第7話 和田洋介
事件の内容がちょっとわかります。
第7話 和田洋介
千陽子は、香が運転する赤い軽四に乗って、一台の白色のセダン型の車を追っていく。
住宅街自体が、比較的標高の高い山の斜面を切り開いて出来た場所なので、道路自体も高い場所を通っていて、周囲はもちろん木ばかりであり、まるで森の中を走っているような感じがする。
既に、相手の車と香の車との間には他の車両が割り込んでいるので、今のところは尾行に気づかれてはいないと思われた。
「千陽子さん、クロさんて本当にこの事件の捜査から外されてるんですか?」
「うーん、本人はそない言うてたけど、実際はどうなんやろ?あ、右曲がった。」
「いや、なんか、秘密は漏らしたらアカンねんやとか言いながら、うちらに捜査の手の内見せすぎでしょ?」
「そら、そう言われたらそうやけどな、それ言うたらいっつも『独り言や』言うし。ようわからんわ。」
「そうですか、でも何か、ひっかかるんですわ。いっつもクロさんには、上手いこと言われて丸められるんで、今回もそうなんかなと。」
と言って香は黒山を疑っているようである。
「あーそれな、あるある、ワイも『スターセブン』時代にようやられたわ。ケンカもしてない相手から、自分のところに手紙が来て『逃げるなよ、千陽子』とか書いてあって、頭に来て呼び出しの場所に行ったら、相手は当然来てたんやけど、相手も何やワイに呼び出されたとか言うて、話が全く噛み合わんなと思てたら、既に警察に囲まれてて、全員捕まったかと思ったら、相手だけ逮捕状が出ていて、ワイが出汁に使われとったっちゅう話や。」
「完全に遊ばれてますね。」
「そうなんや、それでな、ワイがクロさんに文句言いに行ったら、逆に『捜査の協力ご苦労様』とか言われて腹一杯焼き肉ごちそうになってもうて…」
「あかん、リーダーそれ、買収されてますやん。」
香が呆れている。
「うん、そやね。あ、左曲がった。」
千陽子は話ながらも車の動きは見逃さない。
「どこまで行くんですかね?」
香もそれに合わせるように車を運転する。
車は高速道路には乗らず下道ばかりを通って、伊丹空港の近くに来た。
「空港の方へ行きよりますよ。」
「ヤバイな、この車やと目立つかな。」
だが、前を走る車は空港には立ち寄らなかった。
「一体どこに行くつもりなんですかね?スピードはだいぶ遅くなってきましたけど…この辺ですかね?」
「わからんわ、あ、この表示見てみい、豊中のごみ処理センターや。」
と千陽子が道路表示のように立っている看板を見つける。
「あ、なんかあそこで指示機出してますわ。」
前を走る車は、ごみ処理センターの手前くらいから方向指示機を点灯させていた。
「あ、入りましたよ。」
「アカン、燃やされるで!」
「どうします?クロさんから手出すなって言われてますけど?」
「でも、とりあえず止めなアカン!香、行くで!突入や!」
「えー!マジですか?!」
「マジや!行け!」
「わ、わかりました!もうどうなっても知らんわ!」
香が千陽子に急かされて、ごみ処理センターに入っていく。
時間を見たら、午後4時20分、受付終了直前だ。
白色のセダンに乗っていたと思われる人物が、ごみ処理センターの職員と何やらもめているようだ。
「なんで、ダメなんですか?これ燃えるものでしょ?」
「いやぁ、でも、これって引火物だよね?」
「爆発とか、強い引火はしませんよ、だから、お願いしますよ!」
頼んでいるのは男のようだった。
そこに、千陽子らの車が猛スピードでやって来て、急ブレーキをかけて停止する。
そして、千陽子が助手席から飛び降りた。
「ちょっと、そのゴミ待ったあー!」
千陽子が大声を上げる。
物凄い声の大きさだ。
「な、何だね君達は?!」
とセンターの職員がビックリしながら千陽子らに尋ねる。
だが、職員の言葉を無視して千陽子はセダンの男に言い寄った。
「ちょっと、君!そのゴミを確認させて貰えんやろか?」
「えっ?」
そう言われたのは若い男で体格も痩せて、気の弱そうな学生風の男だった。
千陽子の気迫に圧されて、既に戦意喪失しているのか、顔から血の気が引いて真っ青になっている。
その隙に、香がその男が処理しようとしたゴミを確認する。
「千陽子さん、やっぱり練炭や!」
「よっしゃ!クロさんにソッコー連絡や!」
こうして、証拠品の練炭は燃やされる直前に、千陽子らの手により未然に防がれたのだった。
センターの職員の人は何が起きたのか全くわからないといった表情で千陽子らのやり取りを見ていた。
