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将来

「ただいま」


 ヨウはコルトバたちと別れ、宿舎に帰ってきた。その頃は太陽も傾いて、窓から差す光だけでは薄暗かった。そんな暗い部屋の隅っこで、大きな魔術書を開いて勉強するギンの姿があった。


「おかえり」


 ギンはそうとだけ答えて、ヨウの方を見ずに魔術書を真剣に眺め続けた。ヨウは一旦ベッドの上に腰をかけて親友の背中をしばらく見つめた。そしておもむろに腰を上げて暖炉に枯れ木を投げ入れた。


杳々(ようよう)たる陰、燦々(さんさん)群がる夜気(やき)の灯火、そこにつくばう蝶の果て、命を()()ファイアーロック」


 しばらくするとパキパキと枯れ枝から音が鳴った。そして、白い煙が上がる頃になってギンが思い出したように声を出した。


「あ、ヨウ。今、第六感(シックス・センス)使ったでしょ」


「ん? うん」


「この前は命を()()せだったのに、今回は()()だった。詠唱した振りをしたんだね」


 ギンは魔術書を眺めるのをやめて、ヨウの方へと体を向けた。


「ヨウは素晴らしい才能を持っているのにどうしてもっと頑張ろうとしないの?」


「才能なんて言えるほどのものじゃないよ。前にも説明したけど、この力はなんの役にもたってくれないんだ」


「普通、自分の中にある魔力しか使えないのに、ヨウは外にある魔力を使える。確かに使える魔法は低級かもしれないが、すごい才能だと思うよ。それに、空気の中を流れる魔力を感じとることができることも、すごいことだと思うし」


「外にある魔力を感じとることができてもさ、じゃあ何ができるって言われたら、何もできないんだよ。全然実用的じゃない。俺の成績にもなんの寄与(きよ)もしてくれない。外にある魔力を使ったところで枯れ枝に火を点けるくらいのことしかできない」


「まぁ、そうかもしれないけど」


「同じ第六感(シックス・センス)なら、魔眼の方がずっと良かったな。まぁ、いいさ、こんなこと言ってもどうにもならない」


 ヨウは暖炉からしっかりと火が上がっているのを確かめてから改めてベッドの上に腰をかけた。そして、目を(つむ)ってうっすらと空気に混じる魔力の流れを感じとった。幼い頃、ヨウはこれが自分にしか備わっていない才能だと知った時、大いに喜んだが、これが全く使いものにならないことを悟ってから、ギン以外に打ち明けようとは思わなかった。というのも、人間の外にある魔力というのはとても希薄であり、都会はそれが顕著だった。森や山など、自然豊かなところでは濃い魔力が空気と渾然(こんぜん)として溢れていることも珍しくなかった。一方、都会に漂う魔力は、あるかないか分からないくらいに薄く、それを使ったとしても蝋燭(ろうそく)や枯れ枝に火を放つ程度のことしかできなかった。ど田舎(いなか)であればもっとマシな魔法を使えたので、ヨウはこれを特別で強力な特技と思い、(しか)るべき時に披露(ひろう)しようと考えて親にさえ話さずに秘匿(ひとく)し続けてきた。しかし、王立高等学校に入学し、先の事情に加えて、自分よりもはるかに優れた才能を持つ者がたくさんいると知って少年はすっかり自信を無くしてしまったのであった。


「俺にも才能があったらな」


「ヨウ、時々僕だってそう思うことがあるよ。でも、努力と発想だけは僕らにも許されている」


「俺の目から見たらギンには才能があるんだけどな」


「僕のことを一番側で見てきた男の言うことか?」


「あはは、そうだった。ギンがめちゃくちゃ努力してきたのは俺が一番知っている」


 小さなため息を放って、ヨウは遠い目を天井に向けた。ヨウは、魔法を知らぬ人々よりもはるかに高度な教育を受けている。街に出れば羨望(せんぼう)の眼差しで見られ、特別扱いされる。それはヨウの自尊心に重要な影響力を持っていた。しかし、学校の成績は下の下であり、ヒエラルキーでは底辺にいる。陰では田舎出身であることを揶揄(やゆ)され、つまらないイタズラを受けたこともあった。この二つを経験する彼の胸中には複雑な想いがいつも(くすぶ)っていた。本当はもう学校を辞めたかった。しかし、辞めたらもう誰からも誉められなくなってしまう。また田舎の農家の息子に戻ってしまうし、両親は大変残念がる。あと3年間、我慢すればいい。そうすれば、その後の人生が約束される。バカにしてくるクラスメイトの視線もない。しかし


「あと3年は長いなぁ」


 思わず独り言のように呟いたルームメイトにギンは困った顔をした。


「ヨウ、僕は心配だよ。親友がそんなメンタルじゃ、集中して勉強できやしない」


「大丈夫。大丈夫」


「大丈夫じゃない。ヨウはもう自分を見限っている。自分の可能性を信じないで、周りばっかり気にして、すごい人と比べてやる気を無くして。ここに来たばっかりのこと覚えている? ヨウは僕に言った。天使になるって。あの時の君はどこに行ってしまったんだ」


「世間知らずの田舎もんだから、あの時、俺は本気でそう思ってしまったんだよ」


 ギンはまともに取り合わない彼に下唇を噛んだ。そして一瞬ためらったが、ヨウが嫌いな話題を振った。


「ヨウ、もう一級生の小間使い(サーヴァント)は止めるんだ」


「またその話か。別に大丈夫だって。免除された講義以外はちゃんと出ているし」


「ヨウはもうそんなこと言ってらんないくらい来年の進級が厳しい状況にあると僕は思っているよ。だから、一級生の腰巾着はやめて、自分の人生に集中するんだ」


 ヨウは返事をせず、ギンに背中を向けた。ギンはそれを叱責(しっせき)しようとしたが「もう知らないからね」と言って手もとにあった蝋燭に火を灯して勉強を再開した。ヨウは布団の上で丸くなりながら、ページをめくる音を聞くともなしに聞いていた。そして「……自分の人生か」と、ギンに聞こえないくらいの声で、親友の言葉を繰り返した。自分の人生という言葉は都会人特有の考え方であるとヨウは思っていた。ヨウのように田舎で農家として生まれた者は、ほぼ間違いなく農家になる。(かえる)の子が蛙であるように、それは一つの自然の営みであった。農民は家族単位で構成され、子は働き手しての役割を当たり前のように担う。農民の親子は互助関係を築いて互いの人生を生きてきた。農村では村が単位となって、時に血の繋がらない人の人生を背負うことさえあった。それが当たり前の世界で生きてきたヨウにとって、自分の人生という言葉は夢物語のようにさえ響くのである。天使になるという目標を早々に諦めたヨウは、学校を卒業して魔導師になったあとの生活がうまく想像できなかった。そんな彼にとって、自分の人生という言葉を勉強のモチベーションに持っていくことがうまくできなかった。


「俺は何を(かて)として生きればいいんだろう」


ヨウはため息混じりに呟きながら、壁にゆらめくギンの影を眠くなるまで眺め続けた。

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