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約束の丘

作者: 彼方 日出秋

皆さんは、都会は(せわ)しないと感じたことはないだろうか。久しぶりに上京すると駅の人波を斜めに横切れないとか、スクランブル交差点で歩調を変えずに人とすれ違えなかったりしないだろうか?実は都会は本当に人々の体内時計の進むスピードが速い。そして人為的に体内時計のスピードを調整できるようになって暫く経つ。


小さな頃からの知り合いやいつ見ても変わらぬ田園風景に囲まれた息苦しい、狭い世界を飛び出し誰も知らない世界に行ってみたいと小さい頃から常々思っていた男は、郷里から地方都市、県庁所在地、首都東京、ついには日本を飛び出し、世界最大の都市へと、ずいぶん遠くまで来てしまった。より人口の多い、より大きな都市に移る度にその都市に見合ったスピードになるように、その都市の推奨クロックスピードに体内時計のスピードを合わせる処理をする。大きな都市になるほどクロックスピードが早い。クロックアップする度に大事な何かを置いて来てしまっている気もする。

よくITの技術進化はドックイヤー-犬にとって1年は人間の7年に相当することから技術進化の速さを犬の寿命に例えて-と呼ばれるが、世界最大都市の時間の流れはそれ以上だった。人によっては体内時計をそこまで上げることが出来ない場合もあるが、男は幸い不適合はなさそうだった。濃密な時間の流れの中、男は昼夜を問わず懸命に働いた。

異国に着いた当初はレストランのウェイターとして働いた。英語が判らないのでダストと呼ばれ、客からチップを貰らい損ねると店長からチップを貰って来いとどやされ、去った客を店の外まで追いかけてお願いするというようなこともした。


都会は皆自分のことに忙しく周りの人に関心を払わない。おまけに世界中から集まった生まれや育ち(バックグラウンド)が全く違う人達に囲まれ、男は今度は、寄る辺ない疎外感にいつも身を置いていた。


疎外感に苛まれると男は故郷に残してきた幼馴染を良く思い出した。優しかったマリ。好意を持ってくれているのは判っていたが、外に出たいとばかり願っていた男はマリの方を見ずに海外に飛び出してしまった。

男は近頃、故郷の丘によく似た、海が見える丘を見つけ時折、夕暮れ時に訪れ、物思いにふけるようになった。マリと良く来ていた海が見える丘、一人で来た時には遠くに行って必ず成功すると海に沈む真っ赤な夕日に誓った丘。

故郷を出る前日、波間に沈む夕日に向かって上ってゆく階段(ラダー)のような美しい赤い線が描かれた海が見える中、その丘で男はマリに誓った。

「必ず迎えに来る。」

「うん。いつまでも待ってる。」


功成り名を上げ、富を築き、ついに男が約束を果たすべく故郷に帰る時が来た。クロックアップを繰り返したからか、異国で苦労を重ねたせいか男は赤銅色の肌に、頬や額にくっきりとした皺、中年というより初老に近い。故郷を飛び出してからそんなに時間は経っていないと男は思っていたのだが、ずいぶんと時間は過ぎてしまったようだ。それともオーバークロックによって自分の身体に過度な負荷が掛かっていたのだろうか?

必ず迎えに行くと言いながら、男が当初思っていた以上に時間が掛かってしまったことは男の心に深い棘となって刺さっていた。

故郷に帰るとクロックスピードがあまりに異なるので、男には周りの人が見えなかった。ダム湖底に沈んだ村が渇水で一時的にその姿を現したかのように、郷里にはいつもと変わらぬ風景は広がっているものの、本当の姿が見えない。

男は呻いた。子供の頃遊んだあの公園、登ったあの木。景色はそこにあるものの、そこに根差し、暮らしている人々の姿が見えない。共に過ごした悪友、近所の商店のおばちゃん。何一つ目にすることが出来なかった。そしてマリの姿も。


男は最後にマリと良く過ごした海が見える丘、遠くに行きたいと海に沈む真っ赤な夕日に誓った丘に行ってみることにした。

そこには思いがけずマリが待っていた。

マリも男を追いかけて、クロックアップしていた。

 「お互い歳を取ったな。」

 マリが微笑んだ。その髪にはグレーが混じっていた。


 男は、なんだか正解までずいぶん遠回りをしてしまった気がした。


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