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27 ルーナ逃げないで(1)


(ラインハルト視点です)



ルーナが俺と話がしたいので、帝国図書館に行くと言っている。そう連絡が入ったのは昨夜遅くだ。


何の話だろう?

俺はルーナに嫌われている。

いや、嫌われているのは皇太子としてのラインハルトであって、ハルは今の所は嫌われていない。

・・・はずだ。


朝はいつもより早く起きて、陛下から回って来た(おしつけられた)仕事を急いで処理した。

昼には全て終え、図書館に向かおうと部屋を出た時、運悪く宰相のテーゼに会ってしまった。


「ちょうど良かった。今ラインハルト殿下にお話があったのですよ」


クッ!!

急いでいるときに限って・・・!

だが、ここで断ると『何故そんなに急いでいらっしゃるのですかぁ?』などと嫌みったらしく、余計にネチネチと聞いて来るに違いない。


俺は泰然とした態度で尋ねた。


「何かあったのか?」


「こちらの資料をご覧下さい。」

テーゼからどっさり資料を渡された。

ペラペラとめくるが、焦りのせいか、全く頭に入ってこない。


「それで?」

資料から状況を読み取る事は諦めて、テーゼに直接尋ねた。


「殿下が視察に行かれた村の建設のペースが著しく落ちていまして・・。それで現地の担当の者から建材が不足していると報告がありました」


俺は村の回りに広がる森を思い出した。あそこから、材木などを切り出していたと思うが・・・。


俺の考えを先回りしたテーゼが首を振る。

「あの、森の木が使えないんです。」


「理由は?」


「森の木を切り過ぎたのか、またはそこに縄張りがあったのか知りませんが、伐採時に魔物に遭遇する確率が格段に増えたようです。」


「・・・そうか・・・わかった。調査報告書を机の上に置いててくれ。なんとかしよう」


どうしてこうも、スムーズに事が運ばないのだ。


チラッと時計を見ると、随分と長い針が進んでいる。

テーゼから見えている限りは、背筋を伸ばして歩いていたが、角を曲がれば猛ダッシュで廊下を疾走した。


「くそおー。ルーナより先に図書館に着いて待っているつもりだったのに!! いつもテーゼは邪魔をする」


愛馬を走らせて、ようやく図書館に着いた。あれだけ急いだにも拘わらず、やはり先にルーナが到着していた。


ルーナがマイヤー公爵令息のエディックに走りよる所だった。


だが、真っ赤なドレスの女がルーナの行く手を遮る。

確か・・あの女はウルリーケ・シリングス。


耳障りの甲高い声を出して、蛇のようにすり寄る姿・・・あの女は、エディックを狙っているようだ。

あの、本物の我が儘令嬢のウルリーケ嬢に好かれるなんて、ご愁傷様な事だな。

いつも冷静に、俺からルーナを遠ざけるエディックが困っているところを見るのは小気味いい。

つい、ほくそ笑んでしまう。


エディックは塩対応でウルリーケ嬢を遠ざけた。

しかし、それは逆効果で、ウルリーケの眉がつり上がっている。


とは言っても、ウルリーケの場合丁重にお断りしても、つれなく断っても一緒の事だっただろう。

自分が断られるなんて思っていないところが傲慢と言われる由縁なのだから。


ここで怒ったウルリーケが、義理とは言え、公爵令息に向かって聞き捨てならない事を言ってしまう。



「ふん、さすがは平民の妾の子供ね。公爵令息なんて言っているけど母親は所詮、お金持ちの男を漁っていた卑しい女じゃない」


これは、皇太子の俺が収める事案だ。

だが俺が表に出るより先に、大人しく、常に人の後ろに隠れているあのルーナが矢面に立ったのだ。



「ゆ・・ゆ・許せません!! 今、なんて仰いました? わわ我がエディック様を貶めるお言葉を言われた事許せません!! そのお言葉はママママイヤー公爵家に仇をなすお言葉として受け取りますが、よよ宜しいですね!!」


健気にも両手をグーに握りしめ、足はふるふると震えているが、しっかりした声を出していた。


だが、ルーナは今、侍女の姿だ。


平民嫌いのウルリーケが、ルーナに対し、素直に謝るなんて到底思えない。


「侍女の癖にしゃしゃり出てくるんじゃないわよ!!」


俺の思った通りウルリーケはルーナに暴力を振るった。


ウルリーケに突き飛ばされたルーナの後ろに回り込み、本棚に激突するのを防いだ。

ルーナの細い肩に力が入っている。

よほど怖かったのだろう。


「大丈夫かい?」

しまった!!

