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おてんばお嬢と流れ剣客  作者: 柚月 ぱど
8/29

1 用心棒バサラ 7

「ここでよろしいですか?」

「ああ。大丈夫だ」

 運転してくれた黒澤さんにしばらくここで待機するよう伝えると、俺は黒塗りの高級車から降りた。

 辺りは冷たい夜風が吹き付けていて、昼間より肌寒い。

 工業地帯は一日の役目を終えているからか、殆ど物音というものを発していなかった。

 俺は一瞬だけ目を閉じて、辺りの空気に身を任せる。

 ――西か。

 俺は瞬時に風向きを感じ取って、サクが囚われている場所の当てを付け始める。

 工業地帯の構造的に、サリン類の臭気を発する工場は場所が限られているはずだ。

 それを鑑みると、その付近の廃ビルというものも限られてくる。

 もしくは付近に自動車の類があれば、恐らく連中の車だろう。

 俺は軽く走りながら、辺りを周回し始める。

 工場の構造を見つつ、該当する場所を絞り込んでいく。

 そして、それに風向きを掛け合わせると――

 すると少し先の前方に、黒塗りのセダンが止まっているのを発見する。

 ビンゴのようだ。

 俺はすぐさまセダンが止まっている廃ビルに潜入しようか、一度戻って態勢を立て直そうかと一瞬迷ったが、約束の八時まであまり時間もない。

 逆に車まで下りて来られると厄介なので、今回は援軍なしの単独で突入することを決める。

 普通なら、とんでもなくプレッシャーのかかる場面だろうが。

 俺はなんとなく、懐かしい感触を覚える。

 まるで自分の故郷に帰って来たかのような。

 きっとそれは、長らく用心棒をやって来た職業病というものだろう。

 俺は少し笑って、すぐさま廃ビルに侵入していった。


 廃ビルはだいぶ前の段階で廃棄されたようで、内部は荒廃を極めていた。

 もとは何かの事務所だったんだろうが、机や椅子、紙の類がばら撒かれていて、足の踏み場に困るくらいだった。

 しかしここにサクと連中がいる可能性は高いので、物音一つ立てることは許されない。

 俺は呼吸音にさえも気を配りながら、奥へ進んでいく。

 この建物は四階建てのようだが、俺が誘拐犯で隠れるとするのならば、もちろん一階ではない。

 こういう犯罪に手を染める者は、一番安全な場所を選ぶはずだ。

 そうなると経験上一階と四階はない。

 すると二階か三階なわけだが、取り敢えず両方捜索してみるしかない。

 俺はまず二階に入ってみたが、物音というものが一切なかった。

 部屋は荒れ果てているだけで、最近まで人がいた気配というものもない。

 俺は小さく息を吐いて三階へ向かおうとしたが、そこで何か物音が聞こえた。

 素早く壊れかけた机に身を隠すが、誰もいない。

 警戒を続けていると、また物音が響いた。

 その音は上階から響いているようで。

 恐らく誰かの足音だろう。

 俺は足音から何人いるか推測しようとしたが、サクの話だと三人以上いると言っていた。

 そう考えると各個撃破した方が安全だが、上階の構造がわからない以上、不意の多対戦も思考に留めておくべきだ。

 俺は程よい緊張感に身を委ねながら、三階へ向かった。


 三階の踊り場から、奥の廊下を覗き込む。

 日が落ちていてあまり良くは見えないが、それでも廊下に一人男がいるのはわかった。

 あの位置的に、恐らく奥にサクがいるんだろう。

 だがあのように警備しているということは、あそこからしか侵入はできないということか。

 下手に時間もかけられない。

 俺は瞬時にそう判断すると、わざと踊り場の壁を手の甲で叩いた。

 コンクリ剥き出しだからあまり大きな音は出ないと思っていたが、欠陥工事だったのか壁の内部はスカスカなのようで、案外大きな音が響いた。

「なんだ?」

 廊下の奥から声が聞こえる。

「どうした?」

「何か物音が」

「確認して来い、一応な」

「お、おう」

 予想通り、男の一人が確認に来るようだった。

 俺は階段の踊り場に身を潜めて、その一人が来るのを待った。

 すると待つまでもなく、男の一人が顔を出す。

 俺は遠慮も何もなく、助けを呼ばれないように口を塞ぎながら、男の首を締めあげた。

 男は懸命にもがいていたが、完全に後ろを取られていたため、すぐさま昏倒する。

 俺は男を踊り場に横たえて、彼が持っていた拳銃を奪い取る。

 流石に発砲はしたくないが、念のためだ。

 俺は異変を感じ取られないうちに踊り場から移動して、今倒した男が守っていた場所まで近づいた。

「おい、何かあったのか?」

 部屋の奥から声が響く。

「おかしいな。聞こえてないのか」

「いや、階段はすぐそこだし、聞こえてるはずだ」

「――何かあったかもしれんな」

 断定はできないが、声的に残りは二人だ。

 それならば、瞬時に制圧することができる。

「確認に行く。お前はこの女を見ておけ」

「ああ」

 そうして、足音が一つ近づいてくる。

「おーい、だいじょうぶ――」

 部屋の入り口まで来たところで、俺は合気道の要領で男を部屋から引きずり出した。

「え?」

 そのまま身体を軸に反回転させ、彼の顔面を壁に叩きつける。

 腕を不快な感触が貫いて、男はすぐさま地面に倒れ込んだ。

「なんだ?! 何者だ!」

 部屋の奥から男の声が聞こえるが、俺は構うことなく自分の身を奴に晒した。

 部屋は元仮眠室のようで、いくつかのベッドが配置されていた。

 そこに転がされたサクと、拳銃を構えた一人の男。

「貴様! 一体何をした!」

「バサラ!」

 サクはその顔を輝かせて、こちらに笑顔を向けてくれた。

「助けに来たぞ、お嬢様」

 俺は少しずつサクの方へ近づいていく。

 それは男の方に近づいているのも同義で。

「と、止まれ! 撃つぞ!」

 男は手を震わせながら、こちらに拳銃を向けていた。

 俺はさして興味もなかったが、男の方に向き直ってやる。

「撃てるのか、お前に」

「う、撃てるさ!」

「じゃあ撃てよ」

「バサラ!」

「大丈夫」

 俺はゆっくりと男の方に近づいていく。

 男はひっ迫した表情を浮かべて拳銃をこちらに向けていたが、やはり撃つ気配はない。

 そして、俺は彼の目の前まで到着して、溜息を吐く。

「銃も撃てないような奴が」

 俺は瞬時に屈みこんで、

「誘拐なんてするんじゃない!」

 俺は回し蹴りを男の顔面に炸裂させていた。

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