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1級生と4級生

 王立高等学校の巨大な正門を抜けて、真正面に進むと豪華なシャンデリアの照らすエントランスにたどり着く。そこから更に進んで2階へと続く階段を上り切ると、手前にはカフェテリアが、奥には広いテラスが見える。そこでは1級生や2級生が日頃の疲れを癒したり、サロンを開いたりしており、連日多くの学生で賑わっている。

 ヨウは(たもと)時計で時間を確認した。そして、2階へと続く階段を上ろうとした。階段には真っ赤な絨毯(じゅうたん)()かれ、その柔らかな感触は彼の不格好な靴底からもしっかりと感じられた。その絨毯のはじっこを歩いていると、大きな剣を腰に携えた傭兵から通行証を見せるようにと止められた。ここから先は、2級生以上の生徒と許可された一部の生徒しか入れない場所であり、24時間雇われ傭兵が目を光らせている。ヨウはポケットから慣れた手つきで通行証を取りだして2階へと上った。ヨウは視線をやや下に向けながらテラス席に座っている生徒たちの顔を確認した。そして、暖かい光の当たる席で紅茶を(たしな)む1人の男子生徒と2人の女子生徒を見つけた。ゆっくりと近づき、声をかける。


「どうも。お久しぶりです」


 ヨウは腰を落としながら、視線を低くして3人に挨拶をした。


「やぁ、久しぶり。元気だった?」


「はい。お陰さまで」


「そんな(かしこ)まんなくていいよ。楽にして」


「ありがとうございます。エドランさまもお元気そうで」


 エドランと呼ばれた男子生徒はヨウの肩に手をおいて優しく微笑んだ。少し癖のある金髪が風に(なび)いている。その髪の隙間から覗く慧眼(けいがん)には、ヨウと同い年とは思えない貫禄(かんろく)が滲み出ていた。


「君には面倒なことをお願いしてしまったね」


「いえ、とんでもございません。これを」


 少年は袂から紫色の包みを取り出してエドランに手渡した。隣にいた女子生徒2人が興味深そうに視線を寄せる。


「なんですの? それ」


「ジュリアの好きなものだよ」


「私の好きなもの? 魔鉱石かしら」


「正解」


「あら、私へのプレゼント?」


 上品な物言いで頬杖をつく女生徒はジュリア。高そうな服と魔鉱石(まこうせき)の指輪をはめている。ヨウは口を閉じながら彼女の言動に注意しつつ、視線と腰を低く落としたままじっとした。ヨウはジュリアから言葉遣いや振る舞いについてよく注意されていたので、彼女のことが苦手だった。


「ジュリアじゃなくて私かもよ?」


「アデーレに魔鉱石は似合わないわ」


 一方で、ニコニコしながらヨウの顔を眺めている生徒はアデーレ。彼女はまるで飼い犬のようになつっこい性格だった。彼女はヨウを見かけたら呼び止めて、世間話や魔法の話題をよく振った。エドランとジュリアは貴族の出自であるが、アデーレは商家出身である。身分的には近しいが、1級生と4級生の隔たりを意識してしまうヨウにとって、気安くされるのも嫌だった。ヨウはテラス席にこの二人の女生徒が座っているのを確かめた時、静かにため息を吐いた。今では早くこの場から立ち去ってしまいたかった。


「残念。これは僕の研究に必要なものなんだ」


「エドラン、早く開けて見せてよ」


「アデーレも気になるかい?」


「もちろん、あのエドランさまの研究にお使いになるのですから、さぞかしすごーいものなんだよね?」


「光魔法を作ろうと思うんだ」


「あらら、予想の斜め上だな。それは」


「そんなこと可能なのかしら? 光魔法は大賢者アウグストラの固有魔法。500年以上、誰も発展させられなかったものを、あなたがやろうと言うの?」


「ああ。やるよ。そのために、これが必要なんだ」


 不敵な笑みを浮かべながら、エドランは包みを払って中から現れた箱の蓋を開けた。そこには怪しく光る不格好な形をした石があった。


「これがあなたの研究に必要なものなの? 何かしらのオーラは感じますけど」


「ああ、これは時代の記憶、タイムログの一つだ」


「た、タイムログですって!」


 驚いたジュリアは思わずテーブルを叩いて立ち上がった。


「あなた、そんなものどうやって……学生の身分で扱えるものではありませんわ」


「あはは。これはそんな大したものではないよ。専門家が言うには、アウグストラの愛弟子、ユーゴーが人工的に作った鉱石らしい。この度、ウェルサー家の領地から古い資料とともに出土したんだ。それを父から聞いて、是非研究に使わせてもらおうかなって」


「呆れましたわ。そんなものを学園に持ち込んでしまうなんて……」


「エドランらしいけどね」


 三人が和気あいあいと話している隅で、ヨウは窮屈そうに腰を屈めたままだった。それに気づいたエドランは「今日はありがとう。もう戻っていいよ」とヨウの襟元に布袋を静かに忍ばせた。


