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第九話 カサキヤ少年探偵団

「行方不明者が出たって?」


 翌日、食堂で朝食を食べているとネフェラからそんな物騒な話題を聞いた。


 ちなみにゲオルグは朝早くから用事があるらしく、食堂にいるのは僕と傍に控えていたネフェラだけだった。


「ええ、そうでございます。ここ数日リラヘール河を越えた向こうの村々で続出しているようでございますね」


「……ふぅん」 


 行方不明者……ね。まさかいくら異能があるからといって、神隠しだとでも言うんじゃないだろうな。


「おそらくは人さらいによる誘拐が原因でございましょうな」


「誘拐? 一体何のためにそんなことを……」


「単純でございますよ。奴隷として売り払っているのです」


「奴隷だって? たしか帝国法では奴隷は禁止だったはずだろう?」


 本で見た記憶を思い起こす。

 

 帝国が滅んでから百年以上経っているとはいえ、覇王が作った帝国立法は世界中の多くの国に影響を及ぼしている。(ちなみに異界から転生者を呼び出すことを禁止しているのもこの法律だ)


 帝国が規定したこの法律には、驚くべきことに僕たちの世界で言うところの『自由権』とほぼ同等の物が保証されている。


 そう、自由権とは十八世紀からの市民革命で成立した、国による理不尽な介入や弾圧をもなく自由に生きていける権利のことだ。

 

 覇王にどういう意図があったかは分からないが、この帝国法によって世界に一定の人権意識がもたらされたらしく、事実この法律の成立を機にそれまで存在していた奴隷制度は廃止されたのだ。


「単純な話であります。覇王が没したことで一部の国々で奴隷制度が復活したのでございますよ。無論、表向きは奴隷という名を呼称しておりませんがね」


「……なるほどね。そしてそんな連中が『人材』を欲しているってことか」


 需要があれば供給もある。

 反吐が出る話だが当然の理屈だ。


「我々クロムバッハ家も治世を預かる武門の者として、裏社会の人間たちを定期的に摘発しておりますが根本の解決には至ってはございません」


 つまりは警備の厳重な都市部ではなく、農園地帯が狙われてるということなのだろう。


「クロムバッハ家の別邸があるカサキヤ村には奴隷商人たちはやってこないでございましょうが、坊ちゃまも外出の際はくれぐれもお気を付けください」


「分かったよ。奴隷商人に捕まって身代金を請求されてもゲオルグさんが困るだろうしね。ははっ、知らない大人にはついて行かないようにするよ」


 だがしかし、僕はふと思った。


 ──()()()使()()()()


「お坊ちゃま、どうやら来客のようでございます」


「来客?」


 ネフェラの視線は食堂の窓の先だった。


 僕も立ち上がって窓の向こうを見ると……


「――あれはガルたちか」


 そこにいたのはクロムバッハ邸の入り口──鉄扉のところでメイド姿のノアと楽しげに談笑している三人の少年少女たちだった。

 言わずもがな昨日知り合ったガル、エーカ、アリエッタだ。


「お坊ちゃま、きっと昨日のお礼に来たのではございませんか?」


「かもね。ちょっと様子を見てくるよ。ネフェラ、お茶の用意をしておいてくれるかな」


 僕は手早く朝食を片付けて、クロムバッハ邸の玄関ホールに向かった。



 *****



「あっ、アインス兄ちゃん!」


 玄関ホールに着くとすでにそこにはガルたちがいた。ガルが僕を見るなり嬉しそうに手を振る。


「ねぇ、アタイたちも屋敷に入って本当に大丈夫なの? 無礼罪とかで切り捨て御免されない? 平気?」


 貴族の屋敷に初めて入ったせいなのか、エーカがおっかなびっくりに家の中をきょろきょろと見ていた。活動的な栗色のショートカットが不安げに揺れ動く。


「エーちゃん……無礼罪なんてないから安心して、ね?」


 丸眼鏡に右手に分厚い本を抱えたアリエッタが、どうどうと親友を宥めていた。


「やぁいらっしゃい。三人とも今日はどうしたんだい?」


「はうっ……」


 僕が挨拶すると何故かエーカの顔が唐突に真っ赤になり、ガルの後ろに隠れた。


「おい、エーカなんでオレの後ろに隠れるんだよっ」


「あの……その、昨日のお礼で、アッティルト作ったので、よかったら食べてください……」


 エーカがガルの肩越しからおずおずと遠慮がち言ってきた。


 アッティルトだって?


