12.ユキザサ
月天宮の警護たちの手から逃れ、ワダンの町を離れたミナモたちは、再びユキザサを目指して出発した。
ただ、その進み方はこれまでと大きく変わることになった。
一度見つかったからには、月天宮がミナモを放置することはないだろう。あちらは馬に乗っているから、移動範囲の広さと速さは自分たちの比ではない。彼らに見つからないよう目的地に辿り着こうと思ったら、こちらもそれなりの警戒心を持たねばならないということだ。
これまでのように途中の町に頻繁に立ち寄っていたら、そこに追手が待ち構えている可能性がある。宿に泊まることももう出来ない。町から町へと続く道からはなるべく外れた行路を選び、夜は野宿、食べ物も自力で手に入れながら進んでいこうということになった。
幸いにして、ユキザサの町はもうそんなに遠くない。逃避行は長いこと続けられるものではないが、二日か三日くらいなら何とかなる。
老人の墓へ行って約束を果たした後は、ミナモは大人しく月天宮に戻るつもりだ。
だからこうしてアカザネと一緒にいられるのも、あともう少し。
……だったらせめて、出来るだけたくさんのものを、この目と心に刻みつけておこう。
***
川の中では、銀の鱗で陽の光を反射させながら、魚が身をくねらせて泳いでいるのが見えた。
水深はミナモの膝下まである。草履と脛巾を脱ぎ捨て、括袴を上のほうまでたくし上げて、じゃぶじゃぶと水音をさせながらミナモは川の真ん中まで歩いて行った。
底にある丸石はつるつるで、油断するとすぐに滑って転んでしまいそうだ。へっぴり腰で流れの中に立ち、手に持った木の枝を構える。
邪魔な袖は後ろに廻して袴の裏腰に差し込んでおいた。恰好だけは勇ましいが、身体のほうがぐらぐらと危なっかしく揺れているので台無しだ。
魚はするするとミナモの足の間をすり抜けるようにして泳いでいく。目で追う暇もない。想像していた以上に、生きている魚は素早かった。
ミナモは眉を下げた情けない顔で、川岸のほうへ向かって文句を言った。
「アカザネ~、やっぱり無理だよ~」
「おまえがやってみたいって言ったんだろ。早く獲れ」
河原に腰を下ろしてこちらを見ているアカザネは情け容赦がない。
石を積んで即席の竈を作り、火まで焚いて、準備万端の状態でしれっとミナモが魚を獲るのを待っている。そりゃ確かに、「魚でも獲って食うか」と軽く言ったアカザネに、「わたしもやりたい!」と張り切って手を上げたのはミナモだが、まさか枝一本だけ渡されて、いきなり川の中に放り込まれるとは思わないではないか。
「せめてやり方を教えてください……」
「やり方も何も、尖った枝の先端で魚の腹を突くだけだ。簡単だろ」
「ウソだ、絶対簡単じゃない」
「腹が減った、早くしろ。俺が飢えて動けなくなったらどうするつもりだおまえ」
「理不尽……!」
腹が減ったと言いつつ、何もしないでこちらを眺めているだけのアカザネは、どう見てもこの状況を楽しんでいた。彼がその気になれば、魚を捕まえることなんてすぐに出来るのだろうに。
ミナモはむくれて唇を突き出したが、確かにこのままでは埒が明かない。今までずっとアカザネに面倒を見てもらっていた自分を恥じる気持ちもあるし、意地もある。こうなったら魚の一匹くらい見事仕留めてみせようではないか。
「えいっ!」
枝をまっすぐ振り下ろしたが、掠りもしなかった。
「とうっ!」
もう一度振り下ろしたら、石の間に嵌まって抜けなくなった。
「やあっ!」
思いきり突き刺そうと力を入れたら、枝がぽきんと折れてしまった。
アカザネえ~……と泣きそうになりながら河原に顔を向けたら、彼は立てた膝と膝の間に頭を埋めるようにして肩を揺らしていた。
めちゃめちゃ笑われている。近頃ふとした時に笑う顔を見せてくれるようになったアカザネだが、これはあまり嬉しくなかった。
「もうっ! じゃあ手で獲るよ!」
