第一章 鬼(未完)
私は本当についていない。
だって見てほしい。この酷い寝癖。
一体私が何をしたというのだろう。
小さな町の、小さな神社の子供に生まれて早16年。
地元の少人数の高校に通う私、里藤 有采は、朝が楽になるはずという一心で切った自分の髪を、鏡越しにうらめらしそうに見つめた。
家族とも似ていないたれ目の、どこかふわついて見えるこの顔立ちは、最初こそコンプレックスだったものの、近頃はまったく気にしなくなってきている。
…これが成長というやつなのだろうか。
……いや…多分違うな。
そうしてむすっと鏡とにらめっこしていると、襖の向こうから祖父がお茶を沸かす音が聞こえてきた。
祖父とはこの鬼桜葉神社という名の我が家で、それはそれはもう長いこと、ずーっと2人暮らしをしている。
そうしてミニテーブルの上で温まりだしたヘアアイロンの、なんともいえない鉄の匂いに顔をしかめながら、そこかしこから聞こえる蝉の声にぎゅっと目をつむった。
…きっと今日もまた汗だくだ。
大体からしてここ最近暑すぎる。
日焼けが怖いなんてレベルじゃないこの猛暑の中、田舎の高校生である私たちは、今日も自転車を漕ぎまくる…
なんて偉いのだろうか。
そしてようやく満足のいく髪型に整えられた自分の髪の毛をふわふわともてあそびながら、私は廊下に出て、台所の方へ向かった。
いそいそと朝ご飯のバターロールを口に詰め込み、祖父が用意してくれた水筒をお気に入りのスクールバッグに詰めると、
「有采、ねぇ有采、行くよ、置いてくよ」
ほらきた。
「まって、今行くから!」
「いっつもこれなんだから~」
建物自体古いおかげで玄関なんてものを突き抜けて聞こえるこの声の主は、高校でできた友達の水刃 結花。
そもそも高校が少人数のためほとんどみんな幼なじみなのだが、彼女は高校に入学するタイミングでこの町へ越してきた女の子だ。
ちなみに彼女はとんでもなく朝が早い。
おかげさまで私もすっかり早起きさんである。
「おまたせ!ごめんね、今日は寝癖がとんでもなくて…」
「見たらわかるよ~、だっていつもよりちょこっとはねてるもん。しょうがないしょうがない」
そう言って柔らかい笑顔を見せてくれる結花。
「今日もまぶしいね…」
「えっ?なにがなにが?」
そう言って、気になるじゃん~、とずいずい近寄ってくる彼女に、自転車倒れるよーなんてことをいいながら、私たちは一向に冷めないぬるい風の中、颯爽と自転車を走らせる。
途中で顔に向かって突進してきた蝉に緩い怒号を散らしながら、けたけたと笑って横断歩道で急ブレーキ。
私はこの、なんてことのない朝の登校時間が大好きだ。
○
「肝試ししようぜ!」
「はぁ?」
柔らかな陽の差すお昼休憩。
この昼休みでさえも賑わいを失わない人間がいる。
…男子高校生という生き物。
これは私の周りだけなのであろうか。
幼なじみの二人のうち、一人の声は教室にいる者全員を振り向かせる。
「お前また言ってんのかよ…いい加減諦めろって。そういうとこほんと変わんないよな」
「いいじゃんかぁ子憂~…これから行事がいっぱいあったりでいつものメンバーで遊べないかもしれないだろ?」
「真、それはそうだとしてもだな…」
「俺行きたい!怖いの克服したいし!」
「光は幼稚だな」
「なんでよ~!」
ずっと昔からの仲である三人、そして結花や私ともよく遊ぶ彼らは、剣野 真、名川 子憂、河原 光。
真や光の大騒ぎを食い止める係が子憂、といった関係性は、高校生になった今でも健在である。
そんな彼らの話題は肝試し。
ここらはお化け屋敷なんてものもなく、お祭りでもお化け屋敷が開催されることはないため、みんなして夏場は肝試しで盛り上がるのだが…
「ねぇ、ねぇ今肝試しって言った!?」
…結花は肝試しが大の苦手だ。
「お!結花~、楽しいぞ肝試しは~」
「いや怖いけどな」
「お前怖い側に賛同するのか光」
「怖いよ本当に!!」
そうしてわーわーと喚き立てる結花に、ついにクラスの意識が集中し始めてしまった。
(…っと、これはまずい)
私はとりあえず…ということで、結花たちに声をかけ、教室を後にした。
○
「よし、ここなら大丈夫!もう、結花ったら男子三人より大きい声で喋るんだもん。びっくりしたよ私」
