第5便 喜びのサーカス
「レディイイイイスエエエエエンドジェントルメエエエン!! ワタクシ達はさすらいのサーカス団、【喜びのサーカス】。ワタクシは団長のカシャバール・ダロウと申します。以後お見知りおきを」
――!
魔力反応がある村の中心部に向かうと、物見櫓が立っている広場に道化師のような格好をした魔族が十人程佇んでいた。
中心にいるカシャバールと名乗った魔族の男は、自身を一回り小さくしたような見た目の腹話術人形を左手に持ち、右手には長い鞭を握っている。
「こちらはワタクシの相棒のカッシャ君です! さあカッシャ君、みなさんにご挨拶して!」
『何見てんだテメェらゴラァ!! 見世物じゃねーんだよッ!! さっさと帰って悪夢を見ながら寝ろッ!!』
「毒舌ぅううう!!! いやいやワタクシ達はサーカス団なんだから見世物でいいんだよ。すいませんね皆様! カッシャ君は思春期なので許してあげてくださいね!」
……何だこのふざけた野郎は。
村人達も何事かとわらわら集まってきた。
「……ア、アイツは」
「え?」
が、そんな中ダナカだけは、顔面蒼白になってガタガタと震えながらその場にうずくまってしまった。
ダナカ!?
「オイオイ何だ貴様らはッ! ワシの村に何の用だ!! さっさと出ていかんか!! シッシッ!!」
――!
その時だった。
先程俺にトイレを貸してくれなかったオッサンが、カシャバールに凄い剣幕で食って掛かった。
オ、オッサン!?
『ワシの村』ってことは、あのオッサンが村長だったのか!?
そりゃあんな自分勝手そうなオッサンが村長じゃ村の財政も傾くわ!
大方私腹を肥やすことしか考えてねーんだろーさ!(偏見)
……いや、それよりもオッサンが危ねえ!
「オイあんた! 危ないからそいつから離れろ!!」
「あぁ!? あッ! 貴様はさっきの余所者! まだこんなとこをうろうろしとったのか!! 貴様も早く出ていかんか!! シッシッ!!」
「っ!?」
えーーーーーー!?!?!?!?
「ンフフフフフフフ、出ていくのはアナタの方ですよ。この世からね」
「何だと? わぷっ――」
「「「――!!!」」」
途端、カシャバールが右手の鞭を軽く振るったかと思うと、オッサンの首から上が跡形もなく吹き飛んだ――。
「キ、キャアアアアアア!!!!」
「うわああああああ!!!!」
「た、助けてええええええ!!!!」
一瞬で場は騒然となった。
村人達は阿鼻叫喚の中、必死にこの場から逃げ出した。
「ンフフフフフフフ!! 楽しいですねえ楽しいですねえ楽しいですねえ!!! やはり人間を嬲っている時が一番楽しいですよねえッ!!!! これぞ至上の喜び!!! 最高のエンターテイメントですよおおおお!!!!」
カシャバールは明らかに事切れているオッサンの身体に、何度も何度も鞭を打ちつけている。
チッ、こいつはとんだゲス野郎だな。
『カシャバールさん、そんなに何度も鞭で叩いたら可哀想じゃないか。ダメだよそんなことしちゃ』
「優しいいいいい!!! さっきはあんなに毒舌だったのに、カッシャ君たら今度は優しいいいいい!!! 思春期のメンタルって複雑ぅううう!!!」
いやお前のメンタルの方が複雑だわ。
「……カ、カシャバールウウウウ!!!!」
「っ!?」
その時、死にそうな顔をしながらうずくまっていたダナカが、絶叫しながら立ち上がり双剣を構えた。
「まさか貴様の方から私の前に現れるとはなッ! 父さんと母さんの無念、今こそ晴らさせてもらうぞ!!」
何!?
てことは……こいつがダナカが言っていた両親の仇――。
「ンフフフフフフフ、どちら様でしたっけ? 大方ワタクシが今まで公演を開いた土地のお客様の一人だとは思うのですが、生憎歳のせいか物忘れが激しくてですね」
「なっ――!」
まあそうだろうな……。
この手の輩は、いちいち自分が殺した相手のことなんざ覚えてないだろう。
「さあさあお前達! サーカスショーの始まりですよッ! お客様達をもてなしてさしあげなさいッ!」
「「「ヒーハー!!」」」
「ま、待てッ!」
カシャバールの号令と共に、道化師達が一斉に散り散りになる。
おっと、これはマズいな。
「――一匹たりとも逃がさん!」
ダナカは握っている双剣に魔力を込める姿勢を見せた。
……ふむ、一旦お手並み拝見といくか。
「妖精の森は今宵も唄う
王から女王へ
女王から臣下へ
臣下から民へ
民から王へ
盃は廻り廻る
宴は続く
夜は続く
総ては闇夜に融けてゆく
――【夢幻演舞】」
「「「――!!」」」
一瞬だけダナカの姿が揺らいだかと思うと、俺の目の前に十人のダナカが現れた。
これは――質量を持った残像か!
「ハアアアアアアアッ!!!」
「「「ヒーハー!?!?」」」
その十人のダナカは、カシャバールの部下達を一人残らず瞬く間に斬り伏せた。
おぉ……、ダナカ強いな。
こりゃ俺の出る幕はないかな?
「――むおっ!?」
「ダナカ!?」
が、勢い余ってしまったのか、本体のダナカはまたしても派手にスッ転んでしまった。
――白のレース!!
「……さ、さあカシャバール!! 後は貴様だけだぞ! 覚悟するがいいッ!」
ダナカは颯爽と立ちあがり、何事もなかったかのように見得を切った。
……うん、大丈夫大丈夫。
俺は何も見てない見てない。
――十人のダナカはカシャバールを円形に取り囲んだ。
「ンフフフフフフフ、情けないですねえ情けないですねえ情けないですねえお前達! 人間ごときに遅れを取るとは!」
『そんなことよりカシャバールさん、何で二度寝ってあんなに気持ちイイんだろうね?』
「確かにいいいいい!!! 早く起きなきゃいけない時程背徳感も相まってもう最高おおおおお!!!」
「なっ!? ふ、ふざけるのも大概にしろッ!!」
が、当のカシャバールには微塵も動揺した素振りは見られない。
これは……。
「ンフフフフフフフ、それではワタクシもほんの少しだけ本気を出すといたしますかねえ」
「――!?」
そう言うなりカシャバールは、左手のカッシャ君を天高く掲げた――。