第6便 5分だけ
「アルラン・ラルラン
ゲルレン・デルレン
バルミン・パルミン
ドルトン・ボルトン
エンデルベルロン・ベンデルエルロン
――【魔牢束縛陣】」
「――っ!?」
カシャバールが詠唱すると天高く掲げたカッシャ君の口から無数のナイフが飛び出し、それらが俺を含めて十人のダナカ達を取り囲むように地面に突き刺さった。
そしてそのナイフから放物線上にドス黒い筋が伸び、鳥籠のように俺達を閉じ込めた。
「なっ!? こ、これは――! か、身体が……!」
「ンフフフフフフフ、ピクリとも動かないでしょう動かないでしょう動かないでしょう? この【魔牢束縛陣】の中では、ワタクシ以外の者は指一本動かすことさえ敵わないのです! ああでも、口だけは動くようにしてありますよ。断末魔の叫びは聴き逃したくないですからねえ」
「そ、そんな……!」
たちまちダナカの分身達も消え去り、後にはダナカ本体だけが残された。
これは……厳しいか?
「ンフフフフフフフ、ところでワタクシはアナタに一つだけ噓を吐いていたことをここに謝らねばなりません、ダナカ・トゥモコさん」
「「――!!」」
……何だと。
「な、何故貴様が私の名前を……。私のことは覚えていないと言っていたじゃないかッ!」
「ですからそれが嘘だったのですよ。今から6年前――まだワタクシが【喜びのサーカス】を立ち上げる前だったのでソロ活動をしていた時期ですが――フィルミ村でご両親をアナタの目の前で玩んでさしあげたあの日を、ワタクシは今でも鮮明に覚えています」
「――!!」
……こいつ。
「ワタクシはその土地で公演を開いた際、必ず一人だけはワザと見逃すことにしているのです」
「っ! ……な、何故」
「ンフフフフフフフ、何故だと思います?」
「……」
ダナカの瞳は怒りと悔しさがないまぜになったかのような、複雑な色を宿している。
それに対してカシャバールの瞳は歓喜と高揚に彩られているようだ。
「今のアナタのように復讐に燃える仔羊を返り討ちにするのが何よりの快感だからですよおおおお!!! ンフフフフフフフ!!! 楽しいですねえ楽しいですねえ楽しいですねえ!!! 今日この村で公演を開こうと思ったのも、アナタがこの村で魔法剣士として働いているという噂を聞きつけたからです! ワタクシがアナタの前に現れたのが偶然と思いましたか? そんな訳ないでしょおおおお!!! わざわざ会いに来てさしあげたんですよおおお!!! 愛しのアナタのためにねえええ!!!」
「くっ……! う、うぅ、うああああぁぁ――」
遂にダナカは嗚咽した。
『泣くんじゃねえよ小娘がぁ!! お前も魔法剣士の端くれだろうが! 魔法剣士だったらどんな時でも前を向きやがれ!』
「スパルタアアア!!! いくら何でもそれはスパルタすぎますよカッシャくうううううん!!! ……さて、と。アナタには十分楽しませていただきましたし、そろそろご両親のところに送ってさしあげますかね」
「……!」
カシャバールは右手に持つ鞭を振りかぶり、それをダナカ目掛けて打ち下ろした――。
「――父さん、母さん――」
「諦めるなよダナカ。こいつは一つだけいいことを言ったぞ。――魔法剣士だったらどんな時でも前を向くべきだ」
「――ぬお!?!?」
「ガ、ガトウ――!?!?」
二人が驚くのもまあ無理もないだろう。
カシャバールが指一本動かせないとのたまったこの【魔牢束縛陣】の中で、俺がスタスタと動いてダナカの前に立ち、カシャバールの鞭を片手で難なく受け止めたからだ。
「ア、アナタ……、何で動けてるんですか……。しかもワタクシの岩をも粉砕する鞭を片手で……」
「うーん、何でって言われてもなぁ。――頑張ったら出来た」
「「頑張ったら出来た!?!?!?」」
「まあまあいいじゃん細かいことは。とりあえずこのままだとダナカも動けないし、【魔牢束縛陣】壊しちゃうな」
「「【魔牢束縛陣】壊しちゃうな!?!?!?」」
俺はチョーナイフローラを抜いて、魔力を込める。
「艮の隠者よ
坤の賢者よ
巽の魔女よ
乾の君主よ
我が下に集え
魂を捧げよ
想いを炎に
黒き黒き炎に
全てを覆え
総てを還せ
三千世界を浄化せよ
――絶技【黒炎淪滅斬】」
「「――!!!!」」
【黒炎淪滅斬】の黒炎を円形に放ち、俺達を取り囲んでいたナイフを残らず焼却した。
すると案の定【魔牢束縛陣】は解除された。
うんうん、やっぱりあのナイフが【魔牢束縛陣】の発生装置だったんだな。
これで仮にあのナイフはただの飾りで、壊しても【魔牢束縛陣】は解除されないとかだったら大恥をかくところだった。
「……な、何者なんですかアナタはいったい……。大した魔力も感じないのに……」
そりゃ普段は魔力を抑えてるからな。
能ある深淵魔法剣士は爪を隠すってやつさ。
まあでも、こうなった以上ダナカも薄々俺の正体に勘付いてるかもしれないし、俺がザトウ・マザユキだって名乗るちょうどいいタイミングかもしれないな。
「ふっ、聞かれたからには答えてやるか。俺の名は――」
――ぐぎゅるるるるるる
「はぐふぅ……!」
「はぐふぅ!? え!? はぐふぅさんと仰るんですか!?」
「い、いや、違うんだ……」
クソッ! 何でよりによってこんな時に――!!(クソだけに)
「ゴ、ゴメンダナカ……」
「む??」
いろいろ規格外のことがいっぺんに起き過ぎて呆然としているダナカに、俺は小声でそっと呟いた。
「ちょっと俺、大事な用事を思い出したから、5分だけ外すね……」
「は????」
うん、まあ、そういうリアクションになるよね。
「マジでゴメン!! なるはやで戻るから!!」
「オ、オイ!! ガトウ!! ガトオオオオオウ!!!」
はち切れんばかりの雄叫びを上げるダナカを尻目に、俺はダナカの家目掛けて駆け出した。
確か慌てて出てきたから、ダナカの家は鍵をかけてなかったはず!
悪いけどまたトイレを貸してもらうぜダナカ!
――だから俺が戻るまで、死ぬんじゃないぞ。