第8話 目撃者の話
自治会長の目撃談です。
第8話 目撃者の話
自治会長高橋信之助に黒山が詰め寄ると彼は泣きながら話を始めだした。
彼が知っていることとはこうであった。
和田洋介は、近所でも評判の好青年で、将来は福祉関係の仕事に就きたいと日頃から口にしていた。
近所の高齢者に対するボランティア活動は、大変好評で、独居高齢者なども度々訪問活動をして、話し相手になるなど、誰も彼を悪く言う者はいなかった。
そんな中、あの事件が起こった。
高橋が自治会長として、氷神に注意をしに行った時、氷神から殴られそうになるのを彼が止めに入ってくれた。
だが、話はとんでもない方向に向いてしまったのだった。
氷神はこの和田洋介と妻の明菜との不倫関係を知っていたのだ。
そして、
『お前らが俺に隠れてちちくりおうとんは、よう知っとるんや、お前、この落し前どないつけるつもりなんや?』
と言いながら殴る蹴るの暴力沙汰に及んでいたのだった。
そして、さらには、
『お前、こんなことして、ただで済むと思ってないやろな?お前の事を、お前が入ろうとする会社にチクったら、お前なんか一貫の終わりやで、なあ、そこでものは相談や…』
と言って金銭の無心を始めだしたという。
だが、所詮、大学生、そんなにお金は持っていない。
無いと答えると、今度は『お前の親出せや!』
と言い出し、洋介の親をゆすり始めた。
結局、警察が来て、一度は暴行事件の事で被害届の提出を勧められたが、洋介は氷神によって自分達の不倫が就職先にバラされる事を恐れ、被害届の提出を諦めた。
そんなところも氷神はよく見ていた。
あれだけ殴って脅しても被害届も出さないのなら、かなりの金額を脅し取れると…
だが、それを明菜が止めに入ろうとした。
当然、氷神はそれが気に入らないため、明菜を殴る。
さらにはそれを庇おうとした洋介を目茶苦茶に殴って、最終的に警察に逮捕される事となる。
たが、氷神は洋介と明菜の不倫については一切警察には話さなかった。
それを言うと金にならないからだった。
それに案の定、洋介は氷神に殴られた件について、被害届は提出しなかった。
それからは、氷神は幾分か、大人しくなっていた。
それは、洋介が氷神から不倫をネタに脅迫され金を脅し取られていたからだったのだ。
近所の住民、特に自治会長の高橋信之助は、この事に対して非常に心を痛めていた。
自分が前に出たせいで洋介がひどい目にあっている。
だが、彼は就職のため、自分の未来のために、自分を抑え、頼むから警察にだけは言わないで欲しいと高橋に懇願したのだった。
そして、あの日、いつものように氷神が酔っぱらって、爆音をあげながら車に乗って帰ってきた。
車の事は、付近の住民であれば誰でも知っている。
帰ってくれば誰でも知っていると言うか、誰でもわかっていた。
エンジンは自宅の駐車場に入れられた後に切られたが、氷神は車の中から降りてこなかった。
いつものことだった。
彼は車の中で、そのまま寝てしまう事が、しょっちゅうあり、朝まで目が覚めない事もしばしばあった。
彼が寝入った後、少しして、車に近付く影がひとつあった。
それは、洋介だった。
高橋はその姿を自宅の窓から見ていた。
暗がりではあったが、彼の手には何か燃えているような物があった。
何かはわからなかったが、それを氷神の車の後部座席に入れるとしばらくは様子を伺っていたが、そのうちに車から離れていった。
何をしたのか、この時はよく分からなかったが、何時間かした時、再び、氷神の自宅の前から話し声が聞こえたので見てみると、そこには男女の姿があった。
女の方は明菜であり、男については時々見かける男だが名前も知らない男であり、そのまま様子を見ていると男は氷神が座っている座席から氷神を移動させ、氷神を助手席に移動させた。
