1 用心棒バサラ 5
そうして俺はヨシノさんの魅力に負けて、ノコノコと後を付いていくことになった。
ヨシノさん曰く、屋敷はあまり遠くないということだったが。
俺たちは普段通っている繁華街方面とは反対方向に進んでいく。
しかし屋敷か。
お嬢様と呼ばれているくらいだし、意外とお金持ちなのかもしれない。
というか、このヨシノさんは一体何者なんだろう。
サク、というのはあの高慢ちきなマセガキのことだろうが、それにしてもお嬢様と呼ぶと考えると、語彙の少ない俺からすると使用人くらいしか思い当たらない。
しかもヨシノさんは和服に身を包んでいる。
あのサクという女の子は、意外と由緒正しい良家のお嬢様なのかもしれない。
しばらくヨシノさんに付いていくと、街の郊外の方へ出て来た。
この辺りは意外と閑静で、人の気配というものがない。
そんなことを考えていると、目の前に巨大な日本家屋が見え始める。
もしかしなくても、これが目的の屋敷だろう。
しかし、なんだか雰囲気がおかしい。
なんというか、あまり関わってはいけないような、ちょっと危険な香りを感じる。
そして、俺はその理由に気が付いた。
立派な門構えに掲示してある表札。
そこには佐倉と書かれていた。
佐倉。
この辺りに住んでいる人なら誰でも知っているであろう、“常識の通用しないおじさんたち”の組織の名前だ。
「帰ります」
引退する前は結構ドンパチやった界隈であるため、俺はすぐさま逃げようと後ろを振り返る。
「ちょーっとお待ちください?」
逃げようとしたが、俺の腕はヨシノさんによって羽交い絞めにされてしまう。
しかし羽交い絞めにされているということは、その大きな胸が当たっているというわけで。
「良いんですか? お、れ、い? きっと喜ばれると思いますよ?」
「はい」
俺は完全に女の武器の前に敗北していた。
「お嬢様ー! ただいま帰りましたよ!」
広々とした玄関に、ヨシノさんの声が響き渡った。
すると廊下の奥の方から足音が響いてきて、ひょこっと女の子が顔を出す。
「おお! 連れてきたのね!」
「無理矢理な」
「あら? 案外喜んでいたのではなくて?」
図星を突かれてわざとらしく咳ばらいをするが、佐倉サク――目の前の女の子は、呆れたような表情になった。
「はあ。ヨシノを行かせて正解だったわね。やっぱり胸につられた」
「いや、そんなことはない」
「そうですかぁ?」
そう言ってヨシノさんが腕に絡みついてきた。
「いえ、その通りです」
「このバカ!」
サクに思いっきり頭を引っぱたかれる。
「ほんと男って単純よね。ちょーっと女の人に言い寄られただけで、すーぐニヤニヤしちゃうんだから」
「いや、俺は多分お前に言い寄られても何も思わんぞ」
「何よ! やっぱり胸が大きくなきゃダメって言うの?!」
「違うな。程よい大きさが大事なんだ」
「そんなこと聞いてないわよ!」
次はビンタを喰らいそうになったが、流石に痛そうなので回避行動を取る。
「ちょっと、避けないでよ!」
「ビンタを好んで受ける奴はいないだろ」
「そーゆーことじゃないのよぉ!」
「ふふ。仲が良さそうで何よりですわ」
「「誰が仲良いって?」」
二人同時に声を上げるが、ヨシノさんは嬉しそうに笑っていた。
「んで、俺はヨシノさんとお楽しみに来たんだけど?」
客室に通された俺は早速要件を済まそうとサクにそう告げるが、彼女は何を言っているんだコイツと言った顔をしている。
「あんた、ほんとにそれを信じてここまで付いてきたわけ?」
「ああ」
即答すると、サクはわざとらしく大きな溜息は吐いた。
「ほんっとバカね。自分の使用人にそんなことさせるわけないじゃないの」
「自分の使用人?」
「あれ? 説明受けてないの?」
意外そうな表情を浮かべるサク。
説明も何も、ヨシノさんと楽しむために来ただけだが。
「ヨシノはね、あたしの専属使用人なのよ。お世話係って言った方がいいかしら。まぁそういうことで、まさか自分の使用人にそんな不埒なことさせるわけないじゃない」
「んじゃ帰る」
「ちょっと待ちなさいよ!」
さっさと帰宅しようと思ったところで、サクに腕を掴まれてしまう。
「放せって」
「こうでもしないと、あんた来てくれなさそうだったしね」
「お前、ヨシノさんの色香を使って俺を騙したな?」
「ふふ。あたしたちの界隈ではポピュラーな手段ね」
つまり美人局ということか。
「てかお前。さっきヨシノさんには不埒なことさせないって言ってなかったか?」
「物事には限度ってものがあるのよ。さっきのはセーフ」
サクの許容範囲について疑問が生まれるが、まぁ今はどうでも良い。
「それで、俺に何の用だ?」
尋ねてみると、サクはスッと真剣な表情になった。
「もう一度言うけど、あたしの用心棒になってくれない?」
サクが面白半分で言っていないことは、俺にもわかっている。
何か事情があるのだろう。
しかし、俺の答えは変わらない。
「わたくしからもお願いしたします」
すると、恐らくお茶か何かを淹れて来ていたヨシノさんが、お盆を置いて頭を下げた。
「依頼料はいくらでも払います。どうかお願いできないでしょうか?」
ヨシノさんも非常に真面目な表情で、こちらに頼み込んでいる。
二人が俺に向かって頭を下げる中、しかしこちらの意見は一切変わることがない。
「申し訳ありませんが、何度も言った通り俺は引退した身です。だから依頼を受けることはできません」
「どうして?」
サクが顔を上げて尋ねてくる。
「バサラは日本で一番すごい用心棒なんでしょ? どうして辞めちゃったの?」
必死そうな顔でそう尋ねてくるが、
「――色々あったんだよ。色々な」
俺はそう答えることしかできなかった。