第8便 反省
ふううううう、危なかったああああ。
ギリギリセーフってところだな。
「な、何なんですかアナタはいったい……。用事があると走り去ったと思ったら、今度はそんなところに立って……」
「貴様に名乗る名は無い!!」
「っ!?!?」
「……と、いうのは冗談で、仕方がないから名乗ってやろう」
「はぁ……」
ふふふ、どうやら俺の圧倒的な強者オーラに気圧されているようだな。
因みに何故俺がこんなところに立っているかというと――それはもちろんカッコイイからだッ!
「――俺の名はザトウ・マザユキ」
「なっ!!? あ、あの、世界最強の魔法剣士と言われている、【黒狼】ザトウ・マザユキですか!!?」
ふふん、やはり魔族の中にも俺の名は知れ渡っているようだな。
「……ごめんなダナカ。隠すつもりはなかったんだが」
「いや、いいんだ、君にも何か事情があるんだろう? ――それにさっきの戦いで気付いていたよ。あんなことを出来るのは、ザトウ・マザユキくらいのものだろうからな」
「あ、やっぱり?」
「ふふ」
ダナカは頬をほんのりと赤く染めながら、目を細めている。
……あれ!?
こ、これはひょっとして――。
『――ザトウ、君はずっと私の憧れだったんだ』
『ははは、それは光栄だな』
『……言っておくが憧れというのは、魔法剣士としてという意味だけではないぞ?』
『え? それってどういう……』
『まったく、このにぶちんめ。――これは一生かけて、ワカラセてやるしかないようだな』
『オ、オイ!? こんな人前で……』
なーんつって!!
なーんつってッ!!!!
「……くっ! 相手にとって不足はありませんよ! むしろ最強のアナタを倒したとなれば、世界最強の称号はワタクシのもの!! 世の中にワタクシの力を示す、いい機会というものですッ!」
「ハッ、そういうのを捕らぬ狸の皮算用って言うんだぜ? まあお前の脳味噌の代わりにところてんが詰まってそうな頭じゃ、知らなくても無理はないけどよ」
俺は物見櫓から颯爽と飛び降り、カシャバールと対峙した。
「ヌウウウウウ、ワタクシは人をバカにするのは大好きですが、バカにされるのは大嫌いなんですよおおおおおお!!!!!」
友達いなそうだよなお前。
「見せてさしあげますよッ!!! ワタクシのトッテオキを!!」
そう言うなりカシャバールは、またしてもカッシャ君を天高く掲げた――。
「アルデルラン・ガルデルラン
バルハルミン・ドルハルミン
アンゲルトン・デンゲルトン
ダーバーニャ・マーバーニャ
ジャンダルヴァルハン・ヴァンダルジャルハン
――【刺殺流星群】」
するとカッシャ君の口から、【魔牢束縛陣】の時とは比較にならない程の夥しいナイフが吐き出され、それらの刃が全て俺の方に向けられたまま空中に静止した。
オイオイ、刃物は人に向けちゃいけないって、親から教わらなかったのかよ。
えーと、1、2、3、4……全部で65536本もあんのか。
あんなに小さいカッシャ君の身体の、どこにこれだけの数のナイフが?(素朴な疑問)
「ンフフフフフフフ、あまりの光景に声も出ないようですねえ!! これにて幕引きですッ!!」
「ザ、ザトウッ!!!」
65536本のナイフが一斉に俺目掛けて飛んでくる。
まあまあそう心配すんなってダナカ。
――この程度、魔法を使うまでもねーよ。
「あーらよっと」
「「っ!?!?!?」」
俺は向かってくる65536本のナイフを、チョーナイフローラで一つ残さず叩き斬った。
「ふむ、こんなもんだろ」
「そ、そそそそんな……。有り得ない……。有り得ないですよこんなことおおおお!!!!」
いやいやそろそろ現実を見ようぜ?