しばらくすると、大阪府警のパトカーがけたたましくサイレンを鳴らしてやって来た。
そして、若い男を連れて警察署に連れていった。
普通、ドラマならここで終わるのだが、千陽子らは一緒に警察へ連れていかれた。
そりゃ、殺人事件の容疑者を確保したとなれば、普通、その経緯を聞かれるだろう。
捜査一課の刑事に誘われた等と言っても信じてもらえない。
千陽子と香は黒山が豊中東署に来るまで、何もしゃべらなかった。
ただ、一言、
「捜査一課の黒山刑事に話すから、呼んでくれ。」
と言った。
一時間程して黒山が千陽子らの入れられていた参考人室というところにやって来た。
「おう、ようやったな、えらいえらい!」
黒山はニコニコしながら千陽子らの座っている椅子と机越しの椅子に座る。
コンコンと机の上に缶コーヒーを2つ置く。
千陽子と香の分だ。
黒山の後には樹里亜も一緒に入ってきた。
「千陽子さん、聞いてや!クロさん、捜査から外されたりなんかしてなかったで!私ら騙されてたで!」
「ほらあ、リーダー、言った通りでしょ。」
香も千陽子に苦言を言いそうになっているため、千陽子が間を置かず黒山に詰め寄り、
「クロさん、またやん、もう勘弁してや!アイツ、練炭持ってたし、それって完全に犯人ちゃうん?クロさん知ってたんかアイツの事?」
と文句を言う。
「ははは、悪い悪い、いやな、犯人かどうかはわからんかったんやが、どうも気になっててな、アイツが。」
と先程の大学生風の男の事を言った。
「まさか、ごみ処理センターに持っていくとは思わんかったわ、そこらへんの山の中に捨てる程度に思とったから千陽子らに任せたんやが、いやいや、悪かったな。」
黒山が、これまでの捜査の経過を話す。
初期の段階で、一条隼人については、昔、悪さをしていた頃に採取されていたDNAのデータベースから浮上した。
それは、氷神の車のハンドルに付着していた皮膚片のDNAが決め手となった。
また、隼人の携帯の履歴から明菜との関係が浮上、だが、隼人から殺しの手口としては練炭が使われた事は供述するものの、七輪や練炭の購入先や残っている練炭の保管場所などを聴取したが、全く答えられなかったため、共犯者の存在を強く示唆していた。
それは、本人は購入先などについては『言わない』と供述し、知っているような素振りをしていたが、ポリグラフ検査等の結果からも、使用された犯行道具に対して反応が無かったからだった。
そうなれば、事情を知っているのは氷神の妻の明菜だったが、死亡推定時刻に、彼女は伊丹市内の実家に戻っていて、近所の者と顔を会わせていたため、完璧なアリバイがあった。
当然、明菜からも詳しく事情聴取したが、全く知らないの一点張りであり、決定的な証拠がないため逮捕は出来なかった。
と言うのも、明菜も含め、警察が調べた容疑者の中には全く存在しないDNA資料が現場から採取されていたのだ。
警察は、その者が何かしらの事情を知っている可能性が高いとして、早急にその者を発見するための捜査が開始された。
当初、その者が、隼人の共犯者ではないかと思われていたため、昔の族仲間に事情聴取したり、未採取の者のDNA資料を取らせて貰ったりと色々手を尽くしたが、犯人に結び付く手がかりは得られなかった。
当然ながら、千陽子らが昔、採取されていたDNA資料も、その全く不詳のDNA資料との照合に使われていた。
だが、全くそういった過去の前歴者にもヒットすることはなかった。
黒山が千陽子に接触したのは、当然、族仲間の情報を得るためであった。
千陽子は氷神と隼人の仲をよく知っているし、関係者にも顔が広い。
何か情報があれば必ず彼女のところへ入るはずだと思い、捜査の帳場から外されたと言って、彼女のところへ近付いて顔を出していた。
捜査の帳場から外されたと言ったのは、単に千陽子から怪しまれないためと、捜査を外されていれば黒山に対する警戒心も弱まり、何かの拍子に重要なことをしゃべるのではないかと言う期待があったためである。
だが、黒山が千陽子からそれとなく事件の事を聞き出そうとしたが全く、事件のことには関係がなく、情報も少ないと判断されたため、一旦千陽子に近付くのは止めようということになったが、千陽子が『スターセブン』のメンバーを集めだし、今回の件で動き出したため、再び、千陽子に接近したのだった。
そうこうしていたころ、明菜が出頭し、『外出先から自宅に戻ると夫が練炭自殺をしていたので怖くなり隼人を呼び出し相談した。』と申し立てたため、警察が、事情聴取することになったが、明菜が話す話で捜査の帳場は混乱する。
