11 パウラ、目を覚まして
図書館での経緯があって、あれからエディーお兄様は帝国図書館へ連れて行って下さらなくなりました。
いつもは優しいエディーお兄様が、あんなに怒ったところは見たことがありません。
だから、私から『図書館に連れて行って』とは言い出せなくなったのです。
ハルさんに会って、折角買いに行ってくれた髪飾りを受け取らずに帰ってしまった事を、謝りたかったのだけれど・・・もう行けないかも知れない。
部屋で一人ぼんやりしていたら、侍女のパウラがノックもそこそこに飛び込んできた。
「お嬢様、大変です。すぐに旦那様のお部屋にいらして下さい。とにかく大変なのです」
いつも冷静なパウラがこんなに慌てるなんて、何かしら?
でも、緊急だけど悲壮感はないので、誰かが病気とかではないみたいね。
ゆったり立ち上がったら、パウラに「急いで下さい」ってあたふたしている。
お父様の部屋に着いたら、なぜパウラが急いでいたのか分かった。
なぜなら、お父様までも焦っていたからだ。
「大変だ、アルルーナ。何故か分からんが、皇帝陛下がお前に会いたいと今、宮殿から使いが来て、使者をお待たせしているんだ」
「!!・・なな、なぜ私に?」
聞きながらも、体は拒否反応を示して、ずっと首を横に振ってしまう。
「分からん。しかし、陛下直々なのだ。絶対に断れないぞ」
(アルルの人見知りを知っていて一度だって無理を言って来なかったのに、フォルクー・・なんだって今回は絶対なんだぁ)
お父様が友人関係のフォルクマ・シュヴァルツ皇帝陛下をニックネームで呼び、ぶつぶつと文句を言ってます。
「じゃあ、せめて・・・せめてエディーお兄様とご一緒に行くと言うのは・・・?」
「ならん! お前一人でとの御達しだ」
そんな・・・
引き込もって十数年。
いきなり一人でお外に行くのに、陛下の御前とは・・・
ハードルが高すぎませんか?
せめて初めは、門扉から数メートル先に出て、そこから引き返して帰ってくるというところから始めませんか?
久しぶりの外出で・・宮殿で、お会いするのが皇帝陛下なんて、始めたばかりのゲームで、レベル1の主人公がラスボスに立ち向かうようなものではありませんか?
首を振り続ける私に、業を煮やしたお父様は、質問の仕方に『圧』を注入。
「覚悟を決めるんだ、公爵家の令嬢に生まれたからには、一度ならずも何度も宮殿に赴く時が来るんだ。分かったな? では、行くか? 行くよな? 行っても良いな? いいな? 行くって返事をするぞ?」
怒涛の『行く』に負けて頷いてしまった。
「よし、よく言った!!」
頷いただけで、言ってません・・
でも、返事を言いに部屋を出ていこうとするお父様に、慌てて日にちを聞いた。
「あの、お父様それはいつですか?」
「ああ、明日だ」
ななんあんですってぇーー。
そんなのドレスの準備と、心の準備と、マナー練習と、心の準備と、会話の練習と、心の準備と心の準備と心の・・・
意識がフワッと遠くへ行きそうでした。
が、意識を飛ばしている時間はありません。
パウラにドレスの用意をお願いしました。
自室に戻り、ソファーに座ると現実が襲ってきました。
何故、こんな引きこもりの令嬢が、今さら謁見を賜ったのでしょう・・・
きっとご挨拶すらまともに出来なくて、お父様のお顔に泥を塗るかも知れません。
後ろ指を刺されるお父様とお母様。
それだけじゃないわ。エディーお兄様にもご迷惑がかかるわ。
高位の貴族であれば、令嬢が呼ばれて陛下にご挨拶をすることはよくある事です。
でも、私は今までそんな事は一回もなかったのです。
陛下とお会いしたのはずっと昔の事だと聞いています。
よちよち歩きの頃に、テーゼ宰相と一緒に御来訪くださったのですが、この時に私が人見知りで陛下のお顔を見ただけで大泣きしたのをきっかけに、屋敷に立ち寄る事も控えられたと聞いています。
前世を思い出す前から、人見知りが激しかったのですね、私。
今も治っていませんが・・
なぜ私を?