こうなったら自棄である。ミナモは木の枝を投げ捨てると、じゃぶんと音を立てて、勢いよく両手を水の中に突っ込んだ。
そのまま身を折り畳むようにしてじっと魚の動きを追う。
枝の先端を突き刺すよりはやりやすいように思ったが、敵もさるもの、どれだけ必死に手で追っても、するすると逃げて行ってしまう。まるでこちらを馬鹿にするように、手の甲を尾で触れて泳いでいく魚もいたりして、もう悔しいといったらない。
ばしゃばしゃと魚相手に奮闘することしばらく、どういう奇跡か、ミナモの手ががしっと魚を掴んだ。
「あっ、捕まえた! ほら見て見てアカザネ、これ……!」
満面の笑みを浮かべて意気揚々と掴んだ魚を持ち上げたら、水から引き揚げた途端、魚がミナモの手の中から逃げ出そうとぐねんと身を捩った。手の平がぬるっと滑り、そのまま抜けてしまいそうになる。ミナモは離すまいと慌てて手を動かし、背中を反らして──
結果、ばっしゃんと川の中で思いきり尻餅をついた。
手から飛び出した魚が頭の上に落ちてきて、そこでぽんと跳ねるとまた川の中に戻っていった。バーカバーカ、という声が聞こえるような気がする。
びしょ濡れになりながら河原のほうを見れば、アカザネがその場に突っ伏し、身体全体を揺らしていた。
笑いすぎだ。ミナモは頬を膨らませたが、結局可笑しくなって自分も笑い出した。
輝く水面が、今までに見た何よりも美しいと思った。
夜は外で寝た。
ミナモたちが進んでいるのは町からも人が通る道からも外れたところなので、さほど誰かの目を気にする必要はない。しかしアカザネが障害物がないのをイヤそうにするのと、やはり危ないこともあるかもしれないということで、なるべく目立たず他から見られないような場所を選んだ。
夜になると隠れる、というのはもうすでに、彼の癖というか、習性になっているのかもしれない。
段差のある地形で岩穴を見つけたが、そこは二人が座ればあとはもう何も入らないというくらいの小さく浅いところだった。アカザネは穴の入り口に小さな炎を焚くと、そこに腰を落ち着けたが、ミナモはちょっと迷ってしまった。
「……わたし、隣に行ってもいいの?」
周囲は暗くなってきて、アカザネの身体はすでにぼんやりと発光しはじめている。あれだけ自分を見られるのを避けていた彼だから、他人と夜を過ごすのは苦痛でしかないかもしれない。
アカザネは火の中に細い枝を放り込みながら、ちらっとミナモを一瞥した。
「今さらだな。あれだけ一緒に宿に泊まれと言ってたくせに」
「今になって、思いついたの。……アカザネ、こういうの、イヤじゃない?」
「イヤもなにも、夜を誰かと過ごすなんて初めてだ」
「わたしがアカザネの初めての夜のお相手なんだね」
「誤解を生むような言い方はやめろ。いいから、こっちに来い」
袖を引っ張られて、ミナモはアカザネの隣に座った。折り曲げた膝を両手で囲む。それでも狭い穴なので、肩と肩がくっつくような形になった。
それからしばらくの間、二人で無言の時を過ごした。
目の前には、がらんとした殺風景な景色が広がっている。大地に草はあまり生えておらず、根元から腐って倒れてしまった木もある。花もない。虫の鳴き声もしない。聞こえてくるのは小さな川のせせらぎと、炎が立てるバチバチという音くらいだ。
真っ暗な空では、半円の月がしらじらと淡く輝いていた。月の神さまはあそこから下界を見下ろしているのだろうか。この荒れた光景を、そこにいる二人を、どう思って眺めているのだろう。
その目には、すべてがちっぽけなものとしか映らないのだろうか。
──この世界はまるで少しずつ腐っていく果実のようだ、と誰かが言っていた。
もしかしたら、そうなのかもしれない。いつの間にかこの世界は真ん中の芯が腐敗して、それがだんだん人の目に見えるようになってきた、ということなのかもしれない。
実と皮の部分が、徐々に黒く変色していくように、この世界も蝕まれつつあるのかも。
……けれど、それでも人は皆、一生懸命生きている。