「ごめんね~…」
私は一時回避、という名目で、みんなを廊下途中にある椅子まで連れ出した。
普段ならカップルや上級生に人気のスポットではあるが、今は昼休みということもあって人がいない。
「これだから結花はぁ」
「真にだけは言われたくないよな」
やってきてそうそうナイスワイワイしだす真や子憂をそっちのけに、光が「場所そこにすんの?」なんて気の早いことを言ってきた。
「おっ、威勢がいいねぇ光クン!そうだな~どこがいいだろな~」
「って、やるの決定なの!?」
目を丸くする結花を、今度は真がそっちのけに話を進める。
場所を決める、とはいっても、ここはド田舎。いい感じの施設なんてものはなく、俗にいう心霊スポットとやらもない。
…ただ、私にはひとつとっておきの適所がある。
「私の家でやるのは?」
これだ。
我が家というものが神社であるが故の特権。
「…あぁ、確かにそうだな、ナイスアイデアだ」
「なんだ、いい場所あんじゃん」
「ナイスだぞ~、有采!」
「私は全然ナイスじゃない展開だけどナイスだよ~…」
活気に満ち満ちた面々と、しょぼくれる一名。
この感じもいつも一緒のメンバーならではという感じがしてとてもいい。
「じゃあ場所はこれで決まりなわけだが…あとは日時だな。有采、なんか神社の行事とか被る日はあるか?」
仕切りなおす子憂。これもいつものこと。
「…特にないかな、なんなら明日でもいいよ?」
「お~!いいな、明日!俺も明日は習い事なーんにもないぜ!」
そういってグーサインを出す真。これももちろんいつものこと。
(確かにこの中だと真が一番忙しいかな…)
そんな真がオッケーなら、答えは決まったようなものだ。
「なら放課後だな。明日の放課後。暗くなる時間も含めてだが、大体7時くらいに集まろう」
「あっ、そうだ」
このままこの話は終わり~、的な雰囲気の中、私はどうしてもしたかった頼み事を、思い出したかのようにみんなに伝えた。
「え!浴衣着ていっていいってことか!?」
「いいな、それ!」
私がどうしてもみんなに頼みたかったこと。それは服装だ。
浴衣姿で夜の神社。これはなかなか名案ではないだろうか。
「うん!今年は夏祭りも中止だーって言ってたし、みんなの浴衣姿も見てみたいし」
そう、なにより今年の夏祭りの中止というものが大きい。
「今年はでっけー台風くるって言ってたもんなー、町民会のおっちゃん」
「こ、こら、光ってば、おっちゃんはまずいよ叱られるよ」
「いいっていいってー!」
(おじさんの不人気は本当なんだ…)
おじさんはこの町のお偉いさんみたいな人。
けど本当に頑固で、うちの祖父も町内唯一の神社の神主ということで関わりがあるらしいが、話をするたびこれ以上なく疲れて帰宅する。
「俺もおっちゃん呼びだな!」
「やっぱそうだよな!」
(ちょっとちょっと…)
「話逸れすぎだよ二人とも…ほら見て、あの子憂の顔。ものすごく嫌そう」
「げっ…」
「す、すんません…」
「あ~、有采ママだ~」
貴重な昼休みを余分に潰されたくないのか、子憂の顔が次第に曇ってきたため、私は必殺ママ戦法を使った。
(…結花の野次が気になるけど)
「…いいか」
「は…はい……」
鬼の形相の子憂。
…青ざめる一同。
「持ち物はそれぞれが必要だと思うものを持ってくればいいからな。でも懐中電灯は忘れずに」
「はーい」
話し出した子憂がそれほど暗い顔をしていなかったため、こちらは一安心。
…でも、不機嫌だろうがなんだろうが、子憂は優しい。
それをわかっているからこそのこの関係性、というものだ。
「あ!ちょっといい?」
「おっ、なんだママ」
(ママじゃない…)
「えっと、もし浴衣が慣れなくてしんどかったら無理しなくていいからね?なんなら普段の着替えも持ってきていいよ」
「ラジャー!!」
これでひとまずは安心。
あらかた決めることは決めたので、この集まりは一時解散となった。
光は真と子憂を連れて自販機に、私と結花は教室に。
午後からの移動教室の準備をしながら、
(楽しみだな、明日)
私は久しぶりにみんなで遊べる喜びに、顔をほころばせた。
―これから起こることなど知らずに。
○
眠れない。