思い当たるのは、ただ一つ。
令嬢なのに社交もせずに引きこもっている私に、『喝!』を入れる為でしょうか?
陛下からお叱りの言葉を掛けられたら、どうしよう。
行きたくないわ。
行きたくないです。
やっぱり人が怖いです。
部屋で亀のようにクッションを頭に被って丸まっていると、パウラがドレスの件で部屋に入ってきた。
「お嬢様、今回のドレスはとびきりお嬢様の可愛らしさをと美しさを引き立たせるために、『シャルサ』からデザイナーに来てもらいました」
パウラは嬉々として、そのデザイナーを部屋に通す。
「シャルサ・・」
あの、私がうっかりお店の名前を出したところ、相手になぜか大打撃を与えた事になった、あのお店ですね。
そんなすごいブランドのお店のデザイナーの方を、家までお呼びして、大丈夫だったのでしょうか?
私はいつも担当をしてくれる店主であり、デザイナーのメリッサがきてくれていると思っていた。
「私のためにお忙しい所、わざわざお越し頂きありがとうございます」
私の様なオシャレ感ゼロの為に、屋敷まで来て下さったデザイナーのメリッサさんは、さぞやがっかりしている事だろう。
申し訳なく思いながら顔を上げると、目の前に超絶キラキラ男子が立っている
薄いヒラヒラブラウスのボタンを上から四つも開けて、前がはだけている。
そのブラウスの上から赤、オレンジと緑のストライプ模様の奇抜なジャケットファッションに身を包んだ、金髪ロン毛で少しタレ目が妙に色っぽい男性が、小首を傾げている。
ブワッと汗が吹き出す。
ああ、オシャレさん最上級の男子って苦手!!
急な動悸に私がよろめく。
パウラが私の異変に気が付き、デザイナーさんがこれ以上私に近寄らないように、手でストップを掛けた。
「レイモン様、誠にすみません。アルルーナお嬢様は、キラキラ異性への抗体がなく、発作が出ましたの。少し距離を取ってお下がり下さい」
レイモンと呼ばれたそのデザイナーさんは目を点にしていたが、「ふふふふ」と口に手を当て私の様子を見ている。
「お聞きしていたお嬢様と、全然違うね。もっといけすかないお嬢様だと思っていたのに・・・母さんが言っていたのは本当だったんだ」
レイモンさんが面白いおもちゃを見つけた男の子のように、目を輝かせていたことに、私が気付く筈もない。
私はふらふらと、ソファーに座り込んでしまいました。
レイモンさんは私のために充分に距離を保った位置で、ご挨拶をしてくれます。
「シャルサでデザイナーをしている母が風邪でこられなくなり、急遽私、レイモンが馳せ参じました。どうぞこれからはレイと呼んで頂き、私もご贔屓にしてください」
レイモンさんは長い手足を美しく曲げて、お辞儀をした。
「さ、さ先程はお見苦しいところをお見せしてすすすみません」
謝る私にパウラが、私を珍しく庇ってくれる。
「いえいえ、お嬢様は悪くないです。いつもお店に行くとメリッサ
様がお嬢様の担当をしてくれてますものね。屋敷に来られたのもメリッサ様とお思いになられたのは仕方ないことです」
レイモンさんは私の一挙一動を見逃さず見ている。
私これまでに、何かレイモンさんに失礼な事をしでかしたのでしょうか?