声を掛けたと同時に思い出す。

俺の髪の毛も瞳も赤くはないってことを!

つまりはまだ皇太子なのだ。


いきなりこの姿を見られたくない。

皇太子という存在は、彼女の中ではまだ最悪の人物だ。

好感度を上げる前にばれたくない!!

ルーナが振り向かないように、耳元で話した。


「お願いだから、後ろを振り向かないで、前を向いていて」

俺は必死で頼んだ。

今の姿はダメだ。

きちんと説明したいんだ。

俺は心のそこから懇願した。。


ルーナは素直にうんうんと頷いてくれる。

ありがたい。俺の胸の中で身じろぎするルーナがかわいくて頬が緩む。


だが、ウルリーケが視界に入るとすぐ眉間にシワが寄った。


俺の顔を凝視しているウルリーケは、どんどん顔から血の気が失せていく。


ウルリーケを見ている俺の顔は、どんな顔をしているだろう。

こんなにも、令嬢に殺意を覚えた事がないくらいに憤っていた。


「ウルリーケ嬢、他家の事情をこのような場所で大声で話をし、貶める行為は令嬢としてあるまじき行いだ。この場にいた皇ぞ・・ゴホン。この場にいた者として、看過出来るものではないぞ!」


俺が怒気を強めると、さすがにウルリーケは小さくなって謝った。


「申し訳ございませんでした」

と深々と頭を下げているウルリーケは顔を上げると転がるように、このブースから出ていった。


ふうー。これでルーナを堪能できると思ったがそうはいかない。


すぐにエディーが来て、俺からルーナを抜き取った。


本当に見事なまでに、スルリとルーナの温もりが手からなくなった。


エディックはどこまでも俺の邪魔をするつもりなんだな。

彼を敵と再認定しようとした。

だが、今回は俺の焦りを理解して、ルーナが振り返らないようにしてくれた。

そして、俺が赤毛、赤い瞳に変わる時間をとってくれたのだ。


これはきっとルーナを助けた礼のつもりだろう。

素直に受け取って、姿を変えた。


ルーナも俺に助けられた礼を言ってくれたが、そんなのは当たり前だ。ルーナが傷ついて悲しいのはおれ自身なのだから・・・。


「俺はいつだって、君を守りたい」

俺の本心だ。


だが、ルーナにすぐに目を逸らされてしまう。


そして、俺から逃げるようにトイレに走って行ってしまった。


流石にトイレにまでついて行く事は出来ない。

仕方なく、ルーナの背中を見届けてから、同じくルーナの方を見送っていたエディックと目があった。

お互いにバツの悪さに何と声を掛けたら良いのかわからない。


「さっきは助かった。ありがとう」

俺は本当に感謝していた。

皇太子だとバレて、ルーナが騙されていたと傷つくのは嫌だった。


だから、エディックに素直にお礼を言えた。


言われたエディックも、思いも寄らなかった俺の言葉に、

「おっ・・おお」

と歯切れの悪い返事を返した。


じっと考えていたエディックが呟く。

「認めた訳じゃない。俺の大事な妹なんだ。皇太子でも、すぐにやるつもりはない」


その気持ちはわかる。

ルーナが気になり、エディックの事を調べた事があった。


家族には恵まれず、不遇の日々を送っていたエディック。

そのエディックが大事にしているのがルーナなのだから、俺にとって一番のライバルだと思っていた。


だが、今考えると一番味方につけたい相手ではないのか?

将来のお義兄さん。


俺の浅慮を見透かしたエディックが、ギョロリと見る。


「私はまだ、あなたの義兄(あに)ではありませんよ」


そうだろうな。

最大のライバルだと思っていたのが、不戦勝で勝ち上がった気分で、浮かれていた。


そう、浮かれていた。

だから、ルーナが帰ってくるのが遅いと気付くのが遅くなってしまったのだ。


それに気が付いたエディックが、

護衛の騎士に指図をしていた。


「それにしても、遅いな。帝国図書館ならば、安心だと護衛を連れていかなかったな・・・。女性司書に見にいって貰うようにしてくれ」


この時も、俺は悠長に構えていた。


だが、女性司書が首を傾げて帰って来たときに漸く、ルーナの危機に気が付いた。

「あの、お手洗いの中にはどなたもいらっしゃいませんでしたけど・・・」


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