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10.町はずれ



 長い間、アカザネはじっと身動きもせずに、無表情で黙り込んでいた。

 ようやく口から小さく息を吐き、近くにあった木の幹にもたれ、根元に腰を下ろす。

 しかしそれでも何も言わない。しんとした静寂の中、月光を浴びた彼の身体が、まるで呼応するかのようにぼんやりと光を放っているのは、とても幻想的で不思議な眺めだった。

 ミナモは少し迷ったが、そろりと足を動かして、彼のほうに近寄って行った。

 一歩二歩と進んでも、アカザネは口を結んだまま動かない。とりあえず拒絶されることはないようだと気を強くして、ミナモはそのままアカザネの間近にまで歩いていくと、その隣に並んで自分もゆっくりと膝を折り曲げて座った。


「おまえは知らないんだろうが……いや、聞かされていないんだろうが」


 やがて、アカザネが口を開いた。

 その視線は前に向けられたまま、ミナモのほうを見もしない。ぼそりと落とされた言葉は独り言のようにも聞こえたので、頷くだけで返事はしないでおいた。


「自分の身体の中に変な力を持っているやつは、おまえが思っているよりも、数が多いんだ」


 変な力、とそれを呼ぶ時のアカザネの口調は、まるで余計に背負い込んでしまった荷物のことを話しているようだった。

 月の神さまから授かった力、と月天宮で言われていたものは、彼にとってはただ邪魔なだけの代物なのだと、嫌でも感じさせる。そういう言い方、そしてそういう顔つきだった。


「変な力を持って生まれた人間のうち、月天宮に認められたやつだけが『月の子』と呼ばれて国に庇護され、大事にされる。月天宮が基準を決め、審査をし、その(ふるい)にかけられて残ったものだけが『月の子』になるんだ。篩の目からこぼれ落ちたやつは、文字通り、『月の落とし子』なんて呼ばれ方をする」


「落とし子……」

 小さく呟いたミナモに、

「落とし子ってのは、貴人が正妻以外の妾に生ませた子という意味だ。『月の子』が皆に期待され、望まれて生まれてきた子どもというなら、『月の落とし子』は期待もされず望まれもしないのに、何かの間違いで生まれてきてしまった子どもってことだな」

 アカザネは無表情のまま淡々と説明した。


「正妻の子と妾の子は何が違うか。単純に、国にとって有意義かそうでないか、という理由による。水を浄化し、土壌を豊かにし、風を呼び、緑をもたらし──おまえみたいに花を咲かせるような力を持つやつらは貴重だし、なによりこの世界に必要だから、月天宮が率先して保護し、育成しているんだろう。だが、そこから外れた力は、特に国は必要とはしていないんだ。少しばかり石を飛ばしたり、狭い範囲の空気を暖めたり冷やしたり、小さな虫を呼んだり、」


 そこでアカザネは自身を見下ろし、

「……自分の内側から光を放ったり」

 と、付け足すように呟いた。


「いくら根っこは同じでも、そういう中途半端で、何の役にも立たない力を持ってしまった人間までも抱え込むほどの余裕は、この国にはない。だからたとえ親が金欲しさにそういう子どもを月天宮に連れて行ったところで、これは受け入れられないと門前払いされるわけだ」


 ミナモの胸がぐっと塞がった。

 自分たちが「月の子」として月天宮で不自由なく暮らしていた裏で、多くの「月の子にはなれなかった子ども」がいたなんて、思ってもいなかった。そんなことを知らずにのほほんと過ごしていたミナモに、そして月天宮に、アカザネが厳しい目を向けたのは当然のことだ。

 自分が両親に連れられ、月天宮に行った日のことを思い出す。ほんの少し道が違えば、ミナモはあの門の中に入ることはなく、まったく別の人生を歩んでいたかもしれなかったのだ。