あれから無事に午後の授業を終え、家に帰り、今は布団の中にいる。…明日のことが楽しみで寝られないだなんて子供みたい。
寝られなくなる理由に心当たりはない…が、
(なんでだろう、なんでかわからないけど寝られないんだよね…)
「…あれ?」
たまらず布団から体を起こして、祖父が日々の掃除で綺麗に保っている境内を、襖を開けてガラス戸越しに眺めていると…
はらり、と赤い何かが境内の小さな池の上に降ってきた。
気になった私は、どうせ布団に入っていても寝られないし、と、そのまま縁側に出て下駄を履き、問題の池まで歩く。
そして池に近寄った私は、自らの視界に映ったものに目を見張った。
―真っ赤な彼岸花があったのだ。
私は不自然に降ってきたそれを、指でそっと持ち上げる。
地面に生えていない挙句、空から降ってきたにも関わらず、まったく枯れていない、生き生きと鮮血のような色をしたその彼岸花はどうも不自然だった。
「どうして急にこんな…うちでは彼岸花なんて育てていないのに」
確かに我が家である鬼桜葉神社は、彼岸花を模した御朱印があったり、参拝客向けのお守りやおみくじが彼岸花を象っていたりする。
でも、彼岸花を境内では育てていないのだ。
もともと咲く季節も限られるような花であり、花であるが故に枯れてしまえば貧相になってしまうのが現状…
最も美しい状態の彼岸花を参拝客に見てもらいたいがために、賽銭箱の傍に置くようになったものも作り物の造花だ。
そんな、近場では全く生えていないような彼岸花がこんなにも唐突に、はらはらと一輪だけ落ちてくるなんて。
しかも驚くべきは風に乗って、ではなく、確実に空から真っ逆さまに降ってきた…ということ。
「気になるけど…なんでだろ、なんか今日寒い…」
蒸し暑い夏の夜のはずが、なぜか寝間着の上から上着を羽織りたくなるほど寒かった。
それになんだか…良くないものの気配も感じる。
こう、なにか悪いものが迫って来ているような、そんな感じがした。
「冷えるなぁ…」
寒さと気味の悪さで粟立つ肌を必死にさすりながら、下駄を乱暴に脱ぎ捨て部屋に駆け込む。
(ひょっとして…うちで祀ってる鬼が現れた、なんてファンタジーな展開だったりして…………)
そう、我が家で祀られているのはただの神ではない。
鬼神なのだ。
みなが良い神と崇める鬼神とはまた違う、極悪非道で恐ろしいものの骨頂。
だが断じて、ただ悪い邪神…というわけではない。
詳しいところは私も知らないが、どうやらこの鬼桜葉神社は江戸時代頃から存在し、以来ずうっと鬼神を祀り続けてきたのだという。
一説によれば、その悪名名高い力をあえて称えることで、鬼神と近しい関係は取り持ちつつも、自らにその力の被害を被らないようにする、または鬼神に唯一干渉できる可能性を保持し続けた、などともいわれている。
世の数多の神社が戦神を祀るのと似たような原理なのだろう。
しかし…言ってしまえば邪神は邪神。
「……やっぱそれはそれで怖いからやだな」
怖いものは怖いのだ。
鬼神とはどのような姿をしているのだろうか。
…そう考えていた、その時だった。
スッ…っと、私の部屋の襖の向こうを通っていく何かが見えたのだ。
どこか赤い炎のように見えたそれはまるで……
(……まさか鬼火…じゃないよね)
そんなことなどあってもらっては困る。
祖父でさえも見たことがない鬼火を見ただなんて、強運すぎるし第一怖い。
それに鬼火なんてオカルトチックなもの、この世に存在するのだろうか。
おそるおそる襖を開け、顔を覗かせてみるが…
…やはり見間違いだったのだろうか、静まりかえった冷たい廊下には、赤い炎は勿論、なにかがいた痕跡もなにもなかった。
あるのはただ静寂と、時折聞こえる祖父の寝息。
(やっぱり見間違いだったんだ……)
疲れてるのかな、私。
それとも鬼神のことを想像しすぎたせいだろうか…
私はそんなことを思いながら、再び布団へ潜り込んだ。
○
ついに迎えた肝試し当日。
この日の天気はなんだか重っ苦しかった。
雨が降っているわけでもこれから降り出す予報でもないのに、灰色のずっしりした雲が空一面にひろがる、正にどんより曇り空といった感じだ。
「あーあ、曇っちまったなぁ…」
真が教室の窓からそんな空を見て、ため息をつく。はたして肝試しに天気は関係あるのかどうかと問われれば、大して無い…とは思うけど。
