16 告白とドラゴン
いい香りが鼻腔をくすぐる。
頭を暖かな手に撫でられている?
気持ちいい。
「やっと起きた?」
私の目の前にハルさんのドアップ。
そして、私を心配げに見つめている。
あれ?
この角度はもしかして・・?
慌てて起き上がろうとする。
やはりハルさんの膝枕で寝ていたようです。
「そんなに慌てなくてもいいよ」
ハルさんが少し拗ねたように、起き上がろうとした私の肩を押して元の膝に戻す。
また、空とハルさんのお顔が見える。
「すみません。えっとえええと私は・・・」
どうしてこうなったのか、今思い出した。
ハルさんに抱き締められて、あわわわとまさに泡を吹いて倒れたのです。
「俺がいきなり抱き締めたのが悪かったんだ。これからは順序を踏んでゆっくり一から始めるよ」
ハルさんが悪者みたいな顔でニヤリと笑う。
「じゅ順序って・・・。どの順番?」
テンパっている私には、①、② ③という風に、項目を書き出したプリントを渡して欲しい。
「ルーナ、顔があたふたしているよ」
そんな顔にさせたのは、ハルさんではないですか。
ハルさんはひょいと私を起こすと更に持ち上げ、自分の膝の上に座らせた。
「・・あの、私一人で座れます」
だから下ろして欲しいという意味だったのに。
「ああ、それくらい知っているよ。ここでもっとゆっくりしたかったんだけど、もう次の場所に行かなくちゃ行けないから、ちょっとだけこうさせてね」
それは私が呑気にぶっ倒れていたせいなのでしょう。ハルさんの休日を台無しにしてしまった・・。
「せっかく連れて来て下さったのにすみませんでした。また、今度お会いした時に、この美しい場所に連れて来てもらったお礼をいたしますね」
私がお詫びを言うと、『なに言ってるの?』とハルさんが首を傾げた。
「ルーナも今から俺と一緒に視察に参加するんだよ。もうルーナの恐れている人には報告が行っているよ」
『恐れている人』というのはパウラの事でしょうか?
確かに、現在ものすごく怒っているパウラが想像出来ます。
「・・・という事は、ハルさんもこれから視察の村に行かれるんですね?」
でも、そこには怖い皇太子殿下もいらっしゃるのよね。
あの凍りつくような冷たい声が、耳に響きます。
会いたくないな。
でも、皇太子殿下のお手伝いでここに来たのだから会わないわけにはいかないよね。
ため息が勝手に出てしまう。
「ため息ついて、どうしたの?」
ハルさんが心配そうに見ている。
「いえ、少し心配事があったのですが、でも・・大丈夫です」
「だったらいいけど・・・でも何でも俺に言ってね。出来る限りの事はするから。じゃあ、行こう。
ハルさんはまた私を馬に乗せて出発した。
何日目かの移動中に、落ち着きを取り戻した私は、ようやくある重要な事に気がついた。
それは、ハルさんの馬の回りに、見え隠れするたくさんの騎士さん達。
その中に第二近衛騎士団も見える。
私を守ってくれてる?
でも、あの近衛団の方達は皇族を御守りするのよね?
うーん?
私は近衛騎士団がここにいる不自然を、考えずに先送りにしてしまった。
もう少し考えれば分かる事なのに、と後悔するのはまだ先の事だった。
「ほら、あそこに見えるのが、現在、開拓している村だ」
私は考えるのをやめて、ハルさんの言った方向を見た。
そこには砦のような壁に大きな門がつけられて、既に沢山の人が移住している。
あれ?
もうこんなに住んでいるのなら、何の問題が起こっているのかしら・・?
村は外堀と石積の塀の中にあった。
中は既にレンガ作りの可愛い家がたくさん建てられていて、活気もあった。
村って思っていたから、もう少し小規模な想像をしていたけれど、最終的には80世帯が暮らすことになるのだそうだ。
土地は広くまだまだ広く作れる。門から真っ直ぐに大通りがあり、その通りを挟んだ建物は商店になるらしい。
土地の奥の一角には畑もある。
ここに何の問題があるのかしら?
子供達も多く見受けられる。その多くは無邪気な笑顔で遊んでいる。
「ルーナが示した場所が村になったんだ。感慨深いだろ?」
ハルさんが『えっへん』と胸を張った。
まるで自分の事のように自慢するのね。
何だがそれが嬉しいわ。
「でも、こんなに順調に進んでいる村に、何の問題が起こったの?」
尋ねると、ハルさんは急に難しい顔をして、空を見上げた。
私も釣られて空を見上げたが、青い空に少し雲が浮かんでいる。
ああ、平和。
「ルーナはドラゴンを見たことがあるかい?」
急に何の話?