「はい。では、失礼します」


 ヨウは心情を悟られないように、ゆっくりと落ち着いた動作で深々と礼をしたが、立ち去ったあとの足取りが徐々に早まっていくのをジュリアは見逃さなかった。

 

「あの子は染まらないわね。だから農民は嫌なのよ」


「そんなこと言ってぇ、彼のことが心配なんだよね。ジュリアは」


 アデーレは上目遣いでジュリアの顔を覗き混んだ。挑発的な物言いにジュリアは眉間にシワを寄せた。


「アデーレ、あなたに限ってはもう何も言わないわ。これまでの無礼に対して散々注意してきましたのに、何一つ聞き入れることはありませんでしたから」


「あはは」


「それより――」


 ジュリアはエドランの瞳を覗いて


「あなた、何を考えていますの」


 彼女は語気(ごき)を荒げていたので、エドランは(とぼ)けずに言った。


「彼のことを信用しているんだ」


「ふざけないで。そんな危険なものを彼に運ばせるだなんて。知ってますわよね? 過去にタイムログを巡って戦争が起こってしまったことを。それが実際にどれだけの価値があるか鑑定しなければ分かりませんけど、タイムログと名がつけば盗人が(よだれ)を垂らしながら襲って来ますわよ」


「もちろん承知していたさ。だから情報が漏れないように特別の注意を払ったよ。それに誰も考えないだろ? 農民の子にタイムログを持たせるなんて」


「あなたって人は……もしも彼の心に魔が差したら?」


「ヨウはそんなに馬鹿じゃないよ」


「随分と彼のことを高く買ってますのね。さっきの布袋にいったいいくらのお金が入っていたのかしら?」


「僕は彼のことをサーバントの中で一番信用しているんだ。その信用に見合う謝礼は払わないとね」


「信用……ですの」


 ため息をつくジュリアの横でアデーレが尋ねる。


「ずっと気になってたけど、彼を1級生のサーバントに指名したの、エドランでしょ? ヨウはとても良く働いてくれるけど、農民の子をサーヴァントにしようなんてよく考えたよね。どうして彼を選んだの? 君が言うならってみんな賛成してくれてたけど」


「期待していたんだ。いや、今もまだ彼のことを期待している」


「期待?」


「この学校に入学して間もなくして、農民がいるって情報が流れただろ?」


「ええ、王立高等学校設立以来初めての農民でしたもの。2名いましたね。彼と2級生のエミリ。才能があったのは2級生のエミリの方でしたけど」


「エミリは豪農の子だ。お金もそこらの商家よりよほど蓄えているはずだよ。実際に彼女は小さい頃から有能な魔導師を家庭教師に雇っている。英才教育を受けてきたんだ」


「詳しいのね」


「そりゃ興味があったからね。農民が入学したって情報を聞いた時、すぐに直接会いに行って話を聞いたんだ」


「へぇ、それじゃヨウにも会いに行ったのかな?」


「もちろん。それ以来、僕は彼のことが気になって仕方がなかったんだ。だから、1級生のサーバントに欠員が出た時、彼を指名したんだ」


「彼の何に期待しているって言うの?」


「彼はね、アルバート出身なんだ」


「アルバート? それってあなたの――」


「そう。僕の家の領地だよ。彼はウェルサー家の領民なのさ」


「だから期待しているって?」


「違う、そうじゃない。アルバートには小さい頃に行ったことがあるのさ。それはもう遠くて遠くてすごく退屈した覚えがある。汽車のレールもまともに敷かれていないから、馬車で1日以上移動したこともあったな。その時のことで、鮮明に記憶に残っていることがあるんだ。僕らに宿を貸した主人から村の伝承について話を聞いていたんだ。僕は自由研究で土着的な神や信仰と魔法の関わりについて学んでいたから、彼に僕の研究資料を見てもらおうと思ったんだけど、彼は首を横に振って謝ったんだ。私には文字が読めないってね。アルバート地方ははるか昔から延々と農業が営まれていた。産業的魔術革命が起こったあとも、アルバートでは伝統的な農業が続けられていた。風土的に新しい風を嫌っていたんだ。そこでは教育という観念が壊滅的で村人のほとんどが文盲(ぶんもう)だったのさ。僕は大人でも文字が読めない人がいるんだって知ってすごく驚いたよ。彼はそんな田舎の森の奥深くにある果樹園で生まれたんだ。もう分かるだろ? そんな地域で生まれた彼がどうやって魔法という超高度な知識や技術を勉強することができたんだ?」


「それは……どうしてかしら? 確かに変な話ね」


「ああ、だから気になって、ヨウに話を聞いてみたんだ。どこで魔法を勉強したんだって。そしたら、彼の両親がヨウに魔法の才能があると思ってトリアムの家庭教師を雇ったって言ったんだ」