 そしてアカザネはたぶん、その「違う道のほう」を辿った。


「──おまえの親はどうか知らないが、俺の親は自分の子どもが他にはない力を持っていることを知った途端、大喜びで月天宮に売り飛ばしにいくような人間だった。貧しいこともあったが、なにより、夜になると身体のあちこちが光り出す子どもなんて、気味が悪くてたまらなかったんだろう。いい厄介払いができるとばかりにいそいそ月天宮にまで連れて行ったのに、にべもなく断られて追い払われたら、そりゃ腹も立つってものだ。これで少しはいい目を見られると思って当てにしていた金も、一銭ももらえないというんだからな。……それで親は、その鬱憤を晴らすためか、はなからそのつもりだったのか、俺を家には連れ帰らずに、途中で捨てていくことにした」


 アカザネの声には、怒りも悲哀も何も入っていなかった。そんな感情を抱く段階は、もうとっくに通り過ぎてしまったというように、そこにはただぽっかり開いた穴のような空虚さだけがある。

 月天宮にそっぽを向かれ、親に捨てられ、幼かったアカザネは一人、この荒れた世界でどのように生きてきたのだろう。

 ……その黒々とした瞳で、何を思い、何を見ていたのだろう。


「どの『落とし子』たちも、みんな似たり寄ったりだ。月天宮から弾かれて『月の子』になれず、役立たずの烙印を押されてしまえば、その力はただの異端でしかない。周りには奇異の目で見られ、親からも疎んじられて、誰もが自分の力を隠すようになる。俺もいろいろ詮索されたりするのは御免だから、ずっと夜は一人で過ごすようにしていた。ただそれだけのことだ。──これでいいか」


 醒めた口調で投げ捨てるように言われて、はっとする。

 ミナモが伏せていた目を上げると、アカザネはその場から立ち上がりかけていた。


「わかったら、家に戻れ。これ以上人の事情に立ち入るな」


 今までのどんな時よりも冷淡で突き放すようなその声に、頭から冷たい水をかけられたような気持ちになった。

 立つと同時にアカザネが足を踏み出す。もうこちらを振り返りもしない。行ってしまう。

 するりと離れていく水干の袖を、ミナモはがしっと掴んで引き留めた。


「待って!」


 アカザネがこちらに向ける眼差しには、露骨に苛立ちが滲んでいた。最近はどれだけ袖を掴んでも引っ張っても、こんな目はしなくなっていたのに。

 ここで手を離したら何かが決定的に壊れてしまうような気がして、ミナモはますます力を込めて握った。怖いなんて思っていられない。ミナモだって必死だ。

 彼はこの力のことを、誰にも知られたくなかったのだろう。こんな話だって、したくなかったに違いない。アカザネは最初から他人とは距離を置いていた。それをミナモが強引に詰め寄った。だからアカザネは、隠していたものを見せることによって、その縮まった分よりもずっと隔てた遠くまで離れていこうとしている。


 今を逃したら、次の機会はきっと二度と与えてもらえない。

 アカザネとの距離は遠ざかるばかりで、もうどれだけ走っても追いつけない。

 ──そんなのは、いやだ。


「行かないで、アカザネ」

「……別に、この姿を見られたからって、一度引き受けた仕事を放棄したりしない。気味が悪いとおまえが思うなら別だが」

「そんなこと思ったりしない」

「言っておくが、同情はするな。『月の子』に憐れまれるほど、俺は落ちぶれちゃいない」

「そんなんじゃない!」


 ミナモは声を荒げてそう言い切ると、すっくと立ち上がった。

 アカザネと真っ向から対峙し、眉を上げて彼の顔を見据える。


「アカザネ、手を出して」

「……は?」

「いいから!」


 有無を言わせない迫力で要求するミナモをはじめて見たからか、アカザネがまとっていた、何もかも弾き返すような頑なな空気がほんの少し緩んだ。しかし彼の手は動かない。ミナモの意図を測りかねているようだ。

 その腕を掴み、無理やり上げて手の平をこちらに向けさせた。逃げる暇を与えずに、その手の平に自分の手の平を叩きつけるようにして合わせる。勢いが強すぎて、ばちんと大きな音がした。少し痛かった。

