私の日常
思いついたので書き始めました。
なんちゃってホラー。こわく、はないかな……たぶん。
私は、眼鏡になりたい。
これ、私が幼稚園の頃に親と先生と友達に力説していた夢。
閉じるのが面倒で半分開いた口と今にも閉じそうな視界、ついでに靄がかかったように重たい頭の片隅で思い出したのだ。
「原因、なんだっけ」
カタカタと指先が動く。
タイプミスはないけど変換ミスはあるので、気をつけながら思い出してみた。
もうほとんど思い出せない、ピュアと書いて純真と読むを体現したような幼いころの自分。
(眼鏡に執着してたんだよね。なんでかな……ゲームのキャラにやられたのは中二の頃だったからノーカンでしょ。絵本、でもない。どっちかって言うと外で跳ねまわってカエルとかバッタを捕まえて遊んでたタイプだったし)
それで、何でだっけ。
真っ暗なオフィスで輝く液晶画面。
その隅っこ。
視界の端に映るのは――――……黒い影。
男性特有の低い声でブツブツと呟いているような気がするけれど、気にするだけ無駄だ。
抑揚のない、それでいて整然と紡がれる言葉。
「うっさいんですけど。その無意識にお経唱える癖どうにかしてくれません」
「……はっ?! ご、ごめんなさいもうしわけないですあの、ええと、僕」
「あ。なんだ。仕事終わってるじゃないですか。私もう帰っていいですよね、一人でも終わると思うのでこれ全部やってください一人で」
はい、と残っていた書類の束を掴んで渡せば無駄に良い声で喚き始めた。
思わず舌打ちしたのは、まぁ、仕方ない。
こちとら、ここ数日コイツの尻拭いをさせられているのだから。
「終わらなかったらどうぞ会社で寝て下さい、クソ課長の靴下仕込んだ寝袋で。突っ込んでおきましたから」
「うぐ。せめて、い、一緒に寝て下さい……怖いんで」
「怖いじゃなくて臭ぇが正解。あと、煩い。無駄に体格がいい眼鏡め。外見だけ知的なクール系で中身ヘタレの怖がりって属性盛り過ぎだろドSになれる修行寺にぶち込むぞ」
「辛辣ッ!ああ、でもその華麗な口撃はただのご褒美っ」
隣のデスクで身悶えるスーツ姿の男にニッコリ笑顔を向ける。
いい加減私は仕事を終わらせたい。そんでもって帰ってシャワー浴びてビールを飲みたいんだ。
今日は金曜だぞ、帰るべきだ。
そんな気持ちを胸に親指を立てて、真っすぐに下へ向けた。
「ごめんなさい私ドエムの男ってあまり好きじゃないのよね。お引き取り頂けるかしら」
「ホントスイマセンごめんなさい僕もお仕事手伝うので一人にしないで暗い怖い」
「手伝うじゃなくて元々、雁来の仕事でしょうが」
「同期のよしみで手伝ってやれって言われてたし……ぼ、僕と花車さんはコンビだし」
「黙れ似非インテリ」
私はビールが飲みたいんだ!と立ち上がると慌ててこちらへ体を向けて来た。
顔はいいんだよな、コイツ。
そんなことを想いながらじっと見下ろす。
今、私の眼からハイライトは確実に消えている筈だ。働きたくない。
「あああ、帰らないでェええええ!! 夜の会社暗い怖い絶対お化け出るんですよぉおお」
手を合わせて拝むように私の機嫌を窺うこの男は、ギャップの塊だ。
普通だらけの私の人生の中で、出会った唯一普通の枠から全身はみ出てるのがコイツ。
一体何をどうしたのか、どこでネジという名の常識を落としてきたのかと問い詰めたくなるほどに、この男はおかしい。
キーボードをたたきながらさっさと帰る為に作業を進めた。
三十分も集中して打ち込めば終わるだろう、と多めに受け持っていた書類の残りを雁来に渡して、帰宅時間を告げる。
これでしばらく静かになるだろう。
嫌気がさすこともあるけど愛すべき私の平凡な日常を変えやがったのは、この雁来 紅という男だった。
誤字脱字などありましたら誤字報告で報告してくださると嬉しいです。
頭空っぽの方が愉しく書けるって誰かが言ってた。
性癖が詰め込まれてます。