第4便 それぞれの動機
「そういえばガトウはどうしてこんな辺鄙な村に?」
キッチンでトントントンと小気味良い包丁とまな板の音を響かせながら、ダナカがテーブルに座る俺に声だけを向けてきた。
こうしていると、何だか新婚夫婦みたいだな……。
『いつも美味しいご飯ありがとなダナカ。お前は自慢の奥さんだよ』
『む!? 今は料理中だから危ないぞ。……そういうのは後にしてくれ』
『ふふ、だってお前があまりにも魅力的だから、俺はもう我慢出来ないよ』
『もう……しょうがないな。ではランチの前にちょっとだけ前菜でも食べるか?』
なーんつって!!
なーんつってッ!!!!
「む? ガトウ? 聞いてるのか?」
「えぇ!? あ、ああ! ゴメンゴメン! ちょっと考えごとしてて!」
「ふふ、面白いやつだな。こんな辺鄙な村に何の用事があったかと聞いたんだ。ああ、もちろん守秘義務があるというなら無理に聞こうとは思わんが」
「いや、守秘義務は特にないけど……」
どう言ったもんかな……。
でも、ダナカがアレの手掛かりを知っている可能性もゼロじゃないし、せっかくだから念のため聞いておくか。
「……実は俺は、『シィーロガン』を探し出すのが任務なんだ」
「シィーロガン? というと、あのどんな病もたちどころに治すと言われている、伝説の霊薬シィーロガンか?」
「ああ、それさ」
まあ、シィーロガンを俺が血眼になって探してるのは本当だが、任務というのは嘘だ。
これはあくまで私的な問題だからな。
――シィーロガン。
ダナカが言った通り、それを飲んだものはたとえ不治の病に罹っていたとしても完治すると言われている伝説の霊薬。
シィーロガンなら、俺のこの唯一の弱点である万年下痢気味な体質もきっと治せるはず――!
藁にも縋る思いでシィーロガンを求め世界中を旅している俺だが、未だ何の手掛かりも掴めないままというのが実情だ……。
「ダナカは何かシィーロガンの在り処について知ってることはないかい?」
「うぅ~む。申し訳ないがその件については力にはなれなそうだ」
「……そうか」
「すまないな」
「いや、いいんだ、気にしないでくれ。そんな簡単に見つかるなら誰も苦労はしないからな」
「大変な任務を負っているのだな、ガトウは」
「ははは、まあこれも仕事だから」
ホントは仕事じゃないけど。
「ところでガトウの出身は?」
「え? ああ、一応王都だけど」
「何と!? ということは、深淵魔法剣士に会ったこともあるのか!?」
「あ、ああ……、まあ」
むしろ俺がその深淵魔法剣士なんだけどね。
――深淵魔法剣士は俺を含めて国内に五人しかいない、上級魔法剣士の更に上に位置する魔法剣士の最高ランクだ。
深淵魔法剣士はいろんな面で規格外の存在で、国から年間約10億エインもの給与が支給される上、国から下された任務を自由に拒否する権利が与えられている。
だからこそ俺も、王都を離れてこうして自由にシィーロガンを求めて旅が出来てる訳だ。
――だがたった一つだけ、深淵魔法剣士にも課せられた契約がある。
それは、『決して王国に対して謀反を起こさないこと』――。
要は国は俺達深淵魔法剣士を持て余してるのだ。
深淵魔法剣士はたった一人でも国家を転覆させることが可能なくらい強大な力を持っている。
下手に使いつぶそうとして謀反を起こされるくらいなら、金と自由を与えて好きにさせておくのが一番だと上の連中は考えているらしい。
まあ、俺としては願ったり叶ったりなので、その点に関して不満はないけどね。
「では、深淵魔法剣士の中でも最強と名高い、【黒狼】の二つ名を持つザトウ・マザユキとも面識が!!?」
「えっ? う、うん、ちょっと話したことがあるくらいだけど……」
まさかここで俺の名前が出てくるとは!?
「ハァ~、羨ましいなぁ……! ザトウは私の憧れなんだ! いつか私も深淵魔法剣士の一員になって、ザトウと肩を並べて共に戦うのが夢なのさ!」
「そ、そうなんだ……」
うわあ、これは益々俺がザトウ本人だとは言い出しづらくなってしまったぞ……。
むしろ君、憧れの人物と肩を並べるどころか、自己破産を救った命の恩人にまでなっちゃってるからね!?