 大きな手の指と指の間に、無理やり自分の指をねじ込んで、ぎゅうっと握る。アカザネの手は開かれたままだが、振りほどかれるのでなければ、別に構わなかった。そして意外と彼はこういう時、そんな真似はしないのだ。ミナモはそのことをもうよく知っている。

 ふ、と息をついて、目を閉じた。


 合わせた手の平に力を集めて放出する。

 じわりと孕んだ熱が、自分の手からアカザネの手に移っていくのを感じた。

 ゆるやかに波打ち、流れ、巡っていく力。ミナモの身体の中で大きく渦を巻き、一方向へ向かっていく。その力は、手の平を通してアカザネへと移動し、彼の中を廻ってからまたこちらへと戻ってきた。

 ミナモはそれを導いて、またあちらへと送るだけ。二つの力は混じり合い、循環して、ひとつの大きな力となる。そのための手助けをしてやればいい。


 重なり合った手の平から、明るい光が漏れる。線のように放射されたその輝きが、周囲を照らした。


 これはミナモの力であり、アカザネの力でもある。混然一体となって、共鳴し、同調し、融合しているのだ。

 アカザネにも判るはず。彼もまた、感じているはず。ミナモとアカザネの力が今、手の平を通して繋がっているということが。

 自分の心も気持ちも、彼に伝わればいいのにと願わずにいられない。



 ……行かないで。背中を向けないで。置いていかないで。

 ここにいて。



 ミナモはゆっくりと目を開けた。

 アカザネは驚いたように目を大きく見開いていた。月天宮に縁がなく、誰からも教わる機会がなかったのであろう彼は、力の使い方を知らない。自分の意志による動かし方が判らない。今はじめて、その力を外に出したという実感を得たのだろう。

「……わかった?」

 ミナモが問いかけると、アカザネが戸惑ったようにこちらを見て、まだ白光を発している自分の手に視線を移した。


「わたしとアカザネが持っているのは、まったく同じもの、同じ力。水のように、風のように、一度融け合えば分けられない。湖の水か、川の水か、それくらいの違いはあるだろうけど、水が水であることに変わりないの。それを気味悪く思うなんて、あるわけない。わたしは確かに無知だった。でも、これから知ればいいと言ってくれたのはアカザネでしょう? お願い、勝手に壁を作ってしまわないで。わたしの気持ちを決めつけないで」


 懸命に、そして真剣に、言葉を紡いだ。

 力があろうがなかろうが、耳や尻尾が生えていようが、アカザネがアカザネである限り、ミナモの心は何も変わらない。


「見られたくなかったのならごめんね。痛かったり苦しかったりするんでなければ、それでよかったの。──でもね、アカザネのその光は」

 ミナモはにこっと笑った。

「とても綺麗。白く澄んで、優しくて、温かい。月の光によく似てる。わたしは大好き」


「…………」

 アカザネは口を結んで黙っている。

 しかしやがて、その指が静かに動き、曲げられていった。

 彼の大きな手の平が、ミナモの小さな手の平を包み込む。

 次第にその手に力が込められて、固く結ばれるようにして繋がった。


「──そうか」

 小さな声で返事をして、ミナモの手をしっかりと握ったまま、アカザネがそっと息を吐いた。



          ***



 アカザネは再び木の根元に座り込んだ。

 ミナモもその隣に腰を下ろしたが、彼はもうイヤそうな顔はしなかったし、「家に戻れ」とも言わなかった。

 その代わり、ぽつぽつと、少しずつ、これまでのことを語りはじめた。

 目線は前方の闇に向けられたまま、つらい過去を手探りで引き戻す瞳には、やっぱり何も浮かんではいない。彼の中で、それはもうとうに、なんらかの感情を呼び起こすものではなくなってしまっているようだった。

 親に捨てられてから、あちこちの町を転々とし、畑から野菜を盗んだりしてなんとか生きていたこと。どこにも行き場所がなく、誰からも見向きもされなかったこと。光る身体を見られると騒がれるし、暴力を受けたりすることもあるので、夜は誰にも見つからないようにいつも一人で隠れ、じっとしていたこと。


