01 超絶陰キャから令嬢へ
高校3年2組、西口その、17歳。
この高校生活の3年間、クラスの中で友達が出来なかった。
最後の夏こそは、海なんて言いません……せめて夏祭りに友達と出掛けたいと浅はかな夢を見ていたのだが、7月の終業式で夢は潰えた。
だって、未だにスマホのダインには誰一人お友達の登録がない。
そうです。私は超絶陰キャです。
いえ、陰キャでした。
と言うのもさっき気が付いたのですが、アルルーナ・マイヤー公爵令嬢、11歳に転生してました。
また、長い夏休みを一人で過ごすのかと思ってベッドで横になった筈なのに、なぜこんなに派手なお屋敷で生活しているの?
そうです! ずっと、幼い頃からこの派手な自分の顔立ちに違和感があったんです。
サラッサラのブロンド・ストレートヘヤーに紫の瞳。
鏡で自分の顔を見る度、一日に一度はびくってなってましたもの。
その理由が今日ではっきりしました。
前世の顔とかけ離れていたんですね。
だって、陰キャの私は、髪の毛を染めた事もなく、黒縁眼鏡。
風邪でもないのに、、マスクで顔を隠し、陽キャの人達が近付けば図書館に逃げる日々。
カースト最下層の自分が、何の因果でキラキラ女子代表のような母、カトリン・マイヤー公爵夫人と、イケイケ男子代表の父であるマクソンス公爵の間に生まれたのかしら?
見かけだけは綺麗な女の子……。ああ、居たたまれない……。
以前の姿に戻りたい。
引込み思案で人見知りの娘を心配したお母様が、私と同じ年頃の娘を集めてお茶会を開催すると言い出した。
前世を思い出したこの最悪のタイミングで……。
「ムリムリムリムリ、待って下さいお母様、本当にムリなんです」
なんとしてもお母様を止めないと。
キラキラ女子を前に固まってしまった前世が頭を駆け巡る。
心配事が起こると急にお腹がいたくなるの。
お茶会の最中にそんな事になったら、大好きな両親の汚名に繋がるわ。
うじうじ悩んでいる私を見れば、いつものお母様なら、『そんなに嫌がるのなら今回は諦めましょう』と中止にしてくれていたのに、今回のお母様の意気込みは、私の腹痛くらいでは、考え直してくれなかった。
「いつまでも、逃げてばかりではいけません。いつか貴女も結婚し、その家名を守る為には、情報のやり取りが大切なの。それに、必要な情報はいつでも答えられるように、アンテナを張っていないと社会から取り残されるのよ」
「だから」と念押ししてから、お母様は私の両手を強く握って「参加するのよ」と微笑んだ。
でも、その瞳は全然笑っていなかったです。
いつも優しいお母様からこんなに強要されるなんて……きっとどんなに頑張っても欠席は出来そうにないのよね?
仕方なく「参加します……」と頷いた日から、お母様の特訓が始まった。
優雅に見える所作の練習。
例えば相槌一つ取っても、私には猛特訓が必要だった。
「アルル、そんなに早く何回も頷いてはいけません!」
つい昔の癖で、ふんふんふんと早く首を上下してしまう。
「ゆっくり一回でいいのよ。それに、同意しにくい話の時には、頷かないで! 社交界で、うっかり頷くと貴女も同意していたと言われてしまうのよ。返事一つで身を滅ぼす事だってあるのよ!」
なななんて怖いところなんでしょう。幼くても11歳ならば、婚約だって当たり前にある世界。
頷いた為に結婚相手が決まってしまう事もあるのだ。
「えーっと……同意できない内容の時には『私はそうは思いません』って言えばいいのですか? それとも逃げた方がいいのでしょうか? やはり、気絶?」
恐ろしくなった私は早口で、お母様に正解を求めた。
「そんな時は何も言わず、小首を傾げるか、『そうなのですか?』と少し驚いた顔で返事を避けなさい」
おおー!
