20 俺のルーナはアルルーナ?(1)
(ラインハルト視点です)
陛下に次の舞踏会は絶対参加を命令されてしまうし、何を俺にさせたいのだろう?
ため息をついて目を閉じると、視察でのルーナを思い出す。
視察では本当に驚いたな。
アルルーナ公爵令嬢が来ると聞いていたが、実際に会えたのはルーナの方だった。
これぞ、まさに奇跡ではないのか?
だが、ルーナは騎士らしい男に泣かされているではないか!
急ぎ傍に行くと、玉ねぎを切っていて涙が止まらなくなったと言う。
マイヤー公爵令息のエディックがいない絶好のチャンスなのに、俺の事を知らない騎士が俺を睨みつけている。
コイツもルーナを狙っているのか?
エディックと同じ目をしているのが腹立たしい。
これ以上この男の傍に、ルーナをおいておくのは危険過ぎる。
すぐにアーロン隊長に直談判し、そこから連れ出した。
俺はすぐに視察途中で見つけた、花畑に連れて行った。
視察途中で見つけた時から、本当にルーナと来たいと心から願っていた場所だ。
そしたらどうだ! こうもあっさりと連れて来れたなんて、やはりどう考えても、俺達は赤い糸で繋がれているんだ。
こんな青空の下、広がる花畑、馬上の愛しい君。
これはここで、『告白をしろ』と
キューピッドが恋の矢を射ちまくっている筈だ!
ルーナの腰を持ち、馬上から下ろそうとした時、俺の体は頭とは別の動きを仕出かした。
それはある意味、仕方がなかったと自分を弁護したい。
馬の上で無防備に私にもたれ掛かるルーナ。
愛しい女の子と体を密着させていたせいで、おれの体は熱が籠っていた。
馬から下ろそうとルーナの腰を持った俺の驚きと感動。
なんて細いんだ。軽い、しかもふわりと彼女の香りが一面に広がる。
ああ、もう・・ルーナから手を放せない。いや放さない!!
そう思った時には強く抱き締めていた。
男ならここで、愛の告白だ!!
「ルーナ、・・・愛してる」
よし!!!
言った!!!
俺は返事を待つ。
だが、くたっと気を失っているルーナにそれは無理だった。
彼女をいきなり抱き締めるのは、愚かな行為だったな・・・。
彼女は男に対する耐性が皆無だ。
反省しつつ、俺は足を投げ出して木に凭れかかって座る。そして膝枕をして、ルーナが起きるまで待っていた。
だが、これはこれで良かったかも。
ルーナの柔らかい頬も髪の毛もさわり放題。
だが、一応これでも世に言う皇子だ!
それ以上の事は決してしない。
絶対だ。
・・・・・。
ずいぶん、寝てるな・・・。
艶やかな唇にそっと触れる。
柔らかい・・・。
艶々ゼリーか?
ああ、柔らかい・・・。
手で触れるなら、唇で触れても一緒ではないのか?
変な理屈をつけて一人で納得している。
更に駄目押しで、もう一人の俺が言う。
『皇子だって男だ・・』
心が揺るぎまくっている時、ルーナの目蓋が震える。
ヤバイ!
顔を近付け過ぎた。
慌てて体勢を元に戻す時間がない!
ルーナの目がだんだんに開かれる。
寝起きの顔が可愛すぎる。
平静を装い声をかけた。
「やっと起きた?」
ルーナは俺の膝枕で寝ているのが分かると、慌てて起き上がろうとする。
「そんなに慌てなくてもいいよ」
起き上がろうとするルーナの肩を持って邪魔をした。
逃がさないよ。
こんなチャンス滅多にないからね。
「すみません。えっとえええと私は・・・」
どうしてこうなったのか分からず、ルーナはハクハクと口を動かしてテンパっている。
「俺がいきなり抱き締めたのが悪かったんだ。これからは順序を踏んでゆっくりしていくよ」
俺はここから、ゆっくりと慣れていってもらおうと画策した。
そうだ、早まってはいけない。ここから回りくどく、友達から前進しなければ!!
視察へ一緒に連れていけば、もっと親密になれる機会が増えるだろう。
その後、一緒に馬に乗っていたが、馬上で失神されると困るので、俺は理性と戦いながら、村に着いた。
着いて早々ドラゴンの話しをした。
この時彼女の思わぬ一面を見た。
なんと、ルーナは怯えるどころか前のめりなのだ。
人々が恐れるドラゴンをワクワクしながら聞いて、さらにその声の出所を探しに行くと言う。
俺も定期的に聞こえる声に、ドラゴンの咆哮ではないかもと思ってはいたが、さすがに本物だった場合を考えると足がすくむ。
当初の予定では怖がるルーナを、『大丈夫だよ』と言って男らしさを見せようとしたが、全く違った展開になってしまった。
俺よりもドラゴンの方に興味津々な態度・・・苛ついてしまう。
何て器の小さい男なのだと自分で罵った。
それなのに彼女は真摯に反省をしていたのだ。
その後も
「では、ドラゴンを発見された人がいるのでしょうか?」
に始まり・・
「聞いたのはどのような声でしたか?」
とドラゴン関連の質問責めにあう。
甘い時間をすごそうと思っていたのに、ルーナから尋問のような質問を立て続けにされてとうとう、思っていたことを口に出してしまった。
「ルーナに会えたんだよ。好きな子が目の前にいるのに、ちょっといい雰囲気になってもいいじゃないか!」
『好きな子』と言ってしまったが、匂わせた発言からオレを意識させられるかも知れない。
さあ、ルーナ返事を聞かせてくれ!!