迷い、悩み、苦しみながらでも、精一杯自分の足で前へと進もうとしている。決して終わりを目指しているわけではない。
見えるのが暗闇ばかりでは疲れてしまうこともあるだろうが、前方に小さな光でもあれば、その歩みはもっと力強いものになれるはず。
腐ったからという理由で捨ててしまえる果実とは違う。中身が悪くなっているのならなんとか食い止めて、少しずつでも元の状態に戻していく努力をするべきだ。
この世界には、楽しいことも、綺麗なものも、まだたくさんあるのだから。
「──ミナモ」
呼びかけられて、びくっと身じろぎした。
驚いて隣を見る。アカザネがミナモの名前を呼んでくれたのはこれが初めてだ。
彼はその一言を出したきり、また口を閉じてしまった。視線は前に向けられたままで、炎がその横顔を赤く照らし出している。
「う、ん、なに?」
ミナモは動揺を隠して返事をしたが、アカザネはまだ黙っている。もしかして幻聴か聞き間違いだったかなとミナモが思いはじめた頃になってようやく、もう一度口を開いた。
「……おまえ、月天宮に帰るのか」
ぼそりとした低い声で問いかけられ、ミナモは少し言葉に詰まった。
でも、答えに迷うことはなかった。
「うん、帰るよ」
「月天宮に戻ったらもう外には出してもらえないと、そう言っていただろう」
「うん」
「それでもいいのか」
月天宮に帰れば、外の世界に出られるのは年に二度の祭りの日だけ。多くの警護の目をかいくぐり、あそこを抜け出すことは不可能だ。
ミナモはまたあの場所に閉じ込められ、力を操る訓練をこなし、ただ花を咲かせることを考えるだけの、単調な日常を送ることになる。
──アカザネにも、もう会えない。
「いいというわけではないよ。だけどそれでも、わたしはあそこに戻って、自分のやるべきことをやらなくちゃ。スオウさまにも会って、きちんと話をしないといけないから」
「スオウさまって誰だ」
「セイラン国王の弟で、月天宮のいちばん偉い人。とても優しくて、とても賢くて、とても美しい人だよ」
「……へえ」
アカザネの声がさらに低くなったが、ミナモは気にせず続けた。
「わたし、今までずっと、スオウさまのなさることに間違いはないって思っていたの。でも、外の世界を自分の目で見て思った。月天宮の在り方は、どこかおかしい。何か考えがあってそうしているのか、そうだとしたらどういう理由によるものなのか、わたしはそれを知らないといけないんだと思う。そして『月の子』として、なすべきことをなさないと」
しっかりした口調でそう言うと、アカザネは少し鼻を鳴らした。ようやくこちらに向けられた目には、かなり皮肉げな色が乗っている。
「それが『月の子』に与えられた使命だからとでも言うつもりか。それともこれまで育てられた恩義のためか。どちらにしろ、くだらない」
「恩義はあるよ。ウスキはわたしが月天宮に入ってからずっと面倒を見てくれたお姉さんみたいな人だし、スオウさまはいつもわたしのことを励ましてくれた。わたしはずっと二人に喜んでほしくて花を咲かせようとしていたの。でも、上手くいかなかった。それはわたしに、足りないものがあったからだと思う」
「足りないもの?」
訊ねるアカザネに、ミナモはこっくりと頷いた。
「──人を助けたいと願う心」
小さな声でそう言って、首を傾け、アカザネの肩にそっともたれかかる。
アカザネは口を結んでじっと動かない。
「この世界のために、ここに生きる人たちのために、わたしに出来ることがあるならそうしたい。わたしの『花使い』の力は他の『月の子』たちに比べたら特に意味のない、小さなものかもしれないけど、それでも少しは何かを生み出すことが出来るかもしれないと、ようやく思えるようになった。ほんのちょっとの癒しでも、疲れきった心を慰めることが出来るのなら、わたしはそれを使いたい。それに、『月の子』がきちんと役に立つと人々に認知されるようになれば、『落とし子』たちに向けられる目も、きっと少しは変わってくると思う。そのことを、月天宮に帰ってスオウさまに伝えなくちゃ」