 三人の後ろの見るとノアが抱えるほどの大きさのカゴを持っていた。カゴの上に布が掛かっており、香ばしい匂いがこちらに漂ってくる。


「アイ君、ほらほらこれ見て! 焼き立てのアッティルトだよ! たくさん! うへへ、良い匂い」


 カゴを持つノアの顔がこれ以上ないくらいにやけている。

 ……もしかして好物なのだろうか?


「アインス兄ちゃん、オレたち三人で作ったんだぜ! 食べてくれよ!」


「ガル! アンタはただ黙って見てただけでしょ!」


「んだとっ!? パイ生地を混ぜるの手伝ったし、最後にオーブンで焼いたのオレだぞ!」


「それが黙って見てたっていってんのよ、馬鹿ガル!」


「何だと!」


「何よ!」


 まるで子犬同士の喧嘩のような取っ組み合いを始めるガルとエーカ。


 アリエッタがそんな二人を見ながらため息を付き、僕に対して一歩前に進む。


「アインス様、私たち子供三人で作ったものだから、不恰好でお口に合わないかもしれないですけど、良かったら召し上がってください」


 肩に手を当てながら頭を下げる貴族式の礼儀作法だった。


 へぇ、驚いたな。アリエッタは異世界に来たばかりの僕よりもよっぽど礼儀に詳しそうだ。


「まさか。口に合わないなんてことはないさ。……それと僕に対して敬称は必要ないからアインスと呼んでくれると嬉しいな」


 僕が言うと何故かエーカがまた「はうっ」と唸って赤くなる。


「うふふ、ありがとうございます。それじゃあアインスお兄さんって呼ばせてもらいますね」


「……えっと、えっと、アタイはアインスにぃって呼んでもいいかな……」


「ああ、勿論だよ。……っと、そうだ、丁度ネフェラにお茶の用意をお願いしていたんだ。ちょうど良いことだし、みんなでお茶にしようか」



 *****



「わぁ、凄い本の数っ!」


 屋敷案内の道すがらアリエッタと雑談していると、彼女が読書家ということが発覚した。なのでクロムバッハ邸の応接間ではなく、図書室をお茶会の場所にすることにした。


「うへぇ、オレ、本嫌い」


「ガルと同意見、アタイもあんまり好きじゃないかなぁ」


 苦虫を噛み潰したようなガルとエーカだったが、そんな二人に尻目にアリエッタが図書室の中を嬉しそうに駆け回る。


「凄い凄い! ディミトリ・マッキネンの帝国編纂史に、ギルバード・ウィスパーの覇王伝記も! こんなに貴重な本が沢山あるなんて!」


 アリエッタがまるでオモチャを買い与えられた子供のように目を輝かせている。内向的で大人しそうな風貌だが、なかなかどうして知識探求家らしい。


「前から気になっていたんだけど、アリエッタちゃんが持っているその本は一体どういう物なんだい?」


 自然と僕の視線はアリエッタがいつも持っている事典のような大きさの本に向けられていた。


「あ、これですか? これは百科事典……亡くなった父の遺品なんです」


「遺品?」


「はい、父は様々な国を旅する行商人だったんですが、一年前に盗賊の集団に襲われてしまって……」


 言いつつもアリエッタの言葉に少しだけ影が宿る。


「すまないアリエッタちゃん、それは悪いことを思い出させてしまったね」


「……い、いえ、とんでもありません。賊はクロムバッハ様たちに討伐されましたから。……あの時はいっぱい泣いてしまったけど、今は友達もいるし気にしていません」


 アリエッタは僕に本を見せながら昔を懐かしむように笑った。


「知識は力であり、力とは可能性だ。ふふっ、お父さん……父がよく口にしていたことなんですよ。この本を持っているとその言葉を思い出せるんです」


 力と可能性か。

 中々含蓄のある言葉だな。


「立派な人だったんだね。……そうだ、よかったらここにある本を好きなだけ持っていくといいよ。まあ僕の所有物じゃないからあげる事は出来ないけど、貸すならいくらでも出来るから」


