13 一人です・・・
皇帝陛下からマイヤー公爵に手紙が届いたのは、私が宮殿に行った三日後です。
手紙の内容にお父様とお母様は、引きこもりの娘がようやく外に出る気になったのかと大騒ぎです。
一方エディーお兄様はご機嫌斜め。
「まだ、宿すらない所に公爵令嬢を視察に連れて行くなんて、何を考えているんだ。お義父様、お義母様、この話はお断りしましょう」
エディーお兄様の頭の上から、煙が見えるくらい怒っておられます。
「でも、私が行ってもいいとお返事したのだから、今さらお断りするのは出来ないと思います。それに私・・・行ってみたいです」
私の返事にエディーお兄様の顔が、名前を言いたくない虫No.1を100匹見たくらいに驚き歪んでます。
「アルルは皇太子と一緒に行きたいのか?! も、もしかして宮殿で出会って惚れたのか?!」
私の肩をがくがくと揺すぶるので、返事が出来ません。
「あああの、私、ト、トルーエン地方に行きたいんでふ!」
お兄様が揺らすから、舌を噛んじゃいましたわ。
でも、返事を聞いたエディーお兄様が、漸く揺するのを止めてくれました。
「トルーエン地方に行きたいって? そこに何があるんだ?」
確かに開拓前の土地には、観光できるところも何もないです。
しかも片道だけで一週間はかかるところです。
普通のご令嬢なら、そんなところに行きたいって言う人はいないでしょう。
でも、そこには・・・・
「エディーお兄様、そこにはカルデラがあるんです」
「・・・カルデラ?」
地学大好きオタク人間としては、大地の営みの跡が感じられる所に行くのは、ワクワクするものなんです。
そんな私が、この世界のカルデラを見られるなら、何としても絶対に行きたいです。
「トルーエン地方に見事に円形の地形があるんです。これは絶対にカルデラだと思います。カルデラとは火山の活動である大きな爆発によってその地面がえぐり取られたようにへこんだ土地の事ですの。これほど美しい円形の地形を、是非間近で見てみたいのです!」
気が付けば、エディーお兄様のすぐ近くで『息継ぎ無しの早口力説』をしてしまい、いつものように困らせていました。
でも力説のせいか、エディーお兄様の態度が軟化したようです。
「・・・実にアルルらしい理由だ。ダメだと言っても聞きそうにないな。それなら私も一緒に行こう。それにアルルは公爵令嬢として行けば、変な奴に身の代金目的で誘拐されるかも知れない。必ず質素なドレスを着て行動するように」
エディーお兄様が同行するならばと、両親も安心して承諾してくれた。
「地味な服はいっぱい持ってます。それにいざと言う時のために、侍女のお仕着せも持っていきますね」
そう言えば、公爵令嬢が着るような、華美なドレスや服は殆どなかったわ。
私が今まで選び抜いた服は、どれも『目立たない』『光らない』『ヒラヒラなし』の地味三原則の服を選んでいるのです。
私が嬉しそうにしていると、エディーお兄様が、「困った義妹だ」とため息をついている。
でも、呆れてはいるが最後には私のしたいことをさせてくれる、優しいお兄様なのです。
皇太子様と一緒という事はすっかり忘れて、るんるん気分でトルーエン地方に行く準備をしていました。
そして、晴れて15歳になりました。
本日出発!