控えめに言って大分カッコ悪いぞ今のお前。
「くっ!! この女がどうなってもいいんですかあああ!!!」
「「――!!」」
カッシャ君の口からナイフの刃だけを出したカシャバールは、その刃先をダナカの首筋に当てた。
うわあ……、思わず見蕩れるレベルの三下ムーブ。
「――大丈夫か、ダナカ?」
「「????」」
カシャバールとダナカは、どちらも鳩が【黒炎淪滅斬】を食ったような顔をしている。
まあ無理もない。
カシャバールに人質に取られていたはずのダナカが、俺の手元にワープしてきてお姫様抱っこされているからだ。
でもこれも本当にワープした訳じゃない。
ただ単に目にも止まらぬ速さでダナカの下まで駆け寄り、目にも止まらぬ速さでダナカをお姫様抱っこし、目にも止まらぬ速さで元の位置まで戻ってきただけだ。
「ここで横になっていてくれ。すぐ終わらせるから」
「あ、ああ……」
俺は地面にダナカをそっと寝かせ、カシャバールに向き合う。
「……ま、ま、待ってください! ワタクシが悪かったです……! 謝ります!! 反省しますッ!! もう二度と悪さはしないと誓いますからああああッ!!!」
「あ、そういう件はいいから」
「……え?」
「仮にお前が心から反省してよーが、今更お前のことを許すつもりは俺にはねーからさ」
「そ、そんなあああああああああ!!!!」
まあ、この手のやつがこういう場面で心から反省してたことなんて見たことねーけどな。
――さて、と、こいつにはやっぱこの技が相応しいかな。
俺はチョーナイフローラを構え、魔力を込める。
「脈打つ一つの心臓
対立する二つの正義
受け継がれる三つの秘宝
静観せし四つの神
繋がる五つの星
餞の六つの銭貨
裁かれざる七つの大罪
――絶技【七爪断罪斬】」
「あああああああああああああああああああああああ」
俺は碧い炎を纏ったチョーナイフローラで、カシャバールを七度斬り裂いた。
「ああああああああああああああ…………、あ、あれ? 何ともない?」
が、カシャバールにはかすり傷一つ付いていない。
「ハ、ハハハハハ……! なあんだ、見た目が派手なだけで、大した技じゃなかったみたいですね!! ――死になさいッ!!!」
「ザトウ!?」
カシャバールは勝ち誇った顔で、鞭を振り上げる。
――が、
――ピシッ
「「……え?」」
――ピシピシピシピシ、ピシッ
「「ええええええええええ!?!?!?」」
俺が斬った七箇所が角にぶつけた卵みたいにヒビ割れ、そこから無数の黒い腕が伸びてきてカシャバールの全身を拘束した。
うーん、案の定凄い数だわ。
「な、何ですかこれはああああああ!?!?!?」
「俺の【七爪断罪斬】は、人を殺した経験がないやつには一切のダメージはない。――その代わり、一人でも誰かを殺していた場合は、その者達の怨念が人数分だけ黒い腕となり、お前を地獄に引きずり込むのさ」
「なあっ!!!?」
カシャバールの足元に暗い闇が広がり、そこにズブズブとカシャバールが沈んでゆく。
「――お前は地獄でお前が今まで殺めた人間達から文字通り地獄のような責め苦を受ける。それはその人達の気が晴れるまで何百年だろうが続く。……いい機会だから、精々反省するんだな」
「そ、そんなああああああああああああ!!!!!!」
『カシャバールさん、ボク、カシャバールさんと出会えて、本当に嬉しかったよ……』
「カ、カッシャ君!? ホ、ホラ! こんないたいけなカッシャ君をそんな目に遭わせて、アナタは人の心が痛まないんですか!!?」
「…………別に?」
「ノオオオオオオオオオオオウ!!!!」
「――ダナカ」
「む!?」
俺はダナカの目を見て、言った。
「最後に何か、こいつに言いたいことはあるか?」
「っ! ……ああ、そうだな」
ダナカは満面の笑みをカシャバールに向けながら、言った。
「――ざまぁみろ」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
トプン、という無機質な音を立てながら、カシャバールは闇の中に沈んだ。
――後にはカッシャ君だけが残された。
……キモいからこれも燃やしておこう。
「艮の隠者よ
坤の賢者よ
巽の魔女よ
乾の君主よ
我が下に集え
魂を捧げよ
想いを炎に
黒き黒き炎に
全てを覆え
総てを還せ
三千世界を浄化せよ
――絶技【黒炎淪滅斬】」
カッシャ君は跡形もなく焼失した。
よし、これで綺麗サッパリ。
「……う、うううぅ、ううううううううううぅ」
「――!」
ふと振り向くと、ダナカが顔を両手で抑えながら嗚咽していた。
――俺はダナカの隣に腰を下ろし、ダナカが泣き止むまで空を眺めることにした。