戦争の話
「私は夢でも見ているのかと思いました。沿道には人か畜生か、見分けのつかない血肉の塊が溢れ、空気には鉄の臭いと腐臭が充満していました。きっと地獄とはここのことを言うのだろうと思ったものです。私は当時まだ15にも満たない歳でしたが、傷ついた兵士の世話で朝から晩まで兵舎の端から端を絶えず走り回っていました。傷ついた兵士たちが運ばれてきてもベッドの空きがなく、仕方なく外で横になっていた者が、いつの間にか死んでいたということも日常茶飯事でした。死体の置場所にも困るようになると、沿道まで運んで捨てるように置いていくほかなかったのです。次第にそこには死体が堆く積まれ、野良犬や鷹がそれを啄むようになります。鷹は死体の目や顔の肉を好み、野良犬は噛みやすい手足を好みました。そのため、やつらが死体を漁ったあとは、人か畜生か分からない物だけが残るのです。まさに、地獄です。そんなことを2ヶ月ほど続けていましたが、戦況は次第に悪化し、私たちがいた兵舎の辺りも大きな地響きが聞こえるようになりました。当時の兵舎を取り仕切っていた魔導士さまは私たち学徒に優しかったので、いち早く後方に下がるように取り計らってくださいました。私たちがアウテナンの町まで戻った翌日のことです。私たちが2日前までいた場所は敵兵によって占拠されてしまったとのニュースを耳にしました。残念ながら、私たちを後方に避難させてくれた魔導師さまはその時に殉死されたと聞きました。私たち学徒は互いの胸を貸しあって大泣きしたものです。それからしばらくして戦況の風向きが変わって――」
新学期初日、ヨウは大講堂の隅で大きな欠伸を噛み殺しながら、目に浮かんだ涙を拭った。新年度の開校式は75年前の終戦日に行われる。王立高等学校では慣例的に開校式の前に戦争経験者を呼んで、学生たちに戦争の話を聞かせていた。魔導師資格保有者は有事の際に国法によって出兵を命じられるため、平安なる現代においても、戦争時の経験談を学生たちに聞かせることは、資格の重みに対する自覚に繋がるため、大変有意義であると教員たちは信じて疑わなかった。しかし、当の学生たちは毎年聞かされる長話に辟易して、真面目に背筋を伸ばして聞くものはほとんどいなかった。というのも、毎年招聘される戦争経験者は同じ老婆であり、話す内容も全く同じであったためである。戦争経験者は大変高齢であるため、健在な人は限られてくる。王立高等学校付近に住んでいる戦争経験者はこの老婆以外にはいなかった。
「なぁ、ヨウ。午後空いてるだろ? 街に出ようぜ」
ヨウの隣にいた、コルトバという不真面目な学生がささやいた。
「午後? 空いてるけど……」
「空いてるけどなんだよ」
「いや、ギンとどっか出かけるかも」
「かもってことはまだ決まってないんだろ?」
「うん」
「ならいーじゃん。久々に遊びに行こうぜ。ギンは2級になったんだろ? ならやめとけって」
「やめとけってなんだよ」
「ヨウも分かってるだろ? 2級は俺たちとは進む先が違うんだ。天使になんだろ? なら、お前と遊んでる暇なんてあるはずない。ヨウと遊んで天使になれませんでしたって、その時お前はどう責任とんだよ。今朝だってあいつ、他の2級生と一緒に難しい話してたぜ? エンチャントに必要な魔力とその結果に不均一な効果が認められる場合の有効性がなんとかって」
「そんなこと分かってるけど」
「ならあまり声をかけてやるなよ。ギンのためだ。あいつも商人の家系だ。分かるだろ? 天使になったら国王から騎士の称号が与えられる。貴族さまの仲間入りだ。家族の期待を一身に背負ってるんだ。農家出身のお前なら家族から期待されることの重圧と苦悩は分かってるはずだろ」
彼の言うように、ギンは天使と呼ばれる国家魔導騎士団への入団を目指していた。ヨウたちの住むハイツ王国は西に隣接する大国のアルテナン連合共和国との規定によって軍事力に制限があり、天使として従事できる者は極少数である。また、国王の勅令によって編成される天使には騎士の称号が与えられた。
「ぐうの音もでないよ」
「だろ? だから付き合えよ。俺に」
「はぁ、分かったよ」
「おっけ、なら昼飯は食わずに宿舎前に集合。ラベッツにも声かけてあるから」
「りょーかい」
ヨウは2級生のいる席へ視線を向けた。そこには背筋をまっすぐに伸ばしながら、老婆の顔を真剣な眼差しで眺めるギンの姿があった。
「分かってるさ。ギンと俺は住む世界が違うんだから」
自分を納得させるように呟いた声が、自分の耳に寂しく響いて、ギンから視線を逸らした。そして、逸らした先にヨウを見つめる教員の姿があった。ヨウはすかさず姿勢を正して、真面目に聞いている振りを装いながら、不真面目な自分の性根に嫌気を感じた。