02 令嬢帰し返し
お茶会が始まってしまった。
前世では出来なかったお友達を、絶対に作らなければ・・・
沢山のテーブルがあって、私の想像していたお茶会とは違うので戸惑う。
自宅で2~3人集まって、好きなお菓子を持ち寄り、お茶を飲みながら世間話・・・。
そうじゃないのね。
流石、貴族です。
公爵家のお茶会には沢山の貴族がこぞって参加するので、豪勢なガーデンウェディングみたいになるのね。
でも、人が多くて良かったのかもしれません。
こんなに沢山のテーブルがあるなら、『令嬢帰し』のウルリーケ・シリングス伯爵令嬢と同じテーブルになる事はなさそうよね?
横を見ると侍女のパウラと、更に執事のトーマスも目を光らせてくれているわ。
ホッとする傍ら、お母様のコミュニケーション極意のおさらいをする。
話すのが苦手なら微笑んで、兎に角ひたすら聞く側に徹する事。
これで、なんとか今は和やかな雰囲気で進んでいます。
私のテーブルには、きっとお母様が厳選した貴族令嬢が集められているのでしょう。
どのご令嬢も、どこかおっとり、のんびりした普通の女の子って感じの子ばかりだもの。
それでいて会話が途切れないのは、場を盛り上げるテレーゼ・メルテンス侯爵令嬢がいるお蔭だった。
彼女は陽キャでありながら、陰キャにも優しい、前世で言うところの、姉御肌なお嬢様。
お母様の人選は流石です。
初心者マークを着けた、お茶会初めて人間は、このテーブルでもおっかなびっくりなのですが、なんとか頑張れています。
でも、微笑むってかなり顔の筋肉を酷使するのね。
普段使わない筋肉を使っているせいで、目蓋の筋肉が痙攣してきました。
・・・つ・辛いわ。
時計を見てもまだ30分しか、経っていない。大好きな図書館にいる時は、すぐ3時間は過ぎるのに、こんな時は全くと言っていい程、時計の針が動かないのね。
急に遠く離れたテーブルで何か起きたようで、ざわついている。
しかも、どうやら誰かが倒れた時にテーブルクロスを引っ張ってしまったらしく、テーブルの上のティーセットも、スウィーツも全て飛び散っている。
瞬時にパウラとトーマスが、そちらの片付けに行ってしまった。
そして、姉御肌のテレーゼ・メルテンス嬢も顔色を変えて立ち上がる。
「申し訳ございません。どうやら私の妹が倒れたようなので失礼します」
彼女は急いでいるにも拘わらず、美しい礼をして、席を離れた。
テレーゼ様のいなくなったテーブルは、途端に活気がなくなってしまう。
本来、主催者の娘である私が、このテーブルの会話を回すんでしょうが・・・そんな事が出来るなら、そもそも引き籠ってません。
あたふたしていると、綺麗な紫の髪の毛の女の子が私に「ここの席、空いてるみたいね。座ってもよろしいでしょうか?」と微笑む。
彼女が座ると、少々きつい香水の香りがテーブル全体にまとわりついた。
ちょっと臭い?
せっかくのケーキや紅茶の香りが、その香水の匂いに乗っ取られてしまう。
6人掛けのテーブルの斜め前に座ってこの威力なら、隣の子は・・・ああ、やっぱり食欲をすっかりなくしているわ。
他の子も顔が青ざめているもの。
この時、彼女達が萎縮している原因を私は知らずにいた。
そう、彼女こそ有名なウルリーケ・シリングス侯爵令嬢。またの名を『令嬢帰し』。
全く気がつかない私は呑気に、本人は自分の匂いって気がつかないのよねと、香水の彼女を気遣っていたのです。
「今日の為に私、ディアールのお店でドレスを作りましたの」
その香水の女の子は、私の目を見て話しかけてくれた。
しかも、私の家のお茶会の出席するために、わざわざ、えーっと
どこかわからないけど、凄いお店でドレスを作ってくれたのね。
「あら? ディアールを知らないの?」
ああ、なぜお店の名前を知らないのがばれたのかしら。
前世から、キラキラ女子達がいろんなブランドのお話をしていたけれど、ちっとも知らなくて横目で見ているだけだった。
この世界のブランドも興味がなくて、全然知らないの・・・どうしたらいい?
ここはお母様の『さしすせそ』にもあるし、素直に言った方がいいのよね?