今度は、くだらない、とは言われなかった。
代わりに、小さなため息が聞こえた。
「……いいように使われるだけかもしれないぞ」
「頑張って自分の意見を言うようにするよ」
「一生、月天宮に支配されるかもしれない」
「成り行きでそうなるのと、自分で選ぶのはまったく違うんじゃないかな」
「ずっと『月の子』として国の所有物であり続けるのを選ぶのか」
「それで少しでも世界が良くなるならね」
こちらを向いたアカザネの眉が上がった。彼の口が「本当におまえは阿呆だな」という言葉を紡ぐ前に、にこっと笑いかける。
「だって、この世界にはアカザネがいるから」
開きかけていたアカザネの口が中途半端なところで止まった。
なかなか彼のそんな顔はお目にかかれない。思わず、頬が緩んだ。
本当は、もっといろんな顔も見てみたかったけど。
「アカザネのいるこの世界がこれからもずっと続いていくように。アカザネがこの世界でずっと自由に生きていけるように。そう思うと、わたしは今までよりもこの世界を好きになれる気がする。……ありがとう、アカザネ。月天宮の外を、わたしに見せてくれて。いろいろなことを教えてくれて。短い間だったけど、わたしすごく楽しかった。はじめて、生きているのが楽しいと思った。外の世界は綺麗なものばかりじゃなかったけど、月天宮の中よりも綺麗なものがたくさんあったよ。これから、何回も、何十回も、何百回も思い出す」
この記憶と思い出を、これからの支えにしていこう。
もう会えなくても、この広い空の下のどこかにアカザネがいると思うと、きっと頑張れる。
「……阿呆」
アカザネがぽつりと呟いた。
結局言われてしまったか。
いつものように笑おうと思ったら、ぎゅっと手を握られてそれどころではなくなった。アカザネを見ると、彼はまた前方に視線を戻してしまっている。
ミナモもぎこちなく顔を前に向けて、黙り込んだ。心臓がばくばくいっているのが、頭のほうにまで響いてうるさい。こんなにも静かでは、アカザネにまで聞こえてしまうのではないだろうか。
自分も彼の大きな手を握り返した。
アカザネの身体から放たれる白い光が、ぽわんとひときわ強くなった。
「明るくて、優しくて、温かいね。わたし、この光、大好き」
「──そうか」
アカザネが静かに言って、目を閉じる。ミナモの頭の上に、ふわりと彼の頭が乗せられた。
それっきり、どちらも一言も口にしなかったけれど。
暗闇と静寂の中、ずっと互いに手を繋ぎ、身を寄せ合っていた。
***
──老人の墓は、ユキザサの町のすぐ近くにあった。
このあたりの住人たちの墓地となっているのか、見晴らしのいい平坦な場所に、こんもりと盛り上がった土饅頭がいくつも並んでいた。その上には、形や大きさの異なる複数の石が積まれている。中には故人の遺骨と遺髪が一緒に埋められているのだそうだ。
アカザネはそのうちのひとつの墓の前に行くと、持っていた竹筒を傾けて水をかけた。
「酒じゃなくて悪いな、じいさん」
そう話しかける声は、いつもの彼よりもわずかに柔らかい。表情も少しだけ和んでいるように見えた。
きっとそれだけ、彼にとって特別な存在だったのだろう。
アカザネが墓の前で膝をつき、手を合わせたので、ミナモもそれに倣った。墓参りははじめての経験なのでよく判らないが、ミナモといいます、アカザネにはお世話になって──と心の中で挨拶をする。老人も土の中でおそらく当惑しているだろう。
「天気がよくて、よかったね」
「そうだな」
見上げれば、頭上には抜けるような青空がある。月は出ていなくても、ミナモにはそれほど影響がない──と、思われる。夜に花を咲かせようと思ったことがないので、実際のところはよく判らないのだが。
力を使えるようになったら、昼と夜とではまた違う結果が出るのだろうか。今度試してみよう。
