14 ミッション成功です
騎士隊の皆さんが、テントを張ったり薪を集めたり、食事の用意をしている。
「・・・ぁぁのぉ」
声が小さすぎて誰にも気がつかれない。
いつもの忍者体質が、こんな時にも発揮しているのかしら・・・。
勇気を振り絞って、食事の用意をしている騎士さんに近付いて声を掛けた。
「あ、あの!! お手伝いに来ましたぁ」
自分では大きく叫んだつもりだったのに、全く気がつかれない。
あまりにも長い間、ボソボソと話しているせいでしょうか、今自分がどんな大きさの声量で話ているのかが、分からない。
それに、屋敷の中で話すのと、野外で話すのでは全く違うのです。
野外では声を張らないと声が拡散されて届かない。
「あれ? 君こんなところで何をしているの?」
料理を担当していた男性が、やっと振り返って私の存在に気が付いてくれた。
「あ、あ、あの、私も何か料理のお手伝いをしようと思って来たのです。何でも言って下さい!」
決死の覚悟で言ったので、騎士さんはちょっと引いてたけど、少し考えて、私にジャガイモとナイフを渡してくれた。
「じゃあ、これ剥いといて」
「はい、頑張ります」
やった!
全く知らない人と会話が出来ましたわ。
しかも男性です!!
ここでの仕事(皮剥き)をクビにならないように頑張ります。
前世でお母さんのお手伝いをよくしていたので、皮剥きくらいは出来るわ。
「君、上手だね」
その騎士さんは私の横の岩に腰掛けると、一緒に彼はニンジンの皮を剥き出した。
「僕の名前はマイケル・ヒューズ。よろしくね」
マイケルさんは天然パーマの新兵さん19歳だそうです。
相手が名乗ってくれたので、私も名前を言わないといけません。
でも、口を開く前にマイケルさんが、私に関する情報を言ってくれたのですが・・・その内容が酷くて・・へこみました。
「君、あのアルルーナ・マイヤー公爵令嬢の・・・だよね?」
マイケルさんが私を気遣うように尋ねます。
『・・・』が聞こえなかったのですが、おおよその見当をつけて判事をしました。
「はい、そうです」
「アルルーナ様ってものごっつい我が儘で、傍若無人で、使用人は奴隷くらいに思っているんだよね。君は体罰とかされてない?」
それって私の情報ですか?
私、知らなかったんですが・・・
そこまで悪女の噂を流されていたなんて・・・やはり貴族社会が怖いです。
この流れで私がその『我が儘な公爵令嬢です』なんて、いいにくいわ。
でも、このままではいけません。勇気を出して自分の名前をマイケルさんに伝えます。
「・・・あの・・私がその・・アルルーナです」
「へ?」
マイケルさんが顎が外れたように、下顎をカクンと下に落として、ニンジンを地面に落っことした。
「き、っみ・・が?アルルーナ・・嬢?」
「そ、そうです。拐われないように髪の毛と目の色を変えてますが、わ私、アルルーナです」
自己紹介をしたものの、マイケルさんは未だにうーんと唸っていて、手も止まったままです。
次の言葉を待っていましたが、全然マイケルさんが動かない。
私をあからさまに敬遠して見つめるマイケルさん。
動かない彼をおいといて、私は夕食が遅れては騎士さん達に申し訳ないと、一心不乱に皮剥きを再開しました。
お鍋にジャガイモと、ベーコン、ニンジン、玉ねぎを入れて塩、コショウで味付けをします。
ここで、座っていたすぐ横にバジルを発見!