何なら今からランチも振る舞おうとしてくれてるからね!?
余裕で夢叶えちゃってるよ!
これは何とか話題を変えねば……。
「と、ところで、ダナカは何で魔法剣士になったんだ?」
「――!」
「……え?」
途端、ダナカが纏う空気がピンと張り詰まったのを感じた。
あれ?
オレ何かやっちゃいました?
「……両親の仇を討つためさ」
「――!」
あ、あちゃあ……。
「……実は私はここから南東にあったフィルミという村出身でな。父も母もそこそこ名の通った魔法剣士で私の自慢だったんだが、今から6年程前、たった一人の魔族に村が襲われて……」
「……」
ダナカは料理を作る手は止めていないが、その背中は小刻みに震えている。
「父も母も必死に抵抗したんだが、ヤツの力は圧倒的だった……。両親は命懸けで何とか私だけは逃がしてくれたのだが、両親を含め、私以外のフィルミの住民は一人残らずヤツに殺された……」
「……」
「だから私は魔法剣士になったんだ。そしていつか必ず両親の仇をこの手で討つと魂に誓った」
「……そうか」
滅茶苦茶重い動機だった……。
いやまあ、魔法剣士にはその手の重い過去を持ったやつは多いが、俺自身の動機が「身体を鍛えて強くなれば万下痢(※万年下痢気味の略)が治るかも!」っていう不純なものだったからなぁ(しかもいくら鍛えても結局万下痢は治らなかったし……!)。
「おっと! 湿っぽくなってしまったな、スマンスマン。ちょうど料理も出来上がったところだ。さあ沢山食べてくれ!」
「あ、ああ、ありが……と!?」
テーブルに置かれた料理を見て、俺は絶句した。
何とそれは、マグマのように真っ赤に煮えたぎった麻婆豆腐だったのだ……!
えーーーーーー!?!?!?!?
――俺と同じく万下痢の人にはわかってもらえると思うが、万下痢にとって麻婆豆腐みたいな辛い料理は天敵だ。
こんなもの一口でも食べようものなら、たちまち腸内で市民革命が勃発すること必至……!
「私は三度の飯より辛いものが好きでな。マイタバスコに、マイハバネロまで常に持ち歩いてるんだ」
「マイハバネロ!?!?!?」
それは最早兵器では!?!?
ぐぅ、何てこった……!
まさかダナカがそんなブッ飛んだ味覚の持ち主だったとは……!
「む? どうした? ……ひょっとして麻婆豆腐は嫌いだったか?」
「っ!?」
ダナカはケモ耳が付いてたら絶対シュンと垂れ下がっているに違いないくらい、露骨に落ち込んでしまった。
……嗚呼!
「い、いやいやいやいや! 大好き大好き! 麻婆豆腐俺も大好きだよッ!」
「ほ、本当か!」
途端、ダナカのエアケモ耳はピーンとそそり立ったのだった。
「おかわりジャンジャンあるからな! 遠慮せず好きなだけ食べてくれ!」
「――!!」
ダナカは大きな鍋いっぱいに詰まった燃えるような麻婆豆腐をテーブルにドカッと置いた。
えーい、もうどうにでもなあれ。
――結局俺は麻婆豆腐を食べきるまでに、計五回もトイレを拝借することになったのであった。
「だ、大丈夫かガトウ? ひょっとして私の麻婆豆腐は口に合わなかったか?」
「いや、とっても美味しかったよ」
これは本音だ。
確かに味は悪くなかった。
だが病的に辛かった。
ドッキリなんじゃないかと疑うレベルの辛さだった。
こんなものを常食してるなんて、ダナカの胃腸はオリハルコンで出来てるのかな??
「ただ今日はちょっと体調が悪くてさ……」
「そ、そうだったのか。それは気が利かずすまない……。お粥とかにすればよかったな」
「いやいや、本当に気にしないで――っ!!」
――その時だった。
ドブ川のように濁ったドス黒い魔力がこの村に急接近してくるのを感じた。
この魔力の波形は――魔族か!
「ガ、ガトウ!!」
一拍遅れてダナカも気付いたようだ。
「ああ、外だ。行こう」
「……ああ!」
俺とダナカは慣れた手付きで素早く鎧と魔剣を身に着け、玄関から外へと駆け出した――。