「知らなくて・・ごめんなさい」
私の返事に気を悪くしただろう。それにもめげずに、女の子は私に説明を始めてくれた。
「『ディアール』はね、貴族令嬢の間で憧れの服のブランド店なのよ。あなた、本当に知らないのね。あなたのドレスはどこで買ったの?」
このドレスは、お母様と一緒に買いにお店まで行ったから、名前は覚えてるわ。
「あの、『シャルサ』と言うお店で買いましたの」
テーブルの雰囲気がサアーッと変わったけど、そのお店がどうしたの?
誰もなにも言ってくれない・・
私、また変な事を言ったのかしら?
会話が苦手なら、聞き役に回れって言われてたのに・・・しかも『さしすせそ』以外の事を言っちゃうし・・
「『シャルサ』って皇族の方御用達のお店で、貴族でも中々入れないのよね」
ヒソヒソ話も耳に入らないくらいに、私は焦っていた。
「なるほどね。『シャルサ』で買うから私の服なんて目じゃないとでも言いたいのかしら?」
紫の女の子は、私の席まで歩いてきて、ドンッと足を出した。
「この靴を見て頂戴。『バクード』の新作の靴よ!! お父様に新作を買ってもらったの」
今度のお店も全く知らないわ。でも、今度は間違えない。
「さ・・(なんだったかしら)さすがですわ」
やった。言えました。
あれ? 言えたのに変な顔をしているのは何故?
「あなたの靴を見せてよ」
靴を見せるくらいなら、出来ます。
私は躊躇することなく見せた。
「あらら、凄く古くさいデザインの靴なのね。今の主流のデザインは足先を細く見せるのが流行っているのよ。ふふふ、こーんな古い形っていつ作ったの?」
「やはり、古いですか。私の足の形を木型で作り、それをお店が保管しているので、いつも同じデザインの靴を作ってもらっているの。新しいデザインは憧れます。素敵ですね」
「うっ! それって、選ばれた人でしか足形を作ってもらえないという『エルサル』のお店なのでは・・・?」
紫の女の子が、歯軋りを始めたので、ちょっと心配になった。
「もしかして・・バカにしているのね? そうよ、さっきから私の全てをからかっているのね!!」
ああ、なんでこんな事になったの?
昔から空気読めないって言われてたけど、空気に文字でも書いててくれてるなら読めるのに・・
肝心な時にトーマスもパウラもいない・・・。
返事が出来ないときの仕草を思い出しました。
えっと、こうやってゆっくり首を傾げるんでしたわよね。
私がゆぅっくり首を傾げた途端に、紫の女の子が「あーん、お父様ぁぁぁ、この子が虐めたぁぁ!」
なぜか叫び声をあげて、走って行ってしまった。
っど!ど、どういう事?
ああ!!初めてのお茶会で、女の子を泣かしてしまった。
っここここれは、逃げないと・・・
もう、無理です。お母様。私にはひとりぼっちが楽でいいです!
私が逃げたのと、会場がざわめき立ったのと同時で、わからなかったのですが、ちょうどラインハルト皇太子殿下がいらっしゃったのです。
普通の13歳の男子には見られない色気を漂わせてのご登場。
颯爽と紺色の髪の毛を風に靡かせ、金色の瞳を女の子に向けると、それだけで大騒ぎだった。
その皇太子様に、たった今起こった旬なニュースをお届けしようと、女の子達は私が女の子を泣かした出来事を、先を争って説明をしたのだ。
それも、一人が話に尾ひれをつけると、更にもう一人が大きな尾ひれをつける。
そして最終的に、シロナガスクジラに匹敵する尾ひれがつけられた。
しかも、私が泣かしてしまった紫の髪の女の子が『令嬢帰し』で有名なウルリーケ・シリングス侯爵令嬢だったという『オチ』も忘れない。
そのご令嬢を泣いて帰らせた私は、『令嬢帰し返し』『傲慢令嬢』という不名誉なあだ名が後についてしまいます・・・。
「へー。あのウルリーケ嬢を泣かした子がいるなんて。是非アルルーナ嬢にお目に掛かりたいな。マイヤー公爵夫人、紹介してよ」
「あの、それがですね・・・逃げられました・・・」
お母様と皇太子殿下の間で、そんな会話がされているとは露知らず、私は図書館の秘密の隠れ場所に籠って、ぶるぶる震えていたのでした。