クンクンと匂いを嗅いで、ちぎってちょこっと食べてみたけど、正真正銘のバジルです。
正気に戻っていたマイケルさんにバジルを入れて良いか聞くと、『……どうぞ、よしなに』と、堅苦しい返事が返って来ました。
言葉も堅苦しいが、お顔の方はもっと強張っていた。
私が噂通りの令嬢かどうか、見定めているといった感じです。
「・・あの、出来れば先ほどのような態度が、私的にはありがたいですが・・もとに戻して頂くわけにはいきませんか?」
悲しげに見ると、マイケルさんは明らかに困惑ぎみ。
しかし、表情は変わる事のないまま、マイケルさんが私とは距離をとって料理を再開。
そして、当然の事ながら、先ほどまでの和やかな会話はありません。
私はしょげながらもスープを作ります。
バジルはもちろん洗って入れました。
出来たスープを大きなお玉で掬って皆さんに配っていると、前世の給食当番を思い出します。
前世で給食を配っていた時、『私のにピーマン多くいれないでね』と人に言われるだけで、びくびくして、ピーマンをいれないように慎重になったものです。
でも、騎士さん達はそんな事は言いません。
「やった、今日は可愛い侍女さんに給仕をしてもらえるぞ、ついてる!」
とにこやかです。
皆さんにスープを配り終えて、座る場所を探していたら、私の行動をじっと見ていたマイケルさんが手をあげて、「ここ、空いてるよ」と最初の頃のように親しげに、でもどこか戸惑いを含んだ感じですが、声を掛けてくれました。
「おお!!マイケル。抜け駆けは許さないぞ」
かなりマッチョな男性が、ニヤニヤとマイケルさんを茶化してきます。
「そんなんじゃないです。だってこの方は、マイヤー公爵令嬢のアルルーナ様ですよ」
私が先に皆さんにご挨拶をしなければいけなかったのに、マイケルさんがしてくれました。
でも、マイケルさんが言い終わると、あれだけがやがやしていた皆さんがしーんと静まり返ってしまいました。
「ははは、冗談言うなよ、マイケル。このお嬢さんはアルルーナ嬢の御付きの侍女さんだろ?」
マッチョさんは、どうしても私がアルルーナだと認めたくないようです。
「いや、その方は本当にアルルーナ様だ」
アーロン・カネト騎士隊長さんが、火を囲んで輪に座っている隊員の真ん中に、割って入って来ました。
その後ろにはなぜか、私の侍女のパウラもいます。
「いやいや、アルルーナ嬢と言えば、豪華な衣装に身を包み、一度着たドレスには手も通さないンでしょ?」
「あっ俺もそれ聞いた! それに、歩く時は必ずレッドカーペットを敷いた上しか歩かないっていう話も聞きましたよ」
騎士の皆さんがガヤガヤと、今まで聞いてきた私の噂話を披露する。
もう、どこの大女優の話ですか?
私、服は一度と言わず、刷りきれるまで着ます。
それに、土の上を裸足でも歩きますわ。
あまりの評判に悪さに、悲しくてスカートの裾をぎゅっと掴んで俯きかけた。
「お静かに!!」
パウラが、コホンと咳払いをすると演説のように、良く通る声で私の取り扱い方を話始める。
「皆さん、良くお聞き下さい。今そこにちょこんと座っているのが、我がお仕えしアルルーナお嬢様です。今は髪の毛と瞳の色を変えていますが、洋服やドレスに関してはいつも本当に地味な物ばかりを好む方なのです。真実ではない噂が広がっていますが本来のお嬢様は、あなた方が見た通りです。そして、究極の人見知りです。この人見知りを治すためにも、この視察中は沢山の人に話し掛けるように公爵夫人から言われているので、是非、声を掛けられた人は返事をして上げて下さい」
パウラが言い終わると、騎士隊員の皆さんがじっと私を見ています。
皆さんの視線が一点集中していますよね?
顔の熱がどんどん上がって来るのが分かります。
「よよよろしく、おねがひします」
大事なところで噛んでしまった。
今、私の顔は真っ赤になっているのではないでしょうか?
「誰だよ、傲慢なんて言ったのは、普通の女の子より優しいじゃないか」
「そうだよ、さっきもスープを配っている時に『お疲れ様です』って声を一人一人にかけてくれてたし・・・・」
騎士の皆さんの評価が、上がりました。
良かったです。
あのままじゃ、泣きそうでしたもの。
「本当にアルルーナ様なのですね。このスープ美味しいですよ」
マイケルさんが蟠りなくにっこり微笑んで、最初のように打ち解けて話てくれました。
「うんうん。とっても旨いですよ。アルルーナ様。この葉っぱのせいかな? いつもより本当に旨い」
マッチョさんも普通に話てくれます。
「えっと・・それは、バジルという葉っぱで、少し入れると味にこくが出るんです」
ドキドキしましたが、マッチョさんとも話が出来ました。
因みにマッチョさんのお名前は、ジョン・リクマイさん。マイケルさんよりも若い18歳なのですが、入隊が早く先輩になるそうです。
彼らの自己紹介を切っ掛けに、私は彼らとお話をすることが出来ました。
初めの一日でこんなに沢山の方と話すなんて、私の今までの人生で、記録を更新しました。
そのお陰で、今まで知らなかった事にも気付けました。
宮殿を守っているのは、騎士団は高位の次男の方が多く所属しています。
宮殿の外は帝国騎士隊として、下位の貴族の方で構成されているそうです。
情報を得ようとしたいなら、やはり人の繋がりが大切なのですね。
こうして話せたのも、これもみなパウラのお陰です。
一日目から全ての騎士隊員の皆さんと仲良くなれました。
お母様から出されたミッションは、無事に成功しましたわ。
明日からも、沢山の方とお話が出来るよう頑張ります。




