第1便 最強だけど
「きゃああああ、誰かああああ!!!」
――!!
旅の途中。
牧歌的な雰囲気が漂う草原に目を細めながら歩いていると、突然目の前に一人の女性が現れた。
しかも小高い丘程もある巨大な魔獣に襲われている。
「ゴガアアアアアア!!」
あれは……アブソリュートヘルフレイムドラゴン――!
その禍々しい口から吐く紅蓮の炎は全てを灰燼に帰すといわれている伝説の魔獣。
それが何故こんな辺境に?
――いや、今はそんなことはどうでもいい。
俺は女性の前に立ち、アブソリュートヘルフレイムドラゴンと対峙した。
「あ、あなたは!?」
「下がっていてください。すぐ終わらせますから」
「っ!?」
「ゴガアアアアアア!!」
まあそうカッカするなよ。
俺は背中から愛剣である魔剣チョーナイフローラを抜き、魔力を込める。
「艮の隠者よ
坤の賢者よ
巽の魔女よ
乾の君主よ
我が下に集え
魂を捧げよ
想いを炎に
黒き黒き炎に
全てを覆え
総てを還せ
三千世界を浄化せよ
――絶技【黒炎淪滅斬】」
「ガアアアアアアアアア!!!」
アブソリュートヘルフレイムドラゴンの吐いた紅蓮の炎と、漆黒の炎を纏ったチョーナイフローラによる【黒炎淪滅斬】が真正面からぶつかる。
――が、アブソリュートヘルフレイムドラゴンの炎は無残にも掻き消え、俺の【黒炎淪滅斬】はアブソリュートヘルフレイムドラゴンの巨体を一刀両断した。
「ガギャアアアアアアアアアアァァァァ――」
黒炎は瞬く間にアブソリュートヘルフレイムドラゴンの全身を覆い、塵一つ残さず焼き尽くした。
ふむ、伝説の魔獣の炎も、所詮はこんなもんか。
「――お怪我はなかったですか?」
チョーナイフローラを納刀した俺は振り返って女性にそっと笑顔を向ける。
「は、はい……! あ、あの、とってもお強いんですね……!」
「えっ……?」
女性は頬を赤らめながら、俺の手を強く握ってきた。
よく見るとトビキリの美女だ。
お、おや……?
この雰囲気は……!?
さてはこの後――。
『是非お礼がしたいので、一人暮らしをしている私の家に今からお越しいただけませんか?』
『ええ? いいんですか、俺みたいな男を』
『もちろんです! 腕によりをかけてご馳走いたしますわ! スッポン鍋とか! ニンニクの丸焼きとかッ!』
『おやおや、何故か精の付きそうなものばかりですね』
『そ、それで……、是非デザートに……』
『デザートに?』
『もう! 女にこれ以上言わせるんですか!』
なーんつって!!
なーんつってッ!!!!
……遂に来たか。
とある事情から未だに童貞だった俺だが、いよいよ満を持して童貞を卒業する日が訪れたようだ――。
「あ、あのう?」
「あっ! す、すいません、ちょっと考え事をしていただけです」
「そうですか。それで、是非お名前を教えていただきたいのですが」
「ああ、俺の名前ですか」
ふふふ、名前を言ったら尚一層惚れ直しちゃうかもな。
何せ俺の名は大陸全土に響き渡ってるからな。
「これは申し遅れました、俺の名前は――」
――ぐぎゅるるるるるる
「はぐふぅ……!」
「はぐふぅ!? え!? はぐふぅさんと仰るんですか!?」
「い、いや、そういう訳では……。――すいませんが俺はちょっと急用を思い出しましたので、これで失礼させていただきますッ!」
「えぇ!? ま、待ってください!」
「それではごきげんよう!」
「せめてお名前だけでもおおおお」
断腸の想いで美女の手を振り解くと、腹を抑えながら全速力でその場から立ち去った。
――俺の名はザトウ・マザユキ。
自他共に認める世界最強の魔法剣士だが、万年下痢気味なため未だに童貞な哀しい男だ……。