表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/59

10 ラインハルト・シュヴァルツ皇太子殿下と『ハルさん』(2)


(ラインハルト視点です)


俺は帝国図書館の館長であるカミル・アイヒホルンに、『次にマイヤー公爵家の人間が来たら、すぐに俺に知らせろ』と言っておいた。

だが、あれ以来マイヤー公爵家からは誰も来なかった。


何故来ない?


俺は宮殿で陛下の仕事を補佐しながらも、いつでも行けるように準備をしていたが、全くカミルから連絡がなかった。


カミルが連絡を忘れているのでは? とわざわざ用事もない図書館に出向いたが、ルーナはいなかった。


そして、ようやく念願の連絡が入った。

マイヤー公爵令息のエディックが来館したと言うのだ。


俺は意気揚々と図書館に行き、髪の毛と瞳を赤色に変えた。


そして、ルーナのもとへ・・・

・・・が、そう簡単にはいかなかった。

エディックがこの警備厳しい帝国図書館に、五人もの護衛騎士を引き連れて、しかも自分は読書をそこそこに、どう見てもルーナに近付く奴に目を光らせて守っている。


騎士五人と公爵令息一人が万全の体制で、侍女一人を守ってる。


常識的に考えて、騎士達もおかしいとは思わないのか?

マイヤー公爵の人間は、侍女を姫様のように扱うのか? 変なのか?


奴らの異常な行動のせいで、俺がこんなにも待ち望んだのに・・・近付けない・・・。


俺は本棚の影からひたすらルーナに念を送ったが、本に夢中の彼女は顔を上げることもしない。


『こっちを向いてくれ!(念)』

俺の念は届いてほしくない奴に、しっかり気付かれてしまった。


エディックが俺のいる方を見て、勝ち誇った顔でルーナの隣に座った。


正直、これ程までに悔しい思いをしたのは初めてだった。

絶対にいかなる手を使っても、エディックの手から、ルーナをさらってやる。


それから、何度かルーナが図書館に来たが、鉄壁の警護の前に、俺は挫折を繰り返していた。


とうとう、俺は究極の奥の手を出してしまった。

宰相であるテーゼ・グランデの手を借りる方法だ。

腹黒のテーゼに借りを作る事は避けたかったが背に腹は代えられない。切羽詰まった俺はそれしか考えられなかった。


ルーナを目の前にしながらも話しかけられず、フラストレーションが溜まりにたまっていたせいで、まともな判断が出来なくなっていたようだ。


忙しいテーゼに頭を下げ、下手(したて)に出てお願いをすること十数回。

テーゼは嫌みっぽく『そこまで皇太子殿下に頼まれたなら、断る訳にはいきませんな』と顎を擦る。


世間的に、真面目だの優しいだのと言われているテーゼだが、違う。

それは表面(おもてめん)のテーゼだ。

裏面は・・・真っ黒だ。


腹黒いテーゼからの見返りが恐ろしいが、やむを得ない。


テーゼがゆったりとおおらかな空気感を醸し出し微笑む。

こんな時の彼は要注意だ。体全てを使って相手を安心させる。

しかしこの時程、彼の頭は冴え渡っているんだ。

「それで私は一体何をすればいいのですか?」


「マイヤー公爵の息子を、ほんの少しの間だけでいいから、帝国図書館に連れてきている侍女から引き離して欲しい。護衛の騎士も一緒にだ」


俺の言葉の真意を探ろうと、黒い瞳がギョロっと回る。

「それで?」


「それだけでいい。時間を稼いでくれさえすればいい」


「・・・ほほう。忙しい私を呼び出して・・・しかし、殿下の御要望とあれば致し方ありませんね。お引き受けいたしましょう」


嫌みったらしく慇懃に頭を下げて一礼をしたテーゼは、顔を上げると興味深げに俺を見る。


これ以上舐めるように、マグロのような目で見られては、神経に触る。

俺は「では頼んだぞ」とすぐにそこから離れた。




次の日テーゼは計画通りエディックに話し掛けて、彼と五人の騎士を連れて、その場を離れるように促した。

ルーナを連れて行こうとするエディックに、テーゼはルーナだけここに居残るように言う。


皇帝陛下の信頼が厚い、宰相様に言われてはエディックは断れず、後ろ髪を引かれるようにテーゼについて行った。


侍女をあんなに心配するなんて、エディックはルーナに懸想しているのか?