「お父様、お母様、おはようございます」
嬉しくてご挨拶もワントーン高めの声が出ます。
「・・・ああ、おはよう。とうとう今日が出発なのだね。気をつけて行くんだよ・・・寂しい・・」
私とは反対にお父様の声は、いつもより抑揚がなく低めです。
「おはよう、アルル。あら? いつも早いエディックはどうしたのかしら?」
お母様がダイニングの扉を見たと同時にエディーお兄様が入って来ました。
「エディック! どうしたのですか? あなた、顔が真っ青よ!!」
お母様の慌てた声に、お兄様の顔を見ると、今にも倒れそうな程ふらふらしてこちらに歩いて来ます。
「お兄様!!」
私はエディーお兄様に肩を貸して、近くのソファーに座らせました。
「アルル、私は大丈夫だよ。少し休んだら、一緒に出掛けよう」
こんなに真っ青なお顔をしている時にでも、私の事を考えてくれているエディーお兄様。
「こんな状態で出掛けたら、お兄様が死んじゃいます・・・私、残ってエディーお兄様が治るまで看病をします」
こんな状態のお兄様を置いて出掛けられません。
優しいお兄様が、苦しそうにしていらっしゃるんですもの。
心配で胸が締め付けられて、息が出来ません。
「アルルの方が死にそうな顔をしているよ・・・。私は大丈夫だから、そんなに心配しないで・・」
エディーお兄様は、いつの間にか流れていた私の涙を指で拭って、苦しそうに微笑む。
うう、余計に泣きたくなります。
「アルル、エディックの事は心配だろうが、お前は絶対に今日出発しないといけない。皇帝陛下との約束を破るわけにはいかないんだ。わかっておくれ」
お父様がこの状況の中、言いにくそうに私に告げる。
「ううう・・・お兄様が心配で心配で・・・離れたくないです・・」
確かに、今日の出発のために皇帝陛下がわざわざ、第一帝国騎士隊を遣わせてくれたのです。そこまでしていただいて、急にキャンセルなんて出来ない事は知っています。
「アルル、私はすぐに良くなって追い付くから、先に行って待ってておくれ」
エディーお兄様が私を宥めるように、頭を撫でる。
体調を崩されたお兄様に心配をかけてどうするのだ。
「・・私、一人で出発します。エディーお兄様。絶対に無理をなさらないでしっかり治してから、来て下さいね。約束ですよ」
「ああ、無理はしない。約束するよ」
本音を言うと、心細いし、お兄様がいないのにあの怖い皇太子殿下と視察なんて行きたくない。
でも、ここで私が不安そうにすると、お兄様は無理をしてしまう。
「では、トルーエンで待ってます」
がくがく震える足は、ドレスに隠れて見えない。
顔だけキリッと作ってエディーお兄様に見せた。
用意を済ませて、馬車に乗り込む。
お兄様と一緒に乗る筈だった馬車に一人・・・。
「寂しい・・・」
パウラがジト目を向けて来る。
「お嬢様、一応私も乗っているので、一人ではありませんよ」
「・・・ごめんなさい。でも私のオタク話を何も言わずに微笑んで聞いてくれるのは、エディお兄様だけなんですもの」
肩を落とし、がっかりしている私の様子を見たパウラは、この旅行でアルルーナの兄離れの練習をしなければと密かに考えていたのだった。
暫く行くと、少々寂れた景色の土地にやって来た。
壊れた家屋、手入れのされていない畑。
ここは領地経営が失敗し、誰もいなくなった元伯爵の領地のようです。
馬車が止まりました。
すると、回りを守ってくれていた騎士さんが扉を開ける事なく、外から話かける。
「少し治安の悪い地域を通過するので、万全を期してアルルーナ・マイヤー公爵令嬢には、少し装飾を押さえたドレスに着替えていて欲しいのです。誠に心苦しいお願いですが、どうぞお聞き届け下さいますよう、お願い申し上げます」
騎士の皆さんはきっと、貴族のご令嬢が派手なドレスばかり来ていると思われて、私にも華美なドレスは盗賊の目に付くので控えるように言ったのでしょう。
私が目立って騎士の方々が襲われるなんてあってはならない事ですわ。
ここは、私の真骨頂の『地味』を是非とも生かしたいです。
