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親友

「あ、ヨウ君ではありませんか。お久し振りです。今帰られたのですね?」


 宿舎の扉を開けると、踊り場にいた同級生に声をかけられた。緑色の長い学生コートを大事そうに羽織(はお)っている。(おろ)したての白いシャツにはシワ一つなく、靴も買ったばかりのように輝いている。彼は腰を折ってヨウに軽く会釈をした。古典書物であるオーウェルボアラス上級魔学2巻をこれみよがしに抱えている。柔らかい笑みと視線をヨウに寄せて、静かに返事を待つ級友を見て、ヨウは苦笑いを浮かべた。ヨウはこの同級生のような一部学生に見られる気取った態度が好かなかった。王立高等学校はかつて貴族のみしか通うことができなかったが、五十年前、時代の流れに沿う形で一般庶民にも門が開かれた。以来、(おごそ)かなバロック建築の校舎に通い、世間から羨望(せんぼう)の眼差しを受ける子どもたちは、貴族制度のもとに成立した学校の歴史と精神を密かに受け継いで、貴族然(きぞくぜん)とした振る舞いを好み愉しんでいた。実際に貴族も通っているため、彼らの振る舞いは貴族に対してだけは有効である。しかし、ヨウは農民出である。そんな彼に対して貴族にするような挨拶は検討違いであるが、貴族ごっこをする同級生たちにとって相手の出身などは関係なかった。ただ(みずか)らの振る舞いを面白がっているだけなのである。農民出身のヨウは、彼らの挨拶や言動にどう答えていいか、入学して1年経った今でも良く分かっていなかった。


「あー、久し振り久し振り、今年も頑張ろうねー」


 少年は苦笑いを浮かべながら短い言葉を吐き捨てるように放ってそそくさと自室へと逃げた。正面の階段を2階分上がって、左に折れた先の突き当たりがヨウの部屋だった。ヨウは(きし)む床板の音を聞いてひどく懐かしい思いに打たれた。2ヶ月という短い期間ではあるが、都会の豪華な装飾と田舎の青臭い風景、気候の違いといった様々なコントラストが少年の時間的な感覚を麻痺させていた。


「なんかえらく懐かしいなぁ」


「何が懐かしいって?」


 自室の前でぼそっと(つぶや)くと、うしろから聞き覚えのある声を聞いた。ヨウは咄嗟(とっさ)に振り向いた。そこには彼と比べ頭一つ分身長の低い小柄な少年が立っていた。銀色の髪に白い肌、少し病弱に見えるところは2か月前と変わりない。


「久し振り。ヨウ、元気そうで良かった」


 そこにいたのはルームメイトでもあり、親友でもあるギンと呼ばれる少年だった。ヨウは満面の笑みを浮かべて


「久し振り。なんだよギン。全然変わってないじゃん」


「当たり前だろ。2ヶ月しか経ってないんだから」


 ギンは手荷物で両手の塞がったヨウの代わりに部屋の扉を開いた。そして、呆れたように言った。


「見てたよ。ヨウは変わんないな。逃げるように去ったら、みんなびっくりしちゃうよ」


 見てたというのは、貴族ごっこをする同級生とのやり取りのことに違いなかった。不器用なヨウの振る舞いが同級生の目には奇異(きい)に映っており、そんな同級生たちの話題にヨウの名前が上がることが度々あった。中にはヨウの出生を揶揄(やゆ)する者もいた。ギンはそのことが少し気にかかっていた。


「普通にしてようと思うんだけど、なんかむず痒くなっちゃってさ」


「素直過ぎるんだよ。ヨウは」


「そうかなぁ」


「不器用でもある」


「そう?」


「考えが足りない」


「言い過ぎだ」


「あはは。冗談だよ」


 ヨウは十畳ほどの部屋の隅に置かれたベッドの上に荷物を置いた。2段ベッドの一階がヨウのスペースだった。彼は自分のベッドの上に埃のないことに気がついて、ベッドには腰をかけず、勉強机前の椅子に座った。


「掃除、ありがとう。2ヶ月も空けてごめん。ギンはいつ戻ったの?」


「僕は結局1週間で切り上げたんだ。なんか実家だとうまく勉強できないし、魔法の練習はできないから」


「そっか。悪かったね」


「まったく、ヨウには驚かされるよ。一ヶ月も経てば帰ってくるだろうと思ってたけど、結局春休暇をぜんぶ実家に費やしちゃうなんて。たぶん、前代未聞だよ」


「そうかなぁ」


「そうだよ。ヨウの考えている以上に王立高等学校は大変なところなんだよ。みんな進級するために必死に勉強してるっていうのに。今回は2年生に進級できたけど、次は分からない。折角狭き門を通れたのに、卒業できなきゃ魔導師の資格は得られない。そこのところ、分かってるの?」


 ギンは語気をやや強めて言った。親友を想ってのことであったが、ヨウは彼から視線を外して(とぼ)けたように話題を変える。


「そういえば、帰りにオーバーブルーのルボロンを買って食べたんだけど、やっぱりオーバーブルーは間違いないね。ここに来て沢山のパン屋と出店でルボロン食べたけど、あの複雑なスパイスとコクは駅前じゃないと食べられないな」


