7話 社会人ですから
久々の更新!
パタン、と冷たいロッカーの扉を閉める。
ため息は無理やり飲み込んで、憂鬱な月曜の朝を迎えた私は誰から見ても気分が下がっているように見えるだろう。それを見越して一番早い電車で出勤したのが良かったのかもしれない。
ロッカーには誰も……いや、一人いた。
「へぇ、美人じゃない。次はその汚れた服、どうにかしたらどう? 近くにコインランドリー……っていっても、幽霊って服どうやってきれいにしてるんだろ。流石に服はあげられないからね。あ、けどこれは使わない色だからあげるわ」
欲しかった色がセットだったのだ。その片割れをコトン、と彼女の前に置く。
女は動かなかったけれど、視線が私からマニキュアへ向いたのがわかる。
ここで私は普段通り仕事の準備に取り掛かる。
服を着替え、いつもはつけない高い口紅を塗った。
「……お昼は久しぶりに、ちょっと高いカキフライ定食食べに行こうかな」
給料日前ではあるけれど、これはもう美味しいものを食べないとやっていけない。
そんなことを考えてロッカールームを出る。
メールチェックから初めて、締め切りが近いもの順に仕事に手を付けたところで、人の気配。
顔を向けるべきか迷う間もなく、名前を呼ばれて口元が引きつりかけた。
「あっ! おはようございます、蜜柑さん」
「……音霧君、おはよう。会社で下の名前を呼ぶのはやめて貰っていいかな」
「あ、そうですよね。すみません。つい、金曜が楽しかったので……もしよければ、昼もご一緒していいですか?」
「昼は私、ちょっと」
「奢りますよ?」
「……今日だけね」
給料日前なので、仕方がないと自分に言い聞かせていると隣から私に話しかけてくる期待の新人(癖強い)。
気にしないよう、あくまで社会人として接していると足音が近づいてきて、ピタッととまった。私の横で。
「……花車さん」
じっと眼鏡越しに見下ろしているのは、雁来だった。
ただ、雰囲気がいつもの情けない感じとはまた違っていて一瞬別人かと思ったが確かによく見る顔をしている。
「なに?」
「……いえ。なんでもないです」
一瞬口を開いて、直ぐに視線を外す姿に首を傾げる。
疑問ともやもやしたものを感じたが、私も自分のパソコンに向き直った。
仕事のために会社にいるのだ。やるべきことはする。給料分は。
いつも通り仕事と時々指導という名の助言を求めに来る音霧君は想定内だったし、昼食を奢って貰った時も普通の対応だった。なので、問題なしとして脳内処理。
が、問題は雁来だった。
この男、見た目以上にめんどくさい。
じっとりとした視線にキレ散らかしそうになったけれど、私はどうにか苛立ちを押さえ、仕事終わりに雁来へメモを渡した。
最初驚いていたけれど無言で睨むと大人しくなって、いそいそと帰宅の準備。
「あ、蜜柑さん! よければこの後……」
「ごめんなさい、音霧君。私この後用事があって……他の子達とも親睦を深めておいた方が良いわよ。ちょっとまって──花梨! 音霧君と話したいって子を紹介してあげてくれる? ついでに馴染みやすいように同期の男性社員も何人か誘って軽くご飯でもしたらどうかしら。私はちょっと用事があって難しいけど」
笑顔でした提案に花梨は驚いていたけれど直ぐに察してくれたらしい。
そういうことならとその場で話しに乗ってくれた。
臨時の飲み会が決まり、私達はロッカーへ。
更衣室のドアを閉めた瞬間に両手を合わせて頭を下げた。
「ほんっと助かった! ありがとう」
「蜜柑には色々助けてもらったからいいけど……なに、音霧君から狙われてるの?」
「いや、よくわかんないんだけどね。私、あんまり本社勤務の人と仲良くなって後で文句付けられたり仕事が忙しくなったりするの本当に嫌なの」
なにより雁来がめんどくさい、という本音は飲み込んだ。
私の盛大な溜息を聞いて花梨は納得したらしく頷いている。
お礼はする、と伝えて私は速足で会社を後にした。
昼食後から、私が移動するたびに足音がずっとついて来ているのだ。
◇◆◇
足音がきっちりついてくる。
進みながら足音の感じで男か女かは分かったので、私は足早にとある場所へ向かっていた。
が、途中で足音が増えた。
足音を聞き取りやすくするため、わざと人通りの少ない場所を歩いていたのが功を奏し、そろそろかと時計を確認。
薄暗い道でも街灯というものは存在しているので、その下で歩みを止めて振り返る。
「あら、自分で場所移動できるんじゃない」
私の後ろをついてきたのは見覚えのある女だ。
やや派手寄りではあるけれど、しっかりと清潔感もある見目とバッチリ施されたメイク。足元には美しい女性もののヒール付きローファー。
「折角のハイブランドの靴、汚れてるわよ。ほら、これで拭きなさい」
使い捨てのウエットティッシュをカバンから出して一枚差し出せば女性は戸惑ったように後退った後、私とティッシュを見比べ恐る恐る手を伸ばす。
「ダメ元だったけど触れるのね」
すごいじゃない、と思わずこぼせばその人は照れ臭そうに笑った。
『あの、ありがとうございます。私、貴女のお陰で自分を取り戻せて……』
「おめでと。じゃ、あとは成仏しなさい。塩かけてあげるから」
どうやるのかは知らないけど、困っているならとカバンから塩を取り出す。
瓶に入った食卓塩ではあるがないよりマシだろうと目の前で揺ら揺らすると女性は慌てて両手を私へ出した。
『ま、待ってください! 私、あの、えっと……お力に! なりたくてですねっ』
「間に合ってます。どうしてもというなら、来世で返してください」
『そんなこと言わずに……私、死んでいるので商売敵の偵察とか恋のライバルを呪ったり、嫌いな奴の弱みを握ることだってできますよ! ね?!』
「流石幽霊。根性ねじ曲がってるわ」
『根性ねじ曲がったのは私を嵌めて殺したクソ婚約者の所為です。それまでは善良なOLでしたッ』
うわあ、面倒ごとの気配。
そんなことを考えたのが顔に出ていたらしい。女性幽霊は小さく咳払いをして佇まいを直した。
『あの、私……幽霊として第二の人生を謳歌してみたいので、貴女に憑いてもいいでしょうか?』
「お断りします成仏して下さい」
塩の蓋を開けて、振りかけようとしたのだけれど避けられたので舌打ちしつつファブリーズを準備。
『待ってください! あの、話が通じそうな相手を見つけてビジネスパートナーにしたいだけなんで! 迷惑はおかけしません! ど、どうか!』
土下座をする名も知らぬ女性幽霊を見下ろしてファブリーズを頭に突き付けていると、ドサッと何か重たいものが落ちる音。
眉をひそめながら視線を向けると暗がりから長身の男が現れた。
「は、花車さん!? ちょ、何してるんですかァ!! あんなに危ないから近づくなっていったのに! というかデートのお誘いだと思って勝負下着に履き替えて来てるんですよこっちはッ!」
「まずは雁来から消すべきだったわ」
ファブリーズを全力で雁来に吹きかける。
無香料を選んだけれど、噴射距離はなかなかのものだ。
へぇ、と使いやすさに満足していると雁来と幽霊の女が口喧嘩を始めたので、私はその対処をする羽目になった。
なぜこうなった。
微妙に忘れているような、覚えているような‥‥!