俺の発言に最初はわけが分からない感じのルーナ。
・・・・どきどきする・・
返事を焦らされた挙げ句、再度ドラゴンの質問をされた。
「俺の『告白』は無視なの?」
と念押しをしたら漸く分かってくれたようだ。
だが、その告白もドラゴンの咆哮で掻き消されたが・・・。
しかも、俺の告白よりもドラゴンの咆哮の方が、彼女の興味を強く引いていた事実からは、立ち直れなくなるので、この告白はもう、なかったことにする。
スルーされた告白・・・。
だが、俺はまだ諦めてはいない。
次回チャンスがあれば、ドラゴンの咆哮やらに邪魔されない静かな場所で告白をしよう。
惨敗している事実より、明日起こる奇跡を夢見よう。
そう心に誓い、俺に割り当てられたテントにしおしおと引っ込んだ。
翌朝、テントに食事が運ばれてくる間、髪の毛と瞳の色を元に戻し、鏡を見つめる。
皇太子を先に好きになってもらわないとダメかな?
それにこっちの方が、好きになってくれるかも・・・
鏡の前でポーズを取っていたら、いきなりルーナの声がする。
「あの、ハルさん。お食事をお持ちしました。中に入って良いですか?」
「え? ちょおっ」
ヤバイ髪の毛と瞳を変えないと!!
ガタッッ!!
バサバサッ・・・ゴン。「うっ」
足をぶつけた!!!
「ハルさん、大丈夫ですか? 入りますよ」
心配したルーナがテントに入ってくる。
書類やらペンやらが散乱している。さらに足の痛みを我慢する。
優しいルーナは、散らかったテント内を一緒に片付けてくれた。
その時、不思議そうに俺の髪の毛を見ている。
ばれた?
まだ、色が変わっていない所があったのか?
だが、彼女はそれよりも、食事が冷えきってしまう方が気掛かりだったのか「早くご飯を食べて下さいね」と言ってくれた。
しかもその食事はなんとルーナの手作りだというじゃないか!
「はい、マイケルさんと一緒に作りました」
マイケルって・・・聞きたく無い名前が出たことは放っておいて、ルーナの作った食事を食べられる幸運に感謝した。
じっとしていたら、なんと彼女が手ずからパンを一口サイズにちぎって、「はいっ!」と差し出したじゃないか!!
これは・・もしかして・・彼女は俺を餌付けしようとしているのか?
餌付けされたい・・・。
そのまま食べるとルーナとしたいことの上位にランクインしているカップルの『あーん』が実現できたのである。
これは・・・
これは・・・奇跡?・・
もう一口を・・と思っていたらルーナがテントを飛び出して行ってしまった。
顔を真っ赤にしながら・・・。
どうやら、また俺は順番を間違えたようだな・・・。
その後、ルーナの活躍は目覚ましかった。
この国には馴染みのない地学から、ドラゴンの咆哮だと怖れられていた種明かしをさらっとしてしまった。
本当に得難い知識だ。
平民だろうと、陛下も会えばきっとルーナを気に入ってくれる筈だ。
帰国したら、すぐにでも彼女との結婚を許してもらえるように交渉してやる。
まだ、ルーナから返事をもらっていないが・・・。
思い立ったら、朝も明けやらぬ早朝、帝都に向かって馬を走らせていた。
そんな一世一代の覚悟で陛下に会いに行ったのに、陛下には一喝され、宰相には引き下がれと言われノコノコ自室に帰って来てしまった。
しかも、急に宮殿で舞踏会を開催すると連絡が入り、しかもどういうつもりか知らないが、マイヤー公爵令嬢のエスコートをしろと陛下から命令されのだ。
やはり、平民との結婚は許されないと言うわけか。
ここに来て、強制的にアルルーナ嬢との婚約を決めようという魂胆だな。
しかも宰相からは、その舞踏会で俺の愛しい人物を参加させるから、絶対に欠席はしないようにと言われたのだ。
どういう事だ?
侍女のルーナを無理矢理、舞踏会に参加させて、貴族の手厳しい洗礼を受けさせる気でいるのではないか?
そんな事なら何としても、彼女を俺が守らなければならない。
クソッ!!
陛下や宰相にどんな思惑があるのか知らないが、この恋を諦めたくない。
今までこんなにも何かに執着したことなんてないんだ。
絶対に手放さない。
俺は必死に陛下に会おうとしたが、分厚いドアの前に門前払いを食らっていた。
宰相のテーゼには、のらりくらりと会話をはぐらかされている。
そして、何の手だてもないまま舞踏会の日が来てしまった。
既にマイヤー公爵令嬢も貴賓用の控え室に来ているはずなのだが、未だに「準備が調わないので、少々お待ち下さい」と侍女に言われ待ち続けている。
この俺に勿体ぶっているのか?
そのまま出てこなければいいのにと思うが、そうはいかないだろう。
待っている間、もしかしてルーナがいるかもと思い、会場に行ったのが失敗だった。
一歩会場に踏み入れた途端、一斉に香水臭い女達に囲まれてしまった。
「殿下ぁ、今日はわたくしのエスコートをするものがおりませんのぉ。殿下もお一人ならば・・・」
伯爵令嬢が強引に俺の腕を取ろうとする。
が、間一髪すり抜けた。
「残念だが、今日は陛下のご命令で相手は決まっている。すまないな」
適当に微笑むと、大体の相手はこれで満足する。
しかし、今日は女達の目が怖いくらいに私を追ってくる。
俺の中身を見ること無く、後ろの王座を値踏みするような女ばかりだ。胸を擦り寄せてくる女が後を立たない。
皇帝の権力を欲するもの達は、目がギラついていて、すぐに分かる。
ああ・・嫌だ・・うんざりする
俺はその場から一時避難するために、いつも使っていない使用人の出口から会場を出た。




