22 心霊現象って本当は原因が色々ありますよね
(※アルルーナが村の視察から屋敷に帰ってきたところです。)
やっと、マイヤー公爵家に帰ってきました。
皇太子殿下の視察を一緒に行くはずでしたが、結局は会えずじまい。
でも、ハルさんに会えたり、間欠泉を発見したりと色々なことが目白押しの日々でした。
やっとお家でゆっくり出来ると思っていたのに・・・大事件です。
皇帝陛下が突然の舞踏会を催すと言うのです。しかも私は絶対参加が言い渡されてしまったのです。
なぜに?
この年まで避けまくっていたのに・・・。
最近の陛下は、私に何か恨みでもあるのでしょうか?
想像だけでも、げんなりしそうですわ・・・舞踏会なんて・・
でもね、私には強い味方がいます。
エディーお兄様の後ろに隠れておけば、そこは絶対の安全地帯。
綺麗なドレスの人達を横目に見ながら、宮殿ならではの美味しいお菓子を堪能出きるかも知れません。
などと、何も考えずに呑気に過ごしていたら、更なる伝令が来ました。
何と、エスコートはエディーお兄様ではなく、ラインハルト皇太子殿下に定められたというのです。
どうして?
だって、殿下にお会いしたのはあの宮殿で一回限り。しかも絶対零度の冷たい態度だったんですよ。
ドライアイスの冷たい冷気は、きっと皇太子殿下から生まれているのでは? と本気で思ったほど、あの恐怖のひんやり感がトラウマになっているんです。
しかし、どんなに願っても陛下の命令は覆らない。
仕方なく泣く泣く受け入れました。
また、皇太子殿下がドタキャンしてくれないかな?
そしたら、堂々とエディーお兄様と宮殿のお菓子三昧なのに・・・。
そこから、エディーお兄様が張り切って私のドレスを選んで下さったのです。
私のセンスは日陰っぽい要素が多すぎて、華やかな舞踏会には合わないのです。ですから、忙しい時間の合間を見つけて選んでくださいました。
明るい新緑色のドレスです。
これを試着した時のお兄様ったら、『世界一、緑が似合うよ』と大袈裟に褒め称えて下さるので、恥ずかしかったわ。
パウラは一人で、「自分の色を選ぶなんて、義妹愛が重すぎる・・・」とぶつぶつ言っていました。
舞踏会当日、きっと私がお兄様から離れないと踏んだお父様が、意地悪な事に、エディーお兄様をお家で待機させると言い出したのです。
あまりの衝撃に、数秒毎に私の眼が虚ろになっていく。
舞踏会の時刻・・・一人でしょんぼりと馬車に乗る私。
流石に可愛そうに思ってくれたお父様が、「様子を見てエディーを行かせるから、それまでは頑張れ」と約束してくれた。
そして、通された公爵家の貴賓室。
「そろそろ、準備が出来ましたら皇太子殿下をお呼びしてもよろしいですか?」
宮殿の皇太子様付きの侍女が私に急かします。
まだです・・・まだ待って下さい。準備は出来ましたが心の準備が出来ないんです。
バンジージャンプを飛ぶ前の芸人さんの気持ちが、今分かったような気がします。
自分のタイミングで行きたいけれど、勇気がでない。
ましてや、人に「5、4、3、2、1、0!!」なんて決められても行けないんです。
待たせているのは、あの恐ろしい皇太子殿下。
「あの、マリー。お水を下さい。お水を飲んだら気合いを入れて、ここから出ます」
「すぐ、お持ちいたします!」
マリーが、私の決意が変わらないうちにと思ったようで、勢い良く使用人の扉から出ていった。
よし、そうよ。お水を飲んだら行くわ。
やっと決心したが、お水を頼んだマリーが帰って来ない。
どうしたのかな?
心配していたところに、マリーがお水を持ってきた。
マリーを心配していたら、皇太子殿下の事をすっかり忘れていた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
マリーは気遣わしげに私をみる。
ああ、随分と心配をかけてしまったわ。
「ええ、ありがとう。少しは落ち着きました。マリーもお水を持ってきてくれてありがとう」
ガタッ
? 今、パーテーションに何かが当たったようですが・・・?
心霊現象?
「誰かいるの?」
私は誰もいないはずの方角に声を掛けた。
「ああ、先ほど仕切りの後ろに立て掛けたトレーが倒れたようですわ」
マリーが音の原因をすぐに教えてくれる。
良かった。原因が有ってホッとした。
だって、こんなに綺麗な宮殿も、かなりの年月が経っているんです。霊的な者を考えると怖い。
しかも、何だか視線を感じますわ。
「お嬢様、元気を出して下さい。きっとエディック様が駆けつけて下さいますよ」
パウラがお兄様の名前を出した途端に、依頼心が膨れ上がる。
決心が揺らぎ始めて、足元がくらくらした。
「あの、怖い皇太子殿下にエスコートされるなんて・・・私・・我慢出来ずに泣いちゃうかも・・・」
本当に泣くか泣かないかなら
100%泣いちゃいます。
「アルルーナ様はどうして、そんなに皇太子殿下を怖れているのですか?」
マリーは不思議そうに尋ねる。
そうよね、美形男子と噂の皇太子殿下を、女子はこぞって狙っているのよね?
でも、みんなあの人の本性を知らないのよ!!
