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お酒のアテには相応しくない

 塩は、食べてよし投げてよしぶつけてよしの三拍子そろった器量よし。

私は信じております。



 私の肩を掴んだ雁来はじぃっと私の眼を見て、薄い唇を動かした。



「あれは、幽霊です」



 そういうと雁来は視線を窓へ向ける。

釣られて視線を動かせば、確かにオッサンがいるんだけど……不審な点はいくつかあった。

 スーツなのに革靴は片方だけだし、血は流れ続け、声が聞こえない。

呼吸音のような音は聞こえるんだけど、何を話しているのかが全く聞こえないのだ。

口はしっかり動いているので声は発してるんだろう。



「……ふーん」



 なるほどね、ととりあえず頷いて、視線を不快なオッサンの顔から足元へ。

脚の方は少し透けて見えていた。



「幽霊なんて初めて見た」



 意外と普通なのね、といえばパカッと雁来が目と口を開いて固まる。


 歯並びが綺麗だなと感心しつつ肩を掴んだままの手を外す。

幽霊だというなら気にすることもないか、と三本目にチューハイを取り出した。

これも新作。


 窓の外を眺めながら、一口。

そんな私を雁来は口を開けたまま眺めていた。



「な、なにしてるん、ですか」


「幽霊見ながら酒盛り。花見より風情ないね……美人の幽霊だったらいいのに、オッサンだもんなぁ。ちょっと課長に似てて腹立つ」



 グビグビ、と甘苦い液体が滑り落ちていく。

 いい感じに体が温まって来たな、と思いながらアルコール度数の低い酒を渡す。

呆然とした顔の雁来はちょっと間抜けで笑えた。



「そうそう、宿代はこれで」



 しっかり受け取ったのを確認して私は一気に飲み干して、一番好きな銘柄の日本酒の封を切る。こっちは渡さない。



「は、花車さん? 普通は『きゃー、幽霊こわぁい!たすけてぇ』って男の僕に縋りついてくるものなんじゃ」


「ハンッ!」


「鼻で笑わないでくださいよ!? ちょ、それ一番傷つく奴ですっ!心に深い傷を負いましたっ!添い寝して下さいっ」


「一日中喧しくしてられるその精神力と活力がどこから湧くのか疑問が残るけど、私これ飲んだら寝るから。あ、その辺で寝るから放っておいてね」



 よいしょ、と立ち上がって大きな窓の前に立つ。


 今日は結構綺麗な月が出ていた筈だ。

課長の面影がある変態幽霊を見て飲むより、こっちの方が断然酒が美味しいだろうと思って立ち上がったんだけど………絵面は最悪。


 雁来の部屋にモノが少ないのもあって、カーテンを開けると直ぐにベランダに出られるようになっていた。

ぎっちり窓には施錠がされていて、その両脇には小皿に塩らしきものが山になっていたけど、それ以外は至って普通の部屋。



「……ちなみにこの塩ってどうなの?」


「浄化力の高い塩だけあって、優秀ですよ。なにせ、これを窓と玄関に置いておけば幽霊が入ってこないので。実は、神職の友人から定期的に買ってて」


「そうじゃなくって、食べれるヤツ?」


「…………食用、だとはおもいます」



 たぶん、と自信なさそうだったので一つまみ山になった塩を摘まんで舐めてみる。

 割と旨い、と思いながら日本酒をゴクッと飲む。

おちょことかで飲むのもいいけど、ラッパ飲みも中々いい。



「ちょ、な、なにしてるんですかぁ!! 結界崩したらっ、外の幽霊が……ッ」



 雁来が叫ぶと同時にガラス一枚を隔てた所ではぁはぁしてた手遅れ課長(仮名)が目を輝かせてこちらに来ようとしてきた。

 にちゃぁっと怖気おぞけが走る気色悪い笑みに鳥肌が立って、私はガッと窓を思いきり開けた。大事な日本酒はちゃんと少し離れた所にそっと置いておく。

 お酒大事。

酒を置く代わりに私は小皿を掴む。

勿論、塩が盛られた小皿だ。



「ひぃ!?! は、はいってくる!!」



 情けない男の声が聞こえたけれど、これ幸いと手をワキワキさせ、キモチ悪い顔でこっちに突っ込んでくるド変態課長(仮名)の顔面にその塩を小皿ごと叩きつける。

 今なら、パイ投げのプロにも勝てる気がした。



ぶぺらっっ!?!?!



 そんな、擬音と共に胸糞悪いド変態課長(仮名)は書き消える。

小皿がベランダの外にはみ出て、地面に落ちる音がした。

これは、申し訳ないと思ったので振り向く。



「ごめん、小皿は弁償する。あ、ちょっと月見酒してくるね」



 よいしょ、と安全地帯に置いておいた酒を手に私は裸足で外に出た。


 雁来は綺麗好きなのか潔癖なのかベランダも綺麗にしているようだ。

見習おうと思った、一瞬だけ。


 冷たいコンクリートの壁に両腕を乗せて酒を煽る。

綺麗な月だ。

まん丸じゃないけど、綺麗に晴れた夜空を見るには中々いい部屋だなと口元が緩む。


(私も引っ越そうかなぁ……なんてね)


 今住んでいる古いアパートは近隣住民と仲良くやれているので今の所引っ越す予定はないし、する気もない。

んふふ、と機嫌よく笑って伸びをし、小さな日本酒の瓶を軽くした私は足裏に塩のじゃりっとした感覚を感じ、箒を探した。



「あー、塩も掃除するわ。箒どこ」


「………やっておきます花車姉御」


「同期な上に同じ年でしょ。眼鏡の度数があってないんじゃない。まぁ、でも掃除してくれるなら有難いや。私寝るねぇ……洗面台借りるわ」


「なんかもう、あの、好きにしてください……色々と」



ガックリと項垂れる雁来の横を通って、洗面所で歯を磨き、うがいをし、眠り心地の良さそうなソファの上に横になった。布団は自分の上着だ。冬じゃないしエアコン付きだから中々快適。


 おやすみーと一応挨拶をしてから私はくるりと丸くなった。

ああ、今日も働いたし美味しいお酒が飲めた。なんて幸せな一日だったんだろう。

 すぐに夢の世界に旅立った私を、雁来が呆然と暫く眺めていたことは知らない。



翌朝起きると窓の横に塩の山が復活していて、ベランダは綺麗になっていた。


 ネタが思いついたら投稿するスタイルです。

誤字脱字ありましたらそっと誤字報告してくださると塩を頭からかぶって喜びます。

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