「はぁ、君ってやつは」


 ギンは呆れたように笑った。ヨウも「大丈夫、やる時はやるからさ」と笑ってみせた。


「ちょっと冷えるね。火、点けていい?」


「いいよ。トリアムは寒さが残るから」


 ヨウは部屋に備え付けられた小さな暖炉の扉を開けて、枯れ枝を組んだ。そして、静かに呪文を口ずさんだ。


杳々(ようよう)たる陰、燦々(さんさん)群がる夜気(やき)の灯火、そこにつくばう蝶の果て、命を燃やせファイアーロック」


 少年が口ずさむと、しばらくして枯れ枝から煙が上がり、バチバチと音がなり始めた。


「ヨウの詠唱(えいしょう)は独特だね」


「そうかな?」


「僕から言わせれば硬いかな」


「詠唱はただのガイドライン。同じ魔法でも、百人いたら百通りの詠唱がある。なんでもいいんだから、別にいいじゃん」


「別にいいけどさ、実践向きじゃない。ヨウは天使(てんし)にならないの?」


「なれないよ。俺にはその実力がない。俺は工法士(こうほうし)がお似合いさ。あ、魔法の家庭教師もいいかもしれないな。めっちゃ高給取りだし」


「君ってやつは。まぁ、いいや。長旅で疲れたでしょ。少し休んだら?」


「うん。もうクタクタだよ。帰りも路線電車で――あ! そうだよ。ギン! ビッグニュース!」


 ヨウは思わず椅子から飛び上がった。それはアウルとのデートの件であったが、ギンは彼の言葉を聞くなり顔を背けて頬を()いた。


「なんだ。ヨウはもう知ってたのか」


「ん? もう知ってたって……なんのことだよ」


 ギンはキョトンとする親友の顔を見て、検討違いなことを言ったとすぐ理解した。


「あ、いや。僕の勘違いだったみたいだ。その、僕の方もニュースがあるんだ」


「なんだよ。改まっちゃって」


「ああ……編成試験なんだけど」


 ギンはそう言った切り口を閉ざしてモゴモゴしている。なかなか二の句が継げないギンの様子と、編成試験という単語を聞いてヨウの頭にあることが浮かんだ。すると、ヨウは両目を見開いて、一瞬、息をするのを忘れてしまうほどに驚いた。


「ま、ま、まじかよギン……2級生に?」


「うん」


 春休暇前、進級試験が行われ、ヨウとギンはそれぞれ2学年に進級することが決まっていた。そして、進級試験後に行われた編成試験の結果が、つい先日学内掲示板で発表された。編成試験はいわゆるクラス分けの試験であり、もともと3級だったギンは2級への昇級を目指していた。


「うわー! まじかよ! 本当に? あはは! ギン、すごいよ! すごい! やったー!」


 まるで自分のことのように喜ぶ親友を見て、ギンは顔を真っ赤に染める。


「おい、あんまり騒ぐなし、誉めるなよ! 恥ずかしいだろ!」


「あはは。だって、3級から2級への昇級は滅多にないし、ギンには才能があったってことだ!」


「あー、もう分かった。分かったから!」


 ヨウはひとしきり騒いだあと、ベッドの上で大の字になった。そして落ち着いた口調で話を続けた。


「ギンはすごいよ。めっちゃ一生懸命だったの、ずっと側で見てたから。2級の壁……凡人と天才を隔てる大きな壁だ。年に1回、編成試験があるけど、入学した時のクラスから卒業するまでの間、昇級できる生徒はほとんどいない。やっても意味ない試験て思ってたけど、編成試験はギンのようなやつのためにあったんだな」


「ヨウ……」


「おめでとう。ギン」


「うん、ありがとう」


 ヨウはうれしい気持ちを持つ反面、寂しい気持ちも抱えていた。それが、彼の表情と声に現れていた。


「ヨウ、僕は明後日から2級生のクラスに移動になる。それで、宿舎もなんだけど――」


 3級生と4級生の合同宿舎は王立高等学校から少し離れた場所にあるが、2級生と1級生は学校の敷地内にある。ギンはそこに引っ越さなければならなかった。


「ああ、そうか。そうだよ。あと2、3日の間にあっちに移動しなくちゃいけないな」


 ヨウは思い出したように言ったが、ギンが昇級すると聞いて真っ先に思い浮かんだことがそのことであった。ヨウは体を起こして、寂しそうに笑ってギンの顔を見た。


「ヨウ。引っ越しのことなんだけど」


「ああ、手伝うよ」


「いや、そうじゃなくて」


「ん?」


「あっちの宿舎に移動するの面倒だからさ、教員に今の宿舎のままでいいかって聞いてみたんだよ。そしたらさ、別にお前がそれでいいならいいってさ。だから、とりあえず今年も僕らはルームメイトのままだ」


 ヨウはギンの顔を見ながら閉口した。と思ったら、その目にうっすらと涙を浮かべた。


「おい! やめろ! 泣くなよ! き、気持ち悪いだろ!」


「な、泣かねーよ! 泣くわけないだろ!」


 ヨウは腕で顔を隠しながら、ギンに背中を向けた。


「あっちの方が冬は暖かいし、夏は涼しいし、綺麗だし、色々整ってるって聞いてるけど。上級生のサロンだって通える」


「僕はここが気に入ってるんだ。それに、サロンは宿舎がこっちでも通えるよ」


「夜遅くなったら、こっちまで歩いてくるの面倒だろ」


「引っ越しの労に比べたら容易いものさ。とにかく、僕はここでいいんだ」


「そっか」


 ヨウは涙がこぼれないようにと頭を上げて、大きく深呼吸をした。そして、一息に涙を拭ぐってギンの方へ振り向いた。


「これからもよろしく。ギン」


「ああ、よろしく。ヨウ」


 二人は恥ずかしそうに笑いながら手を握った。そして、2ヶ月の間、互いの身に起こった話を面白おかしく聞かせあった。ヨウは自分の方のニュースをすっかり忘れていた。そして、ギンのためにサプライズのプレゼントでも用意できないかと考えつつ、また一年間親友とともに過ごせる日々に胸を膨らませていた。

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