1 用心棒バサラ 3
手を払って、俺は女性に向き直った。
先ほどの戦闘を、ポカーンとした様子で眺めていたが。
俺は彼女の顔を覗き込んで、少し感心する。
かなり整った顔立ちだ。
長い黒髪に、均整の取れた顔のパーツ。
美人と評して問題ないだろう。
しかし俺は別に奴らから女性を奪い取るために声をかけたわけではないので、取り敢えずその場から立ち去ることにする。
女性に背を向けて表通りの方に歩き出すと、
「ちょっと、アンタ」
背後から声が聞こえた。
「なんですか?」
振り返りながらそう応えると、
「なんで余計なことしたの?」
俺は言われている意味が分からず、少し混乱してしまう。
余計なこと。
それは恐らく、先ほどの俺の行動のことだろう。
「あたし一人でも逃げられたんですけど。あんなんじゃあたしが弱いみたいじゃないの」
俺は少しだけ驚いてしまう。
「ってかあんた。感謝はせども文句はないだろう。あの体格の男三人じゃ、お姉さんじゃ振り払えませんでしたよ」
「お姉さんって何よ! あたしまだ十五なんだけど!」
とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、女性はそう叫んだ。
「……はぁ? 十五? それで?」
「何よ! ちょっと子供に見えないだけで、その言い草はないでしょ!」
彼女はぷりぷりと怒り出すと、持っていた高そうなバッグから、身分証らしきものを取り出した。
身分証というか、学生証だ。
「……ほんとに中学生かよ」
「だ、か、ら! そう言ってるでしょうが! ちょーっと大人っぽいからって、さっきの人たちみたいにすぐ惚れないでよね!」
女の子はそう自信満々に宣言した。
内心、少しだけイラっと来る。
「お前みたいなタチの女に惚れるかよ」
「何?! あたしみたいに奥ゆかしくて清楚な女の子に、そんな暴言ないでしょ! 訂正して、て、い、せ、い!」
「あーうるさい! わかったからとっとと消えろ! もう用はないだろう!」
とにかくこの場を離れたかった俺はそう言って逃げ出そうとするが、
「ちょっと待って」
彼女が俺の手首を掴んで離さない。
「……なんだよ」
「アンタ、どっかで見たことあるんだけどなぁ」
「女なら間に合ってる」
「違うわよ! ほんとにどこかで見たことあるんだって!」
と彼女は顎に手を当てて考え始めたが、そこで俺は気付く。
ある意味、俺は(その界隈では)有名人であるので、もしかしたら本当にどこかで知られていた可能性がある。
しかしその場合は、本当に面倒なことになりかねない。
取り敢えず、変に絡まれないうちに逃げ出そう。
「んじゃ、俺はこれで。気を付けて帰れよ」
「あー! あの“伝説の用心棒”蕪木バサラでしょ!」
図星を突かれて内心焦るが、それを顔に出さないよう必死に堪える。
「……何のことだ?」
「すっとぼけなくたって知ってるわよ。へぇ、まさかこんなところで会えるなんてね。ねね、サインちょーだい!」
「だから違うって言ってるだろ! 人違いだ人違い!」
「嘘は良いから。というか、あたしもあなたに依頼しようと思ってたから。でも最近引退したんだよね? どうしてなのよ?」
コイツはどうも答えにくいことを聞いてくるなと思いつつ、俺はどのようにこの場を離れようか考える。
「色々あってな。じゃあそういうことで」
「だ、か、ら! ちょっと待ちなさいよ!」
逃げ出そうと背を向けるが、女の子は俺の腕を掴んで絶対に離さない。
「いつ離してくれるんだ?」
「あたしの話聞いてくれるまで」
俺は彼女の目を見やるが、どうも真剣な話のようだ。
この後の展開はなんとなく予想もつくが、仕方なく脱走するのだけはやめてやる。
「……んで、なんだよ」
そう尋ねると、彼女は真面目な表情で、
「あたしの用心棒になってよ」
そのように依頼してきた。
思った通りの展開だが、答えはもう決まっている。
「せっかくの依頼だが、丁重に断らせていただく」
「どうしてよ」
「お前も知ってただろ。俺は引退したんだよ」
「その歳で?」
「ああ」
「じゃあ、どうすれば現役に戻ってくれる?」
コイツはどうしても俺に用心棒をやって欲しいらしい。
「どうしても戻らん」
「一億出すよ。年契約で」
「バカ言うな。そんな金、どこにあるっていうんだ」
「二億でも三億でもいいよ。それか、他に何か欲しい物でもあるの?」
欲しい物と聞かれて、俺の視線は彼女の胸元に向く。
スタイルが良いが故に、その辺りは言わずもがなだった。
「……はぁ」
「ねぇ! 今なんで溜息吐いたの?! すごく失礼なこと思ってないよね?!」
「いや、スタイルの良さは胸に変えられないからな」
「やっぱり! 胸見てたでしょ! 成長期なんだからこれからなのよ!」
別の理由で怒り始めた彼女を無視して、俺は今度こそ掴んだ腕を振り払った。
「あ……」
女の子が悲しそうな声を上げるが、俺は無視して表通りの方に向き直った。
「何度でも言うが、俺は引退したんだ。もう現役にも復帰しない。それだけはわかってくれ」
そう言って立ち去ろうとしたが、
「……アンタ、あたしの胸がもう少しあったら考えてたでしょ」
「……ああ」
俺の後頭部に、彼女のバッグが直撃した。