「私は見たことはないです。二世紀も前に一度確認されてから発見されていませんよね」
「それが、ここにいると言って皆が怖がっているんだ。調査しているときにはなかったんだが、住民の移住が始まると、急にドラゴンがいるって騒ぎになって・・・。」
ここにドラゴンが?!
それは前世では架空の生き物。
ここの世界に来てから一度も見たことがありません。
「誰かドラゴンを発見したのですか?」
わくわくしながら聞く。
「ドラゴンが出たなら、特級災害レベルでそこには住めなくなる。せっかく作った村をまた一から作り直さないといけない」
そうでした。象さん一頭が暴れても大変なのに、ドラゴンが出現したらどんな被害が出るかわからない。
明らかに軽率な言動でした。
ここにいる人達は、以前の土地を魔物に襲われてここにいるのに・・・
「・・・不謹慎でした。申し訳ありません」
深く深く、頭を下げ、ハルさんに謝罪する。
「あ、いや・・そんなに反省しなくても・・・」
ハルさんが慌てる。
「いいえ、本当にここまで来られた人の心を踏みにじる態度でした。私では何の役にも立たないかも知れませんが、ここの村の人達のお力になれるよう心して頑張ります」
そうだ、前世と違ってここでのドラゴンは、物語の中の生き物ではない。本当にいれば、ここの人達には脅威でしかないのだ。
私は気合いを入れて、ハルさんに再度尋ねた。
気合いが入っているせいか、前のめりですらすらと言葉が出る。
「では、ドラゴンを発見された人がいるのでしょうか?」
ハルさんが答える。
「いや、見た者はいないんだ」
私がハルさんに聞く。
「うん? それならば、何ゆえドラゴンがいるといったのでしょうか?」
ハルさんが答える。
「ドラゴンが吼えたような大きな声を聞いたのだ。ここに来てから、私も何度も聞いた」
ハルさんに問う。
「ハルさんもそれがドラゴンとお考えですか?」
ハルさんの回答。
「いや、違うのではと思っている」
更に私が問う。
「聞いたのはどのような声でしたか?」
ハルさんが答える。
「・・・・・」
あれ?ハルさんが答えない?
「あのさ、この尋問みたいな遣り取りが、なんか嫌なんだけど・・・」
ハルさんがとても不機嫌になっているのは、どうして?
「え?え?・・で、でも、ハルさんがドラゴンの声を聞いたのなら、あの、その・・手がかりがあるかも知れませんし・・・。私も何かお役に立ちたいのです!!」
「そうじゃなくて・・・そうだよ。俺がここに来たのは調査だよ。でも、違うんだ! ルーナに会えたんだよ? 好きな子が目の前にいるのにちょっといい雰囲気になってもいいじゃないか!」
「・・・・。。!!!」
ふえ?
私の耳の奥に聞き馴染みのない単語が、コロンと転がり来んできました。
好きって・・・
好きな子って・・・
私の事ですか?
今凄く舞い上がっていますが、聞き間違いならおマヌケですわ。
聞き間違い?
ああ、そうですよね。
きっと聞き間違いです。
「では、ドラゴンはどんな声だったのか、真似出来ますか?」
私は感情スイッチをoffにして再び尋ねた。
「え? 俺の告白は無視なの?」
「告白・って・・ハルさん・・・本当に・・私の事を・・・」
ぐぼぼぼぼォォォォォーーー
突然鳴き声らしき音が村中に響き渡る。
遠くの山から聞こえる声に、大人達は怯える。
一斉に子供達が泣き叫ぶ。
大人は慌てて子供を抱えて家に走り込んだ。
あれだけ楽しそうにしていた村の通りには誰も居なくなった。
あの音は?
「ルーナ、俺たちも早く建物の中に入ろう」
ハルさんが慌てているのはわかりますが、せっかくドラゴンの鳴き声とやらを聞けたのです。その先もしっかりと聞き届けなければ・・・
遠くを見ていると、この村の北の方で『もや』が見えます。
あれ?
この方角は確か私が見たかったカルデラ湖があったはずです。
しかも、さっきの『もや』を考えると・・・
「おい、立ち止まってどうしたんだ?」
焦るハルさんの手を取って、両手で包み込むように握って自分の考えを言い切る。
「ハルさん! さっきの音はドラゴンの鳴き声じゃない可能性が出てきました」
だって、あの音は前世の戦国時代劇によくきいた『法螺貝』を吹く音にそっくりです。つまり、何かが鳴っている。
「え? 本当か?」
「だから、今からここから北に向かいましょう」
私は自分の持論を確かめたくて、一人で北に向かって歩き出します。
早計な行動はダメだと、さっき言われたばかりなのに、わくわくドキドキが、止まりません。
「ちょっと待て待て!ドラゴンがいたらどうするんだ。動くなら、必ず態勢を整えてからだ」
そうでした。
また先走ってしまいました。




