求めてませんが?
つづいちゃった????あれれれーー……
仕事が終わったのは、予定より早い25分後だった。
大きく伸びをして、肩をグルグル回しながら筆記用具やら空になった水筒を鞄に放り込んで立ち上がる。データ保存はしたし、と最終確認を終わらせた私はニッコリ笑ってワタワタしている同僚の雁来を置いて歩きだした。
待って下さい、なんて聞こえた気がするけど仕事は仕事。
私は個人的に仕事の人間関係をプライベートに持ち込まないタイプなのだ。
休日に連絡来ても意地でも出ないって決めてるし。
歩きやすいスニーカーに履き替えた私の足取りは早い。
足を止めたのはエレベーター前だった。
残っている社員は私と雁来だけだったみたい。
廊下からどのドアを見ても、漏れ出る光がないから全ての部署の電気は消えているのだろう。
真っ暗なだけの長い廊下は少し雰囲気があった。
まぁ、非常灯の明かりだけが唯一の光源になっているから、ぶつかることはないだろうけど。
(コピー機とかの待機音って意外と大きいのか……この時間まで仕事することって殆どなかったからな)
あっても、繁忙期くらい。
繁忙期は繁忙期で同僚たちと残っていたし、帰りにこうして一人、エレベーターの前に立つことなんてなかった。
窓から見える夜景を「意外と綺麗だな」なんて思いながら眺めていると、後ろからバタバタと足音が。
「ま、待って下さいぃいい! 酷いじゃないですか、花車さん! 僕を置いていくなんてっ」
「酷いも何も一緒に帰るなんて一言も言ってないですし、そもそも帰宅する方向が別でしょうに。精々一緒に会社を出るくらいだし、そんなの数分の差でしょ」
「冷たいッ! どうして僕に花車さんは冷たいんですかぁ……ちょっと待っててくれればいいだけなのに」
「私帰って直ぐにシャワー浴びてビール飲みたいの」
「同期で親しい僕よりビールを取るんですか?!」
「断然ビールの勝利だけど」
ひどい、と喚くので、耳を押さ得ていると軽快な音共にエレベーターが停止した。
その音で隣の男がピタッと口をつぐむ。
静かになったことにホッとして開いた明るいエレベーター内へ足を踏み出し、たんだけどグッと腕を掴まれて体の重心が崩れる。
転びそうになった所で、腰に腕が回って抱きとめるような姿勢に。
「……いや、何するの。私帰るんだけど」
同僚からハグのような事をされたところでトキメク乙女心は持ち合わせていない。
帰るっていってるのに、と舌打ちをしそうになったんだけど妙な音が聞こえて来たので不思議に思って体に巻き付く鬱陶しい腕の持ち主に視線を向ける。
「いや、なんちゅー顔してるの。エレベーター恐怖症とか突然発症した?」
青ざめた顔と小さく震える薄い唇。
よくよく観察すると私に巻き付く腕も震えているようだ。
じっと睨みつけるようにエレベーターの中を見ているので、私もチェックしてみたけれど何もない普通のエレベーターだ。
疑問符を大量に飛ばしている間にエレベーターの扉が閉まって、上の階へ。
「ねぇ、エレベーター乗り過ごしたんだけど」
「―――ッえ、あ、すいません! こ、ここはほら健康の為に階段でいきましょう! ねッ? その方がビールも美味しいですよ!絶対に。というか僕が奢るんで。生ビールでも地ビールでもどんとこいですッ!終電まで時間もありますから一杯くらいッ」
必死の形相で私に言い募る鬱陶しさはあるものの、生ビールの誘惑は強かった。
私の部署があるのは四階なのでそれほど長い距離ってわけでもない。
「スニーカーだし、階段でもいいか。生ビール大ジョッキと地ビール二種類で手を打つ」
「分かりましたそれでいいので、早く行きましょうッ」
エレベーター横にある階段を使って、私たちは会社を後にした。
警備のオジサンに労われ、仕事からの解放感を噛み締めた私は雁来のお薦め店へ。
この時は素直に「話に乗ってよかった」と珍しく感謝したくらいだ。
何が凄いって酒の種類と料理のクオリティがけた違い。
リーズナブルなのに色んな酒が飲めるのだ。
日頃の礼に奢ります、という言葉につい、酒が進んだ。
飲んで飲んで、食べて飲んで。たまった愚痴を吐いて、また飲んで。
この店のマスターが「よくわかる」人だったこともあって大いに盛り上がった。
その結果が、これだ。
キュッとシャワーを止めて、浴室を出る。
化粧落としと下着はコンビニで調達したが、服は借りることになった。
「……はぁ。まさか終電を逃すとは」
「あ、あの……僕の家で本当に良かったんですか?」
「いいもなにも、布団ならあるから泊って行かないかって持ち掛けてきたのは雁来でしょ。何言ってんのよ。この時期、ホテルが空いてないの知ってるくせに」
「し、知ってます……けど、あの、僕、これでも男です」
「見た目は男よね。中身はいろんな意味であれだけど。そうそう、受付の新田さんがアンタのこと好きだって言ってたみたいよ。あの子面食いだって話だから、チャンスあるんじゃない?」
ビール飲むわね、とコンビニで買った季節限定のビールを飲む。