たった今、無様な行動は取ってしまいましたが・・・。
「侍女さんとも仲がいいんだね。それにとっても・・・(きれいだ)」
レイモンさんは私が慣れるように、少しずつ一歩一歩慎重に近付いてくれます。
充分に慣れたところでやっと、向き合ってソファーに到着する事が出来ました。
「では、アルルーナ様の要望を聞いてドレスをお作りしたかったのですが、何分時間がありません。なので、今回はお店にあるドレスを持ってきますので、まずはご希望をお聞きします。どうぞ仰って下さい」
漸くお仕事を始められた事に、レイモンさんは安堵している。
私は意見をしっかり言わないと・・、彼の衣装を見れば、もし彼の好みのドレスを持ってきたなら、私には高難度だと想像がつく。
「へ陛下にお会いするには、宮殿に行かなければいけないの・・・。そこには沢山の人がいて・・。だから・・・」
「派手な色とデザインにしてほしいのかな?」
「ちち違います! 派手な色はダメです。目立たない色にしてほしいの。例えば壁の色が薄い灰色やクリーム色が多いの。だから、背景に溶け込む色で、お願いします・・・」
「・・・えっと間者になりたいの?」
レイモンさんの顔が、歪む。
それいいわね。出来れば忍者になりたいです。
「あのそれと、リボンは少なめで、公爵令嬢っぽくなくて・・地味でお願いしたいの・・」
「母が言っていた事が分かったよ。『綺麗なのに勿体ないのよ』って言ってたが、本当にそう思うよ」
レイモンさんの顔がどんどん曇って行きます。
ああ、困らせてしまった。
「あの・・こんな条件では選ぶ気がなくなりましたよね?」
でも意外にもレイモンさんは、明るい顔で頭を振る。
「いいや、それどころかやる気がムクムクと刺激されましたよ」
彼が何かたくらんでいる顔だったのに全く気がつかず、私はホッとしてその打ち合わせが終わった事をその日の夜に後悔する。
ドレスが届けられたのは夜遅く。
届けられたドレスを見て、私は腰から崩れるくらいに驚きました。
確かに灰色です。
でも、忍者のように壁に紛れる色ではなく、ラメが眩しい明るいグレーの布地です。
リボンは少なめでと言いました。
確かにリボンは一つです。
腰の切り返しの部分の位置の後ろに一つ大きなのがついています。
しかも全体的に大人っぽいんです。
特に、背中が・・・
スッゴク開いてるんです。
恥ずかしい。
『せっかくだから、これを着ていきなさい』
お母様の容赦ない一言に、私は震えてます。
このドレスを着て沢山人がいる宮殿に行くのは、ハードルが高過ぎるわ。
必死でこのドレスを回避する方法を考えた末に出した回答は・・・
「そうよ、明日熱を出せば、さすがにお母様も休んでいいと仰るはず」
そうと決まれば、私は髪を濡らしたまま肌寒い夜のバルコニーで佇んだ。
きっと明日熱が出て、ふらふらの私にみんながこう言うの。
『こんなに高い熱をだして・・・今日は休みなさい』
・・・・・。
朝がきた。
でも、熱は出なかった。
窓を開けっぱなしで寝たのにも拘わらず・・
でも、喉がいたい。
パウラが元気に「おはようございます」と部屋に入ってきた。
「ヴぉばよヴ・・ごほごほ」
「お嬢様、そのお声はどうしたのですか!?」
パウラが驚くのも無理はない。私の声は恐ろしい程がらがらだった。
声の調子がこんなに悪いのなら、今日は行かなくてもいいと言ってもらえるのではと思ったが、皇帝陛下直々のご招待を、これしきの事で欠席出来る訳がなかった。
そうして、私はあの背中の開いたドレスを着て、パウラと一緒に宮殿に入った。
「アルルーナ様の代わりに、陛下のご質問には全て私がお答えしますから、ご安心下さい」
心強いです。パウラァー!!
ずっと一緒に居て下さい。
と思っていたのに、頼りのパウラがすっかり腑抜けになっていて、全く頼りになりません。
と言うのも、私たちが宮殿に着くとすぐに沢山の騎士が護衛について下さいました。
私一人のために、護衛の騎士様達がぞろぞろと前後を固めて、案内してくれているんです。
これがパウラをポンコツに変えた原因です
もうすっかりパウラは浮き足だっていて、頼りにならないんです。
だって、先ほどから、ぶつぶつと独り言が聞こえてくるんですが・・・。
いつものパウラではないんです。
「ああ、ステキ!! 第二近衛騎士団団長のゴウラ様自らが、この私を護衛してくれているわ。それに私のためにすぐ後ろを若き剣心ミュラホーク様が守って下さっている。ああ、私このまま死んでもいいわ」
どうやら、パウラの推しの騎士団の方が居たようで、すっかり壊れている。
私は藁をも掴む気持ちで、パウラが元に戻ってくれる事を願った。
「パウラ、目を覚まして」