「……だけど一年くらいしたある日、じいさんに拾われて」

 呟くように言った時、アカザネの身体の、ちょうど胸のあたりがぽわんと明るく光った。


「じいさん?」

「ユキザサって町で一人暮らしをしていた年寄りだ。かっぱらいをして逃げてたところを捕まって、延々と説教された後、その腐った性根を叩き直してやるって言って、俺を自分ちに連れ帰って飯も食わせてくれた。行くところがないならここで暮らせばいい、だからもう悪いことはするなって」

「そう。……いいおじいさんだったんだね」

 アカザネにはじめて差し伸べられた救いの手だ。流浪していた孤独な子どもにとって、それはどれほど大きな存在だっただろう。

「厳しくて、よく怒られたがな。いつも何かというと、『金は盗むもんじゃねえ、自分で稼いで手に入れるもんだ』と言っていた」

「ああ……」

 ミナモは納得して頷いた。なるほど、その人の信条と教訓を忠実に胸に刻んで、アカザネは生活を立て直し、成長したわけだ。ここまでの守銭奴になるとは、老人も思っていなかったかもしれないが。

 何にしろ、真っ当な考えを持つその人物との出会いがなければ、アカザネの人生は悪い方向に転がるばかりであっただろう。

「じいさんと暮らすようになっても、夜は外に出ていた。何も言われたことはないが、たぶん俺のこの身体のことも、気づいていたんじゃないかと思う。結局、じいさんは五年ほどで死んでしまったが……」


 ふいに、アカザネはぴたりと言葉を止めた。

 しばらく考えるような間を置いて、ミナモのほうを向く。


「──じいさんがな」

「うん」

「酒を呑んでいい気分になると、自分の子供の頃のことをよく話していたんだ。その当時はまだ、この国でもよく花は見られたものだって。今じゃもう滅多に見られないが、その頃はまだなんとか、『花の国セイラン』の名残を多少は残していたらしい。通りを歩いていると、そこかしこで花を見つけることが出来て、それが楽しみだったって。──もう一度、ああいうのを見られたらいいんだがな、とよく言っていた」

 アカザネはそこでもう一度口を噤み、手を顎の先に当てた。

 ミナモのほうを向いていた視線が、迷うようにふらりと流される。


「行くよ」


 言葉の先を待たずにミナモがそう言うと、アカザネが驚いたようにまたこちらを見返した。

「行くって」

「おじいさんのお墓。その、ユキザサっていう町の近くにあるの? アカザネが案内してくれるんでしょう? 一緒に行こう」

「……ユキザサの町はここから歩いて数日かかる。せっかくもうじき首都に入れるのに、また遠ざかることになるぞ。その分、月天宮に戻るのも遅くなるのに」

「いいの、行く」

 ミナモは首を振って、もう一度はっきり答えた。

「わたしね、少し、わかってきたの」

「なにが?」

「いろいろなことが」

 それだけ言って、微笑んだ。


「──今のわたしなら、たぶん花を咲かせることが出来ると思う。頑張って咲かせるから、おじいさんのお墓にお供えしよう。この国にもまだ花はあるんだってことを、おじいさんに見せてあげよう、アカザネ」


 月天宮に戻ったら、ミナモはもう自由に外に出られない。

 そこに帰るよりも先にしておかなければならない、大事なこと。アカザネのためではなく、ミナモ自身のために、ミナモの意志で、そうしたいと思った。


 アカザネはじっとミナモを見つめた。

 その身体から放たれる光が、さっきよりも明るくなっているような気がした。闇に瞬き、眩しく清浄に輝いている。とても綺麗だ。ミナモは大好きだ。

 この凛とした強さも。──暗がりを灯すような、この優しさも。


「いいのか」

「うん」

「本当に?」

「あはは、いつもわたしのこと、しつこいって言うくせに──んん?」

 笑い声を立てたら、突然視界がくるりと廻った。アカザネの光がぼんやりと霞む。あれえ?

