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約束

読んでいただいてありがとうございます。

 約束通り、ヨウと不真面目な級友たちは開校式後に街へ出た。コルトバは「おいしいリゾットを出す店があるんだ」と言って、街に沿って流れるレイン川の見える店へ、ヨウとラベッツを案内した。店内に入ると、少年たちを見た店員が丁寧な口調で彼らを2階へ通した。レイン川の良く見える一等席である。


「レイン川はトリアムの象徴だが、かつてここは死体を流すための川だったんだ」


 席につくなりコルトバがそんなことを言った。ラベッツが「なんだよ急に」と(いぶか)しむと


「いや、今日は終戦日だろ? 前に親父が言っていたことをふと思い出しんだ。意外と知られていない大切な歴史だってな。だから、お前たちにも教えといてやろうと思って」


「いつの話なんだ?」


九国(きゅうこく)時代の話だ」


「それじゃあハイツ王国建国以前の話だな。そんな昔話は興味ない」


 ラベッツはコルトバが単に自分の知識を披露(ひろう)したいだけだと考えたが、ヨウの目にはそうは映らなかった。コルトバは魔術の学習に不真面目ではあるが、倫理的な教養については父親から厳しい教育を受けていたため、時おり真剣な眼差しで社会や歴史を語ることがある。コルトバは話がうまいため、ヨウは彼から真面目な話を聞くことが嫌いじゃなかった。しかし、ラベッツが退屈そうに首を横に振るので、話題がヨウの休暇の件に移った。コルトバは笑いながらヨウに話しかけた。


「ヨウ、お前春休暇中ずっと実家に帰ってたんだってな」


「そうだけど」


「あはは。すげーよお前」


「何がすごいってゆーんだよ」


「素直に関心してるんだよ。どうやったらそんなんで進級なんてできたんだ?」


「進級試験は春休暇前のことだろ? 俺がどんな風に春休暇を過ごしていたかは進級には関係ないさ」


「そういう意味じゃねーよ。春休暇を実家に費やしてしまうようなやつがって意味さ」


「確かに俺は不真面目だけど、押さえるところはちゃんと押さえているんだ。それにコルトバもラベッツもあんまり勉強してないだろ」


「お前ほどじゃないさ。俺たちは最低限の勉強はしっかりしているんだ。それで、点数はどうだったんだ?」


「ギリギリだったけど」


「ヨウ、3年生の進級試験はかなり難しいんだ。今回の進級試験がギリギリってのは結構厳しいぜ」


「はぁ、分かった。分かった。今年はちゃんとやるって。てか、どこでその話聞いたんだよ」


 店員がグラスに炭酸水を注ぎに来たので話は一旦中断した。そして、店員が去るとラベッツが炭酸水を飲みながら


「先生たちが話してるのを聞いたんだ」


「まじ?」


「おおまじ」


「そんなまずかったかな」


「まずいっていうか、心配してたんだよ。そんなんでこれから大丈夫かって」


 コルトバは笑い声を漏らしながらレイン川を眺めた。レイン川を横切る沢山の鳩の姿が良く見える。


「まぁ農民のお前が学校に入れたってだけで前代未聞なんだ。春休暇くらいなんてことないさ」


「農民は他にもいるだろ?」


「2級生のエミリのこと言ってんのか? あそこは農民つってもいわゆる豪農で親父は組合のボスだぜ? うちよりもずっと金も権利も持ってるよ」


「まぁ、そうだけど」


「とにかく、卒業できなきゃお前はただの農民。先生もそのことを心配してんだよ。ご両親も熱心だしな」


 コルトバは商家の出であり、頭も良く常識をわきまえている。ヨウに対してもその出生をバカにするわけでもなく、(あわれ)れむわけでもなく、あくまで友人として接し、物事を実見(じっけん)して実際的な立場でものを言った。ヨウは良く彼に叱られるが、それもヨウを思ってのことであった。ラベッツも同様に商家の出であり、思いやりがある。人見知りなヨウの数少ない友人であった。


「ちょっとは頑張らないとダメかな」


「はぁ、お前ってやつは――」


 ラベッツが是非食べたいと言って注文した前菜を突っついていると、若い三人の女の子がおそるおそる近づいてきた。それを見たコルトバは椅子に座り直して「それで、今年はどんな魔法をモノにしてやろうか」と話題を変えた。少女たちはこそこそ話をしながら横目でヨウたちを見つめている。ラベッツが「そうだな、やっぱり中級魔術をいくつか獲得したいな。今年中には上級魔術を扱えるようにならないと」とコルトバに話を合わせた。そして、ヨウに目配せをした。ヨウは一瞬躊躇(ためら)う様子を見せたが「俺も自分の固有魔術のために研究の方に力を入れないと」と少女たちに聞こえる声で言った。少女たちは恥じらうように栗色の髪をいじっている。そして、ようやく一人の少女がヨウたちに声をかけた。