「本当ですか、アインスお兄さん!? やったぁ!」


 アリエッタが嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる。

 ふと会話に入ってこなかったガルとエーカを見ると、部屋の片隅にいた。近くの本を開いてはうんうんと唸っていた。


「ねーガル、この本に書いてある文字読める?」


「馬鹿にすんなよ! 読めるに決まってるだろ! ……半分ぐらいだけど」 


「やっほー、お茶を持ってきたよー」


 図書室の扉が開き、トレイを持ったノアが入室してきた。トレイの上にはお茶のポッドとカップ、大皿に山盛りに積まれたアッティルトがあった。


「…………」


 ノアがトレイをテーブルに置くと意味深にこちらをチラチラと見てくる。


 すぐに察しが付いた。トレイの上にはカップが五つある。 


「分かったよ。ノア、君もお茶会に参加していいよ」


 ネフェラがいたら『侍女たる者が使えるべき主人に、何のもてなしもせずに同席するなど言語道断でございます』と言いそうだが、貴族でも何でもない僕としては傍に控えられるよりも一緒にお茶してもらった方が気が休まる。もっともノアが示さずとも僕の方から言うつもりではあったが。


「やた! 流石アイ君、話がわかるぅ!」


 ノアが喜色満面で飛びついてくる。

 僕は紙一重で避けた。


「……あいてっ! もうアイ君、なんでお姉さんの愛情を込めたふれ合いを避けるのよぉ」


 何となく分かってきたがノアはスキンシップが過剰すぎる。外見年齢が年下の僕に対して、大人ぶりたいだけかもしれないが。



 *****



「へぇ、アインスにぃって最近カサキヤ村に来たばかりなんだ。アタイ、ずっと何年も前から村にいるんだと思ってたよ」


「馬鹿だなぁ、エーカは。アインス兄ちゃんみたいな人が前からいたらオレらみたいな小さな村じゃあっという間に噂になってるぜ」


 図書室のお茶会は三十分ほどの時間が経過していた。


 すぐに話題が無くなるかと思っていたが、好奇心旺盛な少年少女たちの質問は尽きない。


「うーん、アッティルト美味しいよぉ」


「ふふっ、ノアお姉さん、沢山食べてくださいね」


 一方ノアといえば、ひたすらにアッティルトを食べ続けていた。


 アリエッタは嬉しそうに切り分けたアッティルトをノアの皿に乗せていく。


「そういえばアインス兄ちゃんにお願いあってさ」

 

 会話の中でガルが改まった様子で僕に向き直った。


「アインス兄ちゃんみたいな頼れる人に、オレたちの『()()』になって欲しいんだ」


「──は?」


 今、この異世界では聞くはずのない単語、いや聞いてはいけない言葉が聞こえたような気がした。


「……聞き間違いだったら悪いんだけど、今探偵って言わなかったかい?」


「おうさ。オレたち三人は『カサキヤ少年探偵団』なんだぜ!」


「はあ、よく言うね、ガル。こんな田舎に『探偵局』なんてないんだから、アタイたちが勝手に自称してるだけじゃないか」


 ……何だと、探偵局だって?


 僕のこちらの世界での言語認識能力が狂ったのだと思いたいが、ガルもエーカも当たり前のように探偵という概念を口にする。


「……ねぇノア、探偵っていうのはどういう存在なんだい?」


「あれ? アイ君知らないの?」


 アッティルトを食べながら意外そうな顔をするノア。

 知っているか知らないかで言えば、嫌というほど知ってはいる。知りたくもないが。


「探偵っていうのはね、帝国草創期の作家、エリック・ディテクティブの小説から生まれた存在なんだよ。……って、どうしたのアイ君、いきなり頭を抱えて」


 探偵(ディテクティブ)だと?

 それは英語で刑事や探偵を意味する言葉だ。

 この世界には英語という概念は存在しない。だから、ただ発音が似ていると可能性もあるが……。

 だがその偶然の可能性は少ないだろう。


「……随分と変わった姓だね。そのディテクティブって名前」


「ん? たしかにそうかもねぇ? わたしもあんまり聞いたことないかな」


 そいつは間違いなく転生者だ。

 帝国草創期ならば四百年ぐらい前の人物か。薄々想定していたことだが、この世界には僕以外の転生者が存在しているようだ。いや、もしかして、帝国成立時には転生者が多数存在していたからこそ、覇王は異界転生を極刑に定めたのだろうか。