そう思うといらいらする。


妹か恋人に接するような気遣いじゃないか。


取り敢えず、ルーナが一人ポツンと取り残された。


よし、久しぶりにルーナと会話できる。俺はこの時のために練っていた計画を実行する。


読書に熱中しているルーナの隣に座る。


勢いよく座ったら、ぼふんとルーナの体が浮いた。


「また会ったな」


今まで数々の女子に騒がれた渾身の笑みをルーナに向けた。


「あああああの、私になな何かご用でしょうか?」


俺の渾身の笑みは不発だった。しかも、ルーナは警戒心を隠そうともせず、顔に出している。

ルーナ自身の体も少し俺から離れた。


だが、ここで引くわけにはいかない。

この時間のためだけに、あのテーゼに悪魔の取引をしたのだ。


「ああ、用と言うよりこの前話をした、勤め先を宮殿に変えるのはどうなった?」


宮殿に勤められる侍女は極一部だ。こんな名誉な事はない。普通の侍女ならば飛び付く筈だった。


だが、彼女ににべもなく断られた。

そんなにエディックの傍がいいのか?素っ気なさ過ぎるルーナの返事に残念よりも疑念が沸き起こる。


「ふーん、そうか。随分とあの公爵ご令息様が君を買っているけど、どんな関係なの?」

どんな嘘も見過ごさないつもりでルーナをじっと見つめた。


「じじじじじょです」


怪しい・・怪しすぎる。

でも、これ以上ルーナを問いただしても彼女は心を閉じる一方だ。

追求を止めて、方向転換を図った。


帝都で流行りのヘアアクセサリーを出して、ルーナの気を引く作戦だ。

侍女達に聞いてわざわざ買いに行ったのだ。


きっと喜んでくれる。

そう思ったのに、ヘアアクセサリーを見せた途端、怖がらせてしまった。


ソファーからずり落ちてしまうくらいに驚いたのだ。


嘘だろう。

今は猫も杓子もこれを着けていると言うのに、ルーナはバンスクリップさえ知らなかった。



その上、ルーナは侍女達がこぞって通う有名店『エンゾ』を知らなかったのだ。

辺境伯の侍女だって知っているぞ。

もしかして、エディックにもっと高級店に連れて行ってもらってるのか?


焦る俺は貴族の御用達のお店『ナクトレン』の名前を出した。


俺はルーナの口から出る回答をドキドキしながら待った。

ルーナの答えは・・


「すみません、そのお店も知らないです・・・」


だった。


良かったー。

ルーナは高級店も知らなかった。

そうすると今度は色んな事が心配になってくる。


公爵家のお給料が安いのか?

それとも誰かに搾取されてる? それか、虐められてない?


それも大丈夫だった。


だが、俺はここで最悪の人物を思いだした。

何故今まで忘れていたのか!


マイヤー公爵家にはあの、アルルーナ嬢がいるじゃないか。

あんなのに、この可愛いルーナが見つかれば、どんな酷い目に遭うか分かったもんじゃない。


危険だ。

ルーナの身の安全を考えれば、少しでも早く宮殿に迎えた方がいいのだが、彼女が『うん』と言わない。


「あの屋敷には強烈な女がいるからね。嫌なことがあったら俺か、ここの館長に言うんだよ」


彼女は俺が言った『強烈な女』が誰か分かっていないようだった。

まだ、アルルーナの世話を任された事がないのだろう。


もしかしたら、エディックが守っているお陰かも知れないな。

そう思うと少し良い奴だと思えるから人間は単純だな。



俺の忠告にルーナがコクンと頷いた。

これだけ待ちに待ったルーナが目の前にいるんだ。

少しくらい触れてもいいだろう?


「ふふふ、いい子だ」


俺は壊れ物を扱うように、丁寧にルーナの頭をポンポンと叩いた。


「当家の侍女に触るな!!」


エディックのけたたましい叫び声が俺の耳に刺さった。


一瞬でルーナの体はエディックの魔法で出来た木の籠に包まれた。


「最近の司書は、女に手を出すのが早いのか?」

俺を図書館の司書だと思っているエディックが俺を睨む。

だが、俺も負けずに睨む。


さっきの『良い奴かも知れない』と思ったのは取り消しだ!


こいつがルーナを囲わなければ、ルーナはあの危険な女のいる公爵家を離れて宮殿にくる筈だ。


一触即発の雰囲気が、テーゼ宰相のおおらかで厄介な気配で消された。


「さあさあ、エディック様もそれくらいにして、そろそろお帰りになった方がいいのでは? 公爵夫妻がお茶会から戻られますよ」


「ああ、本当だ。今日はお話下さってありがとうございました」


エディックがテーゼに促されて、一礼をして踵を返した。

勿論ルーナも連れて帰る。



こんなに待ち望んだ時間が終わりを告げてしまう。

『名残惜しい気持ち』とは、こんな時に使うのかと気落ちする。


でも、ルーナが振り返って、口パクで俺に「ごめんなさい。ありがとう」と言ってくれた。


馬鹿げてるけど、それだけで俺の気持ちは上昇し、救われた気分になる。


俺の手には今日、渡せなかったヘアアクセサリーが残されていた。


今度絶対に渡そう。

顔にしまりがなくなった。

テーゼが面白そうに俺を見ているのを知っているが、顔は元に戻せない。


もう、気持ちは隠せない。


だから、敢えてテーゼに聞いた。

「皇太子が侍女と結婚をする方法はあるのだろうか?」


「・・うーん、侍女とですか・・難しいでしょうね」


答えは知っていたが、やはり落胆してしまった。

聞くのではなかった・・・。





◇□ ◇□◇


落胆した俺を面白がっているテーゼが、皇帝陛下である俺の父と秘密裏に話しているのを知らなかった。



「どうした、テーゼ。何か良い事でもあったのか?」

思い出し笑いをしている宰相のテーゼを見て、皇帝陛下が尋ねた。


「いえいえ、なんでも・・・」

テーゼは少し考えて再び話す。


「そう言えばありました。ラインハルト殿下が、身分違いの恋に悩んでおいでです」


「身分違いとは、難儀だな。どこの娘だ?」


「マイヤー公爵家の娘ですよ」


「それのどこが身分違いなのだ? それならさっさと婚約させればよいではないか?」

皇帝陛下が訝しむ。


「愛は手に入れるのが難しければ難しいほど、燃えるんですよ。苦労して手に入れればその愛をより大切にするでしょう。だから、我々はもう少し見届ける時間が必要なのです」


言っている事はまともだが、テーゼにはこんなに楽しい事を終わらせたくないという私欲が多いに混ざっている。

なので、種明かしを暫くするつもりはない。


「何かよく分からないが、息子を頼んだぞ」


「御意」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