ぷはぁと息を吐いてじっとりと同期の男を見た。
「……アンタ、意外といい所に住んでるのね」
「あ、まぁ、はい。色々気を付けて選んだので。日当たりとか」
照れたように笑った彼はワタワタと慌てながら風呂場へ向かった。
脱衣所でチラチラ私を見ていたので、うっとおしく思いつつ「何」と短く問えばパッと目をそらしてもじもじ。
「み、見てもいいですよ。その、花車さんなら」
「微塵も興味がわかない。ほざいてないでとっとと汗流して」
「……思ってた反応と違う……」
しょぼん、と肩を落として風呂場に消えたすらっとした背中をフンッと鼻で笑う。
恋人でもなんでもない只の同期の裸を見たいと思うニンゲンが一体どこにいるというのか。
少なくとも私はビールを飲んでいる方がいい。
そんなことを想いながら、テレビをつけた。
丁度、心霊番組をやっていたので「お?」とワクワクしながら眺める。
意外と好きなのだ、こういうオカルト系。
心霊写真は、間違い探しみたいで面白いし、再現ドラマの女優は美人が多い。
ぼーっとビールを飲みながらテレビを見ていると意外と早くシャワーを終えたらしい雁来が青ざめた顔でこちらに向かって駆け寄ってきた。
ぽたぽたと髪からは水滴。慌てていたのか下のパジャマだけを着た状態で上半身は裸だ。
「ッ……!! 僕の部屋でこういうモノは絶対につけないでくださいッ」
乱暴というより余裕なく私の手からリモコンを剥ぎ取ってすぐさま電源を切った彼は、直ぐにきょろきょろと周囲を見回し、ほっとした様子で肩を下げた。
あまりの勢いと思ってもいなかった反応に驚く。
煩いし、鬱陶しいし直ぐに喚くし泣くけど、仕事は出来るし、穏やかな一面しか見ていなかったからでもあるけど、この男が真剣な声色で声を荒げた所を私は見たことがなかったから。
「苦手だったの? ごめん、気を付けるわ」
「あ、い、いえ……僕の方こそすいません。あ、あの、手は大丈夫ですか。ご、強引に奪っちゃったから」
「……何で後半照れたんだ。気持ち悪い。怪我はないよ。それより、髪拭きなって」
弟がいるので、つい何時ものようにバスタオルで頭をグシャグシャと拭いていた。
途中で我に返って手を放したんだけど、遅かったらしい。
青ざめていた筈の顔に血の気が舞い戻っていて、なんだか妖しい雰囲気を醸し出しているのだ。
(あ、やば。面倒ごとの気配)
やらかした、と内心頭を抱えていると彼は嬉しそうに目を細めて――――……何の躊躇もなく自然に私の唇を食んだ。
「………は?」
なにしてくれてんじゃオマエ。
と、口にする前に第二弾。
今度はしっかりがっちり唇を合わせるタイプのやつをぶちかまされたので、無言で贅肉の付いていない腹を蹴り飛ばす。
正当防衛です。私無実。
「うぐっ! な、何するんですか……! ここはうっとりして僕と一緒に仲を深めるのが普通の反応ですよ!!」
「黙れ似非インテリ眼鏡。そういう仲でもない同僚と面倒な関係になるのは御免なの。私、付き合うなら別れても後腐れのない人間にするって決めてるから。用が済んだら服くらい来てきなさいよね。ビール温くなるから構ってられないの」
「姉さんのもってる少女漫画と恋愛漫画とエロ本だったらここでいい雰囲気になってたはずなのに……おかしいな……?」
ブツブツ言いながらもフラフラ立ち上がって風呂場へ戻ったのを見て、私は唇を手の甲で拭ってビールを飲んだ。
見た目イケメンの同僚に、キスされても全くときめかない時点で私は恋愛に向いていないのだろう。
(別にいいけどね。職場恋愛って絶対面倒だし)
二本目のビールに手を伸ばした私は、何気なく窓の外に目を向けて―――……固まった。
窓に、血濡れのオッサンが張り付いてはぁはぁと息を荒げている。
「がぁああんんんらぁぁああああいいいいい!!! あんた、知らないオッサンかくまってるんなら早く言いなさいよね!」
風呂場に怒鳴り込んだ私を見て雁来がビクゥッと小動物の様に飛び上がった。
混乱しているのは分かっていたけれど、他人に不本意であろうとキスしている所を見られて興奮されたのだ。
文句の一つ二つ言いたくなるだろう。
大きな窓のカーテンを引いて気持ち悪いオッサンを指さす。
「コイツ! アンタの知り合いなんでしょ、興奮して頭から血を流すなんてアンタとどっこいどっこいの変人というか変態をどうにかしろ!」
今思うと質の悪いクレーマーみたいなことを言っているなと思うんだけど、まぁ仕方ないだろう。
誰だってこうなる筈だ。
フンッと言いたいことを言って仁王立ちする私。
いつもならすぐに謝ってくるはずの雁来は―――――……目を潤ませ、恋する乙女みたいな顔で私の肩を掴んでいた。
(あ。これ私また対応間違った)
背筋を伝う、冷えた汗に気付かない振りをしたかったけれど、生憎、私の経験が目を背けてはいけないと盛大に警報を鳴らしていたので耐える。
私の勘は割とよく当たるのだ。
誤字脱字などありましたら報告してくださると眼鏡を二つ重ねかけして喜びます。