そんなことを考えていたら、アカザネが「……思っていた以上に何もなかったな」とぼそりと言った。
「何もないって?」
「いくらなんでも、無から花を咲かせられるわけじゃないんだろ。元になるものが必要なんじゃないのか。あのニンジンみたいに」
「ああ……」
ミナモは周囲を見回した。確かに、墓の周りにはこれといって咲かせられそうなものがない。ひょろりとした雑草が申し訳程度に生えている程度で、あとはざらざらとした土ばかりだ。
「どこかから探してくるか」
「あ、うん、あのね、たぶん大丈夫」
そう言って、ミナモは土の上に手をかざした。
今までになく、身の裡で力が漲っているのを感じる。大きく膨らんで渦を巻き、早く外に出してくれと訴えてきているようだ。少し気を許すと、自分自身までそちらに持っていかれそうな危うさまでがある。
──もしかして、ミナモの力は、思った以上に大きなものなのではないか。
ふと、胸に不安が生じた。
あれほど立派な「花使い」になるのだと意気込んでいたが、いざはっきりと発現したら、自分が考えていたものとは少し違うような気がしている。なんとなく、どこか得体が知れないような。
しかしそれがどのようなものでも、これからはミナモが制御していかなければいけないのだろう。自在に操るというのは、そういうことのはず。大きな力ならば、それよりも大きな意志でしっかりと使いこなせるようにならないと。
「どうした?」
声をかけられて顔を上げると、アカザネがこちらを覗き込んでいる。
ミナモは笑いを浮かべて、首を横に振った。
「あ、ううん、なんでもない」
「調子が悪いなら、無理しなくてもいい」
「調子が悪いどころか、絶好調だよ。いい? アカザネ、見ててね」
これは魚を獲る時とは違う。今のミナモはちょっぴり自分に自信がある。
ミナモは両手を何もない地面に向けた。
たとえ出てきていなくても、地中にはたくさんの植物の種子がある。土中深くで眠っているそれら、力が足りなくて出てこられないそれらに、ミナモの力を分けてあげるのだ。
手の平がほんのりとした熱を孕んだ。
神さま神さま、月の神さま、どうか「花使い」ミナモに力をお貸しください。
アカザネを救ってくれたおじいさんに、手向けの花を捧げたいのです。
──さあ、出ておいで。
一拍の間を置いて。
あちこちで、ぽこり、ぽこりと小さく地面が盛り上がった。
黒っぽい土の間から、緑色の芽が次々に顔を覗かせはじめる。ミナモの力を受け取った数多の種が、呼びかけに答えた。ものすごい速さで発芽して、根が伸びる。瑞々しい葉が広がり、どんどん姿を見せていく。ようやく息吹いた命のように、生き生きと。
茎が成長し、何枚もの葉をつけて、蕾が膨らむ。
老人の墓の周りを取り囲むように、あっという間に緑が覆い尽くしていくのを、アカザネが目を大きく見開いて見ていた。
数えきれないほどの蕾。この花たちも、外に出たがっていたのだろう。歓喜に震えるように葉を揺らし、風に乗って踊っている。ミナモも嬉しい。手助けしてあげるから、みんな出ておいで。一緒にこの世界の空気を感じよう。
──咲いて。
ミナモの願いに応えて、花弁が一斉に開いた。
今自分たちの上にある空のような青色の、愛らしいスミレの花が群れとなって集まり咲き誇る。
花の敷物が広がった。
見えるかな、アカザネのおじいさん。喜んでくれる? 大丈夫、心配しないでね。わたしも頑張るから。
アカザネがいるこの世界はまだ、花を咲かせることが出来るよ。
「……綺麗だな」
青く染まった大地を見て、アカザネが眩しいものを見るように目を細めた。
「よかったな、じいさん。俺は手のかかるガキだったけど、あんたに拾われてなんとか生きていくことが出来た。──この世界もそう悪くはないと思ったのは、じいさんに会った時と、これで二回目だ」
墓に話しかけるようにそう言ってから、ミナモのほうを向く。
「ありがとう、ミナモ」
優しい声でそう言って、微笑んだ。