氷神の死体を発見した状況を詳細に供述し、『車は実は自宅の駐車場で発見した。その時既に夫は死んでいた。これまでのDVのこともあるので、警察から自分が疑われるかも知れないと話すと隼人がどこかへ車を持っていった。』
と明菜は話した。
それらの供述は現場の状況からも嘘ではないようであったが、驚いたことに、明菜は犯行に使用されたと思われる七輪や練炭の購入のレシートまで持参してきたのだった。
これについては警察も動揺した。
というのも最初に、氷神の自宅内を確認したときは無かったはずのレシートが明菜の手にあったからなのだ。
それも、三ヶ月前のものだった。
三ヶ月もあれば店の防犯カメラの映像も消えてしまうし、人の記憶も大概薄れる。
ましてや、今のこの時期、マスク姿の人間なんてざらにいるから始末に負えない。
明菜は、
『これは家にあった。先日、警察が一度探しに来ていたが見つけられなかったようなので、持ってきた。』
と供述した。
被害者の自宅の中にレシートがあることには矛盾を生じさせないため、警察も文句のつけようがなかった。
ここで、捜査は頓挫した。
このままでは氷神の件は完全に自殺となってしまい、立件できるのは隼人と明菜の死体遺棄事件だけとなってしまう。
だが、黒山はひとつ腑に落ちない事があった。
それは、千陽子らにも話していた、氷神の自宅付近の住民の反応だった。
何度聞き込みに入っても、返ってくる言葉は、
『何にも知らない。』
だった。
黒山は、ここの住民達は、犯人でないにしろ、
『何かを知ってる、誰かを庇っている』
と感じていた。
もし、隼人や明菜を庇っているというのであれば、あまり、住民の皆がよく知らない隼人が関わっている時点で喋っていると思われた。
だが、隼人が捕まってもなお、住民は頑なに口を閉じていた。
犯人は他にいる。
それは、長年の刑事の勘としか言えなかった。
では、誰を庇うのか、黒山は過去の住民と氷神とのトラブルにヒントがあると考え、あの地区の取り扱いを入念に調べていった。
すると、一人の男が浮上する。
和田洋介、21歳、府内の国立大学の3回生だった。
以前、地区の自治会長である高橋信之助が、氷神が酒を飲んでは自宅近くを車で爆音走行するため、これに対し注意をしに行ったが、そこで相手と口論となり収拾がつかなくなってしまった。
洋介は、高橋と氷神が揉めているところに出くわした。
彼は、高齢の高橋と氷神の間に割り込んで、揉め事の仲裁に入った。
だが、これに気を悪くした氷神が洋介に暴力を振るうこととなった。
かなり激しく殴られたり、蹴られたりしていたが、彼は一切手を出さず、通報で駆けつけた警察官に、氷神は『コイツが勝手に間に入ってきて地面にこけたんや!俺は何もしてへんわ!』
と騒ぎ立て、洋介も、『殴られたりはしたが、被害届は出さない』と言ったため、氷神は逮捕すらされなかった。
さらに、悪いことに、警察官が帰ったあと、その洋介を介抱しようとした明菜が氷神から殴られそうになるのを、再び洋介が間に入り、氷神の逆鱗に触れる事となった。
さらに殴られたり、蹴られたりが続き、彼は救急車で運び込まれる。
流石に警察もアホじゃないので氷神を捕まえるが、彼は就職のこともあるので相手と揉めたくないと言って、一切被害届は出さなかった。
これがトラブルの全容であった
ただ、氷神と洋介との接点はこれだけだった。
隼人と洋介は面識はない。
当然、警察に厄介になったことは一度もない。
『殴られただけで人は殺さんわな…』
刑事達も最初はそう思った。
だが、この事件の裏に何かがあると踏んでいた黒山が洋介のマークを始めていたのだった。
「さっきな、車を降りた後、クロさんはあの地区の自治会長の家に行ったんや。」
と樹里亜が言う。
黒山は樹里亜と降りた時、千陽子らには和田が始末しに行った練炭の廃棄場所だけ確認してもらったらいいと思っていたので、自分は何かを知っているはずの自治会長の高橋信之助に話をぶつける事にした。
黒山は、玄関口に出てきた高橋に対し、『今、和田洋介を追っている。彼がしたことを話してもらえないか。』と言うと、高橋は涙を流してその場に崩れ落ちた。
高橋は自分が知っていることを涙ながらに話始めた。
そして、頼むから彼をひどく扱わないで欲しいと懇願するのであった。
この作品はフィクションです。実在の人物、団体には一切関係はありません。
それっぽいのもフィクションです。
全部作り話ですから。
では、また次回をよろしく。