「まぁ、雨は降らなさそうだし、夜には曇ってるかどうかわかんないんじゃない?」
「確かにそれもそうだな…それに、肝試しってのはこういう雰囲気のがいいんじゃないか?」
私に続き子憂がそう言うと、
「おー!そっか!!」
さっきまでの落ち込んだ姿はどこへやら。真はぱあっと顔を明るくした。
それを見て私と子憂は二人顔を見合わせ、 どこかほっとしたように笑いあう……
────ドドドドドドドド
ん…?なんか物凄い足音が聞こえ…
「おーーい!」
「!?」
廊下を全力疾走し、教室の扉に凄まじい音を立てながらぶつかって、ぜえぜえ息を切らしながらそこに立っていたのは…
「こ、光!」
いやもうなんかちょっと待って。ものすっごい顔色悪いよ。
これ以上ないくらい焦ってる様子だが…
いや、この状態で何もないなんてこと、逆におかしい。
「ちょ、ちょっと光、待ってよ…!」
後ろから遅れて結花も走ってきた。
そういえば今日はちょっと遅れる、とのことで、一緒に登校しなかったのだが…
きっと方向が同じだった光と鉢合わせして、そこですでに情報交換でもしたのだろう。
彼女も同じように顔色が悪い。
そして、酷く怯えた表情の光は震える声でこう言った。
───鬼を見たんだ、と。
「ええっ!?鬼ぃ!?」
予想外のことに驚きを隠せなかった私たちは、光と結花の説明を、早鐘を打ち出す心臓を必死に落ち着かせようとしながら聞いた。
光いわく、昨日家へ帰った後、真や子憂や結花も時間があるときはしてくれているように、私の家、鬼桜葉神社へ参拝をしに行ったらしい。
そしてその際に、黒い鬼の角を生やした背の高い、着物の男が賽銭箱に腰掛け、なにやら火の玉を周りに浮かばせながら酒を呑んでいる様子を見たというのだ。
その顔は長い前髪に阻まれて見えなかったらしいが…
ところどころはねた黒髪や、着物の袖から覗くその素肌は、生きた人間のものとは思えないほど青白かったのだという。
「そ、そんな…」
なんとも縁起の悪い話だ。そんなお化けか神仏の類か、はたまた邪神の可能性だってあるものを目にするなんて。
「それに、火の玉ってもしかして…」
鬼の角をもつ怪物が浮遊させるものは、まず間違いなく…鬼火のはず。
鬼神を祀る神社の娘であるため、私も鬼については少しわかるのだ。
「それ、多分だけど鬼の特徴と全く同じだし…もしかしたら鬼とか…かも……」
「やっぱりそうだよな!?鬼だよな!?」
光はよっぽど恐ろしかったのか、その時のことを思い出して涙目になりながら喚いていた。
「でもそんな、鬼を見るなんて…テレビの心霊番組くらいでしか聞いたことないぞ」
「私も、そんなのいるわけないしテレビのアレも作り物なんじゃない?とは思ったんだけど…」
確かに結花の言うとおり、あんな人外の生き物がそんな簡単に見つかるわけも、第一存在しているわけもないというのが、世間一般の常識。
…しかし、光の反応を見ている限り、嘘をついているようには見えなかった。
背筋がつう、と凍る感覚が全員を襲う。
「ゆ、有采の言う通り、そいつが本当に鬼なら…」
「とんでもないことになりそう…」
「そ、そんなの、よくある心霊現象の類かもしれないだろ?とにかく、肝試しはさせてもらうからな!」
そんななかでも、他の皆よりは平気そうにしていた真だったが、不安がりだした周りの空気感に耐えられなかったのだろう。その気を紛らわすように、そしてせっかくの遊びのチャンスを逃してなるものか、と、大声で肝試し決行の宣言をした。
しかし、せっかく楽しみにしていたのだ。
私たちもそんな目に見えないものの存在一つで、この楽しみを潰すわけにはいかなかった。
○
私はお気に入りの淡紅色の彼岸花をあしらった薄桜の浴衣を着込み、鏡の前でくるっと回ってみる。
家に帰ってからというもの、私はわくわくが抑えきれずに、晩ご飯を食べてすぐ浴衣に着替えてしまった。
去年の夏ぶりにタンスからだしたこの浴衣は、祖父が中学の卒業式後、プレゼントしてくれたもの。
神社で行事のお手伝いをするときに着る着物は持っていたのだが、祭りに着ていったりできるような浴衣は持っていなかったのだ。