エディーお兄様にもらった魔石で髪の毛と瞳を茶色に変えて、さらにどこの町に出ても目立たない、全く飾り気のない服に着替えました。
着回しすぎて、少しくたびれたクリーム色の布地に、流行など全く追っていない質素な見映え。
完璧な仕上がりです。
着替えが終わった事をパウラを通じて伝えると、今までよりもスピードを出して走り始めました。
窓の外を見ると、騎士さん20人が見事な連携を組んで、馬車を守るように囲んでいる。
荒れ果てた土地は何とも寂しく、怖いです。いつどこから、ならず者達が出てきてもおかしくない雰囲気なんです。
でも、騎士さん達がしっかり守って下さったお陰で、無事通り過ぎる事が出来ました。
ここで、問題が起こりました。
本来ならば、もう少し先の宿場町まで行くはずだったのですが、私の出発が遅れたために、そこに行き着けなかったのです。
この第一帝国騎士隊を任されているアーロン・カネト隊長が再び私に説明をするために、馬車までお越し下さいました。
「マイヤー公爵令嬢に、再びお願いがあります」
パウラは、私の合図で馬車の扉を開ける。
あの治安の悪い地域を通過し、無事にここまで連れて来てくれたお礼を言おうと、人が苦手ながら、馬車のタラップを降りて、アーロン隊長さんの前に立ちました。
お礼を言おうとしたら、アーロン隊長さんが私を『こいつは誰だ?』的な顔をして見ています。
「ええっと・・あの、私はアルルーナ・マイヤーと申します。」
アーロン隊長さんは私が挨拶した後も、なぜか暫く私を見つめて動かなかったが、急にハッとした。
「あなたが公爵令嬢? アルルーナ様?」
ちょっと不躾で引きましたが、ここで負けて馬車の中に引っ込んでは、パウラに挨拶の練習を嫌と言う程させられてしまいます。
「あ、あの、そうです。私がアルルーナですが・・えっと・・何かダメだったでしょうか?」
挨拶は大事です。どこか変だったのでしょうか・・・?
「いえいえいえ、ダメなんて事ないです。ただ、想像していた方と違いすぎて失礼をしました」
「・・・?・・ああ、髪の毛の色と瞳の色を変えたのでわからなかったのですね?」
自分自身では、髪の毛と瞳の色を変えている事って、すぐに忘れてしまうんですよね。
「そうではないのですが・・・」
アーロン隊長さんは、次に言おうとしていた『我が儘令嬢ではなかったのか?』という言葉を飲み込んで、本題の話に入った。
「実は、この森を抜けたところで宿をと考えていたのですが、すっかり暗くなってしまい、ここで野宿をするしかないのですが、こんな場所で、一夜を過ごす事をお許しいただけますか?」
実に腰を低く、頭を下げている。
もし、私が『ここで野宿は嫌だ』と我が儘を言えば、彼らは危険を承知で、暗い森を突っ切る事になるのだ。
私がそんな理不尽な事を言う訳がない。
「私は野宿をしたことがありません」
アーロン隊長さんの肩がピクッと動いた。
「ですから、皆さんのご迷惑になるやも知れませんが、一生懸命お手伝いをしますので、どうぞよろしくお願いします」
私もアーロン隊長さんに負けないぐらい頭を下げた。
「あ・・ああ?」
アーロン隊長さんが変な声をあげている間に、私は野宿の準備をし始めている騎士の皆さんのところに、お手伝いに行く。
「公爵家のお嬢様がそんなことをしなくてもいいです」
アーロン隊長さんが、私を止めようと手を伸ばしたが、その手をパウラに掴まれた。
なぜならこの視察の間に、私にはお母様から言い渡されたミッションがあるからです。
それは、一日に、より沢山の人と会話し、打ち解けるように努力する事だった。
その約束を交わした日は、まさかエディーお兄様が行けなくなるなんて思いもしなかったので、簡単に了承してしまった。
お兄様の橋渡しで紹介して貰って、徐々に他の人と話をして行こうと楽に考えていたんです。
震える足取りで、騎士隊の皆さんの集まっている所に一歩一歩そろりそろりといくのは、分かっている落とし穴に近付いて行くようで、実に怖いです。