「あ、あの、良かったらご一緒してもいいですか?」


 コルトバは得意気な表情を浮かべて「もちろん。どうぞこちらへ」と軽く腰を折って丁寧に少女たちを迎えた。そして、店員を呼びつけて円卓を囲う少年と少女たちが交互に座れるよう椅子を整えさせた。


「あの、私たち、ここの近くに住んでるんです。魔導師さまは良くこちらへ来られるのですか?」


「あはは、僕らはまだ魔導師じゃないよ。学生の身分さ」


「でも魔法を使えるんですよね。すごいです」


「まぁね」


 少女たちは少年たちの胸に(きら)めく王立高等学校の紀章に視線を寄せる。


「魔法学校って本当に憧れるよね。普段どんな授業をしてるんですか?」


 コルトバとラベッツは足を組み胸を張って、つまらない日常に尾ひれをつけて少女たちに嘘か本当か分からない話をした。少女たちは大袈裟(おおげさ)に驚いたり、すごーいと言ったりして彼らの関心を集めようとした。ヨウは苦笑いを浮かべながら、コルトバとラベッツの話に相づちを打ちつつ、運ばれた料理を食べたり、レイン川を眺めたりして時間を潰した。少女たちを楽しませるのはいつだって口のうまいコルトバと空気の読めるラベッツであり、ヨウは口を挟まなくても良く、自分でもそのことを十分わきまえていた。また、少女たちにとって、コルトバたちがどんな話題を話そうがどうでもいいことをヨウは知っていた。王立高等学校の生徒とお近づきになることが、この少女たちのステータスであって、この出会いの先に愛があろうがなかろうがどうでもいいのである。コルトバたちにはじめて街へ出ようと誘われた時、今回と同じように女の子に声をかけられた。次も、その次も、輝く紀章に釣られた蝶たちが少年たちの退屈を(なぐさ)めた。4回目になって、ヨウはようやく「街へ出よう」という彼らの本意を知った。ヨウは人見知りであり、純朴(じゅんぼく)であるがために、都会の少女たちといたずらでも肌を合わせることが怖かったししなかった。しかし、全く関心がないわけじゃなかった。コルトバやラベッツのように異性を抱かずとも、垢抜けた少女たちとの会話は都会に来たばかりのヨウにとってもいい刺激となっていた。しかし、何回も何回も同じことを繰り返すようになると、刺激も段々と薄くなって、次第にはなんとも思わなくなってきた。やがて、彼らから一歩下がったところで、額縁の中に動く人形劇を見ているような心持ちで、彼らの会話をただ呆然と聞くことが、退屈なヨウの暇潰しになっていた。


「じゃあ、今日の夕方にまたここで」


 コルトバが今晩会う約束を取り付けたところで、少年少女たちは楽しいランチを終えた。少年たちは路地に出てからレイン川の土手沿いを食後の運動がてら散歩した。


「ヨウ、リゾットの方はどうだった?」


「美味しかったよ。でも、オーバーブルーのルボロンには敵わないな」


「あはは。お前のそういう所が面白いんだよな」


「な、どういう意味だよ」


 コルトバは女子とのランチの感想をヨウに尋ねたつもりだったが、言葉通りに受け取ってしまったヨウの真面目であか抜けない返答が気に入って、空を仰ぎながら笑った。コルトバは改めてヨウに聞いた。


「ところで一応聞いておくけど、今晩来るのか?」


「行かない」


「別に思い人がいようが、女を抱いたっていいんだぜ。どうせ一度きりの関係だからな。あいつらは体を売って、俺たちから誇りを買うんだ。ただの商売なんだよ」


「そういうのはあまり好きじゃない」


「田舎っぺの貞操(ていそう)は男も固いのか。彼女への裏切りになるとでも考えているのか?」


「アウルは関係ないよ」


「ヨウ、彼女は止めとけって。お前の手の届く相手じゃない」


「俺の勝手だろ。口を挟むなよ。それに……」


「それに?」


「今度デートするし」


「おいおいおい。なんだよ。聞いてねーぞ」


 コルトバとラベッツは驚きながら、ヨウの肩に手を回した。ヨウは小声で恥ずかしそうに言った。


「ついこの前決まったんだ。次の春の日、美術展に行くんだよ」


「はぁ、お前ってやつは。どうして俺たちに相談せずに決めてしまうんだ」


 コルトバは頭を振って目頭を押さえた。思っていた反応と違うのでヨウは肩をすぼめながら


「な、なんだよ」


「いいか、好きな相手がいようがいまいがそれはお前の勝手だ。だけど考えてみろ、アウルがお前のことをどれだけ好きになろうとも、その先があると思っているのか?」


「それは……」


「アウルは貴族なんだぞ。それも、公爵(こうしゃく)の血筋だ。公爵だぞ公爵。ちゃんと彼女の家の階級、分かっているのか? ここに農民との間に愛が生まれたら、一番苦しむのは誰だと思ってんだ。お前じゃない、アウルなんだぞ。誰よりも彼女のことが好きならば、今の関係にとどめて彼女の幸せを影ながら応援することだ。彼女の愛を得ようなんて考えるな」