氷神はよく寝ているのか全く起きる気配はなかった。
その後、その男は氷神の車の運転席に乗り込み、そこから移動を始めた。
不思議なことにその男は車の窓を全開にして、走り去っていた。
高橋が見たのはここまでで、その後、氷神が練炭自殺に見せかけた殺人事件の被害者であることを聞き込みに来た刑事に聞かされ、全てを悟った。
洋介が氷神の車の中に燃えた練炭入りの七輪を乗せたのだと。
そして、あの車を運転していった男は明菜に利用されたのだと知ったのだった。
たが、高橋には、あれだけ付近の住民に愛されていた洋介の事を目茶苦茶に殴り付け、さらには金を脅し取っていた氷神を絶対に許す事が出来なかった。
だからこそ、刑事には絶対に洋介の事を知られたくなかったし、捕まった男には悪いが、本当の事を言うつもりはなかった。
付近の住民も何人かはこの事実を知っているみたいな様子であったが、全員が口を閉ざしていた。
自分達が黙っていれば、洋介は警察に捕まることはないと…
しかし、黒山がいきなり、高橋の家にやって来て、洋介の事を今、追っていると聞かされた。
もう終わりだと思い、それならばと黒山に自分が見た全ての事を話すことにしたのだった。
「はあ、そんな話だったんですね。」
と一通り黒山から説明を受けた千陽子は、
「でも、ワイらに近付いて情報を取ろうやなんて、相変わらずひどいなあ。捜査を外されたとか、ワイらの見張りなんかしてへんとか言うてたけど、めっちゃウソばっかりやん!」
と怒りをぶつける。
「まあ、そう言うてくれるな。被害者がいくら素行の悪い奴やから言うても、殺しは殺しや、仮にもワシは刑事や、犯人がおる限りは絶対に手は止めへん。それに、お詫びの缶コーヒー飲んだやろ?」
「えー!ウソ!あれだけなん、お詫びて?」
千陽子が呆気に取られたような顔をする。
「やられましたねリーダー。」
と香が笑う。
「しょうがないなあ。」
千陽子も苦笑いをして、それ以上突っ込むのを諦めた。
こうして、氷神の殺人事件は解決したのだが、その後の捜査の話はまた、今度、黒山から『お詫び』として、『独り言』を聞かせてもらえるらしい。
それに、一応、千陽子らが洋介の車を追っていた件については、千陽子らも知り合いの氷神が殺された件で自分達も自主的に捜査をしていたということにされ、氷神の自宅の近くにいたところ黒山と出会った。
黒山と話をしているとたまたま不審な車が明菜の家の近くから移動を始めたので追いかけたらたまたま犯人の車で、その運転手がゴミ処理センターの職員と揉めていたので声をかけたらたまたま練炭が入った袋を持っていたということになっていた。
「たまたまねえ。」
千陽子らの話を聞いていたスナック『ファンタジー』のチーママのマヤが呆れたような口調で言う。
ここはスナック『ファンタジー』の店内であり、今日のできごとに対して千陽子がぶつぶつと文句を言っている。
「せやろ、たまたまが多すぎるわ。絶対に裁判所に呼ばれる可能性はめちゃくちゃありますわ。」
「まあ、でも真犯人が捕まって良かったじゃない。」
「うーん、そうなんやけどな。何かこう、気持ち悪いんや、エエ奴が悪者になるっちゅうこの矛盾する感じが…」
「でも、その大学生って不倫してたんでしょ?おあいこじゃないの?相手にお金渡したのは、いい思いしたってことだろうし…」
「まあ、そうやねんなあ、何で明菜とひっついたんかようわからんわ。」
「男女の仲はねえ…」
マヤはフーッと煙草の煙を吐き出しながら遠くを見ていた。
これは、ジャンル的には『推理』となってましたが、全然推理ものじゃ無かったかなと…
だって、千陽子は推理よりも直感を優先するタイプなんで、勘が良いので、それが元で解決してしまうと、いわゆる『ご都合主義』的にも見えるのが困ったところです。
では、次回もよろしく。
ヾ(´∀`*)ノ