合わせて買ってもらった赤い鼻緒の下駄に履き替え、鳥居の前でみんなが来るのを待つ。
あの後光は子憂になだめられていつもの調子を取り戻し、真も合わせて二人していつも以上にはしゃいでいた。
結花も一時はどうなることかと気をもんでいたようだったが、その様子を見て安心して。
私と子憂もまた安堵し、みんないつも通りに放課後を迎えた。
…とはいっても、心の片隅にほんの少し、不安を抱えてはいる。
多分これは、みんな同じ。
でも、そんな気持ちを少しでも和らげることに、この浴衣が活躍してくれればいいな、なんて思う。
浴衣というものはいつもと違う装いであり、着た者の気持ちを高ぶらせる。
普段と異なるものを身に纏うということは、たったそれだけで気持ちが華やぐのだ。
「あっ!」
「有采~!」
そうして浴衣の衿を正しながら待っていると、さっそく結花が来てくれた。
お上品な薄水色の地に、水の流れを模した柄が入った浴衣だ。
そのおしとやかで清楚な形がとても彼女に似合っている。
「浴衣なんてひっさしぶりだ~!」
「お前の家に浴衣があったことが驚きだぞ、俺は」
「有采の提案に感謝しなきゃだな!今年は着れなくなりそうだったし!」
少し後ろから光と子憂、真も揃ってやって来た。
光は向日葵の柄が入った淡い黄色の浴衣、子憂は桔梗色の大人めな浴衣、真は橙色の甚平を着ていて、私は密かにそれぞれの性格と合ってるなぁ、なんて思いながら、三人に手を振った。
「にしても有采はやっぱり彼岸花なんだなー」
「神社の御朱印も彼岸花のデザインだし、うちの神社といえば…みたいなとこあるもんね。それに私、彼岸花って華やかで好きだよ」
「確かに!俺も彼岸花かっけぇな~って思う!」
「真のそれはゲームの影響かな…」
そうしてそれぞれの服装を褒めあったり、浴衣で苦戦した~なんて話をしたりした後、真が本題を切り出した。
まずは肝試しのルート決めからだ。
「今いるこの鳥居から入って、境内をぐるーっと回ってくる感じな!」
「ぐるーっと回るとちょっと距離あるよ?」
「まぁ距離は長かったほうが楽しいんじゃないか?」
「それもそうだね、有采の家大きいからいい感じかも」
こう見えてうちの神社は大きく、境内だけでもかなりの広さがある。
でも光が言うように、長いことはしゃげたほうがいいのは確かにそうだろう。
「よし、じゃあ早速行くかー?」
真の呼びかけに私たちは「おー!」と威勢よく返事をした。
そして各々持参した懐中電灯の電源を入れ、私を先頭にからんころんと下駄を鳴らしながら歩き出す…
─ん、あれ…なんか降ってきた。
「…花びら?」
「ん、なんだこれ、急に降ってきたぞ」
子憂も気づいたらしく、まだ数歩しか歩いていないが早々に立ち止まった。
「おい、なにしてんだよ、早く行こう…ぜ…?」
「え、なにこれ、桜?」
「でももう夏だし、ここらへんにある桜は散ってるだろ?……なんでだ?」
季節外れすぎる桜の花びら。
加えて、境内の明かりが不意に全て消え、あたりが暗闇に包まれる。
異変に気づき、みんなが揃ってふっと上を見上げた瞬間─
「きゃあっ!?」
突然視界が桜吹雪で埋め尽くされた。
とてつもない勢いで周りを取り囲むそれらは、目を開けているのも困難になるほどのもので…
しかし、現状把握すらできないのでは話にならない。
そうして何とかして状況を確認しようと、無理矢理目をこじ開けた…その時。
「だ、誰…!?」
必死で開けた目の視界の先。桜吹雪の中。
少し進んだ先にいた、それは…
───紛うことなき〝鬼〟だった。
その鬼はどこか光が見たという鬼の特徴と似ていて、何故か私の目を見据え、口を固く閉ざしたまま、何も語らず静かに笑っている。
どこか消え入りそうな、儚いその姿がどうしても気になり、咄嗟に声をかけようとしたが…
途端に勢いを増した桜吹雪に阻まれ、もう一度目をこじ開けたその時には、彼の姿はもう無かった。
そして、次第に桜吹雪が止んでいき、みんながいる方…鳥居の方に振り返ると…
「…っ!?」
全員呆然として鳥居の向こうを見ていた。
結花も、真も、子憂も、光も。
みな唖然として鳥居の先を見つめている。
…理由に関しては簡単に説明がつく。
なぜなら鳥居の向こうの景色が…
───今まで住んでいた町並みでは無かったのだから。