返事はしているが、返答はしていない。
「お母様! すごい技ですわ。それ、使います」
私の賛辞に少し、お母様の顔が和らぐ。
気を良くしたお母様に、話についていけない時の返事の極意を教わった。
「さ・し・す・せ・そ、です」
「なんですか? それ」
私はさっき習ったように首をグキッと傾けて尋ねた。
「ああ、違うわよ。傾け過ぎよ。それじゃ、まるでバカ見たいじゃない……」
お母様は額を指で押さえため息をつく。
私は首の角度の指摘を受けて、やり直しをさせられた。
「いい? 次の文を覚えて相手が言って欲しいだろうなと思う言葉をチョイスして使うのよ」
お母様に教えられた『さしすせそ』
さは『さすが』
しは『信じられない』『知らなかった』
すは『凄い』
せは『センスあります』
そは『そうなんですね』
「特に男性に対して使うと効果的なのよ。自尊心をくすぐる言葉が満載なのよ」
お母様が使うと、その威力は凄いと思います。
私はお父様とお母様の会話で、良く『あなた、さすがね。凄いわー』と言われたお父様がデレているのを見かけます。
あれはそういう事だったのですね。
練習をするために、お母様が執事のトーマスを呼んだ。
「トーマス、アルルに『さしすせそ』を教えたので、練習をさせたいの。練習相手になって頂戴」
トーマス・グレンは38歳。
公爵家のスプーンの一本まで管理しているトーマスは、駄目駄目な私を甘やかしてくれる一人である。
家族同然相手なら、上手くやれるわ。
私は意気込んだ。
「アルルーナお嬢様、私は馬術大会で優勝したことがあるのですよ」
「そうなの? 流石はトーマスだわ!!」
「完璧ですよ、お嬢様」
トーマスが親指を立てて『GOOD』を出してくれた。
私に激甘トーマスの簡単な問題では、上手に受け答えが出来て当然なのだ。
ある程度の合格点をお母様に頂いて、少し休憩できると思っていた私に、お母様は更に追加の訓練を私に課した。
私に隠れて、トーマスとお母様が何やらゴニョゴニョと耳打ちしている。
「奥様、今度のお茶会に皇太子殿下が急遽、参加される事になった事をお嬢様にお話しないのですか?」
「いいのよ。皇太子殿下がいらっしゃるなんて知ったら、絶対にあの子は逃げるもの。それよりも、今回殿下が参加すると言うのを聞き付けて、シリングス侯爵の娘も参加をねじ込んで来たのよ。そっちの方が心配だわ」
「ええ! あの12歳で我が儘放題で、親さえも手に負えないウルリーケ嬢が、来るのですか……お嬢様が苛められないか、心配です……」
お母様とトーマスの話し声は殆ど聞き取れなかったが、最後のウルリーケと言う名前はわかった。
私の侍女のパウラから、聞いた事を思い出した。
あまり悪口を言わないパウラが、熱弁していたので、覚えていたのです。
『シリングス侯爵のお嬢様で、お名前がウルリーケ様と仰るのですが、とても我が儘で次から次に侍女を首にするので有名なんです。それにお茶会で彼女と一緒の席に座ったご令嬢は最後には号泣しながら帰るので、ついたあだ名は『令嬢帰し』なんです。だから、アルルお嬢様も気をつけて下さいね』
パウラの真剣な眼差しと言葉が脳裏を駆ける。
私はぶるぶる震えだした。
「あら、アルル。どうしたの? 顔が真っ青じゃない」
お母様が私の異変に気がついてくれた。
私は涙目で訴える。
「そんなに怖い子が参加するなんて聞いてない……部屋から出たくないです」
「あら、聞いちゃった? でも、今回は、どうしてもアルルが頑張らないといけないの。トーマスと侍女達に間に入って貰って、ウルリーケ嬢をあなたの側にいかないようにして貰うから、大丈夫よ」
『ねっ』とトーマスにお母様が合図を送ると、それに合わせたようにトーマスも「絶対に『令嬢帰し』をお嬢様に近付けませんからご安心下さい」と力強く一回だけ頷く。
トーマスでさえ知っている『令嬢帰し』って、どんなに強烈なお嬢様なの……
怖いもの見たさってあるけど、絶対に私には近寄らないようにしてね。