「初めてお会いしたのは、陛下に呼ばれて宮殿に行った時です。村の視察に行く殿下に付き添うように言われたの。そして、それを殿下に伝えに行って欲しいと言われて・・・」
「そうですわ!! あのときの殿下のそれは怖かった事!!」
あの時の事を思い出したパウラが、一緒にそのときの感想を言ってくれた。
「『ああ、風邪を引いているのか? それなのにわざわざこんなところまできて、何を考えているんだか・・』と低い声で言われたんです。初めてお会いした方に冷たく言われて・・心がポッキリと折れたんです」
マリーに説明をしていたら、再びあの時の恐怖が込み上げてきてしまった。
「殿下のエスコートは嫌です・・・。エディーお兄様のエスコートがいいです・・・」
ゴンッ
壁から今度は大きな音が!!!
やっぱり・・!!
この宮殿何かいますわ!
だって絶対に今のはラップ現象ですよね!!!
息が止まりそうになったけど、すぐにマリーが音の正体をみつけてくれた。
「おほほほ、パーテーションの後ろに置いた大きなトレーがぶっ倒れたのかしら!!!厨房に返して来ます!!」
マリーはトレーを返却しに、厨房に行ってしまった。
テーブルの上に先ほどマリーが持ってきてくれたグラスのお水が、まるで、私の心を落ち着かせようというように清らかな佇まいで、そこに有ります。
そうよ、バンジージャンプも飛んでしまえば一瞬よね!
私は震える手でグラスを握りしめた。
これを飲んだら、皇太子殿下のエスコートで会場に行くわ!
行けばいいのよ。
そうよ、行くわよ。
目を瞑り、一気に水を流し込んだ。
喉があっつうううい。
ふわー。・・・てんじょうがぁぁ、ぐるぐるうずまきですー・・
「早くお医者さまを呼んで頂戴!!」
あらぁ~めずらしい・・。
パウラが慌てふためいてるー。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
ふふふふーん。
みんながとってもたいへんそう。
でも、今はとってもいいきもちだから、てつだってあげなーい。
「どうしたのだ、ルーナ!!」
はるさんらー
やっぱりいけめんす。
「ふわーぁあ。ひっく。ハルさんが紺色の髪の毛に変わってるー。それに瞳も黄金だねぇぇ。あはは。何だかいつもと違う服きて・・・ちがう人みたい。ひっく」
「ああ、ルーナごめんよ。間違ってお酒を飲ませたのは俺だ!!」
「おさけぇ? ハルさん。おさけは、はたちになってからでふ」
・・・・
・あれ?・・・
・・・・・。
・・朝ですか?・・・?
頭が痛いし吐き気が・・・。
昨夜は、皇太子殿下がエスコートをすると言ってたのに、私はどうした?
記憶が・・・ない。
途中でハルさんが出てきたのですが、でも変な格好をしていたような・・・。仮装行列だったのかな?
それとも見間違い?
うっっ・・。
パウラが洗面器を渡してくれます。
吐きそうで、吐けない苦しさ。
「お嬢様、もう少しおやすみになっていた方がよろしいかと・・」
「ううっぷ・・・ありがとう、そうします・・・・」
何も考えられないので、今日は横になります。
「アッ、そう言えば皇太子殿下から、お見舞いの花を頂いております。元気になられた際はお礼の返事を書いて下さい」
え?
私は頭痛も忘れ、飛び起きて花瓶の花を見る。
色とりどりの花が生けられた花瓶は、いつかハルさんと見たお花畑のようで美しい。
「デンカは、オヤサシイ方のヨウデ、ヨカッタデスワ。オホホホ」
パウラったら・・・。
大根役者でも、もうすこし気持ちを込めて台詞を言うと思うけど?
パウラは全くの無表情でロボット程の抑揚で話す。
でも、あの皇太子殿下が私のためにお花を贈ってくれたなんて・・・びっくりです。
「殿下がわざわざアルルに花を?」
エディーお兄様がお花に悪い虫でもついているかのように、凝視している。
「お兄様?」
「ああ、ごめんね。心配で見に来たんだけど、来て良かったよ。吐き気がする時は、あまり匂いのする物は体に良くないからね。これはせっかくだから私の部屋に引き取ろう」
エディーお兄様は、連れて来ていた侍女に花瓶ごと、お兄様の部屋に運ばせた。
「代わりにと言ってはなんだが、私から、香りの少ない花を贈ろう」
すぐに黄色と緑と紫の取り合わせの花が運ばれてきた。
「可愛いです」
「そうか、アルルに気に入ってもらえて嬉しいよ」
お兄様は頭をナデナデすると、忙しいのかすぐに侍女に呼ばれ、名残惜しそうに部屋から出ていった。
エディーお兄様に頭を撫でてもらってから、少し頭痛が治まった気がした。
◇□ ◇□ ◇□
パウラの呟き
皇太子殿下の花は、アルルーナお嬢様の目に止まる事のない、エディック様の部屋に行っちゃいましたねぇ。
それに対してエディック様の黄色と紫と緑のお花はアルルーナお嬢様の部屋の中。
黄色はお嬢様の髪の色。
紫はお嬢様の瞳の色。
緑はエディック様の髪と瞳の色。
この勝負エディック様に軍配が上がりましたわ。
元々エディック様の方が一緒に暮らしている分、アドバンテージが高いですもの。
可愛そうなので、少し皇太子殿下に味方して差し上げましょう。
エディック様の義妹愛をもう少し控えて頂かないと、お嬢様に付く悪い虫どころか、ウィルスさえもシャットアウトですもの。