「それも妙な話だね」


「そうなんだ。魔法の魔の字も知らない農民の親がどうして子の才能を見抜くって言うんだ。彼に問い詰めても、実際にそうだったからそれ以外に言いようがないっていうのさ。だから、僕はちょっと悪いなって思ったんだけど、イルザに――」


 イルザという名前が出た瞬間、ジュリアは天を仰いで(なげ)いた。暖かな日差しが彼女の堀深い顔から影を奪った。


「ああ、神よ。愚かな友人をお許しください」


「そこまでしなくたっていいだろ」


「呆れましたわ。彼女の魔眼の力を借りましたのね。そんな嘘発見器みたいに使うための第六感(シックス・センス)ではありませんのよ。イルザの力は――」


「まぁまぁ、今回だけってことで。で、実際に見てもらったら、彼は嘘をついていないみたいなんだ。もうここまでくると僕は気が気ではいられない。彼のことが頭から離れなくなってしまったんだ。この謎を明かすまでは絶対に諦めないってね」


 アデーレは手を叩きながら笑った。陽気な声がテラスに響く。


「エドランは一途だね。そこまでいくと病気だけど」


「あはは。それは誉め言葉かな?」


「で、続きは?」


「やっぱり二人も気になるかい?」


「もう、もったいぶんないで教えてよ」


 二人の鋭い視線にエドランは満足そうに頷いた。


「分かった。分かった。それで、ヨウはトリアムの家庭教師を雇ったって言っただろ? だから探したんだ。その家庭教師を。アルバートに家庭教師として雇われた者なんて人類史上その1人だけに違いないからすぐに見つかったよ。彼はヨハンという名の中年の魔導師だった。彼は当時の話を鮮明に覚えているって言ってたよ。それもそうだ。田舎の森の奥深くに住む農民に魔法を教えるなんて経験、そうあるはずないからね。僕は彼から聞き出せることは全部聞いた。ヨハンはヨウが7歳の頃に雇われて、2ヶ月だけ彼に魔法と読み書きを教えたんだ。もう既におかしいだろ? 2ヶ月という短い期間でしかヨウは彼から魔法を学んでいないんだ。更にもっとおかしなことがある。ヨハンはヨウに魔法を教える前から、ヨウは魔法を使えていたって言うんだ。でもそれまでにヨウに魔法を教えた者なんていない。両親に問い詰めても何も知らない様子だったらしい。ただ、教えてもいない魔法を使えたのなら、子どもに才能があると思った親の考えは分かる」


 ジュリアは口もとに指を寄せて、ふと浮かんだワードを声に出した。


第六感(シックス・センス)……でも」


 そして、自らの言葉を疑うように口を手でおおった。


「そう。誰も嘘は吐いていない。となると、答えは第六感(シックス・センス)しかない。幼かった頃のヨウは、自覚のないうちに魔法を使っていたと考えるのが妥当だと僕は思ったんだ。今の彼はそれを周囲に隠しているようだけど」


「なぜかしら」


「それは分からない」


 ジュリアは目を閉じて一瞬考え込んだが、小さなため息を放ったあと席を立った。


「まぁ、いいわ。どうして第六感(シックス・センス)を隠しているのかはわかりませんけど、謎が解けたら大した話でもありませんでしたわね。私はこれで失礼するわ」


「私も」


 ジュリアに続いてアデーレも委員会があるからと席を外して校舎の中へと姿を消した。エドランは(しばら)くテーブルについたまま、ヨウのことをまだ考えていた。そして、ヨハンの言葉を思い返した。ヨウが王立高等学校に入学したと聞いて、誰よりも驚いていたのは彼だった。ヨハンは2ヶ月という短い期間でしか魔法をヨウに教えていない。その2ヶ月の手応えは決して良いものではなかった。金銭的な限界があったため、2ヶ月しか教えられなかったヨハンは、熱心な両親への置き土産として彼がかつて使っていた魔術の教科書を渡した。ヨウはその教科書だけを便りに勉強をして王立高等学校に入学した。話を聞くに、ヨウに渡されたものは特段優れた教材でもなかった。小さい頃から優秀な家庭教師をお抱えで雇い、()がな(すき)がな魔術の勉強に明け暮れても王立高等学校へ入れる学生はわずかである。それほどに狭い門をヨウはほぼ独学で入学している。その事実とアルバートの事情を知るエドランは、ヨウを見ると一種の恐れに似た感情に打たれることがある。一方で、彼の今の実力は4級が相応であり、彼の顔に現れる自信の無さを見ると狐につままれたような気持ちにもなる。ヨウを取り巻くこの不思議なベールがエドランに奇妙な期待を抱かせていた。


「はぁ……普通じゃないな」


 エドランはぼそっと呟いて、魔鉱石を懐にしまった。そして、麗らかな春日を手で遮りながら、薄暗い校舎へ入っていった。

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