釈尊との会話
律子は、餓鬼界から天界に帰った翌日の早朝、文殊にその様子を報告していた。「文殊様、かの餓鬼界という所、ほんとうに恐ろしいものがありました。生前の行いによって、赴く世界は異なるのですね」。「善い哉、律子よ、まさしくその通りである。六道に輪廻する衆生、殊に人間界においては、その心によって、仏となることもできれば、畜生となることもある。仏法を聴聞することは、譬えるならば、三千年に一度咲く優曇華の華の如く、仏と遭うことも、これもまた稀有なことである。汝も、この世界において、常にみ仏の法を聴聞し、一心に修行に奉仕に専念するがよい」。「かしこまりました、文殊様。でも、わたくしがなぜこのような微妙安楽な世界に生まれ変わったのか、また、ここにおいて、輪廻することなく、安楽な生活を送れるのか、不思議でなりません。わたくし自身、そのような徳を積んだ覚えはなく、殊勝なる思いも抱いた記憶が無いのです」。「善い哉、律子よ、それも無理はなかろう。一度娑婆に戻った者、過去の記憶は消えてなくなるのが、本来の常というもの。またこの世界に帰天したのも、ひとえに、遥かなる過去世における汝の徳行と、弥勒を陰日なた支えた今次の娑婆での徳行によるもの。汝は、いずれにせよ、この世界にまた戻る身であったのだ」。文殊が律子に言った。「文殊様、遥かなる過去での徳行とは、どのようなものであったのですか?教えていただけないでしょうか?」「善い哉、善い哉、教えて進ぜよう。我、無量の過去において、娑婆における龍種如来であった頃、汝は、貧しい家柄の子供であった。父母、姉妹、四人の家族の中で、貧しいながらも、常にわたくしの為に、財を惜しむことなく、灯明や香、仏飯を供えにわたくしのところに足繁く通い、常にわたくしの法を聴聞していた。汝は、自らの罪を知り、貧しい故に、多くの聴衆の中において、遠慮して、常に末席でわたくしの法を聴聞していたのである。その姿、まさに謙譲の心に溢れ、わたくしは、汝の姿を、遠くからよく見ていたものである。汝は、父母に心から仕え、孝行の道を歩み、妹の面倒もよく見、貧しい故に、妹の為に自らをを犠牲にして、妹の将来のために、勉学や、わたくしの示した法を妹に説いていたのである。わたくしは、汝のその殊勝なる心を観じ、汝が命尽きる時には、私の世界へと誘うことを心の中で密かに念じていたのだ」。「文殊様、そのようなことがあったのですね。過去の徳行は、消えることもなく、また、悪行もまた懺悔の心がなければ消えることはないのですね」。律子が文殊に言った。「まさしく、その通りである。そして、付け加えておこう、わたくしは、遠き未来において、下生し、再び如来として衆生を教化する使命を釈尊より付託されている。汝は如何するか?その時はわたくしと共に娑婆に降るか?それとも、ここに残るか?」「文殊さま、わたくしは、ここに残りたいと思います。誠さんの帰りを待ち、またこの世界において、奉仕の生活を送りたいと思います」。「善い哉、汝には、選択するその資格がある。それに、娑婆世界では、上生信仰、弥勒の世界に生まれたいと願う民衆の信仰も盛んであるようだ。