 ヨウは頭の隅では理解しているつもりであった。それでも、()かれる心を理性で(りっ)するほど成熟していないヨウは、想いのままにアウルの申し出を引き受けてしまった。コルトバに言われてはじめて、自分の振る舞いが軽率であったと思えてきたヨウは「そんなこと分かってるけど」と自信のなさそうに顔を(うつむ)けた。


「ヨウ、アウルに断ってこい。お前の思っているほど、貴族社会は(ぬる)くない。子どもの恋愛だからといって、優しく見守ってくれるようなやつは一人もいない。あと、この話は誰にも言うなよ」


 ヨウは顔を上げられないまま口を閉ざしてしまった。コルトバはそんな様子をみて、語気を弱めて寄り添うように言った。


「お前は貴族と学校以外での関わりがほとんどないからな。過去にどんな事件が起こったとか、そういう話は聞かないだろ」


「聞かないよ。そんな話」


「だろ? いくつかお前に教えてやってもいいが、そんな話聞いても楽しくない。だから簡単な言葉で言ってやる。最悪殺されるぞ」


「う、嘘だろ?」


「お前が学校の敷地内で彼女と話す分ならいいだろうと目を(つむ)ってきた。でも今回は駄目だ。農民と貴族の子どもが普段接することはあり得ないことなんだ。農民と貴族の子どもがデート? そんなことが過去にあったと思うのか? ヨウ。お前は結構とんでもないことを約束してしまったんだぜ?」


「でも、やましいことなんてしてないし、付き合ってもない」


「貴族は噂を恐れているんだ。噂話が時に致命的になることをやつらは歴史から嫌っていうほど学んでいる。お前とアウルがデートに行くって話を良からぬやつに聞かれてみろ。どんなことを吹聴(ふいちょう)されるか分かったもんじゃない。この国は王国政治だ。貴族の作る社会なんだ」


 良からぬやつって誰だよ、とヨウは思ったが、コルトバの鬼気(きき)迫る口吻(こうふん)に言い返す気は少しも起こらなかった。それに、いつだってコルトバは正しいことを言う。


「……分かったよ。断ってくるよ」


 ヨウはそう言うなり再び黙り込んでしまった。ラベッツはそんなヨウの様子をみて、コルトバにこそこそと耳打ちをした。コルトバは一瞬眉間(みけん)にシワを寄せたが、再びヨウのひしゃげた背中を見て「分かったよ。今回だけだからな」と言った。そして、ラベッツがヨウの背中を軽く叩いて


「そのデート、俺たちも一緒についていくからな」


「え?」


「お前とアウル、二人だけならデートだけど、俺たちもいたらデートとは言えない。そういうこった。安心しろ。人目のないところなら、二人きりにしてやるから」


 ラベッツの言葉の意味を理解すると、ヨウは目に涙を浮かべた。


「ラベッツ、コルトバ……」


 コルトバはやれやれと困った風に笑みを浮かべた。ヨウはまだ都会に来てまもなく、都会特有の冷ややかな情操教育にまみれていない。彼の心はトリアムで生きる人には(まぶ)しく映ることがある。コルトバもヨウの純粋さに惹かれる一人であった。だからこそ、アウルの言動に強い不信感を抱いた。貴族と農民云々(うんぬん)の話はアウルにとっても自明のことである。にもかかわらず、ヨウと学校以外のところで会う約束を取り付けた。これには必ず愛とは異なる意図がある。本当にヨウを思うのであれば、絶対に人目のつくデートはしないはずだから。コルトバはそんな風に考えていた。できれば断ってほしかった。しかし、ラベッツから『デートについて行こう』と言われた時ふと考えた。ヨウは危なっかしい。デートはこれっきりだと今ここで約束させても、またどこかで彼女から誘われたらきっと断れない。であるなら、ヨウの代わりに自分がアウルに『もうヨウとは関わらないで欲しい』と伝えなくてはいけないと思った。コルトバは涙を浮かべて喜ぶ友人の顔を見て、優しいため息をつきながら、きらめくレイン川の水面に目を細めた。

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