩とカラシをすりこめるやつなのだ。


「あの目は・・さしずめ女を弄んだ男・・そう思っているのでしょうねぇ」


ギロリとにらんだが、それを含めて面白がっている。


はあーーー。

宮中の料理人が腕を振るった数々の料理も砂を噛むが如く、全く味がしなかった・・・。



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