 待てよ、何か違和感が……。

 何か些細な見落としをしているような気がする。


「それでその作家が生み出した探偵とやらはどうなったんだい?」


 まあいい、今はノアに話を聞くとしよう。


「うんとね。エリックの小説は帝都も含めて世界中で大人気になったんだけど、今度は世間の人たちが続々と探偵の真似事をして自警活動をし始めたの」


「自警活動?」


「うん、殺人や暴行を検挙したり、犯罪組織の不正を暴いたりだね。

 当時は一種の一大流行のような感じだったみたい。普通だったら過剰な自警活動は帝国が規制するところなんだろうけど、覇王様は逆に『探偵局』っていう治安維持組織を設立したの」


 なるほど、つまりは探偵という流行を利用して、警察のような物を作り出したのか。

 一から作るより圧倒的にローコスト、しかも民意でもあるのだ。上手いやり方だ。


「今では帝国は崩壊してしまったけど、探偵局自体は残っているんだよ。帝国法で保証された特別権限で各国に支部を作って治安維持活動をしているんだ。ユニゼラルにも支部があるんだよ」


 僕の世界で言うところの連邦捜査官(FBI)のような物だろうか。

 

「なるほどね、よく分かったよ、ノア。それで『少年探偵団』っていうのは?」


「探偵局が一時的に雇う密偵みたいな物かな。探偵局は、都市部で犯罪捜査する際に、犯罪事情と土地勘の優れた貧民街の子供たちを雇うことをあるの。まあそれも結局エリックの小説に出てくる登場人物たちが元なんだけどね」


 たしかシャーロックホームズでベイカー街遊撃隊というのがあったな。

 エリックという作家はそれを真似したのか?


「それじゃあガル君たちはそれを真似しているんだね」


 僕が言うとガルは嬉しそうに頷いた。


「そうだぜ。極悪人の奴隷商人たちをオレたちが見付けてとっちめてやるんだ! オレたち正義のカサキヤ少年探偵団がな!」


 なるほどね、つまりは子供のごっこ遊びということなのだろう。


「……もうガーちゃんったら、あまり危ないことするのは駄目だよ」


「分かってるってば、アリエッタ。だからアインス兄ちゃんみたいな立派な人が、オレたちに加わってくれれば安心だろ」


 はわはわと心配そうなアリエッタとは対照的にガルは自信満々だ。


 僕は考える。

 さてどうするべき。


「……そうだね。僕としても危ないことをさせるつもりはないけれど、良かったら君たちの探偵団に加えさせてもらってもいいかな」


「アインス兄ちゃん、ほんとか!? やったぜ」


「代わりといっては何だけどカサキヤ村を案内してくれると助かるよ。ここに来てから日が浅いから右も左も分からなくてね」


 今後の僕の計画を考えると彼らと一緒に行動するメリットは大きい。

 それに一人で村を徘徊するよりも、同じ年代の少年少女と行動を共にした方が目立たない可能性が高いだろう。 


 くくっ、しかし子供のごっこ遊びとは僕が探偵か。世も末だな。


「あー良いなぁ、わたしも仲間に入れてよぉ」


 ノアが羨ましそうに僕とガルを見る。


「おう、勿論だぜ、ノア姉ちゃんも入ってくれよ!」


「わぁーい、やたぁ!」


 ノアとガルがハイタッチする。


 こうして僕とノアはガルたちの少年探偵団に入団することになった。



 *****



「望遠鏡?」


 図書室でのお茶会が終わりガルたちが帰った後、僕はノアにそう聞いた。


「ああ、ちょっと望遠鏡を使って辺りを散策したくてね」


 ちなみに望遠鏡という存在がこの世界にもあるというのはネフェラに聞いて確認済みだ。


「遠眼鏡かぁ、うーん、たしかクロムバッハ様の武器庫に置いてあったかも」


 ノアが顎に手を当てながら考え込む。


「ああ、それと昼は外で済ませるつもりだからネフェラに軽食でも用意してくれるようにお願い出来るかな?」


「了解だよ。侍女長に言っておくね。アイ君一人で外に出て大丈夫? わたしも一緒に付いてく?」


「ははっ、ここら辺を散歩するだけだから一人でも平気だよ」


「むぅ、残念、アイ君にくっ付けばサボる口実ができたのに」


 さて、そろそろ計画を始める頃合いだ。


 僕の薄暗く醜い衝動、それを歓喜で満たすために。

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