最終便 朝日
「……本当にもう行ってしまうのか?」
「ああ」
そして迎えた翌朝。
朝日の出と共に、俺はこの村を発つことにした。
この村にはシィーロガンの手掛かりはないようだし、突如魔族の集団に襲われた上、村長が殺されてしまったこの村は昨日からてんやわんやだ。
これ以上俺がここに留まっていても、邪魔になるだけだろうからな。
「ダナカは傷の方は大丈夫か?」
「ああ、この通り問題ない」
村の入り口まで見送りにきてくれたダナカの身体は、確かに傷一つなく綺麗に治っている。
どうやらこの村の病院には優秀な治癒術士がいるようだな。
……実は俺は治癒系の魔法は苦手で、ほとんど使えないんだよな。
まあ、俺自身が傷を負うことは滅多にないから、そもそも必要ないというのもあるが。
「そうか、それはよかった。……じゃあな」
俺は軽く手を振り、ダナカに背を向ける。
――が、
「……ま、待ってくれザトウ!!」
「ん?」
何故かダナカに呼び止められた。
な、何?
「――私も。私も君にお供させてくれ!!」
「んんんんんん???」
何でそうなるの!?!?
「君のお陰で私は宿願を果たすことが出来た。――だから今度は私が君の役に立ちたいんだ!」
「い、いや、でも……」
「わかっている。私なんかでは世界最強である君にとっては、いてもいなくても変わらない存在であることは重々承知している。――でもどうしても私は君の側にいたいんだ! そのためなら雑用でも何でもする! どうか、この通りだ!」
「……ダナカ」
ダナカは深々と俺に頭を下げた。
「……気持ちは嬉しいよ。でもダナカはこの村の警備が任務なんだろ? それはどうするんだ?」
「その点は問題ない! 実は昨日の内に、王立魔法剣士団に異動願いを出しておいたのだ」
「異動願い!?」
しかも昨日の内に!?!?
それ、俺に断られたらどうするつもりだったの!?!?
「む! ちょうど返事が来たようだな」
「は? ――あ」
ふと空を見上げると、一話の梟がダナカ目掛けて封書を落とすところだった。
あれは王立魔法剣士団の伝書梟!?
「えーと、どれどれ」
封書を素早くキャッチしたダナカは、いそいそとそれを開けた。
「……ふふふ、私の要望は通ったようだぞ!」
「……マジで?」
ダナカがドヤ顔で見せてきた辞令には、ダナカを俺の直属の部下に配属する旨が記載されていた。
……オイオイ、さてはこれはアレだな?
王立魔法剣士団は体よくダナカを俺の監視係にするつもりなんだな?
王立魔法剣士団としても深淵魔法剣士である俺の動向は常に把握しておきたいから、ダナカからの申し出は渡りに船だったって訳だ……。
確かに深淵魔法剣士は俺を含め、自分勝手なやつが多いからなあ。
「私の代わりの魔法剣士はもうすぐ到着すると書かれてるから、あと少しだけ待っていてくれ。引継ぎを済ませたら、私も君と一緒にこの村を出る」
「……本当にそれでいいのか」
「イイッ!」
「――!」
ダナカの背に映る朝日のように眩しい笑顔でそう言われてしまっては、俺にはもう断る理由はなかったし、ダナカと共に旅をすることに柄にもなくワクワクしている自分がいることを認めざるを得なかった。
「――そうか、じゃあ、これからよろしくな、ダナカ」
「ああ、こちらこそよろしく頼む、ザトウ!」
俺とダナカは朝日に照らされながら、固い握手を交わした。
……あれ?
待てよ。
て、ことは今後は――。
『さてと、今夜はこの宿に泊まるか。すいません、シングルを二部屋――』
『オイオイザトウ、二部屋も取るのはもったいないだろう。シングルを一部屋で十分だ』
『えっ!? そ、それは流石に……』
『心配ない、シングルでも詰めれば二人で寝れるさ。……それともザトウは、私と一緒に寝るのはイヤか?』
『……ふっ、しょうがねえなあ。可愛い部下の頼みだからな』
なーんつって!!!
なーんつってッ!!!!!
「む? ザトウ? どうかしたか?」
「えっ!? あ、ああ、いやいや、何でもない何でもないよ!」
「? ふふ、やっぱり変なやつだな」
「はははははは」
「さてと、私は朝食の準備をしてくるよ。キムチ鍋でいいかな?」
「キムチ鍋!?!?」
朝から!?!?
きっと例によって地獄みたいに辛いんでしょうね!!
「う、うん、キムチ鍋でいいよ……」
「よし! では私は先に私の家に行って準備するから、ゆっくり来てくれ!」
「ああ、サンキュ」
まったく、殊勝な部下を持てて、幸せ者だよ俺は。
「――むおっ!?」
「ダナカ!?」
が、ダナカはお約束のごとく、何もないところで派手にスッ転んでしまったのであった。
――黒のレース!!