「あ、そうか。今日はたくさん走った上に、力を使いすぎちゃったからね……」

 理解した途端、限界が来た。アカザネが何かを言っているようだが聞こえない。こちらに差し伸べられた手を取ることも出来なかった。

 急速に目の前が真っ暗になっていく。残念、もっとアカザネの光を見ていたかったのに。

 ミナモは気を失った。



          ***



 翌朝起きたら、ミナモは家の中で横になっていた。

 すぐ傍にはアカザネが腕を組んで座っていて、よく判らないが怖い顔で叱られた。うんうんごめんねと聞き流し、昨日もらった食べ物を二人で分け合って、マンリョウの町を発つことにする。

 出て行く時には、カヤとその両親が見送りに来てくれた。

 カヤの父は頭を掻きながら、

「あんたらを見ていたら、今まで誰かが困っていても知らんぷりするだけだった自分が情けなくなってなあ。二人には大して礼をすることは出来なかったが、これからその分を、よその誰かを助けることで恩返しの代わりにしていくつもりだよ」

 と少し恥ずかしそうに言った。

「怖い顔のお兄さん、お花のお姉さん、どうもありがとう! またね!」

 仔犬のスイを抱いて、笑って手を振るカヤに、ミナモも笑顔で手を振った。



 ユキザサの町は、都へと通じる街道とは逆の方向にあるらしい。

 進むのも難儀するような険しい道行きではないが、途中にある町は街道沿いにあるものよりも格段に小さくなるという。

 ミナモは頷いてから、ふと思いついてぽんと両手を打ち合わせた。


「そういえばアカザネ、これからはもう夜も一緒にいてくれるんでしょ?」

「……まあ、そうだな」


 アカザネはなんとなく複雑そうな顔をしている。その視線が、微妙に何もない空中へと逸れていたが、そんなことは気づきもせずに、ミナモは単純に喜んだ。

「よかった! 外でどうしてるんだろうって、いつも気になってたの。今後は宿にも二人で泊まれるんだね」

 にこにこしながらそう言うと、アカザネが珍しく口ごもった。


「その場合、二人でひとつの部屋ということになるが……」

「え、それは駄目だよ。アカザネなに言ってるの?」

「ああ? おまえのほうが、『なに言ってるの?』だ。即答するな。なんだその真顔は」


 真面目な顔できっぱりお断りしたら、急に眦を吊り上げてくるりとこちらを向いたアカザネに、耳を引っ張られた。最近は慣れてきたのか、力加減が絶妙だ。


「だ、だって、夫婦の誓いをしていない男女が同じ布団で寝たら、月の神さまがうっかり間違えて赤ちゃんを授けてくださるかもしれないんだよ。アカザネったら、知らないの?」

「……それも月天宮で習ったのか」

「うん」

「本っ当にどうしようもないところだな、あそこは! だからこんな阿呆が出来上がるんだ」

「えっ、じゃあ違うの? 赤ちゃんが出来たりしないの?」

「ちが……いや、違わないところもあるし、その可能性もあるかもしれないが、根本的なところがおかしい」

「何がどうおかしいの? じゃあ外の世界ではみんなどうしてるの? 夫婦が同じ布団で寝て、赤ちゃんをくださいって二人でお祈りするんじゃないの? だったら他に何するの? アカザネ、わかりやすくわたしに教え……いたたた!」

「おまえ実は何もかもわかってて言ってるんだろ、絶対そうだろ。もういいから、行くぞ」


 ようやく耳たぶを解放して、アカザネが改めて手を伸ばしてくる。

 また腕を掴まれるのかと思ったら、彼が取ったのはミナモの手の平だった。

 そしてそのまま、前を向いてずんずん進んでいく。繋がれた手は離れない。力の放出をしなくても、すぐにじんわりと温かくなった。


 ミナモは「うん!」と笑って返事をし、ぎゅっとその手を握り返した。





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